少年王の小さな冒険
少年王シグネットと振り回される面々のお話



  【6】



 首都セニエティは治安がいい。
 ……とは言っても、これだけ人が集中する場所、犯罪が起こらないなんて事はあり得ない。ただ組織立った大きな犯罪は起こらない。その理由は単純に、将軍セイネリアの存在があるからだ。どんな腕自慢だろうが大犯罪組織のボスだろうが、将軍セイネリアに睨まれたら怯えるしかない。
 その将軍が首都の中でも犯罪の温床であった西の下区の入口に将軍府を構えた訳だから、目を付けられそうなヤバめの連中は皆首都から逃げ出した……という事らしい。

 セイネリアの事をあまりよく思っていない貴族の『先生』でさえ、首都の治安の良さは将軍がいるからだと言い切るのだからそこは誰もが認めるところなのだろう。やっぱり将軍はすごい……とシグネットは瞳をキラキラさせてその話を聞いたものだ。

 そんな訳で飛びぬけて人が多い首都セニエティはその割に驚く程治安が良いのだが、個人のスリだとか、町に住みつかない流れの犯罪者が起こすような事件は勿論日常的に起こる。いわゆるそんなケチな犯罪に一々将軍が出てくる訳がない……というような軽犯罪だ。
 とはいえ、集団強盗みたいなのは目を付けられるからそうそういない筈なんだけど……と思っていたシグネットは、捕まって彼等のねぐらに連れて行かれて彼等の話を聞いている内にその事情を大体理解した。

「どーすんだよ、人攫いとか捕まったらヤバイぞ」
「まぁほら、俺らじゃ信用ポイント減ってもたかが知れてるっていうか……」
「だ、大丈夫だろ、相手はガキ達なんだ、さっさと返せばわざわざオオゴトにはしないだろうよ」
「ギリックスの奴、ちゃんと手紙渡せたかな……」

 どうやら彼等は集団強盗ではなくただの冒険者で、首都には割と最近やってきたばかりの駆け出しパーティらしい。人相やガラの悪さからすると育ちが悪くて地方じゃ何をやっていたかは分からないが、一応ここでは冒険者として仕事を貰っているようで、時々評価ポイントや、仕事が貰えなくなる云々の話が出ていた。

「とにかく、アレさえあれば金が入る。装備整えられたらもうちょっといい仕事も貰えるってもんよ!」

 その彼等がこちらを脅して荷物を盗ろうとした理由だが……よくは分からないが何か大金が手に入りそうなものを彼らが入手して、それを探している連中から隠すために一時的にあの神官の引き車に入れたらしい。
 彼等としてはその『何か』を渡してさえ貰えればシグネットに危害を加える気はない訳で、乱暴されてはいないし、ここで連れてきてもまず『悪いな、酷い事はしないし、すぐに返してやるから大人しくしててくれ』と言ってきただけだったしと悪い人間ではないのだろう。

 ただし、彼等がいうところの『アレ』、つまりシグネットと引き換えにしてでも取り返したい『何か』が難なんであるのか、それがシグネットは気になっていた。

「ねぇ、『アレ』ってなぁに?」

 だから彼等が黙ったところで聞いてみた。勿論、いかにも子供らしく、素朴な疑問という感じで。彼等の一人が睨んできたから、うるせぇ、の一言で終わりかなと思ったものの一番傍にいた男がこちらを見て言ってきた。

