電車の中で大きな音を立ててしまった。私は慌てて携帯電話の電源を切る。
向かいに座っていた男の人と目があったのでそれとなく謝るとその人はいいんですよと微笑み返してくれた。
お互いリュックを持っていたので旅仲間だという意識も芽生え、それから少しその人と話をした。
最近の携帯はすごいね、テレビまで観れてしまう。そんな何気ない会話から、その人は
携帯電話に纏わる妹さんの話を聞かせてくれた。

「妹は2歳の時白血病にかかって、それから両親の注目は一心に妹へ注がれました。
まだ幼かった僕は妹にずっと嫉妬していました。両親はいつも妹ばかりを見つめていたから。
連休は大抵妹の病院に行くことで消化され、家族で旅行をするよその家が羨ましくて仕方なかった。
当時の僕は、その病気の妹に優しくなんてできなくて、妹なんかいなければと思うことさえありました。

ある日、妹は携帯電話を欲しがりました。
僕がメールのやり取りをしているのを見て欲しくなったのでしょう。
クリスマスだったから、そのプレゼントとして携帯電話を買ってやったんです。
その場でメールの仕方も教えてあげました。そしてその日の深夜、僕の携帯が鳴ったんです。妹からのメールでした。


さっきまでクリス
マスイブだったけ
どもうクリスマス
になったね。お兄
ちゃんいつも迷惑
かけてごめんね。
ありがとう。__


そのメールを受信した直後です。母にすぐ病院へ行くから仕度をしろと言われました。
妹の死に目には間に合わなかった。
妹の最後を看取った看護婦さんが教えてくれました。妹は携帯電話を胸元で強く握り締めていて、手からはずすのが大変だったのだと。
それを聞いて、僕はみんなの前で床にひれ伏して泣きました。妹は生涯、ずっと僕や家族の事を気にかけていたんです。
それにひきかえ僕は…、たった一人の妹にさえ優しくできなかった。なのに妹は、こんな僕を選んで最後の言葉をくれたんです」

そういえば、さっきの電話は誰からだったのでしょう?彼は私にそう笑いかけ、途中の駅で降りて行った。
私は改めて自分の携帯電話を見つめてしまう。
家族との繋がりとなったその電話を嬉しそうに握る、雲の上の少女を思い浮かべながら。