悲劇と野望の終着点




  【6】



 その日は、よく晴れた気持ちのいい青空の見える日だった。こういう空の日は、皆で森にでも出かけたらどんなに楽しいだろう、とウィアは思う。
 そういえば一度だけ、シーグルの療養中、フェゼントとシーグルとラークと兄弟揃って4人でピクニックがてら薬草取りに出かけた事があった。またイノシシが出てきたりなんて事もあったけど、皆で笑いあって、ラークも思わずシーグル兄さんと言っていたなと思い出す。
 だからまた、絶対に皆で青空の下で笑ってピクニックにいこう。今度はロージェンティさんとシグネットも一緒に。……そうしたらきっとターネイさんやナレドもついてきて、護衛だといってウルダやリーメリもついてくるだろう。これはとんでもない大所帯になりそうじゃないか、とウィアはその光景を想像してその場でにんまりと笑みを浮かべた。
 
 今日、首都ではシーグルの処刑が行われる。

 結局、この日になるまで、ウィア達はシーグルを助けるどころか彼の居場所さえ掴めなかった。となれば予定通り、今日、彼が処刑台へ連れていかれるその時に助け出すしか手段はない。
 そしてそれと同時に、リシェではフェゼント達を助ける。
 勿論、リシェは戒厳令が敷かれたままで、シルバスピナの屋敷は相変わらず親衛隊に囲まれていた。けれども今日なら、首都にかなり人員が割かれているという事と、リシェ内では町の警備の方に人が多めに配置されているせいで屋敷内の警備が少ない。ヴィセントが屋敷に配分される食料の予定表を入手してそれは判明していた。ならば、計画は同時に実行すべきだというのが協力者達と話し合って決定した。
 ウィアとクルス、後は実行部隊であるファンレーン率いる彼女の知人の騎士達は首都でシーグルを助ける。ヴィセントとジャム、そしてシーグルの知人の冒険者達やリシェ内の協力者はリシェでシルバスピナの一家を救出する。
 幸いなことに、事前に屋敷内との連絡はとる事が出来ていた。通称双子草と呼ばれる同じ種を魔法で分けて作られた草同士は、葉の振動を繋がったもう片割れの草に伝えられるという特性があって、対となる草を持っている者同士で会話ができる。勿論草であるから枯れたら終わりなのだが、今回はまだ以前ラークからヴィセントに渡されたモノが使えたので会話が成立した。
 向こうの話によると屋敷内にも親衛隊の者がいて、面倒な事に警備は彼らがやるからといってシルバスピナ家の警備兵達は殆ど本館から追い出されて連絡がとれないらしい。ただ、あくまで親衛隊の監視対象はシルバスピナ家の面々で、追い出されたシルバスピナの警備兵達はそこまで厳重警戒されている様子ではないらしい。ただ逆を言えば家人が閉じ込められている本館の方の警備は厳重で、責任者の男も有能でかなり厄介な人物らしく、出し抜いて逃げ出す、もしくは強行突破――なんて簡単にはいかないだろうという事だった。
 そして更に言えば、ラーク達シルバスピナの人間にはシーグルの死刑が決まった事も知らされてなければ、当然今日が処刑執行日である事も彼らは知らなかった。だがそれについてはこちら側で相談の結果、あえて知らせない方がいいだろうという事になっていた。知らせれば、そちらを気にして逃げる事に躊躇するかもしれない。彼らにはまず、何も考えずに逃げることだけに専念してもらいたかった。……最悪……本当に最悪の場合でも、彼らだけでも救い出せればまだ希望が残る。

――て、始める前からそんな『最悪』を想定なんてしちゃだめだよな。

 ここにきて弱気になってる自分を自覚して叱咤しつつ、ウィアは中央広場に設置された処刑台を睨んだ。
 ヴィセントの読み通り、処刑台周りの警備は人数的に厳重なだけではなく、対魔法対策もされているようだった。魔法使いの姿も見えるし、おそらく断魔石が使われていて魔法は処刑台にまで届かないだろう。
 だから物理的手段でどうにかするべきだと、実際に処刑台に突っ込む役はファンレーン率いる協力者の騎士達の役目となった。ウィアとクルスは見物人の中に紛れて、全体の状況を把握してそれをファンレーンに伝えて指示する役だった。後は同じく広場内に紛れているウィアの知人の冒険者達と共に、ファンレーン達が逃げる時に騒ぎを起こす事になっていた。

 ウィアはじっと処刑台を見つめて、そこにシーグルが姿を現すのを待つ。処刑台が見物人を止めてある柵から相当離れているのが想定外だが、馬で突進すれば一気に詰められない距離ではない、と自分に言い聞かせる。
 こちらの作戦としては、まず、シーグルがここに姿を表したのに合わせて、広場の近くの数カ所で火事を起こす事になっていた。そこで仲間の魔法使いが煙を操って広場に騒ぎを起こす――実はこの魔法使いというのはジャムと同様、シーグルを助けたいという一心で首都に出てきた青年で、煙や水などの形のないものを自由に操つれる能力を持っているという事でこの計画が考えられた。火事で出た煙を操って、化け物を作り出して広場で暴れさせれば、少なくともそれから人々が逃げて道が開ける。そこをファンレーン率いる騎士達が馬でつっこみ、シーグルを助け出すというのがまず計画の第一段階だ。
 事前に見せてもらった煙の化け物は一般人なら確実に驚くものであったし、いくら断魔石で魔法は遮られても煙自体が避けられるわけではないから、今の風の向きなら操れなくなった煙はそのまま処刑台回りを包む筈である。広場周辺なら魔法が使える事は確認済みだから、断魔石があるのは見物人を遮るあの柵以降だろう。

