悲劇と野望の終着点




  【7】



 人々の合間を縫って、ソフィアと双子の片割れのレスト、そして赤毛の青年ロスターは広場から離れようとしていた。
 彼らの役目は台上のシーグルが本人であるかの確認であった。
 だがその前に今、ちょっとした一仕事を彼らは終えてきたところでもあった。はやい話、シーグルを助けようとしている連中の邪魔である。これから陽動の為に騒ぎを起こす事になっていた連中を、レストの術で眠らせて回ってきたのだ。
 セイネリアの予想では、あれは絶対に本物のシーグルである筈はないという。そうなれば彼を助けようとしている者達には大人しくしてもらった方がいい。シーグルを助ける為に彼らが捕まったり、殺される等の被害が出れば、あの身内には優しすぎる青年は必ず責任を感じて悔いるだろう。また、こちらとしてもへたに彼らが捕まってシーグルを脅すネタの一つにされるのも困るし、この処刑が偽装ならここで騒ぎを起こしたくないというのもあった。よしんば台上のシーグルが本物だったとしても、彼を助けるのはセイネリアだけでどうにか出来る。なら彼らは何もしてもらわないのが一番いい。

 広場の太鼓が、また大きく数度鳴らされた。
 刑の執行が近づくにつれ、見物人の数は膨れ上がっていく。
 最初の内は口ぐちに小声でささやき合う程度に抗議していた人々だが、シルバスピナ卿が姿を現せばその声はだんだんと大きくなり、処刑の中止を叫び出すものさえ出てきていた。だからこそ、ソフィア達が不自然な方向へ向かって行こうとしているのも目立たずに済んでいたというのもある。警備をしている警備隊や親衛隊の者達も、抗議してくる人達を抑えるのに精一杯でこちらに気付く事もない。三人が三人とも小柄だったというのも、この場合都合が良かったのだろう。

「貴方の見たところでも、シーグル様じゃないって思うんですね?」

 警備の死角に入ったところで一旦息をつき、ソフィアは後にいる赤毛の青年に声を掛けた。

「多分魔法である程度カモフラージュしてると思うけど、顔は全然違うと思う」
「なら一応、あんたの目から見てもシーグルさんじゃないってマスターには伝えておくね」

 レストが言うと、ロスターと共にソフィアは肯いた。
 元狩人である青年は、術なしならこの傭兵団で一番目がいい。裸眼での確認なら、ソフィアよりははっきりとあそこにいる『シルバスピナ卿』の顔が見えたはずだった。ノウムネズ砦の戦いには彼も参加していた為本物のシーグルも見たことがある、間違う事はそうそうないと思われた。
 それでも、自分の目で確かめたい、とソフィアは思う。もし間違ったらあの人が死ぬとなれば、ほんの僅かでもあれが本人である可能性があってはならなかった。
 建物の影から周囲の様子を伺い、ソフィアが千里眼で辺りを確認してから、三人は姿を隠す為の魔法アイテムを使う。それから赤毛の青年は矢に魔石をくくりつけ、弓の調整に一度狙いを定める。

「準備はいいですか?」

 ロスターの声に、ソフィアは意識を集中して『はい』と答えた。
 そうすればすぐに矢は放たれた。

 断魔石はおそらく、見物人達を止めるよう設置された柵に使われている。最悪でも、魔法で偽装されているらしい『シルバスピナ卿』が立っている場所は断魔石の効果範囲外である筈だった。だから、矢が『シルバスピナ卿』の傍まで飛べば、ソフィアには矢につけられた魔石を通してその場を見る事ができる。

 矢についた石に視界を移したソフィアの目には、集まった人々の頭の上を越えて行くその風景が見えていた。それがついに柵を抜け、驚く親衛隊を通り過ぎて――そうして『シルバスピナ卿』のすぐ横を通り過ぎる。その時に、矢を見た『シルバスピナ卿』の顔を、ソフィアは確かに見る事が出来た。







