少年王の小さな冒険
少年王シグネットと振り回される面々のお話



  【5】



 それは暖かいそよ風が吹く、よく晴れた穏やかな天気の日だった。
 将軍府の外の廊下を歩いていて中庭を眺めたシーグルは、今日があまりに穏やか過ぎて逆に嫌な予感がしていた。

 なにしろ今日はセイネリアがやたらと真面目なのだ。

 いや、真面目という言い方は少し違うが……とにかく、いつもならシーグルが文句を言ってやっと動くのを、今日は言われる前に行動している。
 例えば……今日は城へ行く日ではないから、いつもならベッドでだらだらして中々起きようとしない彼がシーグルより先にさっさと起きた。それだけでなく、朝食を取った後は即一人で着替えて、こちらにはカリンのところから書類を取ってくるように言って先に執務室へ行ってしまった。
 いつもなら食事もこっちを眺めてなかなか食べなかったり、着替え中もちょっかいを出してくるしと仕事に行くのを出来るだけ遅らせて部屋でべたべたしたがる上に、少しでも離れるのが嫌なのか先に行ってろと言ってもついてくるくせに――最初の内は『いつもこうなら楽なのに』なんてのんきに思えたシーグルも、流石にここまでくれば絶対何かあると確信していた。

 だから書類を持って執務室へ入ってすぐ、シーグルが思った言葉は『やっぱり』だった。

 なにせセイネリアは大人しく座って自分を待っているでも仕事をしているのでもなく、隠れて行動するとき用のフード付きのマントをつけて立っていたのだから。更に言えば傍にはキールがいて、彼も外出用の外套を着ていた。
 そうしてシーグルが部屋に来たのを見た途端、セイネリアは持っていたものをこちらに投げると当たり前のように言ってきた。

「お前もさっさとそれを着ろ、緊急事態だ」

 いやまったくお前の口調や態度から緊急事態には思えないんだが……というかこんな用意周到に準備済の緊急事態なんかあるか――と心の中で呟きつつも、シーグルは言われた通りマントを着てフードを被りながら聞いた。

「……どんな緊急事態だ」

 セイネリアはそれににやりと口角を上げる。

「何、ちょっと国王陛下が攫われてな」
「は?」

 シーグルは改めてセイネリアの顔を見た。彼は相変わらず余裕の笑みを浮かべている、話の内容が本当ならそんな余裕を見せている状況ではないとんでもない事なの……だが。しかも彼はその笑みのまま得意気にこちらに言ってくるのだ。

「どうだ、ちゃんと緊急事態だろ?」
「悠長にそんな事いってる場合か!」

 流石にシーグルも怒鳴って彼の顔を睨んだ。だがセイネリアの笑みは崩れない。つまり、シグネットが攫われたのは本当としてもその身が危険という程の事態ではない事かとそれくらいはシーグルも理解出来たが、それでも笑って言えるような状況ではないだろう。シーグルは思わず頭を押さえてから、説明しろとセイネリアに目で訴えた。
 そうすればやっと、セイネリアは芝居掛かったように肩を竦めて言ってくる。

「犯人はシグネットを国王だと思って攫ってはいない。本来の目的が人攫いではないからまず殺される事はないだろう。勿論ソフィアが監視中だしフユが追っているから何かあれば無理矢理取り返すだろうさ」

 フユがついているのは知っているからシーグルもそれで少し安堵する。だが逆に考えれば、何故そこでフユがさっさと動かないのかという疑問もある。
 
「ならなんでこっちが行く必要があるんだ?」

 だから聞けば、セイネリアはやはり当然のように答える。しかも見てすぐ分かる程に上機嫌だ。

「シグネットの奴が冒険をしたがっていたからな、この際少々その気分を味合わせてやろうと思って様子見をさせているんだが……」
「だからなんで、そこで俺達まで行く必要があるんだ?」

 セイネリアはそこで思いきり含みのある笑みと共にこちらの顔を持って上を向かせると、顔を近づけてきて言ってくる。

「シグネットのピンチに駆け付けて助ける役、お前はやりたくないのか?」

 シーグルは目を大きく開いて止まる。セイネリアは笑うと、そこでキスしてきた。
 あ、こいつまたこっちに反論させずに有耶無耶にする気だ――とは思ったが、いつも通り彼の思惑通りにそこからシーグルは少し気が遠くなって反論どころではなくなった。







 そんな遊びにいく感覚の将軍府の様子など知る由もなく、現場のメルセンは事態の深刻さにすっかり顔から血の気が引いていた。
 逃げた強盗達を、勿論メルセンは追っていた。
 ただアルヴァンは荷物もあるし、警備隊もやってきていたからその説明をするためにその場に残してきた。アルヴァンは走るのは苦手だし、戦闘となってもあの連中くらいならメルセン一人でもどうにか出来る自信があったからだが……それは失敗だったかとメルセンは思っていた。
 連中は、思ったよりも逃げ慣れている。
 積まれた荷物をひっくり返し、人込みにもぐりこんで……とまではどうにか追ったが、途中で奴らはバラバラに別れて逃げた。メルセンは当然シグネットを連れている者を追ったのだが、他の者が馬を連れてやってきてシグネットを受け取って逃げてしまった後、追っていた男にも撒かれてしまったのである。

