貧しさに飢饉も重なり倒れてゆく弟達。彼女は、一家を救うために村から都へと売られて行った。
そこで奴隷のように休みなく働かされ、苛められ、年頃になると更に花町へと売られてゆく。
ろくな教養も得られぬままに京へ行き、そこでも無知を罵られひどく苛められる毎日を送った。
彼女の美しさが、吉原の女たちの嫉みの種にもなっていただろう。
同僚達の執拗な嫌がらせから、やがては彼女を陥れようとする輩まで現れる。
彼女の心が壊れるのに十分なまでの残酷が、そこにはあった。彼女は彼等に抗うべく、弱者の頼る唯一の手段に縋った。
丑三参りをしたのだ。
夜な夜な藁人形に杭を打ちながら泣き叫ぶ少女。悪党を、世の中を、自分を呪った。
「どうして!どうして私だけがこんな目に…!!」
彼女の願掛けは叶い、非業の死を遂げて行く男達。しかし、彼女の胸には虚しさだけが残った。
薄々、わかってはいた。憎しみは、決して自分をしあわせにはしないことを。
やがて彼女は床に伏すようになる。幼少より休みなく働き続け、虐げられてきた彼女の体は既に限界に達していた。
彼女は療養を許され十数年ぶりに帰郷する。帰郷を許されたのは逃げられてもかまわないと、あの女はもう
稼ぐことはできないと、そう思われたからかも知れない。彼女は、あばら家になった実家を目の前にして思う。
私は、何のために売られていったのか…、あの地獄の日々は、もはや誰のためでもなかったのかと。
花町に戻っても、もうこの体では働けない。それに、働く必要もなくなってしまった。
そうして彼女は、残り短い時をこの家で暮らすことになる。

村のお坊さんが彼女を憐れみ看病をしてくれた。彼女にとっては、生涯で唯一の救いであったかも知れない。
「和尚さん、今までありがとう。私はもう死ぬ。自分でわかるの」か細い声で、彼女は言った。
事の顛末を知っている和尚は涙を止めることができない。その時だった。
「姉ちゃん!さくら姉ちゃん!!」
縁側から生き別れた弟の声が聞こえる。彼女は既に見えなくなりかけている瞳で、声の主を探した。
立派な青年になったその弟は痩せ細った姉の手を取って言った。
「姉ちゃん!探したんだ!ずっとずっと!!まさかとは思ったけど、ここに帰っていたなんて!!
僕は山ふたつ向こうの村で立派にやってるよ。今は嫁も子供も居る。姉ちゃんのことだけが心配で心配で…
父さんも母さんもみんな死んじゃったけど、みんな姉ちゃんのこと心配してたんだよ」
「お前…、しあわせになったんだね」彼女がそう言うと、弟も姉に聞いた。
「姉ちゃんはあれからどうしてたんだい?養子に出されて、酷い目にあわなかった?辛いことはなかった?」
それを聞いた和尚は下を向いて歯を食いしばった。この人こそ、みんなの痛みを一身に背負ってここまできたのだ。
彼女は弟に答えた。

「ううん。わたしはずっと、しあわせだったよ」