 処刑の時刻が進むにつれ、広場に人は集まってくる。
 あちこちからこそこそと聞こえる声は、どれもシーグルに対する同情とこの処刑に対する疑問の声で、彼の事を悪く言うものの声はまず聞こえなかった。
 ウィアはぐるりと広場を見渡す。見たところ、視界の中にセイネリアの手の者と分かる者は見えない。

――なぁセイネリア、あんたなら来てるよな。あんたがシーグルを助けないなんて事は絶対にないよな。

 ……正直な事を言えば、ウィア達の計画が成功する自信はなかった。けれどシーグルを助ける為、セイネリアは来ている筈だとウィアは思っていた。もし自分達が失敗しても、あの男がシーグルの命が掛かった事で失敗をする筈がない。
 手でぎゅっと胸の聖石を持ち、ウィアは不安そうに集まる人々を見回す。彼の部下ならすぐ見つかるような場所にはいないと思っていても、本当にこれで助けられるのだろうかという不安に耐え切れず、ウィアは黒の剣傭兵団の者を探してしまう。来ていないはずはないと呟きながら、黒い服の者達を探してしまう。

 そうしている間に広場に太鼓の音が響く。人々のざわめきが膨れ上がる中、親衛隊の者に囲まれて、銀髪の青年が姿を現した。






 ドン、ドン、と広場に鳴り響く太鼓の中、いよいよその時がやってくる。
 曇りない青空の下、黒い服の一団は処刑が行われる首都中央広場をどうにか目視できるくらいの少し離れた場所にいた。

「やはり、見えないか」

 その、一団の主であるセイネリアが呟けば、たった今ソフィアからの報告を伝えたラストが答えた。

「うん、処刑台の傍には確実に断魔石が敷いてあるだろうって」
「目視では顔までは分からないか?」
「みたい。遠すぎて柵のすぐ前でも術なしじゃ顔までは見えないみたいだよ」

 中央広場でも処刑台はかなり北よりにあって、北側には壁を置いて見えなくしてある。つまり、見物人達とは最大限の距離が取れるように配置されていて、更に術が通らないようにしてある為、集まった民衆達から刑を執行される者の顔は、ハッキリ見えないように考えられているという事だ。

「そこまでしているなら確定だろうとは思う、が……。念のため予定通り矢を放って確認しろといっておけ」
「了解。あ、それと……ソフィア本人の判断でも、やっぱりシーグルさんじゃないと思うってさ」

 それにはセイネリアも口元を軽く緩ませる。
 そう、いくら王が愚かだと言え、こんな強引な方法でシーグルを殺す筈はない。ましてやこんな場所で公開処刑などありえない。
 王側にとって最悪の事態はここでシーグルを取り返される事である。こんな場所でそれを完全に阻止しきれるなど、王だけならともかく魔法使いまでいてそう考えるのはあり得ないだろう。ここまでずっとシーグルの居場所を隠蔽してきて、ここに来てこんなところへ出してくる意味がない。
 セイネリアの予想では、どう考えてもこれはただの偽装処刑だった。目的はおそらく、セイネリアにこの処刑の邪魔をさせること。セイネリアに騒ぎを起こさせる事さえ出来れば、その一派をここで一切捕らえられなくても以後反逆者として扱える。それは王側にも魔法使いにもメリットがあるだろう。
 逆に、本当に処刑するのは王にも魔法使いにもメリットはない。王がもし、セイネリアのことは所詮ただのごろつきと馬鹿にしきっていて、人々に人気のあるシーグルを何も考えずに一刻も早く消したいとしか考えていないのなら本気で処刑もないとは言わないが――それならそもそもシーグルの拘束から処刑までこんなに間を置いたりしないだろう。
 王に付いている魔法使いも黙って処刑させるとも思えない、そもそもこれが本当にシーグル本人の処刑であれば、魔法ギルドで送り込んだ者が何かしらの邪魔はしている筈だった。

 だから絶対にあれはシーグルではないと、セイネリアは確信していた。
 処刑台に立つ姿を見た今、更に強く確信した。

――それでも怖いのだからな……あいつのことだとどこまでも俺は臆病だ。

 セイネリアは自嘲する。理性では、絶対にシーグルは殺されないと分かっていた。どう考えてもその確信は揺らがなかった。けれどももしかして――感情が囁く不安の声を、セイネリアは無視することもできなかった。
 だから、この処刑を潰し、シーグルを助ける事も可能なように今セイネリアはここにいる。彼を助けようとする連中も、少なくとも捕まったりなどという事がないように手を打ってある。
 魔法使いがいるなら分かっている筈だった。今日ここにシーグルを出せば、セイネリアは何があってもその身を奪い返すだろうと。セイネリアが黒の剣を持っているからには、それを阻止するのは不可能だという事を。

 だから、あれはシーグルである筈がない。ここまでの結論が出ていても恐れる自分の心に、セイネリアは自嘲する事しか出来なかった。




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 そんな訳で暫くはシーグル救出大作戦のお話になります。



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