悲劇と野望の終着点




  【5】



 ベッドの上に寝転がって、シーグルはぼうっと視線をさまよわせながら考える。
 部屋の小窓は小さすぎて、外を眺める程の事はできない。
 それでも、密閉された部屋の中で、外が見える場所があるというのはほっとするものだ。例え見えるのは空だけだとしても、今日は晴れだとか曇りだとか、夜か昼か、それが目視できるだけで気分的なモノはかなり違う。

――今日は、月は見えないか。

 小さな窓だから、そこから月が丁度見える可能性はかなり低い。ごくたまに欠片でも見られれば少し嬉しく思える程度だ。ただ月がちゃんと見えれば、既にあやふやになりつつある日数感覚を確認しやすくて便利なのだが。……三十月神教が国教の国なのだから、月が見えるように設計しておけばよいのになんて考えてしまう。

 あれから、どれくらいの日数が経ったのか。

 日付は数えていたのだが、途中、魔法で何かされたらしく、やたらと寝すぎた気がしたり等、時間感覚にズレが生じた事が何度かあったため、もしかしたら多少のズレが生じている可能性がある、とシーグルは思っていた。

 ふぅと一つ息をついて、目を閉じて自分の体の感覚を研ぎ澄ませれば、膨れ上がる魔力を感じる。となれば多分、今日は満月か、もしくは満月近くである筈で、それを確認したくて月を見たかったというのもシーグルにはあった。

 満月であれば、『彼』と話ができる。魔剣の中にいる筈の魔法使いに直接話す事が出来る。
 彼と記憶が繋がる事は少なくなってきていたとはいえ、それでもたまに彼がかつて見ていた風景が頭に浮かぶ事はあった。ただ、それはあくまで彼の見た記憶の一場面が頭に浮かぶといった程度のもので、魔法使い達の秘密にあたるような重要な知識が入って来たりという事はなかった。シーグルが知ったのは、魔法使い達が普段どんな生活をしていたとか、どうやって戦場で矢を弾いていたのかとか、彼個人の行動や能力についての事が殆どで、あえて秘密らしい事と言えば魔法の使い方とその理論が分かったという事くらいだろうか。
 ただこうして捕まるまで、クリュースに帰って来てからのシーグルは自分の事で一杯一杯だった為、魔剣の事を忘れている事の方が多かったというのもある。

――それに、考えたくなかったというのもあるかもしれない。無理矢理別れを告げたせいであいつがどんな状況であるかという事を。

 目を閉じたまま、ゆっくりと息をする。
 体から力を抜いて、そのままでいれば、やがて意識は眠りへと沈んで行く。

 今日が満月であるなら、『彼』を呼べる筈。

 考えながら完全に意識が途切れていけば――やがてシーグルは靄が掛かったような辺りに何もない薄闇の中にいた。

『呼んだかい?』

 そこにいた老人をみて、シーグルはほっとする。
 シーグルがいる場所は監獄か城内であろうから、建物には魔法を通さない処理がされているのは確実で、魔剣と意識がちゃんと繋がるか実は不安だったのだ。

『魔剣と主は精神的に繋がっているからね、断魔石程度でどうこうは出来ないんだよ。……君の中に、黒の剣の魔力が流れてくるのが止められないようにね』

 それはつまり、セイネリアと自分が精神で繋がっているという事だろうかと思えば、やはり口に出さなくても魔剣の魔法使いは教えてくれる。

『そうだよ。黒の剣の主が君を求めただけでなく――それを君が受け入れているからこそ魔力の道が繋がったんだ』

 ならば剣の力が自分に流れ込んで来出した時点で、自分は彼を愛していた、もしくは彼を求めていたという事だろうか。

『そうだね。確かにそう言えるかもしれない。……ところで、君の聞きたい事だが……一つ目は今回私が呼べたことでも分かるように、答えはYESだ』

 そう、今回シーグルが魔剣を呼び出して聞きたかった事は、一つはこの対魔法用処置のされた建物の中で魔剣を呼ぶ事が出来るかどうかであった。
 現在、いざという時のために、シーグルは魔剣を自分で持ち歩いていない。それはキールに言われた所為でもあるのだが、いつ自分に何があるか分からない現状、敵が魔法使いであるなら魔剣の主であるという事は出来るだけ隠して置いた方がいいという事らしい。キールの話では、魔法使いに捕まって持っている魔剣が見つかった場合、剣の主だと分かれば剣を手に取れないように封印される可能性があるという。一応、キールのようにずっと近くでシーグルを見ていたのでもない限りは見ただけではシーグルが魔剣と繋がっている事は分からないそうなので、剣さえ見つからなければ魔剣に対する警戒はされないといわれていた。

