悲劇と野望の終着点




  【8】



 首都では領主の処刑が行われるこの日、リシェの街は戒厳令の下にあった。人々は外に出る事を禁止され、街中にはあちこちに親衛隊か首都の警備隊の格好をしたの兵達の姿があった。そして勿論、リシェの高台にあるこの街の領主、シルバスピナ家の敷地はぐるりとそれらの兵達に囲まれ、警備という名の監視の中にあった。

 この屋敷がこうした状況になってから、シルバスピナ家で働いている者の内、侍女や執事、料理番や庭師など、屋敷の手入れや住人の世話をしている者達は普段通り本館を出入り出来ていたのだが、警備や警護を担当する、いわゆるシルバスピナ家の私兵に当たる者達は本館に入って屋敷の者と会う事は許されていなかった。
 それらの内殆どの者は暇を出されて実質的には解雇された状態となり、屋敷自体から既に追い出されていたのだが、長く仕えている者や、重要な位置にいた者などは『待機』というカタチで使用人用の館に閉じ込められていた。それはおそらく彼らの場合、へたに外に離して自由にさせておくほうが危険と判断されたからだろう。彼らの方もまた、閉じ込められた館の周囲は勿論、建物自体の中にも見張りの者がいて常時監視の下にあった。

 とはいえ今日はこちらも人手が減らされていて、建物外の警備はいつもの半分で、建物内にいたっては2人しかいなかったのだが。

「あ……ウルダ、そこ、やめ……」
「何故だ、もうこんなになってるのに」
「や……あんっ」

 部屋の中に充満するだろう熱と同じ、熱の篭った声が響く。

「や、あ、もう……」

 ベッドの軋む音が大きくなり、この港町にふさわしくない白い青年の肢体がしなやかに揺れる。その腰を支える、こちらは街にふさわしく日に焼けた男の手が白い青年の股間にのびて怪しげな動きを始めれば、長い金髪が激しく揺れて、その体がびくん、びくん、と痙攣のように震えた。

「リーメリ、こっちにも欲しいんだろ?」

 下にいた青年が金髪の青年の顔を引き寄せて聞けば、熱い息を吐きながら聞かれた青年は答える。

「馬鹿……」

 笑った気配がして、褐色の手が金髪の髪の撫でると、引き寄せられるように二人は口づけを交わす。触れては離れる浅いキスから、やがて舌を絡ませて水音が聞こえ、抱き合うように、体を擦りあうようにしながら唇のあわせはどんどん深くなっていく……。

 と、そこまでの様子を鼻息も荒く覗いて見入って、ついでに自分の下肢に手が行っていた男達は、次の瞬間、後頭部に衝撃を受けて意識を失う事になった。

「ったく、スケベ心は身を滅ぼすんだ」

 掛けられた声を、男達が聞くことは勿論ない。

「よし、成功だ、二人共迫真の演技だったぞ。……まぁいつものことなんだろうが」

 とりあえず、倒した男達は口を塞いで縛り上げるよう他の者に指示を出してから、長年シルバスピナ家の屋敷の警備を任されていた警備長は、部屋のドアを口元を緩ませながら開けた。

「お前っ、ふりだけでいいだろっ、何本気で触ってきてんだっ」
「いーだろ、後でへんに残るよりスッキリさせた方が」
「ふざけるなっ、この状況で本気でイカせにくる馬鹿がいるかっ」

 おやおや、相変わらずの痴話喧嘩か、と思ったのはおいておいて、ドアを開けたのにも気づかず言い合いをしている二人を見て、警備長は肩を竦めた。

「おい、痴話喧嘩は後にしておけ。時間がない、さっさと服を着て準備をしろ」

 それでしぶしぶといった顔のまま服を着だしたリーメリを、にやにやと笑いながらウルダは見て、自分の方は一部を外しただけだった装備をちゃんと着けなおす。

「そもそもなんで俺だけ脱がなきゃならないんだ、どう考えても納得いかないだろ」
「愚痴るなリーメリ、お前の色気で奴らの目を引こうって作戦なんだから、多少は見せてやらないとならないだろ?」
「だからもっと上手くやればせめて上だけで……」

 放っておくと延々と痴話喧嘩をしそうな二人だが、一応手は止まらず互いに急いで準備している為ヘタに口を出せない。おかげで警備長は、二人が準備出来るまでそのいい合いを聞かなくてはならなかった。
 だが、そうして内心少し居心地の悪さを感じていた彼は、窓から鳥が入ってきたのを見ると急いでその鳥が止まった棚の近くに走った。

「外からの報告ですか?」
「あぁ、向うには鳥使いがいるそうだからな」

 今回の計画について、最初に外から接触を取るのに使われたのはアルワナの催眠術で、眠っていた警備兵の一人を操って屋敷からの脱出計画が伝えられた。その時に、彼らの側には鳥使いがいるという事で、当日の指示は鳥を使ってのものになる為出来るだけ窓を開けておいてくれと言われていた。
 鳥の足にくくりつけられたメモを開き、警備長はそれをさっと見ると、既に準備が出来ているウルダに渡した。

「とりあず準備が出来たらドアの外に行って待機だ。一斉に鳥を飛ばすそうだから、騒ぎになったら出て鳥の群と一緒に本館に行けという事だが……」

 まだメモを見ているウルダに、警備長はそこで表情を引き締めて彼の顔を正面から見据えると、急に厳しい声で告げた。

「いいか、お前達二人はともかく領主様の部屋を目指せ。大旦那様と領主様のご家族は皆そちらにいらっしゃるそうだ。領主部屋には抜け道がある、お前達は護衛として付いていくように」
「貴方はどうされるのです?」

