「お祭り、行かないの?」
遠目に祭りを見つめている少女に僕は声をかけた。彼女は振り返り、僕の手にしている人形に視線を注ぐ。
背中に紐がついていて、引っ張ると眉毛がハの字になり、舌がベロッと出るからくり人形だ。
「ああ、これ。お祭りで買ったんだよ」僕が紐をひっぱって見せると、彼女は人形のおかしな顔にくすりと笑った。
そして、彼女はその人形にまつわる『ベロ出しチョンマ』のおはなしを、僕に話して聞かせてくれた。

1653年。幼少の当主を良い事に、地主の家老が私腹を肥やす為に飢饉の花和村に重税を課していた。
村人たちの嘆願は全く聞き入れられず。花和村の代表、藤五郎は江戸将軍家への直訴を決断し、一人でそれを決行した。
村の実態は明らかとなり、減税がなされ村人たちは明日を繋ぐ。しかし、藤五郎は極刑を受けることになった。
そう、将軍家への直訴は、天下への物言いと見做され、極刑に値する。藤五郎の家に足を踏み入れる役人たち。
妻のお藤は「覚悟しておりました。どうぞ、ご存分に」と、その制裁を毅然として受いれた。
引き立てられる、息子の長松。妹のウメ。そして、妻のお藤。刑場に着くと、先に藤五郎が磔(はりつけ)にされていた。
藤五郎は家族を見つけると、皆にむかって笑って見せる。
藤五郎一家は磔にされた。刑場に集まった村人たちが、藤五郎一家の名を泣き叫んでいる。
処刑が始まった。胸元で交差される槍に、幼いウメが兄に向かって泣き叫んだ。
「わああん。兄ちゃん!怖いよ兄ちゃん!!」
兄の長松はウメに言った。
「ウメ!何も怖くねぇよ。ほら!兄ちゃんの顔見てみろ?!」それは、長松お決まりの顔だった。
ウメがぐずった時、長松はいつもこの顔でウメを笑わせてきた。
「ウメちゃん!兄ちゃんの顔おかしいなあ!!あははは!」
「あっははは!ウメちゃん、見てごらん!ベロ出しチョンマだよ!あははは!」
村人たちも、ウメのために口々に叫ぶ。泣きながら、必死になって笑った。

ウメを苦しみから救おうと、その顔のままで亡くなった長松の笑顔は、今もこの面に語り継がれている。

「盆踊りって、本来はお面をつけて踊るものなの。
それはね、顔を隠して踊っている中の誰かは、お盆に帰って来た仏様かも知れないからなんだって。
だから、誰だかわかっても声をかけてはいけないのね…」

彼女は、盆踊りの輪を見つめて言った。
彼女はここから、探していたのだろうか。面をつけ、手をとりあって踊る、兄と妹の姿を。