「そらもう『イイモノ』さ」
「イイモノ?」

 キョトンと小首を傾げて不思議そうにしてみれば、いかにも口の軽そうな男がうずうずした顔でこちらを見ているのにシグネットは気が付いた。

「何か美味しいもの? それとも綺麗なもの?」

 だからぐるりと周りを見回してからその口の軽そうな男に視線を合わせれば、にたりと笑った男は得意そうに口を開いた。

「綺麗ですごいものさ」
「おいっ、へたな事いうな」

 すぐに他の者に諫められるが、男は逆にそいつに言う。

「ってかそもそも、アレがちゃんとこいつらの荷物の中にあるかだけでも確認しといた方がいいだろ。既に警備隊に提出されてたらどうすんだ?」

 それには『確かに』と男に同意する声が上がる。得意気な男は、少しこちらに近づいてきてからシグネットに向かって言ってくる。

「坊主、貴族様はその家の紋章がついた物をいろいろ持ってるんだが……その中でも、紋章付きの剣は大切なモンなんだって知ってるか?」

――成程、『アレ』ってそういうことか。

「それはそりゃもう大切でな、失くしたなんて事があっちゃならねぇ。戦場で貴族様が捕まったら、本人の体とその剣は別々に身代金を請求できるくらいだ」
「……『アレ』っていってたのがその剣なの?」

 シグネットは子供だが、勿論その剣がどれだけ貴族にとっては大切なもので、それを失くしたらどれだけ不名誉な事であるかなんてこの男以上によく分かっている。

「そうよ、あの荷物の中になかったか?」
「うーん……俺達あれを神殿に持って行ってって頼まれただけだから、荷物確認はしてないんだ」
「そっか。まぁそんならアレはそのままあるって思っていいんじゃねーか」
「すり替えられてはいないって事だろうしな」

 男達がほっとしたように顔を見合わせる。
 ただシグネットは少し考えていた。そもそもどうやってその剣を彼らが手に入れたのか。そして金になるというなら――それを使ってその貴族に返す代わりに金を請求するつもりなのだろうかと。だからこそ探してる連中から隠して神官の荷物に紛れ込ませたのだろうと考えればつじつまがあう。

「でもそんなすごいモノ、どうしたの? 落とし物?」

 これは子供らしい純真な発想で言いそうな事を言ってみたのだが、それは実のところ当たりだったらしい。

「おうそうさ、拾ったんだよ。こりゃ俺達にも運が向いてきたって訳でな」

 ここでシグネットが分かった事は、この連中が思ったよりは善良であるという事と、このまま彼等の思う通りにさせていたら彼等が危険だという事だ。

「お金が入るって、それじゃぁその剣を貴族様に返したらお礼が貰えるって事なの?」

 聞くと男はちょっと気まずそうな顔をしながらも、少し目をさ迷わせて言ってくる。

「うん、まぁそんなとこだ。そんだけ大切なモンを届けてやるんだからな、偉い貴族様なら気前よくお礼をくれたっていいと思うだろ?」

 返す代わりにお金を請求するつもり――で確定なんだろうとシグネットは思う。その紋章付きの剣を落した間抜けな貴族が誰かは分からないから絶対とは言わないが、ただのごろつきが例え偶然たまたま拾っただけとはいえそんな交渉を貴族に持ちかけたら……どうなるかなんて、国王としての教育を受けているシグネットなら理解している。

「あのね……貴族ってとっても怖いよ」

 だから怯えた声でそう言い出せば、彼等もちょっと顔を顰めてお互い顔を見合わせた。

「貴族は平民の事なんて人間だと思ってないんだ。都合が悪い事を隠すためなら平民なんて平気で殺しちゃうんだよ」

 流石に彼等の顔に不安という影が現れる。シグネットは本気で怯えた様子で、声もちょっと泣きそうにしながら続けた。

「紋章入りの剣を落したなんて他に知られたらとても不名誉だからって、おじさん達殺されちゃうかもしれない!」

 ついにはウソ泣きまで発動させてシグネットは訴えた。明らかに連中が動揺しているのは分かる。ただそんな中でもやはり、頭の悪い奴というものはいるもので。

「は、ガキが何分かった口を聞いてやがる。平民のガキに貴族の何が分かるっていうんだよ」

 それくらいは言われると思ってたよ――だからシグネットは頭をぶんぶんと左右に振った。そうすればしっかり取れないように固定してあった広いつばつきの帽子が頭から落ちて、父親にそっくりだと言われる顔が露わになる。
 男達は皆目を丸くしてこちらを凝視していた。
 ちなみに、国王として公の式典には勿論顔を出しているシグネットだが、そもそも平民が顔がちゃんと判別できるような位置で見れる訳はなく、一般人に顔を見られたからと言ってすぐ国王だと気付かれる事はまずない筈だった。父親の顔を知っている者ならピンと来るかもしれないが、ここ最近首都に来た者なら冒険者時代の父に会っている事もないだろう。

