「スタジアムを包む声」
出発数日前から、私達は段ボールと悪戦苦闘していた。アルゼンチン・サポーターの得意技といえば、紙吹雪。だが、日本でも昨年の最終予選から、膨大な量の紙吹雪がお目見えするようになってきた。
サポーター一人一人がせっせと新聞を切って作るのはもちろん、「ウルトラス」やJリーグのサポーター連合軍では、段ボール数十箱分の紙吹雪を作って、スタジアム中に配ったりもした。
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今回、ウルトラスで、フランス用にブルーの紙吹雪を100万枚用意した。ハガキ大のブルーの紙を100万枚だ。
そして100万枚のうち、20万枚を私のツアーで運ぶことにした。…のはいいのだが、空港で、ホテルで苦戦した。
紙というのが以外に重い。段ボールにして20箱。3〜400キロはある。オーバーチャージにならないように、一人1個の割合で飛行機に載せ、台車を3台、フランスまで持ち込んだ。他にも大旗、横断幕、青いビニール袋、そんなものばかりである。
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そうしてようやくスタジアムにたどりつくと、悲惨な事に、試合の席というのが、アルゼンチンサポーターのど真ん中だった。
他にも日本人はまわりにいるのだが、基本的にアルゼンチンサイドのゴール裏だった。ワールドカップというのは不思議な世界だ。
まわりのアルゼンチンサポーターの歌声に包まれると、「このヤロー」って気分になるわけだ。で、少ない日本人みんなで必死に「ニッポン・コール」をやり返すのである。
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実は私はこの試合の前日に、デンマーク・サウジアラビア戦を観た。生まれて初めての「ワールドカップ生観戦」である。
この時のデンマークのサポーターには感心した。ゴール裏に熱狂的な集団はいるのだが、バックスタンドにも、メインスタンドにもサポーターはいる。そして、ここぞ、という時になると、どこからともなく自然にコールが始まり、歌声にかわる。
スタジアムを包む声の出所は、ひとつではない。誰かがリードを取っての応援ではないのだ。日本代表戦でいえば、ウルトラスのまわり。Jの試合でいえば、ゴール裏の拡声器と太鼓を持った人たちのまわり。
日本では、バックスタンドやメインスタンドで立ち上がってマフラーを振り回す光景は滅多に見かけない。せいぜい浦和や鹿島?最終予選でも、指定席は座ってのご観戦がお約束だろう。
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アルゼンチン戦は、結果的にかなりの数の日本人がスタジアムを埋めた。しかし、日本人側のゴール裏だけに固まる事はできない。
それでも、あちこちで声援が起こり、後半には、アルゼンチンサポーターを沈黙させるほどの「ニッポン・コール」がスタジアム全体を包んだこともあった。その美しさに、私は心を打たれた。
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負けて悔しいのも事実だった。だが、私たちのサッカー日本代表は、デビュー戦を充分すぎるほど勇敢に闘ったと思う。
心から、彼らを誇りに思った。先が楽しみだ、とまで思えた。ワールドカップは結果が全てだ。負けが現実であると同時に、1点差という最小点差での敗戦というのも、事実だ。不平不満よりも、心地よい疲労が全身を包んでいた。
この時、まだ2試合、残されていた。
〜雪〜