旅立ちと別れの歌




  【16】



 体の中に熱く注がれるものがある。
 その感触が久しぶり過ぎて、シーグルはわなないて震える唇の持って行きように困って、手で掻き寄せたシーツを噛んだ。

「う……ふぅ」

 背中にはぴったり彼の体温がある。中はぴっちり彼で埋められている。耳元からははぁはぁと彼の荒い吐息が聞こえて、時折混じる僅かな声を聞いているとなんだか妙な気分になってしまう。
 今、自分は彼に抱かれているのだと考えれば、まだ熱が燻っているように体がざわついて仕方ない。

「いつまで……そうしているつもりだ」

 このままでは不味いと思ったから、とりあえず彼に早く一度離れて欲しくてそう言ってみた。

「いつまでもこうしていててもいいんだがな」
「冗談はよせ」
「冗談は言ってない」

 このままだと本気でいつまでこのままにさせられるか分からないから、明らかに怒った声を出す。

「いつまでもこの体勢でいられるか、さっさと抜け」
「嫌だ」

 即答か、とつっこみたくなったのをぐっと抑えて、仕方なくシーグルはそこで実力行使に出ることにした。
 今のシーグルはまだアッテラ信徒の輪の中にいる。さすがに競技会の時のような限界を突破するレベルの術は使わないが、安全範囲の二段階くらいの強化をして一気に振り切れば、セイネリアの虚を衝いて今なら抜け出せる――計算だったのだが。
 呪文を唱えようとした、その段階で彼に気付かれてしまった。

「あっ……」

 彼はこちらの雄を握って、急にそれを扱きだした。

「馬鹿っ、反則だっ」
「悪いが三年も待たされてこれで終わりにされたくないんでな」
「お前の三年分を一度にされてたまるかっ」
「当然だ、今日は一週間分くらいで我慢してやる、一日中俺を感じてろ」
「断るッ」

 と言った時にはすでに遅く、強引に引っ張りあげられて強制的に抱き起こされる。つながったままだから彼のものが更に奥に届いて、その体勢になっただけでシーグルはぞくぞくとまた膨れる快感に背筋を震わせた。
 しかも。

「奥まで俺を感じてるか?」

 耳元で囁かれて、またさらに体を震わせる。言われた通り中の彼を意識してしまえばそれを締め付けてしまったのが自分でも分かって、シーグルは歯を噛みしめて耐えるしかなかった。
 ただ厄介なことに、それは耐えれば慣れて一息つけるなんて事が出来るものではなく……。

「あっ……お前っ」

 一度萎えた筈の自分の中にあるソレが、再び大きくなってくるのが分かる。それに合わせてセイネリアが下から軽く突き上げてくれば、中から液体が溢れて音が聞こえる。

「そんなに締め付けるな」

 耳元で言われれば、それにもぞくりとしてしまってまた余計に締め付けてしまう。
 セイネリアはそのまま耳たぶを噛んだと思えば音を立ててまで吸いだす。それだけで恥ずかしくてたまらなくなるのに、彼の手は片手で乳首を弄って、もう片手でこちらの雄を柔らかく擦ってくる。だから下からの突き上げは奥をかき混ぜる程度しか出来ないのだが、それでも隙間なく埋められた肉塊が中を擦って奥を突かれればその存在をより感じて腰が揺れてしまう。

「や……馬鹿……もう」

 股間を触っていたセイネリアの手が離れる。かと思えばその手はこちらの手を掴んで、それを代わりに置いていく。

「自分で好きなように触ってろ、もっと気持ちよくしてやる」
「ふざけ……」

 怒鳴ろうとしたら胸を摘ままれて、シーグルは口を閉じる。
 それから彼はそちらかも手を離して、両手でこちらの足を掴むと体ごと持ち上げた。そうすれば後はどうされるかなんて分かっていて、落とされると同時に深くを抉られた衝撃にシーグルは耐える間もなく声を上げた。

「あぁぁぅっ、はぁっ、あ、あっ、あっ」

 今度は最初から容赦なく動かされて、その激しい動きに思考が飛びそうになる。意識しない間にシーグルの手は自分のものを動きに合わせて扱いていて、自ら腰を揺らしていた。
 ず、ず、と落とされる度にセイネリアの肉がより深い場所をひらいていく。
 同時に自分の中が痙攣するように収縮して、その彼を絞り上げようとしているのが分かる。
 その繰り返しが体中に甘く切ない快感を積み重ねて行って、シーグルは口を閉じることもできずに深くに彼を感じる度に声を上げた。
 けれど――かと思えば、急に彼はこちらの体を持ち上げるのをやめてしまって、深くまで入ったまま体を揺らす動きだけでこちらの中を突き上げてくる。

「愛してる」

 耳にそう囁きながら。

「愛してる」

 小刻みで早い動きだけで中を擦りあげて。

「愛してる」

 耳たぶに吸い付きながら、首筋に吸い付きながら、ちゅ、ちゅ、と耳の傍で音を聞かせながら何度も告げてくる。

「愛してる」

 より速くなっていく下での動きに合わせ、少し息を乱しながら、声を掠れさせながら。どんどん吐息のような小さな声になりながらも、彼はただ告げてくる。

「愛してる、愛してる、愛してる……」

 体の奥の疼きが、熱が、快感となって体中に染み渡る。それがあふれ出してしまいそうで、シーグルは空いている方の手で自分の口を押えて叫んだ。

「あ、あぁぁー、セイネリ、ア……」

 またイってしまったと実感すると同時に、意識がふわっと浮き上がる。そのままただ快感と幸福感に包まれて心地よく意識を手放そうとしたシーグルだったが……結果としてそれは叶わなかった。

