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シューズ

2004/09/21

そのシューズは命よりも大切なものだった。そして、文字通り私は命を失い、靴だけがこの世に残る。それもやがて、人手に渡ってしまった。
私のシューズを手にしたその子は、私と同じくらい毎日の稽古を欠かさなかった。初舞台に向けて稽古に励んでいるのだろう。
私の気持ちは嫉妬でいっぱいだった。踊りたい。私だって踊りたいよ。あの靴は私の大切なものなの!私はいつしか彼女の体を借りて踊るようになった。
夜、彼女が眠りにつくとその体に入って、月と一緒に朝まで思う存分踊るのだ。やがて、彼女の体は日に日にやせ衰えていった。
それもそのはず。昼は彼女が踊り、夜は私が彼女の体で踊るのだから。いっそこのまま彼女の魂を体から引きずり出して、入れ替わってしまいたい。
体さえ手に入れば私はまた踊れる。だって、私には踊りしかないもの!私はもう、体を持たない不幸な自分の事しか考えられなくなっていた。

心配した彼女の両親が四方八方走りまわって、娘の異変についていろいろと調べ始めた。
幾度となく夜を踊り明かす彼女の姿を、街の人が見ていたから。靴の呪いだと人々は囁きあう。その噂に私は言い表せない焦燥を抱き、事を焦った。
早く、早く彼女の体を奪わないと!彼女の両親は調べの末、とうとう靴の主であった私のことをつきとめた。

その靴の持ち主は戦災で家族を失い、一人でこの街にやって来た。死物狂いで働きつつ稽古に励み、やっと舞台に上がれるというところまで漕ぎ着ける。
しかし、練習でボロボロになったシューズでは舞台に上がれない。「舞台用のシューズなら家にあります」と嘘をつき、彼女は文字通り寝ないで働いた。
そして、やっと手に入れた舞台用の美しいピンクのシューズ。日々の疲れを忘れ、シューズの入ったリボンの箱を嬉しそうに抱いて道行く帰り、彼女は事故に遭った。
宙を舞った靴は浮浪者が目ざとく拾い隠し、売りに出して酒代にしてしまう。その靴を、我々は新品だと思いこみ、騙されて買ってしまったのだ。
そう説明する両親の話は、全て事実の通りだった。衰弱しベッドで寝ていた彼女は、天井を見つめながらこの話を聞いた。彼女の頬に、一滴の涙がつたった。

新しいシューズならいくらでも買ってあげる。早くそのシューズを燃やしてしまいなさいと親は急き立てる。
しかし、彼女はそのシューズを手放さなかった。彼女はシューズを使いつづけ、今まで以上に念入りに手入れをし、夜は枕元において寝た。
そして時にベッドから身を起こし、両手でそのシューズを抱きしめる。私のせいでやせ細ってしまったその腕で。そんな彼女の目の前で、私は顔を覆って泣いた。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。靴を大事にしてくれてありがとう。わかってくれてありがとう。本当はわかっていたわ。あなたの体を奪ったって
何の解決にもならないってこと。私ね、ずっと一人だったの。今もひとり…。生きてあなたと出会いたかった。友達になりたかったわ。

やがて彼女はそのシューズで初舞台を踏んだ。舞台は大成功。私は傍でずっと彼女を見守っていた。客席に向って嬉し泣きをする彼女。
おめでとう。この日のためにあなたはずっと頑張って来たものね。そのこと、私は知っているよ!

ふと自分の足に違和感を憶えた。見てみると、私はあのシューズを履いている。視線を前に戻すと舞台からは人が消え、客席にはさっきとは違う人達が座っていた。
紳士淑女に軍服を着た人までいる。そして、最前列には死に別れた家族が、飼っていた犬を膝元に座っていた。みんな笑顔で舞台が始まるのを待っている…。
私はあふれ出る涙を拭いて、ゆっくりと舞台の中央へ歩み出る。そして、一礼の後、光の中を踊り始めた。


電話

2004/4/29

電車の中で大きな音を立ててしまった。私は慌てて携帯電話の電源を切る。向かいに座っていた男の人と目があったのでそれとなく謝ると
その人はいいんですよと微笑み返してくれた。お互いリュックを持っていたので旅仲間だという意識も芽生え、それから少しその人と話をした。
最近の携帯はすごいね、テレビまで観れてしまう。そんな何気ない会話からその人は携帯電話に纏わる妹さんの話を聞かせてくれた。

「妹は2歳の時白血病にかかって、それから両親の注目は一心に妹へ注がれました。まだ幼かった僕は妹にずっと嫉妬していました。
両親はいつも妹ばかりを見つめていたから。連休は大抵妹の病院に行くことで消化され、家族で旅行をするよその家が羨ましくて仕方なかった。
当時の僕は、その病気の妹に優しくなんてできなくて、妹なんかいなければと思うことさえありました。