『だからもし、君が呼んでくれれば私はそこに行ける、安心してくれていい。ただ、入り組んだ建物の中だとすぐ、という訳にはいかないだろうけどね』

 それを確認出来たのはかなり心強い。いくら魔剣でも武器一本で何かが出来る訳ではないが、何らかの機会――王に直接接触出来れば――自力でどうにかする事も可能かもしれない。

『そして二つ目の質問に関しては……正確にはわからない。けれど、難しいだろう、というところかな』

 実を言えば、そちらの方はだめだろうと思って聞いている事なので、否定されても別段気落ちする事でもなかった。
 魔剣と繋がったことでシーグルは魔剣の中の魔法使いの記憶と繋がり、わざわざ説明されなくても魔剣で出来る事もその使い方も分かるようになっていた。ただ、そういう決まった使い方ではなく、応用して記憶にない使い方も出来ないだろうかというのが二つ目の質問であった。
 例えば、風の魔法なら風にのせて紙のような軽いモノを運んだりとか。それが出来るなら、家の者と連絡が取り合えるのではないかと思ったのだ。

「やはり、難しいか……」
『うん、私自身が魔法使いの時にそういう使い方をした事がないからね』

 笑った魔法使いは、それでも少し考えた素振りを見せる。

『残念ながら、私の力はそこまで強くも繊細でもなくてね。操れる風は見える範囲までで、目的地まで運ぶ事は不可能だ。ただ、そこまでは出来なくても――飛ばす、というのはアリかもしれないね』
「というと?」
『そうだね、操れる風は見える範囲だけだけど、紙くらいなら、こう、強い風で外に吹き飛ばせば、後は自然の風に乗って特定しない何処かへ行ってはくれるだろう』
「つまり、誰か知り合いが外にいる事を祈って、自分はここにいると知らせる何かを飛ばしてみるということだろうか」
『そうだね、外へ飛ばしたら後は運任せになるけど』

 天井近くにある小窓は、晴れた日には朝の掃除係が専用の長い棒を持って開けて行き、昼食の係の者が閉めていく。だから空いている午前中に小窓まで紙を運ぶのを制御して、そこから強い風で押し出して後は運任せにするという事だ。
 なら、様子を見て、魔剣を呼んで部屋に隠しておく必要がある。
 ここへ入ってくる魔法使い――キールは既に分かっているからいいとして、他に魔法使いがやってこないことを祈るしかないとシーグルは思う。

――いやでも問題は、部屋に魔法使いがこなくても、建物に魔法使いがいれば魔法を使った事がバレてしまうのではないだろうか。

『それは案外大丈夫かもしれないよ。部屋に魔法対策がされているなら、外からも魔力が見えない可能性がある。なんならリパの術を何か使って、誰かやってくるか試してみるといい』

 シーグルは確信している。居場所さえ分かれば、セイネリアは必ずシーグルを助けにくるだろうと。だから、運任せでも試してみる価値は十分あると思える。
 そうなればどちらかといえば問題は――自分が逃げた場合、家の方がどうなるかという事だろう。もし逃げられたならセイネリアに頼んで家族を救って貰うしかないと思っていても、彼らが現在どんな状態か、それが少しでもわかればいいのだがと思う。

『あぁ一つだけ言っておくとね。今私を持っている人物は少なくとも無事だよ。逃げている気配はあるから捕まっていないね、とても君のことを心配しているよ』

 それにシーグルは思わず魔法使いに感謝の言葉を返した。
 魔剣本体は普段は従者である青年、ナレドに持たせている。彼には何かあった時、ともかく逃げて屋敷に近付くなと言ってあった。少なくとも彼が無事で拘束されていないのなら、その命令に従ってくれたのだろうと思う。
 シーグルが捕まった時、恐らく彼はキールといた筈だから、キールが逃がしてくれたと考えていいだろう。

「裏切者なんて、いう訳ないじゃないか……」

 ここへ来るたび、苦しげに自分を見る元文官の魔法使いを思いだしてシーグルは呟く。
 おそらく、ナレドを逃がしてくれて。
 おそらく、自分が魔剣を持っている事を黙ってくれていて。
 それであんな顔をしている彼を責められる訳がない。
 だから、彼という人間が自分の意志で行っている行動であるなら信じていい。彼が自分の下で働いて、自分を案じてくれたその心を信じればいいとシーグルは思った。




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 ここまでが今回のエピソードでは前準備的なお話ですね。



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