悲劇と野望の終着点




  【4】



 セニエティの西区とはいっても大通り沿いになるこの屋敷のある位置は、下区でない事もあるが、いわゆる『西区』という言葉のイメージであるスラム街には分類されない。『ネクステ家の姫屋敷』と周辺の家から呼ばれるここは、商店が立ち並ぶ賑やかな通りにあって、貴族の館としてはこじんまりとしてはいるものの、真っ白な壁に朱色の屋根が映える辺りからは一際目立つ建物だった。
 その屋敷の中、ウィアが通された客間は大きな窓から通りの喧騒がよく見える明るい部屋で、屋敷の主自身が女性というのもあって家具やちょっとした小物からして品がよく柔らかい印象を受ける――一言でいえばほっとできる部屋だった。

「よく来たわね、神官の坊や」
「坊やっていうのはちょっと……俺もう成人してんで」

 口を尖らせてウィアが言えば、この屋敷の女主人であるファンレーンはころころと笑う。今日は仕事や出かける用事がなかったらしく、彼女の恰好は前のような鎧姿でないゆったりとした部屋着であって、長椅子にゆったりと腰かけている姿は、いかにもこの家の女主人という雰囲気がある。

「そうね、失礼だったかしら。でもイメージ的にね、どうもね」
「まぁ、そりゃ分かるけど……」

 なにせ、騎士としては女性の為小柄と言える彼女であるが、それでもウィアより一回り体が大きい。体力勝負の職業柄、背だけでなく体格からして向うの方ががっちりしている。

「さて、貴方の来た用件なら分かってるつもりだけど……」

 優雅にティーカップを持って口に付けた彼女に、ウィアはそこでそっと人差し指を唇の前に立てて言葉を止めた。

「いやー、もうさぁ、俺フェズが心配で心配で心配でっ、お師さんであるファンレーンさんなら貴族だし騎士だし、フェズが元気かどうか誰かから聞いて知ってるかなってさぁ」

 唐突にウィアが大声でそんな事を言い出した為、ファンレーンは目を丸くする。それでもすぐに表情を普通に戻したところを見れば、彼女も気付いているのだろう。ウィアを付けてきている人間がいることも、現在シーグルに関わる人物として彼女もマークされて、屋敷の外に見張りの人物がいる事も。

「一人で家いても、もーフェズが心配でいてもたってもいられなくてさー。でもリシェ行ったって会わせてもらえる訳ないしー、そんで藁にもすがる思いでファンレーンさんとこ来たんだぁっ」

 彼女はすぐにウィアの意図に気付いてくすりと笑う。
 芝居がかったそのわざとらしい大声は、確実に外にいるだろう親衛隊の誰かに聞かせる為だという事を。

「ごめんね、私もあの子とは全然連絡とれていないのよ。他に誰かに聞いたって事もないわ」
「そっかぁー、あーもう、フェズどうしてるだろー、心配だなぁ〜フェズってば可愛いからヘンな事されてないよなぁ、あーもう心配だぁああ〜〜」
「まったく仕方ない子ねぇ、ほらいらっしゃい」

 そう言ってファンレーンが手を広げてくれたところで、ウィアは立ち上がって遠慮なく彼女の胸に飛び込んだ。……内心、うわラッキーと思ったのはこの際おいておいて……ついでに言えば、今日の彼女は女性らしく胸がそれなりに開いた部屋着という恰好だから、それはもう感触だけなら夢見心地ともいえる状態だった、というのも付け加えておく。

『とりあえず、今俺達は信用出来て協力してくれそうな人に声掛けてるとこだ。シーグルの居場所はわからないから、最悪処刑当日にどうにかするしかないと思ってる。それと、当然フェズ達も助けなきゃならない。出来ればそっちはシーグルより先に』
『成程ね、それで何か案はあるの?』
『恐らく、リシェの屋敷の中とはこっちで連絡が取れると思う。具体的な計画はそれからかな。ファンレーンさんは騎士団とか冒険者関係とかで……他に協力してくれそうな人達に声掛けてくれないかな』

 大声で、心配だー心配だーといいながら、ウィアは表面上はファンレーンに泣きついている情けない青年のふりをする。彼女は彼女でそれを慰める年上女性の役を演じながら、互いに小声で会話を交わす。

