行く者と送る者の約束




  【7】



 鎮魂祭が終わったその夜、街中の酒場ではあちこちで集まった人々がシーグルの歌を歌い、杯を掲げてシグネット王と新政府を称えあった。式典自体はずっと厳かな空気のまま進められたが、最後の最後に神殿の鐘が鳴らされた後、酒が振るまわれた以後は悲しむのではなく皆で賑やかに死者を称えて夜を明かすことになっていた。流石に寒いからは外では騒ぐものは少ないが、今夜セニエティの各家々の明かりは一晩中付きっぱなしで、酒場街を歩けば各店から聞こえる歌声で溢れていた。

「ありがとう、セイネリア」

 将軍府の部屋へ帰って来た途端、シーグルはそう言って現在の主に深く頭を下げた。

「今回は、お前の為というよりシグネットの為だ。約束してしまったからな」
「……なら、父親として俺が礼を言うのは理に適ってるだろ」

 そうすればセイネリアも口元で笑って、足を机に投げ出した。

「まぁそれならそれで礼だけは受けておく。お前に貸しを作っておくのは悪くない」
「……その言い方は後が怖いな」
「なぁに、お前と俺の貸し借りなどあってないようなものだ」
「それはどうなんだ」
「間違ってないだろ、結局俺はお前の為ならなんでもするんだ」

 楽しそうにそんな事を言われればシーグルは何も返せなくて少々微妙な気持ちになる。その様子にふふんと楽しそうに笑うセイネリアは、そこから座り直して足を組んだ。

「ところで、礼云々言うなら今回の件でもう一人お前が礼を言った方がいい人物を呼んでいるんだがな」
「……誰の事だ?」

 思わすそう聞き返せば、即座にセイネリアが軽く二回程手を叩く。そうすれば、普段めったに使われる事のない兵士や侍女の待機部屋から人影が現れて……その人物が誰かわかったシーグルは、咄嗟に姿勢を正してしまった。

「はじめまして、ですね」

 見てすぐに分かる灰色と黒の布で身を包んだ人物は、見える口元だけに笑みを浮かべてシーグルに頭を下げた。シーグルはそれで更に慌てる事になる。

「頭を下げるのはこちらの方です、本当にありがとうございました、今回は協力して頂いて……」

 驚いた所為でシーグルでさえ言葉が上手く出てこない中、急に笑い出したアルワナの大神官の様子にシーグルの言葉は止まる。

「あの……大神官様、何か問題がありましたか」
「いえその……貴方は私が本当は神の代理人などではないと知っているのに、そんなに緊張されるのですね」
「それとこれとは話が別です」
「そうなのですか? いいのですよ、私も魔法使いの一人としてもっと気楽に接してもらって構いません」

 そう言われてもシーグルにそんなマネが出来る訳がない。彼は現在アルワナのトップに位置する最高司祭長と呼ばれる大神官で、いくらシーグルの信じる神がアルワナでないとは言っても『気楽に』なんて絶対無理というものだ。

「そうだぞ、しかも自分の神が神ではないと分かっている、国内で最も多くの人間を騙している連中の一人だ、特別扱いする必要などないな」

 セイネリアのその言葉には思わず頭を押さえてしまう。どうやらセイネリアが彼に貸しを作ったのはリオロッツが倒される前、まだ彼が最高司祭長と呼ばれるまでにはなっておらず首都アルワナ神殿の司祭長だった時らしい。とはいってももうちょっと言い方に気をつけろとシーグルは頭が痛くなった。

「そういう訳には行きません。……例え、神が架空の存在であったとしても、それを信じて貴方を尊く思っている人々がいるなら、私は貴方に敬意を示します」

 言いながら、シーグルは急いで客用の椅子を用意して彼に頭を下げた。
 金の錫杖を歩きながらシャラシャラと鳴らして、アルワナ神官は笑いながらそこに座る。

「成程、神の為というよりも……それを信じる人々の為に、私を大神官として敬ってくれるというのですね。だから貴方は真実を分っていて尚、信仰を投げ捨てずにいられるのでしょうね」

