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CG−06

スターガール

2009/06/27

ポロロン♪。ウクレレを鳴らしながら今日も彼女がやって来た。クラス全員の誕生日を調べ上げているのか彼女はゲリラ的に祝福しに現れる。
学校の食堂で皆の注目を受けながら、今日も誰かがその祝福を受けていた。ありがとうとは言うものの、恥ずかしくて仕方がない。

どちらかと言えば、彼女は内気で目立たない存在だった。それがある日、彼女は突然豹変する。
ゲリラお誕生日会をはじめ、様々なクラブ活動に現れてはひとりチアリーダーを決行。時には自分を出場させろといい出す始末。
先日は生徒達に不人気な数学教師の頭をいきなりハリセンデひっぱたいた。頭の中でよくやっていたから今日は実行にうつしてみたと言う。
彼女は一ヶ月の停学を食らったが、皆の予想通りルール無視で学校に現れた。頭がおかしい。ただの目立ちたがり屋。そんな嘲笑を超えてついた
彼女のあだ名は「スターガール」。常識と言う檻の中でじっとしている僕らにとって、彼女の行動はまさに爽快だった。

ある夜、僕は彼女から学校に呼び出された。校舎の明かりが辛うじて届く校庭のど真ん中で彼女は僕を待っていた。
いつもの派手な改造制服とは違うノーマルな制服姿で、星空を見上げている。今度は何をやらかす気なのだろう。
「うん、よく来たね。実は私、君のことが好きだ。中学の頃からずっとずっと好きだった」そう言って彼女は僕にキスをした。
「これ、私の宝物なんだ」彼女はポケットから指輪を取り出す。「綺麗でしょ。私のお婆ちゃんがくれたんだ。これを贈られた相手は
絶対にしあわせになれる、…らしい。君はこれを将来のお嫁さんにプレゼントするといい。きみら夫婦は永遠に幸せになれる」
恥ずかしいからもう帰る!と言い捨てて、彼女は早々に帰ってしまった。ひとり校庭に残された僕。まだ混乱している。
スターガールが僕にキスをした。好きだと言われた。でも、あんなにストレートな告白をしておいて、別の女性に贈る指輪をプレゼント?

その翌日からスターガールは学校に姿をみせなくなった。クラスみんなで捜索を開始してから半年。何かを隠しているっぽい担任の机の
引き出しを物色し(スターガールを見慣れてしまったせいで僕らはかなり大胆になっている)僕らはやっと彼女の居場所を突き止めた。

「見つかっちゃったか…」スターガールは病院のベッドの上で恥ずかしそうに笑った。
僕は彼女の痩せ細った指に、あの指輪をはめてやる。「『この指輪を贈られた人は絶対に幸せになる』そうだよね?」
スターガールは自分の指にはめられた指輪を見つめている。「信じてないのかい?」彼女は微かに首を振った。
「スターガール。告白はやり直しだ。学校へ行こう!」

病室からの逃走ルートはクラスのみんなで確保した。みんなの声援を後に、僕とスターガールは走り出す。
それは指輪の力なのか、走り出す彼女には既に奇跡が起きていた。
やがてドナーとなる僕の手は、少女の手とその命をしっかりと繋ぎとめている。
彼女は僕に手を引かながら、夕暮れに輝く星々に向かって泣きながら叫んだ。
「やっぱり私、生きるのが好き」


帰還2(巴御前)

2009/04/24

その人は木の根に体をあずけ、眠るようにしてそこに居ました。
綺麗な女の人なのに、甲冑をつけて、大きな薙刀を抱えていました。体中傷だらけで、ところどころに血の跡がついています。
とても怖かったけれど、私は川で手ぬぐいを濡らしてその人の顔をきれいに拭いてあげました。
すると、その人は微かに目をあけて、ここはどこかと私に尋ねます。
「木曾のお山です」と教えてあげると、その人は「木曾」と小さく呟き、静かに涙を流しました。