『分かったわ、なら経過報告として、出来るだけ毎日顔出しなさい。そりゃもう情けない顔をしてね』
『ってことは、これから毎日慰めて貰えるのかなっ』
『えぇいいわよ、たっぷりね』

 それで彼女はウィアの頭をわざとらしくぐちゃぐちゃと混ぜて、ウィアはそれに思い切り情けない悲鳴を上げた。

「ほら、男の子がそんなに情けない声ださないの。今はフェゼントの事はどうにもならないでしょ? どうしても不安でしょうがなかったらいつでもいらっしゃい、愚痴を聞いて慰めるくらいはしてあげるから」
「うん……ありがとう、ファンレーンさん」

 ぐすりと、涙声で鼻をすすりながら出来るだけ情けない声で返せば、ファンレーンは声を出さないように必死に耐えながらも肩を揺らして笑う。

 まぁどうせ、監視されているのは分かっているのだ。

 となればここへ何をしにきたか、彼らが納得する情報を与えてやればいい。ウィアがフェゼントの恋人だというのは調べがついているだろうし、実年齢の割には子供っぽく見えるウィアなら、恋人が心配で泣く事しか出来ない情けない青年、という役も不自然には映らないだろう……まぁウィアとしてはムカつく事だが、可愛いと自覚のあるこの外見の活用方法には慣れている。
 ついでにファンレーンの機転によって、これから毎日ここへ通っても不審がられなくなったのは感謝したいところだった。

――とりあえず、こっちは予定通りってとこかな。

 ちなみに大神殿のクルスのところへは、今ヴィセントが連絡をつけに行っている。流石にリパ大神殿には親衛隊も堂々と監視で入っていく訳にはいかないだろうし、神官であるヴィセントが行ったところで不自然な事もない。会話は談話室かクルスの自室になるだろうから、部外者が話を聞く事も出来ないだろう。
 それでも、不安要素がない訳じゃない。ヴィセントも首尾よくクルスと連絡が取れたろう事を祈って、ウィアはファンレーンの屋敷を後にして家に帰った。

 ……の、だが。

 ファンレーンの家からの帰り道、ふとウィアは折角外に出たのだから街中の様子を見ておこうと思い立った。どの辺に警備が多くて、街の人の感じはどうなのだろうと事前に確認しておいた方が良いのではないかと思ったのだ。後はもしかしたら城の様子も多少は分からないかなとも思って、まずは見晴しのいい東の展望台に行ってみる事にした。

 セニエティの街は城をを始点として南方面へ扇形に広がるように街がある。そして城に近い北方面、その中でも東寄りが少し土地が高くなっているだけあって、城のちょっと東にある高台が城以外ではこの街で一番高い場所として展望台となっていた。

「おー、やっぱここは気持ちいいなぁっ」

 坂を上り切って広場に出ると、まずは背伸びをしたくなる。ここは北の山脈からの風が流れこむ為、夏場などは涼む人々で混雑するのだが、その日は思った以上に人の影は少なかった。

「なんだぁ、寂しいモンだな」

 いいながらも、お気に入りのベンチに腰掛けてあたりを伺う。
 見晴らしのいいこういう場所には、元から警備隊の詰め所がある。ただ記憶よりその建物が大きくなっているのは確かで、警備隊の方も大分人数が増やされたらしいというのは噂だけではなさそうだった。

――人が少ないのは、そういうのも関係あるのかね。

 詰め所がある所為か警備隊の人間が行き来する姿がよく目に入る。あの内の一人は俺の見張りかね、なんて思いながら見晴らしのいい下へ視線を向けたウィアは、そこで唐突に、大量のハトの群れがわっと下から飛び上がったのを見て驚いた。

 しかも、それだけでなく――大量のハトが空へと消えた後、そこにウィアの姿はなかった。







 意外な展開、というか、全く想定外の事態だった為、ウィアは我ながら間抜けだなと自分で自覚するくらいあっさりと謎の集団の手に落ちた――と思った。
 目の前に立ち並ぶのはいかにもガラの悪そうなごろつきといった風貌の冒険者達。
 ハトの集団に気を取られていたウィアは、そこで思い切り腕を引かれたと思ったら数人がかりで押さえつけられて口を塞がれそのまま運ばれて、こうして人目のない路地裏に連れてこられてしまったという訳だった。

