「消えたサポーター」


 ゴール裏の「サポーター」は、普通、試合中ずっと立って応援をする。文字通り、試合を「観戦」するのではなく、「応援」するのだ。 応援コールで見方選手を勇気づけ、ノセてプレーをしやすくしてあげたい。 そして相手のコーナーキックやフリーキックの時にはブーイング。 ブーイングの嵐に包まれたら、そのキックは狙いの軌道より数ミリずれてしまうかもしれない。明確な意図がある。 ただ面白くて立って騒いでいる訳ではないのだ。


猛暑の中でのクロアチア戦。私はゴール裏の真ん中、ウルトラスの中心にいた。その集団は、4〜50人ぐらいだっただろうか。 いつもと同じ顔ぶれだ。朝日が指揮を取り、マエさんや木内の太鼓があとに続く。 だが終始立って応援を続けていたのは、私たちの集団だけだった。あとの人たちは席についたまま。 時折「ニッポンコール」や歌を口ずさみ手拍子、だけ。最終予選やキリンカップでは、ゴール裏は数千、数万単位の人が総立ちで応援をしていた。 みんなどこへ行ってしまったのか。ジョホールバルでの、「勝たせてやるぜ」という気迫に満ちたスタジアム全体を覆うあの応援はどこへ行ってしまったのか。


前半はよかった。後半、動きが鈍る。相当暑いのだろう。日本だけではない。クロアチアDFの動きも重たく見える。残り時間が少ない。 1点でいいから。まず、1点…。ここでこのまま負けると、アルゼンチンとクロアチアのグループリーグ勝ち抜けが、ほぼ確定してしまう。 イケるよ、まだまだイケる。日本は、強い。日本は、負けない。ここで終わる訳ないだろ。…そう信じて叫び続けていた。 だが、非情なホイッスルが鳴り響いた。「善戦」「惜敗」。日本国内のマスコミは書き立てたそうだが、そんな事よりも、グループリーグ敗退確実、の現実が目の前につきつけられた悔しさばかりが胸を埋めていた。 善戦なんて、もういいよ。惜敗だって、負けは負けに過ぎない。


確かにこの日も、スタンドのほとんどが青く染まり、ニッポン・コールがクロアチアを総量では圧倒していた。 だが反対側ゴール裏の一角、赤と白のブロックは90分間総立ちだったのが、めちゃくちゃ悔しかった。 何だか、負けたような気さえした。 「日本人のみんな、ひとつになろうぜ」「もっと声出そうよ、もっと選手をノセてあげようぜ」「ここに来られないヤツのほうがずっと多いんだぜ」。 朝日の声が拡声器から飛んだ。だが賛同する人はごくごくわずかだ。「立つなよ、立つと見えないだろ」。そんな声に従わざるを得ないのか。 皮肉な事に、私たちのすぐ横にいたフランス人らしき若いカップルは、試合終盤、私たちと一緒に、飛び跳ねながら「アレ!ジャポン!」を歌い、叫んでいた。 試合後、「日本のサポートはパワフルでファンタスティック」と言っていた。


ゆっくり試合を観たい人もいるだろう。だが、「サポーター」もいる。 例えばデンマーク対サウジ戦でのサウジアラビア。ナイジェリア対ブルガリア戦でのナイジェリア。 あるいは、この日のクロアチア。数的に劣勢な国のサポーターは、それでもまとまって立ち上がり、「応援」を続ける。 彼らは「観戦」者ではない。選手同様、90分間を闘う。これはたいていが、その国の協会で用意されたチケットだという。 極端な話、フーリガンとして悪名を高めてしまったが、イングランドやドイツあたりでは、航空券まで国、協会に用意してもらっている人もいるぐらいだ。 試合チケット配分についての疑問も残った。

〜雪〜



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