そこは深い森で、夜空に浮かぶ月が異常に大きい。ここは地球ではなくて、もっと月に近い別の星なのではないだろうか?
月明かりが山道を昼間のように煌々と照らしている。僕はとりあえずその山道を登ってみることにした。
ちょっと歩くと、小高い丘に出た。そこに、一人の少女が立って、その大きな月を眺めている。
彼女は僕に気づくと、照れくさそうに笑って言った。
「えへへ…、こんなにお婆ちゃんになってしまいました」
どう見ても14、5才にしか見えない。
「君っ!よいですか?この世界で15才と言ったら、もー最長老クラスなのです!」
左手を腰に、右手の人差し指を立てて説明する彼女。どこか間の抜けた愛らしさがある。
「ささ、こっちに来てください」彼女はペタンと座って、自分の隣の地面をポンポン叩く。
彼女は自分の膝の上に、大きな葉っぱに包んだお団子を広げて、それを僕に勧めてくれた。
蓬(よもぎ)と紅白のお団子。餡の入っていない小さなもので、どれもすごくおいしかった。
彼女もニコニコしながら、それをパクパク食べている。
「残りのお団子は、月のみんなに持って帰ります」「月?」「そーです。月です」
彼女は月を指差してニッコリ笑う。そして、少しだけ寂しそうな目をして言った。
「君は、泣きながら私に聞いたね。『痛いところはない?何か食べ物あげようか?のどは渇いていない?』
大丈夫だよ。私のして欲しいことは、今、叶っているんだから」
やがて、彼女はふわふわと浮かび上がり、月へ向かって昇ってゆく。
僕が「さようなら」と言うと、彼女は笑顔でバイバイをして、月の光に包まれていった。

目を覚ますと、ウサギが僕の腕の中で冷たくなっていた。
そうだ。僕は弱ったウサギが心配で、檻から出して抱きしめたまま、眠ってしまったんだ。
「結局、何もできなかった…」僕は目を腫らしてウサギをもう一度抱きしめる。
その時。腕の中から、少女の最後のひと言が、聞こえたような気がした。

「大丈夫だよ。私のして欲しいことは、今、叶っているんだから」