ある日、妹は携帯電話を欲しがりました。僕がメールのやり取りをしているのを見て欲しくなったのでしょう。クリスマスだったから、そのプレゼントとして
携帯電話を買ってやったんです。その場でメールの仕方も教えてあげました。そしてその日の深夜、僕の携帯が鳴ったんです。妹からのメールでした。

さっきまでクリス
マスイブだったけ
どもうクリスマス
になったね。お兄
ちゃんいつも迷惑
かけてごめんね。
ありがとう。__

そのメールを受信した直後です。母にすぐ病院へ行くから仕度をしろと言われました。…妹の死に目には間に合わなかった。
妹の最後を看取った看護婦さんが教えてくれました。妹は携帯電話を胸元で強く握り締めていて、手からはずすのが大変だったのだと。
それを聞いて、僕はみんなの前で床にひれ伏して泣きました。妹は生涯、ずっと僕や家族の事を気にかけていたんです。
それにひきかえ僕は…、たった一人の妹にさえ優しくできなかった。なのに妹は、こんな僕を選んで最後の言葉をくれたんです」

そういえば、さっきの電話は誰からだったのでしょう?彼は私にそう笑いかけ、途中の駅で降りて行った。
私は改めて自分の携帯電話を見つめてしまう。家族との繋がりとなったその電話を嬉しそうに握る、雲の上の少女を思い浮かべながら。


再会2

2004/1/25

ボクが拾われたのは子猫の時で、ずっと彼女と一緒だった。本当に幸せな日々だったんだよ。でもある日、彼女は家に帰ってこなかったんだ。
数日して、黒い服を着た人たちが家に沢山やってきた。ガサゴソと荷物を漁り、そのあとトラックとかもやってきて、ボクのベッドも彼女の服も
部屋のものは全て持っていってしまった。彼女がいなくなると、やがて知らないおじさんがこの部屋に住むようになった。
おじさんはボクの姿を見つけるたびに「あっちへ行け」とホウキを振り回す。ボクは行き場を失った。

この町で彼女を探し続けてもう半年。近頃は空腹でよく倒れそうになる。そんな時は決まって彼女を思い出した。彼女はボクがご飯を食べているのを
よくしゃがんで眺めていたっけ。「おいしい?」って聞くんだ。一緒にお昼寝して、毛むくじゃらのおもちゃで遊んでくれて、抱きしめてくれて。
…どうしても彼女に会いたかったんだよ。それなのに、いくら探しても彼女とは会えなかった。やっぱり神様なんかいないんだと思った。

彼女はもうこの町にはいないと、ボクは見切りをつけた。あの峠を越えて隣の町に行こう。ボクは車道に沿って坂を登った。ある程度登ると住んでいた町が一望できた。
一瞬のことだった。夜景に見とれていたせいでボクは逃げ遅れ、車に右の手足をひかれてしまった。痛みを感じなかったのは、あまりにも酷い傷だったからだと思う。
そのまま横たわって街の明りを見つめた。暖かい家の明り。幸せな家族。暖炉にいるのはぼくと同じくらいの猫だ。どれも、しあわせいっぱいの光。
近くにあって一番遠いモノだった。

ふと、ボクを呼ぶ懐かしい声がした。涙でぼやけた夜景を後に、彼女がボクに手をさしのべている。
…そっか。そうだったんだ。探すことなんてなかったんだ。君はいつだってボクのそばにいたんだね。
もぅ、一人にしないでね。




2003/12/31

「さぁ、目をあけて。君は僕のつくった人造人間、ロボットだよ。君には今日から人間というものを学習してもらうよ。いいね」
私は主人の言付けにしたがって、様々な仕事を始めた。家事の一切をこなし、庭の手入れをし、野菜まで作った。様々な料理を作りその味を覚えた。
最近、私の作る庭の野菜に歯型をつけていくモノがいる。森からひょっこりと現れるウサギだ。そのへんに生えているやつを食べればいいものを
わざわざ私の作る庭の野菜ばかりを狙う。もぅ、ほんっとに頭にくる!私はウサギを見つけると追い掛け回し、大抵何かにつまづいて転んだ。
影でそれを見て笑う主人。恥ずかしくて、ちょっとムカついた。私はこうやって、人の様々な感情をことあるごとに学習した。大分人間に近づいたとは思うが
未だ「死」に関しては、茫漠として理解できなかった。生き物が死ねば、生態学的に土に取りこまれその栄養素となる。当たり前のことだ。

ある日、私は森の中へ山菜を取りに入った。途中雨が降って来たので急いで家に向かう。その途中、聞き覚えのある鳴き声を聞いた。
それは、崖の方から聞こえてくる。ひょいと覗いてみると、例のウサギが崖っぷちで震えていた。私は助けようと崖を下りてウサギに手を伸ばす。
崖は雨で滑りやすくなっていた。私は足を踏み外し、ウサギを抱いたまま真っ逆さまに崖を落ちる。私は体を損傷し、ウサギは動かなくなった。