こんなところで、ボロボロになって、たった一人で錆びた武器を抱えて。
とても悲しいことがあったのだと思いました。


シリウス

2009/01/02

「一番星の出る頃に、お前を迎えに来るからね」
そう言って、母親は娘をおいて立ち去った。暗くなるに連れて他の星々に紛れてゆく一番星。

泣き出す娘に、一人の僧侶が声をかけてきた。「こんなところで、どうしたんだい?」
「お母さんがここで待ってろって、それで…」大粒の涙が娘の頬を伝う。娘の背中をさすってやる僧侶。
「もう日が沈む。今日は私と来るがいい。すぐそこの寺だ。また明日、ここでお母さんを待ってみるといい」
寺に着くと、数人の子供達が和尚を囲んだ。「和尚さん!お帰りなさい!」この人が、親代わりになっているのだろう。
「お客様だ。みんな仲良くするんだよ」それからしばらく、娘はこの寺でみんなと寝食を共にすることになった。

みんな気さくで、良い子たちばかり。娘はすぐに子供たちと仲良くなった。
「お前のお母ちゃん絶対来るって!間違いないさ!」「そうだよ、きっと何かあっただけさ。今頃こっちに向かってるって!」
「そんなこと言って、お前の母ちゃん来なかったじゃないか!」「お前の母ちゃんだってそうじゃんか!あははは」
時に、自分の悲しい過去を笑い飛ばしながら、子供達は口々に娘を励ましてくれた。

優しい和尚さんやみんなとこうやって暮らしていけるのなら、もう寂しくはない。それでも、娘は母への想いを振り切れずにいた。
娘は夕暮れ時になると、母との約束の草原へ足を運び、そこで一番星が出るまで母親を待った。いつしか、それを迎えに行くのが
和尚の日課となってしまった。「明日はお母さん、来るといいね」。和尚の言葉に、娘は自分に言い聞かせるように頷くのだった。
そのまま一月が過ぎたある日、娘は言った。「…このまま。お母さんがこなかったら…」涙声の娘に和尚は言った。
「その時は、ずっとあの寺にいるといい」「いいの?」娘の問いに、和尚は悲しい目をして頷いた。

「お母さん!」それは、師走の始めだった。借金の清算でいざこざに巻き込まれ囚われの身となった母親が、身一つで逃げ出し
娘を迎えに来たのだった。母親は娘を抱きしめて言った「離さない!もう何があってもお前を離さないよ!」
その奇跡の再開を、迎え途中の和尚が歩を止めて眺めていた。子供達も、和尚の後ろで二人を見つめている。
それに気付いた娘は、みんなに向かって叫んだ。「和尚さん!みんな!お母さんが!お母さんが迎えに来たの!」
和尚は満面の笑みを浮かべて、ふたりに向かって手を振った。子供達もぴょんぴょんと飛び跳ねながら、こちらに向かって手を振っている。
そのまま、みんなそれ以上こちらには近づかず、背を向けて寺に戻っていってしまった。

みんなを追うようにして寺に向かう親子。戻ってみると、寺は廃墟と化していた。
人を探して裏庭に入ってみると、そこにはひっそりと佇むいくつかの小さな墓石があった。
そのひとつひとつに、かざぐるまが飾られている。共にここで過ごしたあの子供達と、同じ数のかざぐるま。
「みんな…」
師走にしては温かな風が、そのかざくるまを回した。


白クマ

2008/05/03

数年前に書いた小説、「白クマ」の絵です。
ある雪の日。突然尋ねてきた白クマと、主人公の女の子マキが、一緒に食事をしたりお風呂に入ったり添い寝をしたりする
ただそれだけのお話。本当にそれだけのお話なのですが、作者の予想を遥かに上回る反響がありました。
一緒に食事をして、話を聞いて、お風呂に入って、添い寝をしてくれる。抱きしめてくれる。
そんな彼女(白クマ)の存在そのものが一つの奇跡なのだと、ご感想頂きました。

人はどんなに多くを望んでみても、結局はその温もりだけで、十分なのかも知れませんね。


バス停

2007/09/30

視力を失ってから、私は人の助けなしでは外へ出ることができなくなってしまった。
このままずっと家に引きこもって居たかった。けれど、夫や周りの応援もあって、私は彼に手を引いてもらい、毎朝バスで会社へ通うことになった。
こうして私は、職場への現場復帰を果たす。そんなある日、夫は私に突然こう切り出してきた。「明日からは別々に家を出よう」

私は夫に食ってかかった。全盲の人間が一人で外を歩くことがどれだけ恐ろしいことか、あなたにはわかってないんだ!と。
しかし、本当はそれだけが怒りの理由ではなかった。私は、この人が自分の側から離れてゆくのが怖かったのだ。
私はもう一人で生きて行く自信がなくて、口では人でなしと叫んではいたものの、心の中ではお願いだから私を捨てないでと、泣きじゃくっていた。
夫は折れなかった。「これからは別々に家を出る」意を決した声に圧され、私は唇を咬むしかなかった。