 彼の目がこちらの胸を見ているのが分って、シーグルは苦笑すると鎧の上から胸の聖石の位置に手を当てた。

「そうですね……正直、真実を知った当初は迷いました。けれど今は自分の中で結論が出ています。例え神が本物であってもなくても信仰する心自体は尊いと。慈悲深きリパの教えは間違っていないのだと。……そもそも、考えればどこかの別の神も誰かが作ったものかもしれない、神などいないのかもしれない。けれど、信じる心の中には必ず自分の神はいます。自分を諌め、導いてくれる心の指針としての神は必ず存在しています」

 アルワナの大神官は穏やかな笑みを浮かべたままシーグルのその言葉を聞くと、楽しそうにクスリと笑ってセイネリアの方に目をやった。

「まったく、こんな考え方の人間をまったく神など信じない男が欲しがるのですから世の中というのはおもしろいものですね」

 それにはシーグルも笑ってしまってつい軽く吹きだしてしまえば、セイネリアの口元が不機嫌そうに真一文字に結ばれる。

「……それでも、そんな男でさえ貴方の為なら神に祈ると言うのですからね」
「そうなのか?」

 驚いてシーグルがセイネリアを見れば、彼は返事どころか口を開こうともせず、代わりにアルワナ大神官が言ってくる。

「私の『兄』が教えてくれたのですよ。あのセイネリア・クロッセスが『神など信じる訳がない。だが、あいつが無事ていてくるというならいくらでも祈ってやる』と言っていたと」
「俺の中の優先順位がお前がなにより上なのだから当たり前だ」

 どこか憮然としたままのその言葉にはまた笑えてしまって、そして嬉しいと思う自分をシーグルは自覚する。これを嬉しいと思うあたり自分も大概だと思うが、それでもこれだけ自分の事だけを考えてくれる彼には応えたいとも思う。

「……いつまで雑談をする気だ、そろそろ本題に入れ、時間が勿体ない」

 だがそこでセイネリアがそう言った事で、シーグルは思いだしたように神官に深く頭を下げた。

「改めてお礼を言わせて下さい。大神官様、貴方のお蔭で私は我が子に自分の姿を見せる事が出来ました」

 言えばアルワナ神官は笑って返す。

「いえ、私はこの男に借りを返しただけですし、それに『フリ』をしただけで本当に大したことは何もしていませんからね。わざわざ貴方に頭を下げて貰う必要はありませんよ」

 神官の声は軽くて、そのいかにも特別な地位と分かる姿とはギャップがある。

「ですが、今回の件の所為で貴方のもとに故人と会わせてほしいという者達が来たりしないでしょうか?」
「そうですね……来るかもしれませんが、そうしたらあれは特定の条件が重なって初めて出来る難しい術で更にリパの大神官様の助けもなければ出来ない、とでも言えばいいでしょう」
「成程、そうですね」
「それに、どうしてもと言われた場合死者と会わせるだけならできますし」

 それはやはりさらりと軽く言われてしまって、シーグルは言葉の内容に少し驚く。下げていた頭を上げて神官の顔を見れば、彼はにこりと笑みを浮かべて今度はゆっくりと、軽くはない威厳ある声でシーグルに言ってきた。

「アルワナ神官にも得手不得手があります。ここにいる双子の子達は主に眠りの術方面が得意ですが、私と兄は死者との対話が得意なのです。流石に魔法使いの幻術のように皆に姿を見せる事は出来ませんが、特定の人間に私自身を通して死者を見せる事は出来ます。……だから、私はここに呼ばれたんですよ」
「……え?」

 今度こそ本当に驚いて、シーグルは彼を呼んだだろうセイネリアに視線を向ける。そうすればシーグルの為なら何でもすると言っていた最強の男は、唇はまだ不機嫌そうに曲げたままそれでも小さく呟いた。

「お前も、会ってけじめをつけたい死人がいるだろ。一度会って言いたい事を言っておけ」

 再び視線をアルワナの大神官に戻せば、彼は立ち上がってシーグルに手を伸ばしてきた。

「貴方のお父上とお母上をお呼びします、彼らはいつも貴方の傍にいたのですよ。さぁ、私の手を取ってください」

 おそるおそる手を出したシーグルは、黒い僧衣から出ている白い神官の手を取った。



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 実はここで双子を出して手伝わせるのも考えたのですが、もう一話くらい伸びそうだったので止めました……。
 



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