エピローグ<約束の日>




  【11】



 そこから互いにまたひと眠りして、起きた時にはさすがに早朝とは言えない時間になっていた。それを見越していたらしく起こしにきたのもかなり遅めで、ラタが直々にドアをノックして朝食の準備が出来た事を伝えにきた。
 そうして、朝食の為に昨夜と同じ部屋に来て――レザ男爵一行がまだいないのはいいとして、なぜか昨夜いなかった人間が二人もいる事にセイネリアは顔を顰めた。

「また面倒なのが増えたな」

 セイネリアが呟けば、増えた二人……の魔法使いの内予定外の一人は、それはそれはにこやかにこちらに挨拶してきた。

「おはようございます、お二人とも。随分ゆっくり寝ていたようですが、それは昨夜がそれだけ激しかったからという奴でしょうか」

 瞬間シーグルが顔を赤くするが、セイネリアは魔法使いに笑い返して言ってやる。

「だったらそもそも起きてこいつがここに来ていないな。それで何故呼んでもいない貴様がここにいるんだ?」

 当然ながら予想通り、魔法使いの笑顔は僅かも崩れる事はない。

「いや単に面白そうだったからですよ。丁度あなた方がこの国に戻っていると聞きましたから、それなら是非顔を見に行かないと、と。それに私もそろそろまた遠出しようかと思っていたところでしたから、暫くあなた方を観察するのもいいかな〜とか」
「ふざけるな」
「いーじゃないですか、どうせ先は長いんですし。適度に距離を置いて観察しているだけですから〜」

 セイネリアでさえ、この疫病神じみた魔法使いの発言には頭が痛くなってくる。
 一応チュリアン卿の文官という事になっているこの魔法使いは、魔法ギルドの重鎮ではあるが放浪癖がある事で有名らしく、基本はこちらの味方ではあっても気まぐれで行動が突飛だから正直面倒過ぎて関わりたくないというのがセイネリアの本音だ。興味本位で付いてこられるなど言語道断である。

「申し訳ありません……そのぉ〜丁度将軍府に行きましたらぁこの人に会ってしまいましてぇ〜、更には勝手に付いてきてしまって……」

 珍しく本当に反省した様子の魔法使いキールは、実はセイネリアが呼んだからここにいる。更にはドアの傍でもう一人のこの部屋の住人が頭を下げた。

「申し訳ありませんマスター、お断りしたのですが勝手に入ってきてしまいまして……」

 すっかり恐縮しているラタには怒るというより気の毒に思うくらいではある。セイネリアは明らかに不機嫌そうにため息をついた。

「あぁ分かってる、お前は悪くない、この魔法使いを止めるのは普通では無理だ」
「えぇ〜この覗き魔で余計な事になぁんでも首を突っ込む面倒〜極まりない魔法使いはですねぇ、追い払ってもぉ警戒していてもぉ〜いつもどこかからこっそり覗いて見て回ってぇいるんですよ〜」
「嫌ですねぇキール、覗きではなく単に好奇心旺盛でなんでも気になる性質なだけですよ」
「いえいえぇ〜、貴方がただの覗き魔だというのはぁ〜私はよっく知ってますからっ」
「そもそも覗き魔はキールの方じゃないんですか? なぁにせ貴方は後から堂々と過去を覗き見出来る訳ですからぁ〜」
「私はお師様のようにぃ趣味でやってるのではあ〜りませんからぁ」

 妙に間延びした口調の魔法使いと若作り過ぎる中身爺さん魔法使いの言い合いは聞いているだけで正直苛立つ、だがそこで。

「いい加減にしろっ、ここの主が困っているだろっ」

 と、言ったのはシーグルで、いつまで続くか分からない魔法使い二人の言い合いはそこでピタリと止まった。
 そうして怒っているシーグルに、彼の僕と未だに公言している魔法使いは思い切り眉を寄せて困った顔をして頭を下げた。

「申ぉし訳ありませんシーグル様、そしてお久しぶりでございます。相変わらず麗しい貴方にお会いできて嬉しく思います」
「あぁお前も元気そうで良かった。ただキール、お前は何か用があって来たようだが首都で何かあったのか?」
「いえ、そうではありません。今回は元将軍閣下から言いつかって……」