軍人の夫は、その軍服がよく似合う美形で、女性たちの人気の的だった。私はそんな彼と結ばれたことに感謝してもし尽くせない至福を感じていた。
それが今は、その事が大きな不安になってしまっている。私よりいい女なんてまわりにいくらでも居る。生活の足手まといとなった私と共に居る理由なんて
彼にはないのではないか。愛人を作られたらどうしよう。離婚したいと言われたらどうしよう。声をかけてもらえなくなったら…。
私の中で、夫が急に遠い人になってしまった。

それから半年が経った。私はどうにか一人で出歩くことを覚え、知っている場所へは大概一人でも行けるようになった。
夫が手をひいてくれることは殆どなくなってしまったけれど、私の心配は杞憂に終わり、彼の優しさは今も変わらない。
そんなある日。出勤に使ういつものバス停で、いつもの運転手さんが、私にこう話しかけてきた。
「羨ましいねぇ。愛されてるってのはどんな気分だい?」私はわけがわからなかった。「え?何のこと?」
「だからさ、毎朝ここまで君を送って来て、このバスに向かって敬礼してゆく軍人さんだよ。あんたの旦那さんなんだろう?」



祭り

2007/05/03

「お祭り、行かないの?」遠目に祭りを見つめている少女に僕は声をかけた。彼女は振り返り、僕の手にしている人形に視線を注ぐ。
背中に紐がついていて、引っ張ると眉毛がハの字になり、舌がベロッと出るからくり人形だ。
「ああ、これ。お祭りで買ったんだよ」僕が紐をひっぱって見せると、彼女は人形のおかしな顔にくすりと笑った。
そして、彼女はその人形にまつわる『ベロ出しチョンマ』のおはなしを、僕に話して聞かせてくれた。

1653年。幼少の当主を良い事に、地主の家老が私腹を肥やす為に飢饉の花和村に重税を課していた。
村人たちの嘆願は全く聞き入れられず。花和村の代表、藤五郎は江戸将軍家への直訴を決断し、一人でそれを決行した。
村の実態は明らかとなり、減税がなされ村人たちは明日を繋ぐ。しかし、藤五郎は極刑を受けることになってしまった。
そう、将軍家への直訴は、天下への物言いと見做され、極刑に値する。藤五郎の家に足を踏み入れる役人たち。
妻のお藤は「覚悟しておりました。どうぞ、ご存分に」と、その制裁を毅然として受いれた。
引き立てられる、息子の長松。妹のウメ。そして、妻のお藤。刑場に着くと、先に藤五郎が磔(はりつけ)にされていた。
藤五郎は家族を見つけると、みんなに向かって笑って見せた。
藤五郎一家は全員磔にされた。刑場に集まった村人たちが、藤五郎一家の名を泣き叫んでいる。
処刑が始まった。胸元で交差される槍に、幼いウメが兄に向かって泣き叫んだ。「わああん。兄ちゃん!怖いよ兄ちゃん!!」
兄の長松はウメに言った。「ウメ!何も怖くねぇよ。ほら!兄ちゃんの顔見てみろ?!」それは、長松お決まりの顔だった。
ウメがぐずった時、長松はいつもこの顔でウメを笑わせてきた。「ウメちゃん!兄ちゃんの顔おかしいなあ!!あははは!」
「あっははは!ウメちゃん、見てごらん!ベロ出しチョンマだよ!あははは!」村人たちも、ウメのために口々に叫ぶ。泣きながら、必死になって笑った。

ウメを苦しみから救おうと、その顔のままで亡くなった長松の笑顔は、今もこの面に語り継がれている。

「盆踊りって、本来はお面をつけて踊るものなの。それはね、顔を隠して踊っている中の誰かは、お盆に帰って来た仏様かも知れないからなんだって。
だから、誰だかわかっても声をかけてはいけないのね…」彼女は、盆踊りの輪を見つめて言った。

