「夢を奪った犯罪者たちへ」


出発の10数時間前、私が企画・参加しているツアーもつぶれかけていた。
「試合のチケット、全然足りないんです」。代理店の担当者、通称「イソピー」からの電話は、頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。
イソピーとは、昨年の「ジョホールバル」からの付き合いだ。マレーシアのツアーの申し込みを名前のFAXだけで無理矢理受け付けさせたり、出発当日のアクシデントで、フライトのギリギリに成田に駆け込んだり、と異常に目立つ行動を取っていた私(たち)を、彼はとても良く覚えていたのだという。(実は私は出発当日、仲間を交通事故で亡くした。この話は「青なコラム・永遠」参照。この事も印象深かったらしい)
イソピーも相当なサッカー馬鹿で、このあとから、個人的な付き合いを始めた。4月1日の韓日戦のツアーを組んでもらったり、フランスツアーに関しては、昨年暮れから、一緒に企画を始めたいわば同志だ。
その信頼すべきイソピー、お前もか!出発前夜になって試合のチケットが全然足りないだと?しかも、「連れて行けるのはあと4人。雪さんが人選をしてくれませんか」と言うからまいった。チケットがない人たちには説得して、日本でのテレビ観戦を勧めた方が優しさではないか、と言うのだ。
私は苦悩した。ツアーは総勢30名。でもツアー参加者を選ぶなんてできるわけがない。
「私もフランス行けなくなってもいい。誰かが犠牲になるんだったら、いっそのことツアー、つぶしましょう」。「サッカーを好きな気持ちは比べられない。フランスへ行きたい気持ちは比べられない。だから選ぶなんて絶対できない。行くなら全員で行きましょう」オール・オア・ナッシング。綺麗事ではなく、私は自分もフランスをあきらめてもいいと思った。いや、誰かを犠牲にするぐらいだったら、あきらめてもいいと思ったのだ。イソピーの提案を拒否し、そして彼を説得した(脅迫に近かったかも知れない)。
それからイソピーは全力で闘ってくれた。一体何をどうしたのかは知る由もないが、とにかく奇跡的に30枚全員分のチケットが用意されたのだ。

…そうは言っても。一体何千人がフランスを諦めざるを得なくなったのか、正確には判らない。今も怒り狂っている人もいるだろう。これは旅行代金を返してもらえば済む問題ではない。あるいは補償金によって解決される問題でもない。お金ではないのだ。世界の桧舞台に初めて立つ日本代表を応援したい。この目で観たい。それが直前の直前に不可能とされた絶望の深さを、各旅行代理店は理解できるか。あなたたちは、「旅行をキャンセルさせた」だけでなく、多くの人の「夢を奪った」のだ。
ワールドカップやオリンピックなどのビッグゲームのチケット入手の困難さ、不確実さは事前から判っていたはずだ。消えたチケットの謎、不透明な入手ルート、曖昧な言い逃れ。旅行代理店だけでなく、この問題に関わった全ての人の猛省を要求する。この現実を引き起こした全ての関係者たちよ、これはほとんど犯罪だ。
私はフランスの地に降り立っても、日本に残る仲間を想うと、いたたまれない気持ちで一杯だった。パリの街中、トゥールーズの街中には「NEED TICKET」の紙を手にした日本人が溢れていた。
試合直前に、朝日も言っていた。「俺、試合見れないかも知れないよ。仲間みんなのチケットが足りないから、俺だけ入る訳にはいかない」。
初戦、トゥールーズ。この試合を心の底から楽しむ事はできないな、と思った。

〜雪〜



7/3 「フランスの記憶」

7/13 「スタジアムを包む声」
7/15 「消えたサポーター」
7/22 「ワールドカップを支えるもの」