 すかさずそう返してきたウルダは、姿勢を正してじっと警備長の顔を見ていた。

「私達はお屋敷の前で外の連中を抑えておく」
「なら俺も残ります。大旦那様やフェゼント様もいますし、付くのはリーメリだけで問題ないでしょう」
「馬鹿をいうな、盾になれる役が一人では厳しいだろ。外には協力してくれる連中もいるからこちらの戦力的にも問題ない。……それに旦那であるお前がひっぱってやらないと、リーメリの奴はすぐ不安そうにするからな」

 騎士としての伝統を重んじるシルバスピナ家に長く仕えてきた普段はお固い警備長は、そう言うとあきらかに楽しそうに笑った。
 思わずウルダは目を丸くする……が。

「旦那ぁ?」

 そこでリーメリが上げた素っ頓狂な声に彼はぷっと吹きだして、怒った金髪の青年の次の行動が読めた彼は、片手を素早く相方の前に出して止めると深々とお辞儀をした。

「分りました。我々はご指示通りご家族の方々についてお守り致します」







 晴れた空を眩しそうに見上げると、ヴィセントは大きく息を吸った。
 覚悟を決めると指を上げて、大声にならない程度の声で告げた。

「それじゃ、はじめましょうか」

 途端、指笛の音が近くで響く。それと同時にわっと沸き上がるように、傍にあった木から一斉に鳥の群が飛びあがった。

 ヴィセント達にとって、ジャムという男と接触が取れた事はかなりの幸運だったと言えた。彼の仲間には面白い特技持ちがいて、おかげで救出作戦を立てるのがかなり楽になった。アルワナ神官の存在があり難いのは当然として、鳥を操るなんて能力はヴィセントでも聞いたことがなかったが、そのせいでこちらの人手が足りない分をかなり補えた。

 鳥達は塊となってシルバスピナ家の敷地内へ向かうと、使用人の館を監視している者達にまずは襲い掛かる。そこで騒ぎが起こると同時に建物の扉が開き、シルバスピナ家付きの兵達が飛び出してくる。そうなれば敷地外を取り囲んでいた親衛隊達も慌てて中へいこうと門に殺到したのだが、そこへはシーグルの知人だったという協力者の冒険者達が突っこんで行って戦闘が始まった。

「んじゃ俺達もいくぞ」

 そう言ってジャムが立ち上がると、鳥使い以外の彼の仲間達も立ち上がる。
 ヴィセントは彼らに向かって『盾』の呪文を唱え、それが全員にいきわたるとジャムがウィンクをしてくる。

「んじゃ後は頼むぞ、こっちは任せとけ」

 それから彼は、仲間達を引き攣れて門へと向かった。既に戦闘中だった冒険者達に彼らが合流した事で、中へ入ろうとする親衛隊の者達は完全に門を塞がれる形になった。

「強いなぁ……」

 意外(あくまで見た目からすれば)なことに、見ていたヴィセントが思わずそう呟いてしまうくらいジャムは強かった。彼の得物は割合短めの剣なのだが、素早い動きで懐へ入ったと思えば即離れて、次の敵に向かうと同時に敵が倒れるという、とにかくそれくらいの勢いで毎回一撃で次々と敵を倒していく。
 これならこっちは大丈夫そうだと屋敷の敷地内の方に目を向ければ、鳥の群と共にシルバスピナの兵達は本館のドア前にいて、向うもまた戦闘中のようだった。今のとこは予定通りだと思ったヴィセントは、それからごくりとつばを飲み込むと隠れていた茂みから立ち上がった。戦闘に関しては専門家に任せ、ヴィセントは事前に聞いてあるシルバスピナ家からの抜け道の出口へ向かう。ヴィセントの仕事は、逃げてきた彼らを隠れる場所まで案内する事だった。







 一方、鳥の群と共に本館の前につっこんだシルバスピナの兵達は、思った以上に館の中へ入るのにてこずっていた。
 役持ちばかりであるから精鋭ぞろいではあるとはいえ、屋敷の外にいた者達と、使用人の館を見張っていた連中両方を相手している上に、屋敷の中で1階にいた者達まで外に出てきた所為でかなりの数を相手しなくてはならなくなったからだ。人数に差がありすぎて、相手を倒すどころか防戦一方に追い込まれるのは仕方なかった。
 それでも、門で戦っていたジャムや冒険者達が大方の敵を倒してやってくれば、ようやくこちらも攻勢に出る事が出来る。
 開いたドアの前にフリーで立ち塞がる敵がいなくなったのを見て、屋敷の警備長が声を張り上げた。

「お前達は早く大旦那様の元へ」

 言われたウルダとリーメリが敵を無理にふっ切ろうとすれば、ジャムがそこに割入って、追いすがってこようとする敵へ突っ込み、すれ違うように一人を倒した。

「行けよっ、あんたらはあんたらの役目があんだろっ」

 思わずジャムの見事な戦い方に目を見開いたウルダだったが、ジャムにそう言われるに至って軽く手だけで敬礼を返す。

「すまない。次にあったらぜひ奢らせてくれ」
「いや、飲めないあんたの主が皆の分出してくれんだろ」

 この時点でウルダは勿論、シーグルの処刑の事を知らない。ジャムは今日が刑の執行日だという事は分かっていたが、そちらはウィア達が必ず助け出すだろうと信じていた。
 だから互いにシーグルの無事を信じて、彼らは笑みを交わす。

「では、また」
「あぁ、また」

 走り出した二人の後ろを守るように、ジャムは敵に向かって剣を構えた。



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 ここから2、3話くらいはリシェの連中の救出作戦回りのお話になります。



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