「一番星の出る頃に、お前を迎えに来るからね」
そう言って、母親は娘をおいて立ち去った。暗くなるに連れて他の星々に紛れてゆく一番星。

泣き出す娘に、一人の僧侶が声をかけてきた。「こんなところで、どうしたんだい?」
「お母さんがここで待ってろって、それで…」大粒の涙が娘の頬を伝う。娘の背中をさすってやる僧侶。
「もう日が沈む。今日は私と来るがいい。すぐそこの寺だ。また明日、ここでお母さんを待ってみるといい」
寺に着くと、数人の子供達が和尚を囲んだ。「和尚さん!お帰りなさい!」この人が、親代わりになっているのだろう。
「お客様だ。みんな仲良くするんだよ」それからしばらく、娘はこの寺でみんなと寝食を共にすることになった。

みんな気さくで、良い子たちばかり。娘はすぐに子供たちと仲良くなった。
「お前のお母ちゃん絶対来るって!間違いないさ!」「そうだよ、きっと何かあっただけさ。今頃こっちに向かってるって!」
「そんなこと言って、お前の母ちゃん来なかったじゃないか!」「お前の母ちゃんだってそうじゃんか!あははは」
時に、自分の悲しい過去を笑い飛ばしながら、子供達は口々に娘を励ましてくれた。

優しい和尚さんやみんなとこうやって暮らしていけるのなら、もう寂しくはない。それでも、娘は母への想いを振り切れずにいた。
娘は夕暮れ時になると、母との約束の草原へ足を運び、そこで一番星が出るまで母親を待った。いつしか、それを迎えに行くのが
和尚の日課となってしまった。「明日はお母さん、来るといいね」。和尚の言葉に、娘は自分に言い聞かせるように頷くのだった。
そのまま一月が過ぎたある日、娘は言った。「…このまま。お母さんがこなかったら…」涙声の娘に和尚は言った。
「その時は、ずっとあの寺にいるといい」「いいの?」娘の問いに、和尚は悲しい目をして頷いた。

「お母さん!」それは、師走の始めだった。借金の清算でいざこざに巻き込まれ囚われの身となった母親が、身一つで逃げ出し
娘を迎えに来たのだった。母親は娘を抱きしめて言った「離さない!もう何があってもお前を離さないよ!」
その奇跡の再開を、迎え途中の和尚が歩を止めて眺めていた。子供達も、和尚の後ろで二人を見つめている。
それに気付いた娘は、みんなに向かって叫んだ。「和尚さん!みんな!お母さんが!お母さんが迎えに来たの!」
和尚は満面の笑みを浮かべて、ふたりに向かって手を振った。
子供達もぴょんぴょんと飛び跳ねながら、こちらに向かって手を振っている。
そのまま、みんなそれ以上こちらには近づかず、背を向けて寺に戻っていってしまった。

みんなを追うようにして寺に向かう親子。戻ってみると、寺は廃墟と化していた。
人を探して裏庭に入ってみると、そこにはひっそりと佇むいくつかの小さな墓石があった。
そのひとつひとつに、かざぐるまが飾られている。共にここで過ごしたあの子供達と、同じ数のかざぐるま。
「みんな…」
師走にしては温かな風が、そのかざくるまを回した。