悲劇と野望の終着点




  【3】



 天井に向けて指を掲げ、ウィアは大声で宣言する。

「よし、シーグルとフェズ達を助けるぞっ」

 そうすれば、横にいたヴィセントがウィアの口を急いで塞いだ。

「ちょ、ちょっとウィア、いくら家の中でも大声は不味いからっ」

 流石に冷静な友人は、注意するにも小声だ。ウィアはもがいてヴィセントの手を払ってから、今度は小声で彼に言った。

「わーったよ、声小さくだろ」
「全くウィアは……この家だってきっと奴らにマークされてる。部屋締め切ってるからって油断しないでよ」
「分かった、分かったってぇ。気を付ければいいんだろ。それでヴィセント、お前なんかいい案あるか?」

 にかりと笑って見せれば、普段は本ばかり見ている友人はガクリと肩を落とした。

「やっぱりウィアって何も考えてなかったんだ」
「んだとぅ。いやほら、とりあえず関係者に連絡とってみようかなってくらいは考えてたぜ」
「でも連絡取る手段は僕に考えさせる気だったでしょ?」
「そのとーりだっ」

 そこでまたウィアが自信満々に大声を出したのだが、その言葉くらいなら問題なしと判断してくれたらしく、ヴィセントはそれには文句を言ってこなかった。

「ともかく、連絡をつけようっていうのはいいけど、まず誰なら信用出来て連絡も付けらそうかってとこから考えて確実に協力者を増やしていこう。相談出来る人が増えれば、それだけ案も手段も広がるからね」
「んー……そうだなぁ。シーグルを助けるって為なら絶対協力してくれるだろうシーグルの部下さん達は皆遠くだしなぁ」

 そう、シーグルのためなら一番頼れる戦力になってくれそうな彼の部下達は、現在全員、修繕が終ったノウムネズ砦へと配属変えさせられてしまっていた。まぁ確かに王側からしてみれば彼らを遠ざけるのは当然の処置だろうし、恐らく監視もされているだろうから、彼らと今連絡を付けるのは厳しいだろう。

「絶対的戦力ってか味方で確実なのはやっぱセイネリアだろうけど……」

 考えながら呟けば、肩をがっしりと掴まれて真剣な顔でヴィセントに睨まれる。

「ウィア、彼に連絡付けたいからって前みたいな事しないでよね。この状況下だとシャレにならないから……それに、どうせ向こうは向こうで既に動いてると思うよ。連絡取れたとしてもこっちと協力する気はないって言われるんじゃない?」
「ははは……だよなぁ」

 実は、ウィアとしては最後の砦というかどれだけ最悪の状況になっても、あの黒い騎士なら絶対にシーグルの処刑を阻止してくれる筈だと思っていた。あの男にとってシーグルが殺されるなんてことは何があっても耐えられない事の筈だった。
 とはいえ、王側としてもセイネリアが動くという事くらいは想定済みだろう。シーグルとセイネリアの噂を知らないとは思えないし、王ともなれば多少はそれを肯定する情報を得ていると思っていい。
 だから勿論、第一に考えるのはシーグルの救出ではあるのだが、そちらはあまりにも現状では手の出しようがない。そして彼を助けるなら彼の家族もどうにかしなくてはならないのは当然である。ウィアの個人的な感情として、大事な恋人を救いださないと……というのは置いておいても、シーグルの性格上、家族を盾に取られたら逃げても逃げられなくても脅迫されて終わりとなる。
 それらを考えてウィアが今出来る事といえば、まずは出来るだけの戦力をそろえる事と、出来れば……。

「本当は最優先に連絡付けたいのはリシェの屋敷ン中なんだけどな……」

 と呟けば、直後にあっさり言われた言葉にウィアは我が耳を疑った。

「あぁ、ラークとの連絡なら付けられるよ、多分ね」
「えぇ?」

 目をまん丸にしてウィアが友人を凝視すれば、彼は何でもないように答えた。

「普段から僕は彼と連絡をとりあってるからね。専用の連絡手段を用意してあるんだ」
「ぅえぇえ? 俺、聞いてないぞ、んだよ、そういうのは早く言えよー」
「でも、屋敷の中にも親衛隊の人間がいて常時監視されてる――というのもありえるからね、ヘタにこちらから呼び出しをしないで、現状向こうからの連絡を待ってるんだ」