彼女はここから、探していたのだろうか。面をつけ、手をとりあって踊る、兄と妹の姿を。



月うさぎ

2007/05/01

そこは深い森で、夜空に浮かぶ月が異常に大きい。ここは地球ではなくて、もっと月に近い別の星なのではないだろうか?
月明かりが山道を昼間のように煌々と照らしている。僕はとりあえずその山道を登ってみることにした。
ちょっと歩くと、小高い丘に出た。そこに、一人の少女が立って、その大きな月を眺めている。彼女は僕に気づくと、照れくさそうに笑って言った。
「えへへ…、こんなにお婆ちゃんになってしまいました」。どう見ても14、5才にしか見えない。
「君っ!よいですか?この世界で15才と言ったら、もー最長老クラスなのです!」
左手を腰に、右手の人差し指を立てて説明する彼女。どこか間の抜けた愛らしさがある。
「ささ、こっちに来てください」彼女はペタンと座って、自分の隣の地面をポンポン叩く。
彼女は自分の膝の上に、大きな葉っぱに包んだお団子を広げて、それを僕に勧めてくれた。
蓬(よもぎ)と紅白のお団子。餡の入っていない小さなもので、どれもすごくおいしかった。彼女もニコニコしながら、それをパクパク食べている。
「残りのお団子は、月のみんなに持って帰ります」「月?」「そーです。月です」彼女は月を指差してニッコリ笑う。そして、少しだけ寂しそうな目をして言った。
「君は、泣きながら私に聞いたね。『痛いところはない?何か食べ物あげようか?のどは渇いていない?』
大丈夫だよ。私のして欲しいことは、今、叶っているんだから」
やがて、彼女はふわふわと浮かび上がり、月へ向かって昇ってゆく。僕が「さようなら」と言うと、彼女は笑顔でバイバイをして、月の光に包まれていった。

目を覚ますと、ウサギが僕の腕の中で冷たくなっていた。
そうだ。僕は弱ったウサギが心配で、檻から出して抱きしめたまま、眠ってしまったんだ。
「結局、何もできなかった…」僕は目を腫らしてウサギをもう一度抱きしめる。
その時。腕の中から、少女の最後のひと言が、聞こえたような気がした。

「大丈夫だよ。私のして欲しいことは、今、叶っているんだから」



リディアの空

2006/12/30

1941年6月22日。ドイツは独ソ不可侵条約を破ってソ連領に進行。ソ連はこの奇襲に対応出来ず一週間に4千もの戦闘機を失った。
急遽再編成された飛行連隊に約1200人の女性を採用。その中に、後にドイツ空軍を震撼させたパイロット、リディア・リトヴァクという少女がいた。
リディヤは幼い時から大空に憧れていた。身長僅か5フィート(150p)で花を愛する町でも評判の美少女。
そんな彼女だが、天才的飛行技術で16歳にし単独飛行を許され、ドッグファイト(格闘戦演習)では男性教官を破っている。
そして、彼女は第586戦闘機連隊に正式な戦闘員として配属された。

彼女は隊のエース、サロマーテンと恋に落ちた。美男と美女のカップルで二人は部隊の超エリート。誰もが二人を羨望の眼差しで見つめた。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。サロマーテンの戦死。リディヤの親友や同僚、相談相手、上官たちが、彼女を必死で励ました。祖国のためにがんばろうと。
だが、そのやさしい人たちも、一人、また一人とリディヤの前から姿を消した。戦争によって奪い、奪われて行く命。恋人のみならず、親しい人々まで失い続けるリディヤ。
わずか二年で、彼女は深い孤独に陥ってしまった。「私はここで、何をしているの?」もう一人の自分が問いかける。
彼女はそれを考えないようにするため、更に任務に没頭した。彼女はもう、他にどう生きて良いのかわからなくなっていた。

1943年8月1日。8機のメッサーシュミットに追尾されるリディアの戦闘機Yak-1。この8機はリディヤ撃墜のために編成された特別部隊だった。
逃げるリディヤ。応戦しない彼女に仲間が無線で呼びかける。リディヤ!撃て!撃つんだ!!しかし、彼女は撃てなくなっていた。
自分の失った大切な人々と同じだけの命が、敵機にも宿っている。その事を理解してしまったかのかも知れない。
戦闘においては、人間性を取り戻した方が負ける。