「まだ、だめだ」

 そう聞こえたかと思ったら、体がすごい勢いで振り回された、というのは半ば意識を飛ばしていたシーグルの感覚だが、実際のところは体をひっくり返されたらしく……気付けばベッドに背をつけて寝た状態で、しかもそこで即彼がまた入ってくる。

「うっ」

 衝撃に意識を飛ばし損ねたシーグルが目を開ければ、満足そうに見下ろしてくるセイネリアの顔があった。

「そろそろ慣れたろ」

 やはりまだ頭が少しぼうっとしていて思わず、何が? と聞き返そうとしたシーグルだったが、その状態で彼がまた突き上げてきた所為で聞くまでもなく意味が分かった。

「うぁ……馬鹿、俺は、もう……無理、だ……」
「俺は全然足りない」
「ふざける、な……化け物、め、あ……」

 シーグルとしてはただでさえ久しぶりで感じ過ぎたのもあるのか体力の持って行かれ方が酷くて、とてもではないがもう一回付き合えというのは拷問に近い。セイネリアが満足するまでなんて考えただけで無理過ぎて気が遠くなる。

「だめだ、本気で……無理……」

 だから喘ぎながらも必死で訴えれば、そこで彼の動きが止まる。
 ほっとして体の力を抜いたシーグルだったが、彼の身体が覆いかぶさるように上から倒れ込んでくればなんだか受け止めるようにその体を反射的に抱いてしまった。そうすれば、こちらの肩に顔を埋めたまま彼が呟く。

「まだ、お前の顔を見てしていない。ちゃんとお前の顔を見たい」

 それには正直返事が出来なくて、シーグルは一度顔を顰めた。

「これで最後だ、ちゃんとお前の顔を見て……お前から抱きしめられたい」

 言われれば、確かに彼に抱きつけずに終わったのは少し寂しかったような気もしてくるから困るところだ。

「……それにお前からの言葉も足りない。俺は何度も言ったのにお前はまだ三度だ」

 その声が一番不満そうだったから、シーグルは呆れて目を見開いた。そうすれば、ようやく顔を上げた彼が少し体を浮かせてこちらを見つめてくる。琥珀の瞳は穏やかではあってもどこか不安そうな揺らぎがあって、自信家の男のそんな顔にシーグルは苦笑する。どうやら自分は、彼が自分だけに見せる『弱さ』に弱いらしい。

「愛してる、セイネリア」

 だからなだめるようにそう言えば、彼の顔が僅かに緩んだ。
 なんだかわかりやすい彼の反応が笑えて、その顔に手を伸ばして両手で彼の頬を緩く挟む。

「愛してる」

 じっとその細めた琥珀の瞳を見て言えば、彼の顔が近づいてきて唇を塞ぐ。けれどもそれはすぐ離れて、また見下ろしてくる嬉しそうな瞳に向かってシーグルは告げる。

「愛してる」

 そうすれば今度は彼の手がこちらの頬を撫ぜて来て、彼の下肢が再び動き始めた。

「あぅ……ん」

 反射的に声が上がれば、頬の手は離れて逸らした喉に彼が口づけてくる。

「もっとだ、シーグル、全然足りない」

 低く呟くような声になんだか体が震えてしまって、中にいる彼を締め付けてしまった事をシーグルは実感する。それに呼応するように彼の動きが少し速くなるから、耐えるようにシーグルは自分の上で揺らめく男の影に手を伸ばしてその体を掴んだ。

「う……愛して、る……」

 いつの間にか下りていた彼の唇が、胸を舐めてくる。

「もっと」

 言いながら乳首を甘噛みするから、シーグルはびくりと背を撓らせた。

「んっ……愛して……る」

 セイネリアの唇はまた首筋に戻る。けれど唾液で濡れそぼった胸の突起は指で尚もいじられている。

「もっと……もっとだ」

 耳の近くで囁かれると更に体中に力が入ってしまって、シーグルは身を捩(よじ)る。それがまるで彼に腰を押し付けて更に深くを強請るような動きになってしまって、更に奥まで彼を感じて喘いでしまう。

「あ……あぁっ、愛して……る」
「もっと……」

 セイネリアの声はどこまでも平坦に響くのに、体の中の彼は益々その存在を強く主張してきて暴れ出す。これで喘がず言葉を言うのはきついのだが、それでもシーグルは懸命に彼に伝えてやった。

「愛してる……愛してる、セイネリア、あぁっ、あ、あ、あ、うぁ」

 何度目のやりとりか、彼がいきなりまた深くで強い抽挿を始めたから、さすがにシーグルも言葉を出せなくなって喘ぐだけになる。ガクガク激しく揺さぶられて視界がぶれ、自分の声さえ遠くなる。ただ下肢だけは体の芯の疼きに引きずられるようにきゅうっと力が入ってしまって、広げられた足が自然に閉じようとして彼の体を挟む。そうすれば彼の身体が目の前に下りてくるから、まるで必死にしがみつくようにその体に抱きついた。

「あ、あ、あ、あ、あ、は、ぁ、だ、め、だ、ぁ……」

 意識の浮き上がりは本当に本当の限界で、自分がイったのかさえ分からないままシーグルはそこで意識を手放した。けれど、完全に意識が落ちる瞬間、耳元に掛けられた彼の声はしっかり聞こえた。

「愛してる、シーグル」

 だからおそらく、消えそうな意識の中でもどうにか開いた口は、ちゃんと彼に告げた筈だった。

――愛してる、セイネリア。



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 愛してる、の回数が……。
 



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