久々の“あおなコラム”です。元祖雪節に飢えていたいた「あなた」
今後は「きっちりと連載する」と本人も言ってますので期待して下さい。 管理人@野人


「フランスの記憶」

 1998年6月26日。タイムアップのホイッスルが吹かれた。2−1、対ジ ャマイカ戦、日本、敗戦。13日間に及ぶ、日本の初めてのワールドカップの闘 いは、幕を閉じた。短い闘いが、終わった。
 フィールドには、初勝利を喜ぶジャマイカのイレブンがいる。地に倒れ込む日 本代表。スタンドでは、涙を流している人もいる。私はこの感情を何を表現した らいいのか、わからずにいた。悔しい、悔しい、悔しい…。やがてニッポン・コ ールが起こる。ニッポン。ニッポン。ニッポン…。泣いちゃいけない、と思っ た。私は必死で涙をこらえた。もうかすれて出ない声をふりしぼってニッポン、 と叫んだ。叫び続けた。日本代表がピッチを一周してこちらへやってくる。悔し いよ、悔しいよな。勝ちたかったよな。当たり前だよな。わかるよ、わかりたい よ。でも泣いちゃダメだ。泣くもんか。泣くもんか…。
 能活が頭の上で手を合わせる。そして頭を垂れる。ゴンさんが身体を折り曲げ たまま、頭を上げない。謝らないでくれ、謝らないでくれよ。能活は、涙を浮か べていたのだという。私は、私たちは最後の声を振り絞ってニッポン・コールを 叫んでいた。最後まで、最後まで…。周りのみんなが次々と席を立つ。一人、一 人とスタンドを後にするその間、ずっと、いつまでも、ニッポン・コールを止め なかった。
 スタジアムには、サンバのリズムが鳴っていた。BGMがこだまする。勝ち点1も 挙げられないまま、13日間の、日本の初めてのワールドカップは、幕を閉じ た。

フランスの記憶。ゆっくりと、そして確かにこの記憶を留めよう。私たちが初 めて経験した、この世界の記憶を。

〜雪〜


7/4 「夢を奪った犯罪者たちへ」
7/13 「スタジアムを包む声」
7/15 「消えたサポーター」
7/22 「ワールドカップを支えるもの」