「くっそ、お前ら何処の手のモンだっ、誰に雇われたんだ?!」
「どこにも雇われた訳じゃない」
「何ィっ、それじゃ俺が可愛いからって攫って売り飛ばそうって奴らか?!」

 くそ、こんな時に。可愛いというのがこんな大切な時にこういう面倒事を引き起こすなんて――などと考えて悔しがったウィアだったが、目の前の男達はそこで悪役らしく下卑た笑いを浮かべるでもなく何処か困ったような雰囲気を出していて、ウィアも何か様子がヘンだと思いだしていた。そんな時、一人の男が路地の向うから走ってやってくるのが見えた。

「悪ィ、ちょっと警備隊の連中まいてたら時間くっちまった」

 そこで明らかに他の連中がほっとしたのを空気で感じていれば、ウィアの前にやってきたその男がにこりと笑って言ってくる。

「あんたウィア・フィラメッツだろ。シーグルの兄貴の恋人って事で、シーグルの屋敷に入り浸ってたっていう」

 『シーグル』の名を使うという事は、おそらく彼はシーグルの冒険者時代の知り合いだろう。と、そこまで予想出来たウィアだったが、何者かはまだわからない、と目の前の男を睨み付けた。

「そうだけどっ、俺をこんなとこに連れ込んで何するつもりだっ。もしかしてシーグルを脅迫しようとしてんじゃないだろうなっ」
「ないない。いや、手荒なマネしたのは悪かった、すまない、謝るっ。てか、シーグルを脅迫って、捕まってるあいつにどう脅迫するっていうんだよ」
「いや、それも知らないよそ者かと思ってさ」
「よそ者ってのは否定しないが、そもそも俺達はあいつが捕まったって聞いてここきたんだぞ……そしたらもう処刑だって……ざけんなよ……一体あいつは何に巻き込まれたんだ」

 語尾が小さくなって、くやしげに拳を握りしめるその様を見て、やっとウィアは彼らがシーグルとどういう知り合いなのか、なんとなく理解出来た。

「あぁいや、ともかくだ、俺達はよそ者で詳しい事情を知らない。あいつの身内に近い人間で連絡取れそうなのはお前さんしかいなかったから、ちょっと強引な方法だったけど連れてきたっていう訳なんだ」
「あんたら、シーグルの知り合いなのか?」

 ウィアの予想したところでは、シーグルの冒険者時代の仕事仲間あたり――しかもシーグルに恩があるとか、惚れてるとか、余程仲がよかったか、その系の――それでよそ者というのだから、最近はずっと首都から離れていたのだろう。シーグルの性格を考えれば、その系の人物なら、シーグルが処刑されると聞いて黙っていられる訳はないと理解出来る。

「俺の名はジャム・コッカー。知り合い、というか……前に一緒に仕事をした事があって、シーグルには借りがあるっていうか、すごい迷惑を掛けたから、な」

 苦い笑みを浮かべた彼は少し辛そうにみえて、けれどその表情で彼が嘘を言っている訳ではないとウィアは判断した。

「もしかしてあんたら、シーグルを助けに来た、のか?」

 だからそう聞いてみれば、ジャムは拳を強く握りしめて訴えるように言ってくる。

「あぁそうだ。あいつが罪人なんて陰謀か冤罪に決まってるっ。勿論助けるつもりで来たんだが……状況が全く分からないし、俺達だけでどうにか出来るとも思えなくてな、それで調べてお前さんの名前が出てきたって訳だ」
「そっか……」

 多分、きっと、彼だけでなく。シーグルの処刑を聞いて、どうにかしたいと思った人間はもっといるんではないかとウィアは思った。それこそシーグルが冒険者時代に助けた村人とかまでに声を掛ければ、協力しようと言ってくれる者はたくさんいる筈だと思った。

――そうだよシーグル、神様だけじゃない、皆知ってる。お前がどんだけがんばってて、優しくていい奴だって事を。お前は絶対助かるべきだって、皆思ってる。

 ウィアは零れてきた涙を袖でぐいと拭きながら、ジャム達に事情と、今後の計画を話した。




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 次回はシーグルサイドのお話。



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