玄関先で主人は私を見て驚いている。「直して下さい」と、私はウサギを差し出した。すると、主人は悲しい目で私に言った。
「君の体は直してあげる。だけど、その子は直せないんだ。命を“直す”ことはできないんだよ」
私は、膝の上でもう動かなくなったウサギ見つめた。…理解したくなかった、この気持にも。失ってから気づくなんて。

「この子が好きだったんです」

私は泣いた。死とは喪失感のことだった。


星の金貨

2003/11/10

身寄りのない貧しい少女が、一切れのパンもって森の中を歩いていました。
少女は森の中でさまざまな子供たちに出会います。少女はもっていたパン。かぶっていた帽子、着ていた服を上げました。
やがて、全てを失った少女は小高い丘に立ち、満天の星を見上げます。すると空から出し抜けに「バラバラバラ…」と
星が降ってきて、それが本物の金貨にかわりました。それ以後、少女は幸せな一生をおくりました。

弱きを想い、悲しみを汲んで下さったみなさまへ。どうか星が降りますように。



ともだち

2003/7/27

誤爆によって砲弾の直撃を受けたベトナムの孤児院。宣教師数名に児童一人が即死し、何人かの怪我人がでました。
その中でも、特に酷い怪我を負ってしまった少女がいました。現地の医師が到着するまで待ってはいられない。アメリカ人医師は
片言のベトナム語に身振り手振りで子供達に訴えます。「今、君たちのお友達が大怪我をして大変なんだ。至急、輸血しなければならない。
誰か血を分けてくれないか?誰でもいいんだ」子供達はみな黙ってしまいます。(私のベトナム語が通じていないのか?)
そんな心配を始めたその時、中から一人の少年がおそるおそる手をあげました。これは助かったと、この米軍医師はすぐに輸血の準備をはじめます。

輸血を始めてしばらく、ふと少年は自分の顔を手で覆いました。「なに?どうしたの?」米軍看護婦の問いに、少年はなんでもないと首を振ります。
しかし、少年は震えていました。「寒いのかしら?何が不安なの?」看護婦は狼狽します。言葉が通じなければ、その理由を聞くこともできない。
少年は何でもないと首を振り続けるのですが、体は震え、目には涙が溢れているのです。いったいどうしたというのか。

そこへ、現地のベトナム人医師がかけつけてきました。米軍の医師、看護婦は少年の症状を事細かく訴えます。それを聞いたベトナム人医師は、少年にベトナム語で
質問してみると、何だ、そういうことなのかと一安心。少年もまた、このベトナム人医師の説明を受けてほっと胸をなでおろします。ベトナム人医師は説明します。
「この子は 『全ての血をあげなければならない』 と、そう聞いたと言っています。このまま自分は血を抜かれて死ぬものと思い、おびえていたのですよ」
「待ってくれ…。だとしたら、なぜこの子は協力してくれたんだろう?」ベトナム人医師がそれを通訳して尋ねると、少年はあっさりと答えました。

「ともだちだから」



アクセサリー

2003/5/3
私は生後まもなく川の辺に捨てられて、あと数分遅れていたら泥水に飲み込まれてしまうところを行きかけの修道女に救われました。
病院に運ばれた私は、洗浄、酸素吸入、輸血などの手当で一命を取りとめます。そして、身寄りの無い私をその修道女は引き取ったのです。
そこには私のような子供がたくさん暮らしていました。きっと、この人が同じように助けて来た子供達なのでしょう。その人はいつもみんなに平等で
私にもよく腰をかがめ、幼い私と視線を同じくして話しかけてくれました。私がそれに返事をすると「よくできました!」と、その胸いっぱいに
抱きしめてくれる。私はこの人を本当の母親のように思い、一度も両親がいないことを淋しがったことはありませんでした。

学校でアクセサリーが流行ったことがありました。
孤児である私には到底手の届かないものと諦めていたら、いつの間にかあの人が私のためにアクセサリーを用意してくれていたのです。
本当にうれしかった。彼女は私に勉強勉強と言うだけでなく、友達ともうまくやっていけるように気を配って見てくれていたのです。
私はこのような暖かい恵みにあって。英語、タイプ、速記の技術を身につけ、ついには一流の商社に就職することができました。

入社の書類に両親の名前を書く欄があって、私は戸惑いました。両親の名前どころか、私は自分の誕生日さえ知らないのです。鉛筆を持つ手はその個所で止まり
それを不思議そうに見る受付の人。辛くてたまらなかった。やっぱり私は一人ぼっちなのだと、目を伏せたその時でした。それを見ていたあの人が
私の前にやってきて自分の名前を書いてくれたのです。「母:マザー・テレサ」。私にはもう、用紙の字もマザーの笑顔も、涙で滲んで見えなくなっていました。