春情妓談水揚帳 
(97/12/07) 

表のインデックスにもあるように、本書は現代語訳(『江戸のおんな――秘蔵の名作艶本 第1集――』所中。二見文庫)があるので、こちらではなるべく原文に近い形で入れることにしました。つまり、「〜するときハ」「ヲヤ」などの片仮名は「〜するときは」「おや」のように平仮名にし、旧仮名遣いも現代仮名遣いに改め、適宜、句読点および字送りを加えています。また、漢字の宛て字も正字に直したところがあります。しかし、1840年ごろの小説ですから、現代からはわかりにくい箇所が随所にあります。そのようなもののいくつかについては、注釈をカッコでくくって入れると読みづらくなるので、コメントタグにして入れておきました。ソースをエディタなどでご覧ください(このファイルの漢字コードはJISです)。


 昔、花川の渡しとか呼びたる竹町のほとりに好色なる男ありけり。商売の丸太杉が立ち続けと言いたるは、丈八が金言なりと甘んじ、朝(あした)に花を眺めては「あれもうどうも」と耳たぶの赤らむの色を思い出し、夕(ゆうべ)に紅葉を愛でるときは、裳裾にひらめく下紐の紅なるに比べつ、さかずきをあぐるにも剣菱のこわごわしき名を嫌い、妹が小袖に染めなせる花筏こそよけれとつぶやき、赤貝の形のおかしげなる蓴菜(じゅんさい)の滑らかなるに舌打ちして閨房事にのみ暮らしたが、好きこそものの上手なれと諺にもいうめれば、いでやかの興ある冊子を作らんとさまざまに案ずれども、いまは鶺鴒(せきれい)の教えをも待たず、茶臼を見ては逆床をはじめ、刺し鯖に習いては後ろ取りをたくみ、四十八手はさておきぬ百手千手の秘術を尽くした上なれば、さらにいわんことをしもしらず。ただ近きあたりにして、このごろ人の物語を水揚帳の反古の裏へ拾い書きして、書名をも水揚帳とて呼びなすは、かかる双紙を作りいづる初事という意なるべし。

上の巻

1 番頭の一言はよく釘の利三寸貫木

2 二十を越えたが囲いには面白い床柱

中の巻

3 田舎家の別荘は繁昌の地に秋田杉

4 樅の肌の美しい年増の答えは極上無節

下の巻

5 それを便りに此方も割気は船中の間渡竹

6 窓障子の工合よく入れるとは夢にも白檜


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