悲劇と野望の終着点




  【9】



 領主の館は二階になる。
 中にいる王側の兵士達は皆、外に出たか領主家族を追っていったらしく、屋敷の中に入ってしまえば特にウルダとリーメリが行く手を遮る者に会う事はなかった。だから二人が敵の姿を見たのは領主の部屋の前にきてからで、それは扉の前を守る元シルバスピナ卿と、そのシルバスピナ卿にいつでも付いている騎士レガーと戦っている最中だった。
 見た途端、ウルダとリーメリはすぐに元シルバスピナ卿側に加勢した。ただそれでもすぐに、実は加勢しなくても大丈夫だったのではないかとウルダは思う事になったのだが。
 元シルバスピナ卿であるシーグルの祖父は70近い高齢だが、剣を振るその所作に老人らしい衰えは見えなかった。シーグルと同じ純粋な騎士の綺麗な構え、力強く真っ直ぐ伸びる剣先、そうして何より齢(よわい)を重ねた分の威厳と威圧感が、兵士としては日の浅い親衛隊の男達を圧倒していた。また、彼の隣で剣を振るレガーも主である元シルバスピナ卿よりは若いものの、それでも高齢に入りかけたその年齢に似合わぬ強い剣を振るっていた。
 長く共にあるだけあって二人の息はぴったりで、ほぼ背中合わせの状態でも互いの動きが見えているように、相手の動きを阻害することがない。

――参ったな、流石生粋の本物の騎士というだけある。

 実はウルダはシーグルの祖父が剣を使うところを見るのは初めてだったのだが、これではシーグルどころかその祖父にさえ自分では勝てないなと思ってしまう。堕落せず騎士であろうとし続けた貴族の家、というのは伊達ではないなと今更に実感する。

――だからこそ、こういう真面目実直でやってきた貴族様なんて希少な存在、守らなきゃって思うじゃないですか……リシェの領民としては。

「レガー、そろそろお前も交換しておけ」

 ウルダが相手していた男を倒したところでその声に振り向けば、元シルバスピナ卿は倒れている敵から剣を取り上げて、今まで使っていた剣をその辺りに放り投げた。それと殆ど変わらぬタイミングで、老騎士の側近であり続けた騎士も主に習って剣を取り換えていた。
 そう言えば、本館の人間も武器を一切取り上げられていた筈であるから、彼らは最初から剣を敵から奪って使っていたのだろうかとウルダは思う。ウルダ達は武器を取り上げられていても同じ館内の倉庫に入れられていたから、内部の見張りを倒した後に鍵を手に入れてどうにか武器を取り戻す事が出来た。防具類に至っては特に取り上げられなかったのも幸いした。それはこちらを軽視してくれていたからだろうが、さすがに本館の警備は厳重であったから、自分の武器を取り返せる状況ではなかったのだろう。

 ウルダとリーメリが加勢に加わった事で、既にかなりまで数が減らされていた敵達はすぐに片付ける事が出来た。だが、安堵の息を吐いて一度剣を納めようとしたウルダ達に、未だ気を抜いた様子を一切見せない元シルバスピナ卿の声が飛んだ。

「ロージェンティとアルスオードの兄弟達は先に抜け道を行かせている。お前達は追って守れ」

 言われたウルダは思わずそれに少し固まった。

「大旦那様はどうされるのでしょう?」
「私はこのままここで暫く食い止める」

 それはウルダの予想通りの返事だった。行けと言ったのに彼が全く動く気なさそうだったからこそウルダは聞いたのだ。

「いえ、今なら敵がいません、すぐ皆で逃げるべきでしょう」

 だが厳しい瞳の老騎士は、表情をピクリとも変える事なく返した。

「ここへ来る前に厄介な奴を部屋に閉じ込めてきていてな、そろそろ突破してくる頃だ」
「なら私が残ります、大旦那様が逃げるべきです」
「残念だがお前達では奴の相手は無理だ。それにお前はアルスオードの部下だ、私よりもあの子の大切な者を守る義務がある」
「ですが我々では奥方様の行った道が分りません。ご一緒して下さらないと」

 実力不足と言われるだろうことは予想済だった為そう言えば、誇り高い老騎士は僅かに口元を歪めて笑った。

「その心配は無用だ、案内役はレガーがいる」
「大旦那様っ」

 それで今度は、老騎士の側近であり続けた騎士が驚いて声を上げる。

「私は貴方と共にいます。私はアルスオード様の部下ではなく貴方の部下です、何よりも貴方を優先する立場にあります」

 だが目の前に跪いたレガーに対して、その主である老騎士はいつもの威厳ある厳しい声で命じた。

「なら私の命に従え。あの子にはまだこの家の当主として教えきれていない事がある、お前がいかないとそれを伝える事が出来ぬだろう」
「アルスオード様なら私になど教わらなくてもどうにかされるでしょう。あの方は、いつでも弱音を吐かずに自力でどうにかされてきました」

