残された者と追う者の地




  【5】



「紋章付きだ、紋章付きがあそこにっ」

 その声と共に走り出した雑族達の部隊を見て、レザ男爵は思い切り顔を顰めた。それからすぐに自分の部下に指示を出す。

「お前達も追いかけろ。いいか、出来るだけ殺すなよ。馬鹿共が殺そうとしたら止めるんだぞっ」

 そうして大方の部下達を行かせた後、彼は傍にいる参謀に声を掛けた。

「ラウ、お前はどう思う?」
「どう、というと?」
「今走っていった奴が、本当にシルバスピナだと思うか?」
「そうですね、確かに不自然ですが、鎧は確かにあの時の鎧だと思いますよ。ただもしかしたら……前より少し装備が省略されているようには見えましたが」
「ふん……余計に怪しいな」

 それから彼は、参謀についてくるように言って近くの林へと向かった。

「レザ男爵、どちらへ」
「ん、あぁ用足しだ、一応ラウに見張りさせるからお前らはついてくるなよ」

 そう言えば、残された部下は素直に敬礼を返し、レザ男爵は不満そうな参謀をひっぱって林の中へ入っていく。そして、部下達から見えなくなったと思うところまで入った途端、連れてきた参謀に向き直って言った。

「さてラウ、俺は思うんだが、もしシルバスピナがこの辺で潜伏していたとして、あのタイミングで出てくるのはお前も言った通りどう考えても不自然だ。普通ならそのままこの辺りに隠れていた方がいいと考える」
「成程」

 それで全てを察した参謀は、懐から小さな杖を取り出し呟いた。ラウ――略さない名をラウドゥというまだ参謀という役には若すぎる彼は、実は魔法使いでもあった。ただ勿論、クリュースの魔法ギルドに認められた正式な魔法使いという訳ではない。だから魔力はあってもそこまでちゃんと習っていないし大した事は出来ないのだが……それでも人の気配を探るくらいは出来た。
 杖を立て、目を閉じて辺りを伺っていた彼は、ほどなくしてレザ男爵に向き直った。

「当たりかもしれませんね。確かに誰かいます、こちらです」

 ラウが指させば、すぐにレザ男爵が走りだす。なにせあまり時間を掛けていると、残して来た部下が不審に思ってやってきてしまう。もしレザ男爵の予想が当たっているのなら、ここに残されたシルバスピナが通常の状態ではない事は確実だった。

「これは……当たり、なんですかね」

 近づいてもこちらを見る事も出来ないくらい憔悴した、というよりも意識がないらしい人物が倒れているのを見てラウが言えば、レザ男爵はその人物の傍に近づいて行く。

「こりゃ……」

 倒れている人物は、恰好だけでいえばクリュースの者ではなく、雑族達の一つ、ボウ族の印のついたマントを着けていた。とはいえ、顔立ちは雑族出身とはまったく思えない。銀色の髪、というだけなら彼らの中にもいることはいるだろうが、こんな整った、というか上品そうな顔が彼らの仲間とは考えられなかった。そもそもこんなに髪の毛を綺麗に切りそろえてある段階で、雑族の人間にはあり得ないと言いきれた。

「しかし、こりゃぁえらい美形だな」

 倒れている青年の前髪をよけてその顔を見ながら言えば、後ろから少し怒った声で魔法使いで参謀の青年が言ってくる。

「思い出しましたが、シルバスピナを継いだばかりの人物はそれはそれは見目麗しい銀髪の青年だそうですよ」
「成程」

 言ってくすりと笑ってから、レザ男爵はその倒れている青年を抱き上げた。

「どうします? 捕虜にしたと本国に伝えますか? 喜んですぐ連れて戻ってこいと言うと思いますが。それともクリュースの方に使者を出しておきますか? シルバスピナ家領地のリシェはそりゃ裕福な街ですからね、かなりの要求でも通ると思いますよ」

 肉体労働はまったくだめという事を自覚している為体力が有り余っている主人を手助けしようともせず、魔法使いの青年は主の後ろを付いてくる。
 するとレザ男爵は林を抜ける前に一度足を止めて、喋りっぱなしの参謀に向き直った。

