少年王の小さな冒険
少年王シグネットと振り回される面々のお話



  【4】



「大丈夫、こっちには力持ちもいるし」
「あぁ、もう一人いるのか、なら大丈夫だろ」
「じゃあ申し訳ないですが、よろしくお願いします」

 一人を除いてにこやかに冒険者達とやりとりをする一行を見て、フユはちょっとだけメルセンに同情した。
 一言でいえば『やっちまいましたねぇ』というところだが、彼を責めるのはかわいそうというものだろう。ただまぁメルセンが反対したとしても結局はシグネットの『お願い』で押し切られる事は見えていたのでフユとしては想定内だ。

 ここで問題なのはあの冒険者達が本当に、単なる善良な一冒険者かどうかだろう。

――お嬢ちゃんが見てるから大丈夫とは思うスけどね。

 王様達が城を抜け出した場合は、万が一を考えてソフィアに来てもらう事になっている。この状況も彼女が千里眼で見てる筈だから、向うの冒険者が不審な行動をしているようなら言いにやってくるだろう。

 実のところ本当は今回、セイネリアの指示でちょっとした仕込みをしてあったのだが、そっちの者が接触する前にシグネット達は偶然(?)似たような仕事をする事になってしまった。……まぁこちらの仕込みだと単なる道案内で中央広場までだから難易度がもう少し落ちるが。
 とりあえず目的地が大神殿までなら問題はない筈だが、一度連絡だけはしておくかとフユはソフィアの呼び出し石を取り出した。






 シグネットは分かっている。
 自分に何かあったら大変で、母親が悲しむとか周りの皆が悲しむとか、そういう範囲でなく国の制度的にも大変な事になるという事を。それこそ何かあったら、シグネットを守るためにメルセンやアルヴァンが命を掛けても守ろうとすることも……感覚としては分かっている。
 だからメルセンのいう通り、本当は城で大人しく守られていたほうがいいというのもとてもとても分かっているのだ。

 ただ、シグネットは知っている。
 城で隠れて皆が探す事態になってもこうして城を抜けて出していても、全てあの将軍が把握していて事前にちゃんとそれなりに手を打ってくれているという事を。
 シグネットにおけるセイネリアへの信頼と信用は絶対だった。
 勿論その場にいてくれれば怖いものなどないし、いなくても彼なら他の者達の企てなど全てお見通しで悪者はいつでも彼の掌の上――とこれは少々信頼が過剰だが、とにかくシグネットはセイネリアが見てくれているならまず何があっても大丈夫だと思っていた。

 だから今回も、このくらいなら問題ない、とシグネットは判断した。
 一応シグネットでも、もし行先が街を出るようなところだったら止めた方がいいだろうくらいの意識は持っていた。だが大神殿なら行先的に危ないところは通らない筈だ。

「ごめんね、メルセン」

 前を行くメルセンの肩が明らかにがっくりとして落ち込んでいるのが分かったから、シグネットは少し人通りが少なくなってきた辺りでそう声を掛けた。

「いえ、へ……詩人のせいではありません。俺もつい勢いで言ってしまいましたし」
「そそ兄さんの落ち込んでる原因は自己嫌悪だから、シヘルのせい、じゃない……よ」

 アルヴァンがシグネットのところまで前に来て言ってくる。彼は小型の荷車を引いているから今ちょっと急いだ分息が荒くなった。
 あの神官様は見た目以上に力持ちだったらしく、買い出しのためにこんな荷車を持って歩いていたらしい。それでも流石にアルヴァンは力があるから『俺が引くよ』と言って特に辛そうな様子もなく引いていたのだが。

「アル、少し代わるか?」

 声の調子に気付いたのか、メルセンが振り向いて言ってくる。落ち込んでいてもその辺りに気がつくのはさすがだなとシグネットの口元が歪む。最大の信頼や信用はセイネリアであっても、メルセンとアルヴァンはいつでも自分の傍にいて一番自分のために動いてくれる部下で友達だとシグネットは思っている。彼等が優秀だと分かるところが見れれば自分の事のように嬉しくなる。

「いやいーよ、これくらい大丈夫。あの神官様一人で運べたくらいなんだし」
「だがお前だけに重労働をさせるのはさすがに不公平過ぎる」
「いーよ、それより兄さんは周囲の警戒ね、そっちは兄さんのが得意なんだから適材適所って奴でしょ」
「……悪いな」
「うん、悪いって思うなら、今夜はおかず何か一品貰おうかな♪」
「……分かった、考えておく」

 頭を押さえながらもメルセンは溜息と共にそう答えた。
 きっとアルヴァンは冗談で済まされても構わないと思って言ったのだと思う。だが真面目なメルセンはそれを本気にした……いや、アルヴァンの事だから冗談で言ってもきっと真面目な兄なら本気でおかずをくれるだろうと計算したのだろうか。いやいや、その程度メルセンも分かっているけどあえて兄としてのってやった? ――シグネットは考える。さすがに兄弟というだけあって、この2人は互いに相手がどう出るかをよく分かっている。やりとりを見ていて感心する事も少なくなかった。

「ねぇアル、こういう時ってメルーは本気でおかずくれるの?」
「うんくれるよ。でもね、それを見た母さんが『ちゃんと食べなさい』って結局兄さんにまたおかずを出してくれるから、俺がそのおかずを倍食べられるだけなんだ」
「じゃぁアルヴァンがおかずを余分に食べられるだけで誰も損しないね!」
「んー……でも結局、俺がおかわりするのと変わらないけどね。母さんいつも多めにつくって、どんどん食べなさいって出してくるから」