「…私が馬鹿だった。軍人なんかに憧れて。私が憧れた空は、澄み渡る青い空なの。
真青な空。綺麗で、静かで、鳥がいて、美しい雲があって・・・」

彼女は独り言のように無線に向かってつぶやき、散っていった。21歳だった。



人形師

2006/09/28

強大な敵を次々と駆逐し前に進むも、天下統一目前にして殿は病に倒れてしまう。家を継いだ息子は父の遺産たる強大な騎馬隊を持って
その志を果たそうとするも、南蛮より渡来した新兵器、鉄砲によって打破され御家は滅亡した。この家の武将の一人が
燃えさかる城より自分の娘を野に逃がす。娘は父の傍を離れまいとこれを頑なに拒んだ。しかし、父はそれを諭す。
「必ずお前を迎えに行く。だから行くのだ!」
しかし、父親は迎えに来なかった。娘は身寄りもなく、物乞いとなり、野道で餓死する寸でのところを僧に助けられた。
やがて娘は、この町を訪れた行き掛かりの旅芸人の一座に加わる。そして、人形師となった。

語り手と共に人形師の娘は人形を生きいきと操る。民衆の殆どはこの悲しい人形劇を何度も見ているであろう。
結末を知るも、何度も足を運んでしまう魅力があった。

娘はたくさんの民衆を前に懸命に舞った。この中に父上がいるかも知れない。本当は生きいて私を探しているかも知れない。
やがて、娘は不治の病にかかる。しかし娘は、その病を隠し踊り続けた。生き別れた父親に会いたい一心で。
月夜の晩、娘は物音に目を覚ました。外に出てみると多くの傷ついた武者が並んで座っている。その中に、父親の姿があった。
「あやめ。踊りを見に来たぞ」皆が、優しい笑顔を向けた。娘は嬉し涙を堪えながら、皆の前で精一杯舞った。
翌朝、娘はしあわせそうな顔をして死んでいた。旅芸人の一座は彼女に手をあわせて言うのだった。きっと、お父さんに会えたんだろうにね。

この人形劇は評判となり、一座は三河の殿様よりお声がかけられた。娘が御前に上がると殿様と数人の側近が座っている。
娘は言われるがままに人形劇を演じた。それを見て、殿様は言う。
「実に見事であった!が…わしの知っている話と、ちと違うな。この娘に本当の話を聞かせてやると良い」
一人の側近に命じて、殿様を含めた皆が退席してしまった。側近は、娘と一座に向かって話始めた。

「…娘の病であるが。これは次第によくなり、娘は元気を取り戻す。娘は諦めずに踊り続けるのだ。
 一方父親は、城を落ちた後、娘を散々に探すも見つけられず。父の旧主に尊敬を抱いていた徳川家に召抱えらた。
 やがて関ヶ原を経て世も落ち着き、父ももう諦めかけていた頃、下町で演じられている人形劇の内容にもしやと思い
 殿の計らいによって娘と父は…生きて再会するのだ。そして…親子はいつまでもしあわせに…」

その人は、言い終わらないうちに駆け寄り娘を強く抱きしめて言った。
「馬鹿者!自分の父を勝手に亡霊にする奴がどこにおる!」



さくら

2006/06/14

貧しさに飢饉も重なり倒れてゆく弟達。彼女は一家を救うために、村から都へと売られて行った。そこで奴隷のように休みなく働かされ、苛められ
年頃になると更に花町へと売られて行った。ろくな教養も得られぬままに京へ行き、そこでも無知を罵られひどく苛められる毎日を送った。
彼女の美しさが、吉原の女たちの嫉みの種にもなっていただろう。同僚達の執拗な嫌がらせから、やがては彼女を陥れようとする輩まで現れる。
彼女の心が壊れるのに十分なまでの残酷が、そこにはあった。彼女は彼等に抗うべく、弱者の頼る唯一の手段に縋った。丑三参りをしたのだ。
夜な夜な藁人形に杭を打ちながら泣き叫ぶ少女。悪党を、世の中を、運命を呪った。「どうして!どうして私だけがこんな目に…!!」
彼女の願掛けは叶い、非業の死を遂げて行く男達。しかし、彼女の胸には虚しさだけが残った。薄々、わかってはいた。憎しみは決して
自分をしあわせにはしないことを。やがて彼女は床に伏すようになる。幼少より休みなく働き続け、虐げられてきた彼女の体は既に限界に達していた。
彼女は療養を許され十数年ぶりに帰郷する。帰郷を許されたのは逃げられてもかまわないと、あの女はもう稼ぐことはできないと、そう思われたからかも知れない。
彼女は、廃屋になった実家を目の前にして思う。私は、何のために売られていったのだろう…、あの地獄の日々は、もはや誰のためでもなかったんだと。
花町に戻っても、もうこの体では働けない。それに、働く必要もなくなってしまった。そうして彼女は、残り短い時をこの家で暮らすことになる。