 台上の人物はシーグルではないと、それがソフィアから最終判断として伝えられた時、セイネリアの視線は処刑台に固定されたまま動かなかった。
 現在、刑の執行は一時中断していた。
 矢が処刑台に向かってはなたれた事で、警備の者達が辺りを警戒し、何人かは慌ててソフィア達のいた場所へ向かっている。勿論、彼女らは既に転送術でその場にはいないだろうが。

「なら予定通り、奴らにはリシェへフォローに行くよう伝えろ」
「……助けないの?」
「あれがシーグルでないなら、助ける必要はない」

 言えばすぐに、ラストはその指示を双子の弟に知らせる。
 当初の予定通り、これが偽装処刑ならそのまま実行させて、リシェのシルバスピナの人間を救出しに向かう。そちらの人間が保護出来ていればシーグルを脅迫する材料はなくなる筈で、後は何があってもシーグルの居場所を探し出して助ければいい。
 対外的にシーグルの処刑が行われてしまえば、王側は決定的に民衆の反感を買う事になる。各貴族達や兵達からは言うまでもなく、少なくとも王に従おうとするものは相当数いなくなるだろう。
 そんな王がどうにか信用を回復するにはシーグルを使うしかない。処刑は偽装で、反逆者をあぶり出す為のものであったと発表し、シーグルは王側に協力していたのだとでも言わせるしかない。――となれば何があっても王はシーグルを殺す事は出来ない。

「マスターは、向こうにいかないの?」

 移動を皆に伝えて尚、シーグル本人ではない筈の処刑台の上の人物を見つめるセイネリアに、ラストの疑問の声が掛けられる。
 それにセイネリアは、やはり視線をそこから少しも離す事なく答えた。

「あいつの処刑だ、あいつの代わりに俺は最後まで見届けてからいく」

 言いながら彼の手は持ち上げられ、指輪がある筈のその指を確かめるように唇に押し付ける。そうして処刑台の人物を見つめるセイネリアの顔がどこか青ざめているように感じたのを、ラストは気のせいだと思う事にした。







 処刑が終われば、大神殿から弔いの鐘の音が聞こえてくる。
 これは、旧貴族でありリパの信徒であったシルバスピナ卿――シーグルの為のものだ。
 直前まで騒然としていた広場の中は今は静かで、大半の者はその場を立ち去っていたが、未だ残っている者達はその場で嘆き、あちこちから嗚咽の声が上がっていた。その中には、ウィアと共に広場内で騒ぎの後皆を逃がす手伝いをする筈だったクルスの姿もある。
 処刑台の上には既に人影はなく、シルバスピナ卿の遺体は布に包まれて兵士達が運んでいったところだった。

「なんで――」

 ウィアは呆然と広場に立ち尽くしていた。
 シーグルを救出する作戦は失敗に終わったのだ。いや、そもそも作戦自体が実行されなかった。起こらない火事、姿を現さないファンレーン達――ウィアには何が起こったのか分からなかった。ただ事実として『起こるべきことが何も起こらなかった』だから『何も出来なかった』。
 ウィアが知る由はないが、火事を起こそうとしていた者と煙を操ろうとしていた魔法使いは眠らされ、ファンレーン達は移動路として予定していた場所に悉く想定外の警備兵がいて物理的に道を塞がれて広場に近づけなかった。それらは全てセイネリアの仕業で、陽動役の者達を眠らせたのは勿論、ファンレーン達が道を塞がれたのも、傭兵団の者が事前に警備隊に情報を漏らしていたからだった。
 そんな裏を知らないウィアは、だから呆然と立ち尽くすしかなかった。
 そうして、心の中で叫ぶしかなかった。

――なんで、あんたが何もしないんだよ、セイネリアっ。

 計画の失敗も信じられなかったが、あの男がシーグルの処刑に何もしなかったことがウィアには一番信じられなかった。自分たちでシーグルを助けるのだと気負ってはいても……ウィアはあの男を、あの男のシーグルに対する愛情の深さを信じていたのだ。