 それは確かに結局変わらない……つまり、2人のやりとりは全部母親の掌の上という事だろうか。

「2人とも、母さんには適わないってことかな?」

 聞いてみれば、今までの話をきっちり聞いていたのかメルセンがこちらを見ないまま言ってくる。

「ウチで母さんに適う者はいません。父さんも母さんには頭が上がりませんから」
「我が家で最強だよね。一番小さいけど」
「アル、一言余計だ。母さんに言ったら殴られるぞ」

 護衛官のランはいわずもがな、それを受けついでアルヴァンも年齢の割りには体が大きく、メルセンも平均より高めくらいの背はあるからイーネス家の男子は基本的に体が大きい。だがイーネス夫人は小柄で、ランの隣に立っているとその身長差がすごいのだが、その夫人が一番強いのというのは面白いなとシグネットは思う。

「家庭では母親が一番強いものです」

 メルセンが言うその『強い』の意味が、単純な腕力や武力的な強さでない事くらいはシグネットはちゃんと理解している。だからふと、思う。

「ならウチはどうだったのかな?」

 メルセンがそれでこちらに顔を向けずに吹き出した。思わず足も止まる。けれどすぐにメルセンはまた歩き出して……暫く待っていると、ちらとだけこちらを向いて小さい声で言ってきた。

「まぁその……やはり、そう、だと思います」
「そうなの?」
「えぇ……それは、その、なんでしたら帰ってから」
「そうだね」

 昼に入るこの時間は大神殿へ行く人が少ない。東の上区に入ってくれば、辺りは公共施設や高級住宅ばかりになってくるから通りにある店も呼び込みをするようなところはない。警備隊員が歩いているから治安はいいが、少し人通りも少なくなっているからか前を歩くメルセンはこんな話をしていても微妙に先ほどよりシグネットとの距離を少な目に取っている。
 やっぱりメルセンは凄いなぁ、と思いつつシグネットがその背中をぼうっと見ながら歩いていれば、その背が妙な緊張感を纏って彼の歩く速度が落ちた。

――何かあったのかな?

 シグネットはその程度にしか思わなかったが、メルセンが道を少し横に逸れようとしたところで逸れた方向とは逆へ意識を向ける。そうすれば暫くして、あまり人相が良くなさそうな冒険者っぽいグループが見えてきたから、メルセンが警戒していたのは彼等なのかと、シグネットも向うをあまり見ないようにしつつ注意していた。
 それが良かったのか、悪かったのか。
 すれ違おうとした時、その中の一人がアルヴァンの方へ向かうのに気付いてしまった。だから咄嗟にシグネットは叫んだ。

「ドロボーっ」

 男が荷車の中から荷物を一つ掴んだが、それにすぐ反応してアルヴァンが男の腕を掴む。勿論メルセンも振り向いて、その男の腹を鞘に入ったままの剣で叩いた。

「うげっ」
「畜生っ」

 そこで男の仲間らしき連中もそれぞれ武器を出す。それを見てメルセンが剣を抜いた。アルヴァンも荷車を男達から離した方向に置いて剣を抜く。こういう場合、シグネットはメルセンの後ろに行かなくてはならないから、急いでその場から移動した。

「何者だっ」

 メルセンが厳しい声でそう聞いても男達は答えない。

「うるせぇっガキがっ、怪我したくなきゃ荷物を置いてけっ」
「荷物?」

 二人の男がメルセン目掛けて向かってくる。けれどシグネットは心配していなかった。シグネット自身はまだ剣の腕は全然だが、お手本はいつもこの国で上位に入る人間の剣ばかりを見ている。だから向うの連中が、メルセンよりもずっと劣るというのは見ただけですぐに分かった。

「ただの強盗か?」

 メルセンが一人目の男の剣を受けて、その腹を蹴り飛ばす。間髪入れずにもう一人の剣がくるがそれも弾けば、アルヴァンが後ろからその男の頭を剣の腹で殴る。男はよろけて、次に来ようとしていた三人目の男が慌ててその男を支えてやった。

――うん、やっぱり雑魚だよね。

 強盗なら、ただの子供と思って手を出したのかもしれないが、旗色が悪いと見れば逃げる筈だ。
 けれど意外な事に、男達は一旦メルセンから距離を取るものの逃げようとはしなかった。そしてここで、シグネットは一つおかしい事に気付いてしまった。

 先程すれ違った時に見た、男達は5人いた。
 けれど今、彼等は4人しかいない。

 シグネットが気付いて周囲を見渡せば、後ろに置いた荷車の方にいつの間にか一人がこっそり回り込んでいた。男が荷車に手を入れているところで、シグネットも腰の剣を鞘ごと抜いて近づくとその腕を叩いた。

「いてっ、何しやがるっ」

 男が掴んだ荷物が落ちる。転がってメルセン達の方へ行く。
 それで気付いたメルセンがこちらを振り向いた。

「へ……貴様っ」

 メルセンが急いでこちらに向かってくる。強盗の盗みを阻止したシグネットは得意気に彼を見た、が……急に後ろから服を持ち上げられて、足が宙に浮く。そう思ったら体が拘束されて動かなくて、メルセンがこちらに向かってくるのに離れていく。

「おいっ、一旦引くぞっ」

 頭の上で声が聞こえて、シグネットはようやく自分が捕まって連れ去られようとしているんだと理解した。




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 シグネットのピンチ。ですが、まぁシグネットは父親と違ってステータス幸運が高いので。
 出だしでセイネリアを出す予定だったのですが出すと無駄に長くなりそうだったので止めました……もちょい後で。



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