愚かさと間違いの代わりに




  【5】



 城から帰ったシーグルは、結局その日はそのまま部屋に一日篭っていた。だから勿論その間に、レザ男爵一行が来た事など知る訳がない。
 夕方になればサーフェスが出先から帰って来た途端部屋にやってきて、あれこれと言ってきたがそれはどうにか誤魔化した。体調が悪い原因を隠す為、あえてシグネットを抱いた時に感じた時の事は正直に言い、そのせいで今これだけきつそうな顔をしているのだと言えば彼はどうにか納得して部屋を出て行ってくれた。その夜はやはり幻覚や幻聴が聞こえた上に寒くて、シーグルはまた一晩中ベッドで震えて眠る事ができなかった。
 それから更に一日、セイネリアは城での事ももあってか何も言ってこなかったから、シーグルは丸一日部屋で外を眺めて過ごした。サーフェスも出かけていた為部屋に様子を見にくる事はなく代わりにホーリーがきたが、シーグルが布団に篭って『何でもない』と言えば薬を置いて立ち去ってくれた。

 ただ、そうしてどうにか誤魔化せていられたのもそこまでで、城の事から2日目、アッシセグから帰って来た日から考えれば4日目の昼になって、シーグルの様子を見る為にやってきたサーフェスはいつも通りの軽い診察の後、にっこりと見せつけるような笑顔を作って聞いてきた。

「……さて、どういう事か話してくれるかな?」

 それに思わずシーグルが何も返せず黙ってしまえばその笑顔を一変させて、今度は思い切り顔を顰めて睨んでくる。

「あのさ、あんたを放置して出かけてた僕が悪いんだけどさ、流石にこの状況を見過ごしたら僕はお仕事放棄になるんだよね。……酷い顔だよ、見てすぐ分かるくらい。城での事で落ち込んでるってだけじゃないよね、もう誤魔化すのは無理だから大人しく白状してくれないかな、少なくともマトモに眠れてないよね? それこそアッシセグから帰ってからずっと……違うかな?」

 それでシーグルは仕方なくため息をつくと、力ない声で返した。

「あぁ……あれからあまり眠れてない」

 言えば彼は更に目を細めてじっとこちらを見てから、大きくため息を吐いて近づいてきた。

「単に考え事ばかりしてて目が冴えて眠れない、とかじゃないんでしょ、いくらなんでも目に見えて憔悴した顔してさ、眠れない原因って何かな」
「そんなに……見て分かるだろうか」

 シーグルも一昨日の朝までは自分で顔を見てはみたが、どうにか誤魔化せる、というのはこちらが思っていただけだったかと自嘲する。

「分かるよ、もう完全に言い訳出来ないくらい見てすぐにね。顔色が悪い、目が赤い、くまも出てる、頬肉も少し落ちてるし後は雰囲気。あのさ、最初に何かあったらすぐ呼ぶ事っていってたよね、僕。出掛ける前にも大神官様に頼んであるから何かあったらホーリーに言ってって言ったよね? それでここまでだんまりを決め込んでたのは何故なのかな」

 言いながら彼はテキパキと鞄から道具やら薬を出して何か作業をし始める。

「……大丈夫だ、多分、もう少しすれば慣れる」
「へー、慣れるまでここから更に何日掛かるんだろうね、後2,3日もすれば細いどころかおばけになれるよ? 意識がもつ間に慣れればいいねー本当に骨と皮だけになるだろうねー……で、そうなったらマスターになんていう気?」
「鎧以外で会わなければいいだけだ。今のあいつは前みたいに顔を見せろといいださない」

 それを聞くとここでは通称ドクターで通している魔法使いサーフェスは、作業をしていた手を止めてシーグルの顔を見た。

「何言ってるの? それで済むと本気で思ってる?」

 シーグルは口元を歪めて笑った。

「今のあいつなら暫くは気づかないさ」

 そこでサーフェスはまた大きくため息をついた。

「……バレた時がエライ事になるんだけどね。あ、マスター相手に幻術は効かないからね、頬のこけとか目の周りとかキールさんに言ってどうにかしてもらうってのは無理だよ」
「あぁ……それは考えていなかった」

 本当に言われて初めてそういう手もあったのだと思ったシーグルは、あっさりそう返した。サーフェスが頭を押さえてまた大きくため息をつく。

「あんた思慮深そうでなーんも考えてない事あるよね、ともかくあんたが元気になってくれないとこっちも役目果たしてない事になるんで僕としてはそのなーんも考えてないあんたに任せてそうですかって訳にはいかないの、はい」

 そうしてシーグルに小瓶を渡すと、シーグルの額や首筋に手をあててサーフェスは更に別の薬の調合を始める。

「で、その様子だと全然食べてもいないでしょ、こんとこケルンの実を食べるって言って食事全部断ってたのは知ってたけどさ、その様子じゃ言うだけでケルンの実さえ殆ど食べてないんじゃないの?」
「あぁ、どうしても……口にモノを入れる気になれなくて」

 医者である魔法使いはそこで顔を抑えて天井を向く、あぁもうっ、と苛立ちを声にしながら。

「勘弁してよ。慣れるまでそれ続けてくれると、こっちがマスターに何やってたんだって怒られるどこじゃ済まないんだから」
「……すまない」

 反射的に謝れば、彼はまた目を思い切り細めて睨み付けてきて、シーグルに向けて小さな匙のようなものを突き付けた。

「申し訳ないって思うなら、その内慣れる、じゃなく今すぐ改善してくれない? ともかくまずはどうして眠れないのかちゃんと話してくれないかな、暗示系魔法の後遺症とかならギルドに連絡つけなくちゃならないんだし」