村のお坊さんが彼女を憐れみ看病をしてくれた。彼女にとっては、生涯で唯一の救いであったかも知れない。
「和尚さん、今までありがとう。私はもう死ぬ。自分でわかるの」か細い声で、彼女は言った。事の顛末を知っている和尚は涙を止めることができない。その時だった。
「姉ちゃん!さくら姉ちゃん!!」縁側から生き別れた弟の声が聞こえる。彼女は既に見えなくなりかけている瞳で、声の主を探した。立派な青年になったその弟は
痩せ細った姉の手を取って言った。「姉ちゃん!探したんだ!ずっとずっと!!まさかとは思ったけどここに帰っていたなんて!!僕はふたつ向こうの村で立派にやってるよ。
今は嫁も子供も居る。姉ちゃんのことだけが心配で心配で…父さんも母さんもみんな死んじゃったけど、みんな姉ちゃんのこと心配してたんだよ!」
「お前、しあわせになったんだね」彼女がそう言うと、弟も姉に聞いた。
「姉ちゃんはあれからどうしてたんだい?養子に出されて、酷い目にあわなかった?辛いことはなかった?」
それを聞いた和尚は下を向いて歯を食いしばった。この人こそ、みんなの痛みを一身に背負ってここまできたのだ。
彼女は弟に答えた。

「ううん。わたしはずっと、しあわせだったよ」


人狼(種の狭間を越えてX)

2006/03/05

森に住むと言う人狼を探してその一団はやって来た。一旗上げようと躍起になる学者の父に半ば飽きれながらついてきた娘のクレア。
必死になる彼等を他所に、人狼と最初に対面を果たしのは娘のクレアの方だった。

彼女は人狼に危険はないと感じた。肩や手足に異常な発達は見られるけれど、あとは普通の人間とかわらない。
それもそのはずで、森に捨てられた子供が狼に育てられたと言うのがその真相だった。彼は新種でも何でもなかったのだ。
彼は無邪気にチンパンジーと遊んでいた。彼女と目が合っても、何か動物がそこにいる程度の認識しか持ち合わせていないようだ。
それから、二人の交流がはじまった。何にでも興味を抱き無邪気に笑う彼に、彼女はすっかり魅せられてしまった。
髪を切り服を着せれば彼はそれなりに一人前の青年に見えた。そんな彼が、追われ捕われの身となるのはおかしい。
彼女はそれを父親に訴えた。しかし、父親は納得しなかった。本国へ連れて帰り調べてから結論を出すと、人狼の捕獲に拘った。
住慣れた森から彼を無理やり連れ出すなど許してはいけない。クレアは頑なに彼の居場所を教えることを拒み続けた。

どうすれば彼が人間と同じであることを理解してもらえる?彼女は思案の末、彼の手の平にアルファベットを書いて言葉を教え始めた。
「いい?私の名前はクレアよ。クレア・バートン!さ、言ってみて!」彼は口まねこそするものの、すぐにあきて友達のチンパンジーと遊び出してしまう始末。
不真面目な人狼にクレアが怒ると、彼は泣きそうな顔をして森の中へ逃げ帰ってしまうのだった。どうしたらいいの?
そうだ。うまくしゃべれたらご褒美をあげよう。彼女は翌朝、果物を沢山かかえて彼の元へ向かった。父親が猟銃を持って後をつけていることも知らずに。

突然現われた父親の一行に二人は目を見開く。父親の指示で一人が娘を人狼から引き離し、残りが彼に銃口を向けた。
「博士!彼は人間なのでは?!」戸惑う護衛兵に父親は叫んだ。「違うぞ!奴の手足を見ろ!!あれは人狼だ!!」
鳴り響く銃声。倒れたのは、クレアだった。彼女は男達の手を振り払い、人狼にかけよっていたのだ。
突きつけられたいくつもの銃口を前に、人狼は倒れた彼女の手を取る。その指先に、あの温かい声を思い出していた。

「…クレア」

その声に人々は銃を降ろす。地に膝をつき頭を抱える父親。人狼の涙を見て、兵の一人が言った。
「博士。…人間とは何ですか?どこからが人間で、どこからが人間ではないのですか?」