――くそ、なんで後ろにいる奴に気付かなかったんだ。

 悔しくて、不甲斐なくて、涙が出てきてメルセンは目の上を拭う。
 けれど泣いている暇がない事はメルセンだって分かっている。

――大丈夫だ、連中は陛下だって分かっていて攫った訳じゃない。

 けれど逆に、ただの子供だと思ったら邪魔になったら殺そうとするんじゃないかと、そう思えばまた血の気が引く。けれどメルセンは考えた、そうして出来るだけ冷静にシグネットが攫われた状況を思い出してみる。
 東の上区ならすぐ警備隊がくる。だからあんな派手に強盗騒ぎなんで普通はまず起こさない。その状況でただの盗人なら騒ぎが起こった段階でさっさと逃げる筈だ。

――もしかして、ただの強盗じゃないのか?

 どう考えてもただの強盗にしては彼らは荷物を取る事に執着し過ぎている。もしかしたらあの荷物の中に奴らにとって重要な何かがあった、とか。そう考えれば、シグネットを連れて行ったのはその荷物と交換するためかもしれない。
 とりあえずメルセンは一度アルヴァンのところへ戻って荷物を確認する事にした。





 一方、メルセンの考えた事だが、フユもそれに気づいていた。
 とはいえシグネットの身が最優先であるから、フユはメルセンが見失ったあとも連中を追い続けた。ただ連中もメルセンを撒いたところで安心したようで、そこからすぐに彼等のねぐらにしている場所まで行ってくれた。そこへソフィアが来たのもあって、フユも一旦メルセンと同じく荷物のあるところまで戻る事にした。

――落ち込んでるだけかと思ったら、なかなか優秀スね。

 戻ってみればメルセンが丁度アルヴァンと一緒に荷物を調べている最中だった。暫く見ていれば何かを見つけたらしく、彼等は真剣な顔で何か話し合っていた。

――出来るだけは王様の側近連中にがんばらせろってのもボスの命令でしたっけね。

 ならもう少し様子をみてみますかと、フユは彼等を観察する事にした。






 真っ青な、それこそ思いつめた顔で帰ってきた兄を見てアルヴァンはすぐに、兄が犯人を見失って帰ってきた事を理解した。だからどうしたのか、なんてただでさえ今打ちひしがれているだろう兄に追い打ちを掛ける事はしなかった。

『いい、兄ちゃんは繊細だから余計な事いわないように気を付けるのよ』

 と、昔からアルヴァンはよく母に言われている。外見的なところはアルヴァンが完全に父親似でメルセンは割と母親似なのだが、性格は逆でアルヴァンは母親に似て大雑把で楽天的だがメルセンは父親に似て真面目で頑固で繊細(母親談)である。母曰く、メルセンは父親から無口を抜いてちゃんと喋るようになった分、気になった事を細々言ってくる性格、らしい。細々口うるさいのは母親似の部分で、自分があまり喋らないのは父親似な気もするが、母親に反論すると後が面倒なのでいつも黙って聞いて置く事にしている。

 ただ兄は頭は勿論として身体能力も純粋なパワー以外では全部自分より優秀だと承知しているため、兄が見失ったのなら自分が行っていたとしても無駄だとアルヴァンは思った。だから『ごめん僕も行くべきだった』とも言わない。
 そのためただ思いつめた顔の兄を黙って迎えたアルヴァンだったが、メルセンはやってくるなり唐突にこう言ってきた。

「アル、荷物だ、全部あるか?」
「荷物? 多分、何も盗られてないと思うけど」
「詩人が叩いて落したものは?」
「勿論拾っといたよ」
「それが何か確認したか?」
「布に包んであったからそのままかな」
「どれだ?」

 訳が分からないが、それで血相を変えて引き車の中を漁りだしたからアルヴァンも手伝う。

「ただの強盗にしては奴ら荷物に執着しすぎだ、荷物の中で何か特別なものがあるのかもしれない」

 言われれば確かに、普通ドロボーと大声出された段階で逃げるよな、とアルヴァンも納得する。

「兄さん、多分これ」

 アルヴァンが見つけて差し出せば、受け取ったメルセンが慎重に包んでいた布を広げていく。

「そもそも買い出しの荷物の筈なのに、なんでこんな汚い布にくるんであるものがあるんだ」

 確かに。流石に兄は細かくて頭がいいとアルヴァンは感心する。布を外せば更にもう一つ布に包んであってそれは紐で縛られていた。だからそれも短剣を抜いて切って広げていけば……やたらと細工が凝って宝石までついた短剣が出てきた。




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 前話でもちょい後とかいっときながらイキナリ出てきたセイネリアとシーグル。ちょっと順番入れ替えたんです。
 しかしセイネリア……楽しそうだな(==。その裏のメルセンの思いつめぶりが不憫です。
 



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