天孫の寿命
テンソンノジュミョウ
登場する神:邇邇芸命木花咲耶姫命、石長姫神(イワナガヒメノカミ)大山祗神
 人間の寿命が短くなった起源といわれる神話である。
 無事に天孫降臨を果たした邇邇芸命は、下界で早くもきれいなお姉さんを見つけだした。 大山祗神の娘、木花咲耶姫命である。 その美しさに惚れ込んだ邇邇芸命は、父親の大山祗神に結婚を申し入れた。 父神は喜び、「木の花のごとく栄え、石のごとく変わらぬ命」という祝いの意味を込めて、木花咲耶姫命とその姉の石長姫神をセットで邇邇芸命へと送った。 しかしこの石長姫神はたいそうな醜女(シコメ=飾らなく言えば今で言うブス)だったそうで、邇邇芸命は姉の方は送り返してしまった。
 大山祗神は、「せっかく2人そろって差し上げたのに、妹だけを妻にしては天孫の命も木の花のように儚いものとなるでしょう。」と嘆いたという。 さらに木花咲耶姫命が妊娠したときにも、ふられた姉の石長姫が「私を妻にしていれば子供は石のように長い命を保てたというのに、妹の子では花のように散ってしまうでしょう。」と恨みを込めて語ったとされている。
 こうして彼の子孫はすべて限りある寿命を持つようになったということである。 これは天皇家の人間に限った話である。 天皇が神であるのになぜ死ぬんだ?という疑問に対する言い訳ともいえよう。 ところが、かなり後の子孫である神武天皇(神話上での話だが)137歳まで、さらにのちの子孫である吉備津彦命は281歳までも生きたりしているからよく分からない。 このあたり、日本神話の編者の杜撰さを思わせるので、私はあまり好きになれない。 我々人間の寿命については、禊祓の項で述べておく。

 さて、邇邇芸命と結婚した木花咲耶姫命だが、一晩経ってから命の前に参って、「実はもう妊娠していて臨月が迫っております」と告げた。 これにはさすがに天孫、邇邇芸命も驚いた。 「それでは一晩で孕んだことになる。それはわたしの子ではなく、誰か別の国津神の子ではないか」と疑った。 木花咲耶姫命にしてみれば心外である。 「国神の子ならば無事には生まれないでしょう。天神の子ならばきっと無事に生まれます」と言って、八尋の産屋を作り、出入り口をつけずにその中に籠もってしまい、内側から土で塗り固めるということまでしてしまった。 やがて出産の時が迫ると、木花咲耶姫命は産屋に内側から火をつけ、燃えさかる炎の中で火照命(ホデリノミコト)、火須勢理命(ホスセリノミコト)火遠理命の三人を無事に出産した。
 神から人に至る系譜は、この末子の火遠理命を介して受け継がれてゆくことになる。