 だがまたそこで、自体はややこしい方向に行く事になる。

「あぁ〜、貴方はっ」
「おや、おやおやおやおや、これはまた久しぶりの顔ですね〜」

 部屋に入ってきたのはレザ男爵一行で、叫んだのは男爵の元副官……今はただの付き添い役である魔法使い見習いだった。彼は呼んでいない筈の魔法使い――フィダンドに駆け寄っていくと、その顔を凝視した。

「本当に貴方ですか? 全然お変りなく……」
「貴方は思い切り変わりましたねぇ、会った時はこーんな小さな子供でしたのに」
「あぁぁ〜……やっぱりそうだったんですねぇ、アウグとの国境近くまで行くような奇特な魔法使いと言ったらお師さんくらいしかいないのではぁ〜とは思ったんですよねぇ」
「では私と貴方は兄弟弟子になるんですか」
「えぇまぁ〜そうですねぇ」

 ここで、勝手にまたわちゃわちゃと話し始めた魔法使い達に置いてけぼりを食らったのは、今度はセイネリア達だけではない。そしてその人物は、こちら以上に状況が掴めずしかも短気で単純だから、ここで大人しく彼らの様子を伺う余裕もある訳はなかった。

「貴様ら勝手に何盛り上がってる、ラウっ、まずは俺に説明せんかー」

 真っ赤になって怒鳴り散らしたレザ男爵のおかげで、部屋は一気に静かになる。
 そうして後はこの屋敷の主人であるラタが頼み込んだことで、全員ひとまず席についてレザに事情を話す事になった。

「――つまり、そこの見た目若く見える魔法使いがラウが子供のころ村にやってきて魔法の使い方を教えてくれたという魔法使いで、そっちの魔法使いもその弟子だからラウの兄弟子に当たる、という訳か」
「……そういう事です、男爵」
「うむ、分かった、最初からちゃんと説明すればいいんだ」

 単純すぎる男は、説明されれば途端に機嫌が直る。セイネリアとしては無駄に時間を消費されたという訳でいい気分ではないが、魔法使い達の騒ぎにシーグルが巻き込まれていない分怒ることでもなかった。

 とりあえずそこから新しく来た魔法使い二人が改めて自己紹介をし、騒ぎの所為で更に遅くなってしまってもう昼と兼用になってしまった朝食を取る事にした。今日一日は旅の疲れをいやすためにゆっくりする事が決まっていたから酒も入って、人数も増えた所為で話も途切れる事なく盛り上がり……気付けば朝食の筈だった食事は昼食が終わる時間を過ぎても終わらず、それどころか日が傾き掛けても続く状況になってしまった。
 そうなればシーグルが耐えられる訳がない。
 真面目すぎてこんなにだらだらとした時間の使い方に慣れていない、しかも唯一の素面(しらふ)である彼は、すっかり意気投合して大盛り上がりのレザと放浪癖の魔法使いに呆れて言った。

「……すまないが、まだ続ける気ならいい加減俺は部屋に帰ってもいいだろうか」

 シーグルの本音と言えば、ここでだらだら酔っ払いの相手をしているくらいなら屋上に出て剣でも振ってきたいというところだろう。セイネリアは殆ど会話に参加せずたまに聞かれた事に答えていた程度だったが、シーグルはレザにしつこく絡まれては無理やり会話に参加させられていた為やたらと疲れた顔をしていた。もともとシーグルはおしゃべりな方ではないし自ら騒ぎたいタイプではない。この手の宴会騒ぎの席は嫌いではないがそれはあくまで雰囲気だけで、自分は見ているだけでいたいという性格である事は分かっている。
 最初はシーグルもこの雰囲気を楽しんでいるのが分かったから付き合っていたが――まぁここまでだなとセイネリアも立ちあがった。

「俺も抜ける。ラタ、屋上に出ていいか?」
「はいマスター、ご案内いたします」

 すかさず立ち上がってラタはセイネリアより先に出口に向かう。セイネリアはシーグルに手を伸ばした。

「いくぞ、お前も外の空気を吸いたいだろ?」
「あぁ」

 シーグルが嬉しそうに笑う。文句を言うレザは少し酒が入り過ぎて足がふらついていたから付いて来ようとするのを元副官に止められ、その間にセイネリアはさっさとシーグルを連れて部屋を出る事に成功した。



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 魔法使いさん達わちゃわちゃしすぎ(==;; そんなこんなで残り1話です。
 



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