「くっそぉぉぉっ、どうしてこんなことになったんだよっ」

 地面に膝をついたウィアは、何度も自分に疑問を投げかける。何が悪かった、何が起こった、何故こうなってしまったのだ、と。
 辺りに響く、嗚咽の声を聞きながらも、本当にシーグルが死んだなんて信じたくなくて、ウィアは何度も地面を叩く。
 だがそこで。
 人々の押し殺した声やすすり泣く声に混じって聞こえた弦の音に、ウィアは顔を上げて辺りを見回した。そうすれば黒一色を纏った吟遊詩人らしき人物が、竪琴を鳴らしながら歩いてくるのが見えた。ウィアのように泣き崩れていた者、下を向いていた人々が皆顔を上げて彼を見れば、やがて竪琴の音に詩人の声が混じって歌になる。

――彼はいつも誰かの為に働いていた。
  彼はいつも誰かの幸せの為に戦っていた。
  背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を向き、いつでも正しくあろうとした。
  楽をしようと思えばいくらでも出来る地位であるのに、彼はいつも困難な道を選び、苦しみながら、誰かの幸せの為に生きていた――

 歌の中の『彼』の名前は出てこない。
 けれど歌は告げる、『彼』の生きてきた道を。幼い頃に両親の元を離れ、独りぼっちで祖父の元で騎士となる為に訓練の日々を送り、若くして冒険者となって人々を助ける……。
 それはそのまま、どう考えてもシーグルの歌だった。『彼』が救った村の話、退治した化け物、貧民街で憐れな遺体に祈りの言葉を掛けた話が歌われれば、回りにいた人々もそれがシーグルの歌である事を理解し、改めてその詩人の歌に耳を傾け涙する。
 悲しいメロディーで始まっていた筈の歌は勇ましく人々を鼓舞するように力強くなり、『彼』の冒険や騎士団での活躍を伝えながら『彼』を称える歌となる。

「貴様っ、何を歌っているっ」

 詩人の周りを取り囲んで歌に聞き入る人々をかき分けながら、親衛隊の恰好をした兵士が数人、詩人の前に出て行くと持っていた槍をつきつけた。
 そこで、歌が途切れる。
 けれど詩人は動揺したようすもなく、その場で丁寧にお辞儀をしてみせた。

「何、と申されましても、ただのよくある、とある冒険者の歌を歌っていただけですよ」
「……罪人を称える歌を歌っていいと思うのか?」
「罪人? 誰の事でしょうか?」
「とぼけるなっ、その歌は罪人である元シルバスピナ卿を歌ったものだろう」
「さぁどうでしょう、歌には『彼』としかありませんし、この歌はとても素晴らしい人物の歌ですから……罪人の歌の筈がございません」
「貴様っ」

 警備隊が槍を前に出す。
 すると詩人は、いかにも詩人らしいつばの広い黒い帽子のそのつばを持ち、そのまま帽子を取ると空に放り投げた。人々の視線が一瞬だけその帽子に奪われ……そうして、視線を元の詩人に戻せば、そこには何者の姿もなかった。
 焦った兵達が回りを見回しても詩人の姿は見えない。周りの人々に聞いて回っても、皆冷たい瞳で兵士を見つめ無言を決め込むだけだ。
 兵達が詩人を探して喚く中、広場にいた人々は散り散りに去っていく。その顔にあるのは悲しみよりも――怒り、の方が強いように見えた。

 一連の出来事を遠くから見ていたウィアも、去る人々の流れにそってこちらに向かって歩いてくるクルスを見つけると、無言で抱きついて、抱きしめあって、それからやはり無言のまま共に広場を後にした。



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 久しぶり過ぎる登場ですが、詩人が誰か……は一応分かります、よね?



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