 そこで、いつでも厳しい顔しか見た事がなかったかつてのこの家の主であった老騎士が表情をやわらげる。

「あぁそうだ、レガー……あの子はいつでも文句を言わずに自力でどうにかしてきた。私がどれだけ冷たく命令しても、あの子はいつも二つ返事で実際それに応えるだけの結果を出してきた」

 シーグルの祖父である元シルバスピナ卿を領民としてずっと父の傍で見てきたウルダも、ここまで柔らかく笑う彼を見たのは初めてだった。

「レガー、私はあの子に強要するばかりで、あの子の為に何もしてやった事がない。それでもあの子はいつでも私のいう通りの事をして見せてきたのだ、ならそれに返せる私が出来る事は、あの子がいない間にあの子の大切な者達を守る事だろう」

 そうして、行け、と領主部屋の扉を開けた老騎士の命令に、彼の忠実な部下は大人しく従った。









「さて……どうにか間に合ったようだな」

 扉を閉め、誰もいなくなった廊下を見て、老騎士が呟く。
 長く続く廊下の先にまだ人影は見えないが、先程階下の部屋でドアが破られる音がしていたのが、歳に関わらず耳のいい彼には聞こえていた。だからもうすぐ、厄介な人影がここにくる筈であった。

「来たか。――やはり予想通りだな」

 口元を歪ませた老騎士の視線の先には、まだ小さい人影が一つ。
 近づいてくれば次第に姿ははっきりしてくるその人物は、親衛隊の恰好をしてはいたがそれは下だけで、上着は脱ぎ捨てて上半身は裸だった。そうしてその胸には大きく、アッテラ神の印が描かれていた。

「筋力強化、ヘタをすると痛覚も切っているかもしれんな」

 ここに配置された王側の兵士達の責任者でもある男は、他のただのごろつきから親衛隊に任命されたにわか兵とは違い、元々首都の警備隊として自分の隊を持っていた人物だった。しかもただの腕自慢ではなくアッテラの準神官で、厄介な事この上ない。
 一般的に、騎士やちょっとした腕自慢達でアッテラの信徒は多いのだが、ただの信徒では使える術は軽く筋力を上げる程度で、そこまで大幅な戦闘能力の強化を出来る者は極少ない。だが厳しい修行が必要といわれる神官にまでなった者の場合、一時的になら、それこそ化け物といいたくなるレベルの戦闘能力にまで上げる事が可能となる者がいる。
 勿論、アッテラの能力はあくまで自分の肉体の力を引き出すだけであるから、そこまでの強化をすれば肉体に返る反動も半端ではなくなる。ただの警備レベルのいざこざではそこまでの術を使いはしないだろうが、命が掛かっていれば話は別だ。更に言えば、そこまで覚悟するなら、彼らは痛覚を切って狂人のように行動不能になるまで戦い続ける事も出来るのだ。
 例え手合せなら100戦中100戦勝てるとしても、後がない戦いでのアッテラ神官に勝つのは難しい――それは戦場を知っている者の間では常識だった。

「……まさか貴方がそこまで愚かだとは思いませんでした。本気で王に逆らう気ですか? 輝かしい旧貴族の名を地に落しますか?」

 下っ端ならともかく、あの王の勅命でここの責任者をしている男なら、失敗すれば確実に極刑は免れない。ならば後の事を考えず、最大に近い強化を掛けている事くらい予想出来た。
 アッテラの神官である男は、恐らく扉を壊した時に怪我したろう自分の拳を見るとそれに治癒を掛ける。それからその強化された筋力を見せつけるように指を動かすと関節を鳴らして肩を上げ、殊更ゆっくりと歩いてきた。

「そこを退いて頂けますか? 今の私は加減が出来ませんので、戦うなら間違って殺してしまう可能性が高い」

 言うと男は、そこで腰から得物を抜く。湾曲した薄く幅広の刃を持つ短剣を両手に持って、目の前で手を交差させて構える。
 老騎士もまた、それを見て構える。この年寄りにこの剣は少々重いのが惜しいと思いながら、ぴたりと剣先を目の前の男に向けた。

「まったく、強化の術を使う者は、使った途端に気が大きくなるのだからな」

 それには不快そうに眉を寄せて、だが男は次の瞬間、まだ10歩分はあったろう距離を瞬時に詰め老騎士に襲いかかってきた。





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 なんていうか少年漫画ノリですね……はい……すみません。



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