名前を聞いたことがある方がほとんどであろう。
天皇家の日本統治を正当化する神話である。
恐ろしいことに、戦時中ではこの神話が天皇家の支配の理論的な根拠として信じられていた。
信じさせようとしていたというべきか。軍部が。
つまり天皇は神であり、神の軍団は負けることがないという洗脳である。
まったく、どこをどういじり回したって神話が理論的になるものか。
神が統治する国家ならば、なぜかつてこの島は戦いがあふれていたのか。
なぜ幕府というものが必要だったのか。
我々は神である国王の力にすがって今まで生き延びてきたのか。
考えれば考えるほど情けなくなってくる。
我々が小さなアジアの島国で幾多の戦いを乗り越えて繁栄してきたのは我々の祖先のたゆまぬ努力の結晶だと思いたいではないか。
表題で述べた神の力の恐ろしさとは、こういうことである。
だいたいここまで読んでくださっていれば分かると思うが、日本の神はあくまで日本の神である。
国生みの際にも、できたのは日本列島のみである。
すぐ隣の朝鮮半島すらも日本の神々の作り上げたものではないのだ。
従ってこの神々の力は世界を相手にするときには無効である。
ちょっと考えれば分かるだろうに、神話好きとしては許せないものがある。
話がそれた。戻す。
まあつまり、そういう意味でもとても重要な神話だということである。
さて、ある時、天照大神は素盞鳴尊が誓約の時に生んだ後、自らの養子となっている長男の天忍穂耳神を呼んだ。
高天原は素盞鳴尊の追放によってある程度の平穏が保たれていたが、下界の方がどうも騒がしい。
各部族の長が互いに覇権を争って戦いを繰り広げている。
神の名の下に民衆を統一する王がどうしても必要だった。
そのためのもっとも手っ取り早い手段は、神の一族を王として降臨させてしまうことである。
天照大神は、はじめ我が子の天忍穂耳神をしてこの大任を果たさせるつもりであった。
しかし、このときこの命を受けた天忍穂耳神は、この役目を辞退してしまう。
黙っていれば地上のすべての統治権が与えられるというおいしい話である。
本当の父素盞鳴尊に遠慮をしたのか、単に気が乗らなかったのか、その理由は未だに明らかにされておらず、日本神話の中の謎とされている。
さて、このとき天忍穂耳神が自分の代わりにと指名したのが、彼の子の邇邇芸命であった。
天忍穂耳神と、造化三神の一柱、高御産巣日神の娘の栲幡千々姫神との子である。
自らが任命しようとした者の推薦であり、自らの直系の子孫にも当たる。
天照大神にも異論はなかった。
さて、実際の降臨にあたって、邇邇芸命の補佐役の神々が次々と選ばれた。
あのストリップの天鈿女神、邇邇芸命の兄の天火明神の子である天香久山神、ほかに思兼神、天手力男神、天石門別神、天目一箇神などがそうである。
さらに、天照大神は自ら所有する神器の中でも特に霊力の強い天叢雲剣、八咫鏡、八坂瓊勾玉を天璽之神宝(アメノミシルシノカンダカラ)として邇邇芸命に授けた。
これらは、後に神武天皇まで受け継がれ、天皇家の三種の神器として継承されていく。
いよいよ降臨の時が来た。
邇邇芸命は天界に別れを告げ、天照大神が高天原で栽培した神聖なる稲穂を携え、天磐船(アメノイワフネ)に乗って日向(ヒムカ=宮崎県)は高千穂の峰を目指して旅立った。
だんだんと下界に近づくにつれ、行く手に赤く妖しい光が見えてきた。
どう見ても胡散臭い。
用心しながら近づいていくと、光の正体は一人の神の顔であった。
異様に大きな鼻が、真っ赤に輝いていたのである。
怪しんだ邇邇芸命は、天鈿女神に命じて彼の目的を尋ねさせた。
天鈿女神は相手を圧倒するために乳房をあらわにして、裳の紐を陰部まで押し下げた格好で彼の前に立って話を聞いた。
どう圧倒しているのかはまるで分からない。
むしろ露出狂の気があると判断される。
がしかし、彼は天鈿女神に対して猿田彦神と名乗り、天孫を迎えに出向いたと告げた。
よく見ると、そこは天の八衢(ヤチマタ)といわれて道が四方八方に分岐しているところだった。
猿田彦神の案内で無事高千穂の峰に着いた邇邇芸命は、天鈿女神に命じて猿田彦神を彼の故郷の伊勢の国まで送らせた。
この2神が夫婦となってしまうとは、神の運命も分からないものである。