 確かにそれはそうで、ヴィセントの考えは理にかなっている。
 ただとりあえずテレイズによれば、シーグルの罪とシルバスピナ家そのものは別に考えられているので、屋敷の人間達に対しては現状では心配はいらないという事だ。屋敷を包囲している連中もあくまで『警備』という肩書きとなっていて、領主の処刑で町人が暴動を起こす可能性があるから親衛隊がシルバスピナ家を守っている、と建前的にはそうなっているらしい。
 いくらウィアが暴走しない為としても、兄はそういう重要な事をなんの確信もなく言ったりはしない。本当だな、と何度も何度も兄に確認して、そうしてフェゼントをすぐにでも助けにいこうとしたのをウィアは止めたのだから。

『いいかいウィア。シルバスピナ家はリシェの民に愛されている。現状でも相当の反感を買っている状況なのに、王側としてもこれ以上ヘタに町人を刺激して本当に暴動を起こされたくはない筈だ。少なくともシルバスピナ卿が逃げるとか、暴動が起きて王側が手を焼くとか、そういうことが起こらない限りは彼らに手を出したりはしない筈だよ』

 ――兄貴、その言葉信じてるからな。

 一応兄によれば、実際の裁判の時に、シルバスピナ家そのものについては罪を問わず、次期シルバスピナであるシグネットが成人するまではシルバスピナ領は王の管理下に入るという発表もあったらしい。

『本気でシルバスピナ卿を処刑するのだとすれば……王は次期シルバスピナを自分の下で育てるつもりなんだろうね』

 それはつまり、シーグルの処刑で反発するシルバスピナ領民に対する人質としての面と、シグネットを自分の管理下におくという面があるそうだが、そうはさせるかとウィアは思う。王の下で育てられる事になれば、おそらくシグネットは全てシーグルが悪いのだと言い聞かせられて成長する事になる。シグネットに自分の父親を憎ませるような事があってはならない。ウィアは、シーグルからシグネットを任されたのだ、絶対に彼をそんな不幸な子供になんてさせない。

「兄貴の話だと、シルバスピナ家はあくまで王の保護下にあるって事になってるから、中はそこまで見張りだらけって程じゃないと思う」
「そうだね。じゃぁそこはちょっと、調べられるようなら何人分の食事が屋敷へ運ばれるかを調べてみようか。外にいる人数と照らし合わせればそれでだいたい中の人数も予想出来るんじゃないかな」
「おーーーさっすが」

 中の人間を逃がすとなれば、屋敷の親衛隊の警備状態の把握は必須である。今は少しでも掴めそうなところから掴んでいくのが大事だった。

「で、ウィア。話は戻るけど、後は誰か協力してもらえそうな人っていないの?」
「うーーーーん、そうだなぁ、まず第一に信用出来て、んで出来れば頼りになりそうな人っていうとなぁ、チュリアン卿って人とかー……」
「バージステ砦は、僕達でいきなり連絡取るのはきついんじゃないかな」
「だよなぁ……あー、そだ、騎士団なら、ほらこの間きてたロウって奴と、エルクアって人!」
「うん、確かにシーグルさんがあーゆー席に呼ぶ人だから信用出来ると思っていいと思う。ただ騎士団関係者に直接連絡を取るのは難しいんじゃないかな。ただでさえ騎士団は今、親衛隊が厳重に見張ってるし、僕達じゃ行っても呼び出しするしかなくてバレバレだし」

 確かに部外者のウィア達では騎士団の中に直接入っていけない為、こっそり中の人間に連絡を取るのは難しい。こーゆー時に騎士であるフェゼントがいればなぁなんて思っても、そのフェゼントを助けようという話なのだからグチっても意味がない。

「だよなー、んーじゃ騎士団関係者じゃないっていうとー……あ、クルスって人っ。大神殿にいるしっシーグルの昔の冒険者仲間って言ってたから、他にも信用できそうな仕事仲間とか知ってるんじゃね?」
「あぁそうだね、確かに」
「後は――」

 冒険者とか、騎士団でも外部的な関係者とか、それで首都周辺の人物といえば……と、考え込んだウィアは、そこで唐突に一人の人物をまた思い出した。

「そーだ、ファンレーンさんっ、フェズのお師さんだ、あの人顔広そうだし強そうだしっ。それに騎士だから、騎士団内の人とも連絡取ってもらえるかもだっ」

 そうしてウィアとヴィセントは、とりあえずまずはクルスとファンレーンに連絡を付ける為に動き出した。






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 次回も引き続きウィアのお話。そして懐かしい(?)人物が……。



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