 シーグルは黙って少し考えた後、真剣にサーフェスの顔を見て答えた。

「多分、それも少しはある、とは思う。ただおそらくそれだけではなく、魔剣の魔法使いが去って彼の気配が消えた事とか、いろいろありすぎて俺が精神的に参っているのが大きいんだと思う」
「まぁ……いろいろ参ってるってのは分かるけどさ。具体的にどういう事があって眠れない、食べれない、の生きるの放棄状態になってるのか状態をちゃんと言ってくれないかな」

 生きるの放棄とは酷い言い方だな、と思いながらもシーグルは夜一人でいると陥る状況の事をサーフェスに話した。さすがにサテラの暗示の延長のような死者たちが見えるという話はぼかしたが、それでも幻聴や幻覚が見える事まで伝えれば、医者の魔法使いの目つきはますます悪くなっていった。

「それ完全に精神的にマズイっていうか病気だから、慣れるなんて悠長な事いってられる状態じゃないでしょ」
「分ってる、だがセイネリアには黙っていて欲しい」

 サーフェスはそれには目を大きく見開いて、はぁ? と声を上げた。
 それからまたすぐに苦い顔になって、彼の声が一段と低くなる。

「まだそんな事いっていられる状況だと思ってる? そんな事いうくらいならさ、今すぐ食べるからとか寝るからとか何か一つでも改善して見せてくれないかな。どうにか出来るアテもなくてマスターに言うなってのは馬鹿なのかなって感じだよね」

 最後は無理矢理浮かべた笑みを引き攣らせて、紫の髪の魔法使いは全く笑っていない目で睨み付けてくる。それにはまたシーグルは黙ってしまって、それから暫くしてサーフェスはまた大きく大きくため息をつくと、今度は無理矢理自分を落ち着かせたらしく先ほどよりも穏やかな声で言ってくる。

「とりあえずすぐ出来そうな改善策を考えようか。食べられない、のはすぐにどうにかは無理だとしても、液体がイケるなら果物絞ったジュースかミルクでも飲めないかな。寝る、のは……明るければとか、音があればとか、人の気配があればとかの条件つきでどうにか出来ない?」
「……ミルク、はだめだな、ジュースなら少しは。明るさ、よりは……多分、人の気配があれば眠れる、と思う」

 それを聞くとサーフェスはメモに書き込みをした後、調合していた薬を瓶に入れてまた渡す。それから少し考えて後ろで待っていた助手のホーリーを呼んだ。

「それ栄養剤込みの睡眠薬だから無理矢理でも飲んで。僕は用があるからずっとここにいる訳にいかないんで、とりあえず夜まではホーリーを置いてくよ。だからあんたは寝る事、いいね?」
「あ、あぁ……だが……」
「患者のあんたに拒否権はないから。で、夜までにはまだ治療中だけどあんたの部下さんをこっちに持ってこれる様にするよ。人の気配があればっていうなら、暇で筋トレしかする事がないあのウザイ男でもこっちに置いとけば役に立つでしょ。あんたの部屋にこれるっていうならベッドじゃなくて床にごろ寝でも喜ぶだろーし、満足に動けない現状ならあんたを襲う心配もなくて丁度いいんじゃない?」
「アウドは、もう動かせるくらいになった……のか?」

 実のところ、眠れなくてベッドの中で体の震えを抑えながら、今隣の部屋にアウドがいらた呼べたのにと考えた事もあったのだ。会いにいけば彼はいつも恨めしそうに固定されている足を眺めていたが、その固定が外れて動かせるようになったのだろうか。

「なってないよ、まだ今は普通に足怪我して動けない人と同じ。もーね、ただ新しい擬体パーツ入れればいいだけなら既にパターンが出来てるから早いんだけど、入れる周辺の怪我が酷いからある程度までそっち治さないとどうにも出来なくなってるんだよね、だからまずは単純に周辺の治療、途中で古い擬体の掃除があるから術で一気に治療って訳にもいかなくて長く掛かってる訳」

 そこまで一気にまくし立ててから、サーフェスは表情を緩めて少し困ったように笑った。

「一人が嫌ならさ、ほんとはマスター自身にそう言えば一番いいんだけど……ね」

 その後をため息で締めくくって、魔法使いサーフェスは荷物を纏めだした。

「まぁこれで様子を見ようか。じゃ、後は頼むね、ホーリー」

 いくつかの瓶をおそらくわざと部屋に残して、それから彼は助手の女神官を一度緩く抱きしめて彼女の耳元で何事かを囁いた後、最後にシーグルに向き直った。

「いーい、後でちょっと何か飲み物持ってこさせるけどあんたは暫く寝てる事。まったく手間掛かるんだから」
「……すまない」
「謝らなくていいよ、別に責めてる訳じゃないし。ただ僕は医者として出来るだけ患者の意志を尊重しつつ快方に向かえるようにしてるだけだから」

 それで彼は部屋を出ていこうとしたのだが、一度荷物を持って足をドアへと向けた後、ふと思い出したかのように振り返ってシーグルに言った。

「最後に一言。……あのさ、たった一人の愛する人が死んだ時は本当に辛いよ、残された人間がすぐに楽になるには後を追うしかないくらい。でもマスターにはそれが出来ないんだ、それがあの人を弱くしてる、あの人には本当に逃げ場がない。その意味をよく考えて、もっとあんたはあんた自身を大切にしなきゃならないんだよ」

 シーグルは唇を噛みしめて、分っている、と呟いた。



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 ここからドクターがちょっと企みます(==+
 



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