「とりあえずはラウ、俺は林で友軍の負傷者をたまたま見つけて保護した。その人物がなかなかの美人で気に入ったからそのまま自分のとこに置いておく事にした……って事にしとけ」
「はぁ? だって彼はどう見ても……」
「ラーウ、俺が見つけた人物はボウ族の恰好をしてたんだ、だからボウ族だと思うだろ、普通。それに俺はクリュースの貴族の顔なんか知らないからな」

 それで主がどうするつもりか理解した青年は、大きくため息をついて頭を抱えた。

「顔見たら誰だって雑族の人間じゃないと分かりますよ」
「じゃ、顔は見せないようにすればいい。相当俺が気に入ってるって事で俺の天幕に閉じ込めとけ、治療はお前が出来るだろ」
「ボウ族の人間だって言えば、向うの族長が何か言ってくると思いますけど」
「そうしたら装備を返しときゃ文句は言って来ないだろ。それでもうるさくいってくるなら馬を一頭やればいい」

 気楽そうに笑いながら眠る青年の顔をうっとりと眺める主に、またこの人の悪いクセが出たと、魔法使いの青年はともかく今は諦める事にした。

「……まぁ、暫くはそれで通せるとは思いますけど……貴方の気が変わる事を祈ってます」









 シルバスピナ卿が死んだという現地の団の者の報告と、それは違って代わりに死んだのはクリムゾンだというソフィアからの報告は、ほぼ同時にセイネリアの元に届いた。

「あいつは、生きてる」

 指にある指輪を顎に当てて断言したセイネリアは、だが、その表情は恐ろしく無表情で、近づく事も声を掛ける事も躊躇する程にぞっとする雰囲気を纏っていた。

「ソフィアが今、シーグル様の行方を捜しています」

 ともかく、報告をそれで締めれば、セイネリアが即聞いてくる。

「戦況は?」

 纏う空気の方は本当に恐ろしいものの声と態度は通常通りの冷静を保っていて、ほっとするやら余計に怖いやらでカリンでさえも対処に悩む。とはいえ、報告を求められるだけならやる事が決まっている分問題はない。

「バージステ砦から援軍が来た所為で、クリュース軍が蛮族達を押し返しました。明日にはエジャン砦からの援軍も着くそうです」
「なら多分、それでノウムネズ砦の奪還までいけるだろう。それでだめでもおそらく今回は首都も増援の部隊を出す、これで蛮族達は終わりだ」

 こういう場合、いつもなら相槌程度に自分の感想を言うカリンだが、今の主に必要以上に何かを言う気にはなれなかった。
 考え込んでいるように黙っていたセイネリアが、皮肉げに口元を歪める。

「チュリアン卿がこの時期にバージステ砦を出てくるとはな。首都の指示は出てないだろ」

 唐突に振られた内容に少しだけ驚いたものの、その辺りは当然調べてあるあたりは彼女の優秀なところである。

「はい、指示は出ていません。チュリアン卿の独断でしょう」
「シーグルは、チュリアン卿と個人的に手紙をやりとりしていたから……それで動いたか」
「おそらくはそうかと。戦闘終了後、チュリアン卿はシーグル様が死んだという報告を聞いて、落下地点に自ら向かったという事です。エジャン砦の部隊が動いたのも、チュリアン卿から要請がいった所為だという事です」

 それを聞いて次にセイネリアが浮かべた笑みは、苦笑というには辛そうにみえて、カリンは思わず視線を逸らした。
 とはいえ、彼がそんな様子を見せたのは一瞬の事だけで、すぐに感情の消された声が返ってくる。

「クリムゾンの体はどうした」

 だからカリンも、感情を消してただ事務的に答える。

「ソフィアが回収して、別の場所で保管しているそうです」
「ラタからの報告は?」
「アウグ軍は、どうやらもうこの戦いは見限ったらしく、本国に帰る準備をしているという事です」
「成程、なら確実に数日中にはクリュース軍勝利の報が入るな。それと、シーグルの戦死報告か」

 そこまで言うと、唐突にこの団の長である男は立ちあがる。

「どちらへ?」
「アリエラを呼んでおいてくれ、クリムゾンを迎えにいく。それから……シーグルを探す」




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 キリの関係で短くてすいません。セイネリアがクリムゾンの死でどうこうという話は、もっと後になってからになります。



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