「だって、俺の父さんは貴族だったんだもの。……一度も会った事なんかないけど」

 嘘は言ってないよね、と思いつつ、これなら説得力があるだろうとシグネットは思う。父親に良く似たシグネットの顔はどうみても平民出には見えない、というのは皆からのお墨付きで、とんでもなく可愛いというのもウィアから太鼓判を貰っている。
 そしてそのウィアは常々言っていた、可愛いは正義だ、いざとなったら可愛さを武器にして平和的に問題を解決しろ、と。

「だから貴族の家がどれだけ怖いところかよく知ってるよ、拾ったって言ってもそれを信じないで盗んだって決めつけてくるかもしれない。貴族ならドロボーだから殺したって言えば人前でもおじさん達を堂々と殺せるんだよ。……だめだよ、おじさん達悪い事してないのに、剣を拾ったなんて正直に持って行ったら殺されちゃう……」

 ここはウソ泣きの見せどころだとシグネットは出来るだけ子供らしく、可愛らしく、同情を引くように泣いてみせた。それに釣られたのか泣き出す男が2名、目を赤くする男が1名、あと1名は思いきり顔を顰めているが青い顔をしているから、状況の深刻さは少なくとも伝わっているだろう。

「ど……どうしよう、確かに言われりゃ貴族様は俺達の事なんて虫けらくらいにしか思っちゃいねぇ」
「な、なぁ、ただ返すだけでも殺される、のか?」
「そうだな……貴族様としてみりゃ、俺達を殺して何もなかったって事にするのが一番だよなぁ……金くれるからって呼び出されてみれば、そこで皆殺し……はあり得るよなぁ」

 人相は悪いがやっぱり中身は割合善良らしいとシグネットがそう思っていれば、一番傍にいた男がシグネットの頭をポンポンと叩いてくる。

「そっかぁ、お前は貴族様の落しだねか……そらぁ、えれぇ苦労したんだろうなぁ。確かにお前の言う通り、俺達は浮かれすぎて貴族の怖さを忘れてたかもしれねぇ……」

 泣きながら頭をぐしゃぐしゃとされて抱きしめられるのはちょっと困ったが、これなら上手くいきそうだと思えば安堵もする。
 実際、シグネットが言ったのはただの脅しという訳でもない。
 貴族によっては本気で自分の名誉のために証拠隠滅で平民などいくら殺してもいいと思っている者はいる。今はその手の馬鹿な層は大分排除されてかなりマトモになったが、それでもまだ将軍に嫌々従っているような連中はその手の考え方をする者も多い。実際母親から、母の父はそういう人間だと聞かされた事があった。
 しかも大事な紋章入りの剣を落すなんていう間抜けなら、自分の失態を証拠隠滅してしまおうとするような馬鹿の可能性は特に高いだろう。この国の法律として『冒険者同士の諍いでは死人が出ても罪にならない』というのがある以上、泥棒疑惑をつけなくてもただの平民ならリスクなく殺してしまえる。
 主従契約をしている部下とかならまた違うが、なんの繋がりもない平民など都合が悪ければ殺してしまえというのは割と普通の考え方……なのだ、少なくとも前の王の時までは。
 そうして暫く考え込んで不安そうに怯える連中を見てから、シグネットは傍に泣いてる男に聞いてみる。

「だからね、その剣、俺が返そうか?」

 男達の視線が再びシグネットに集中する。出来るだけ不安そうに、そして子供らしくちょっと舌っ足らずな声で瞳を潤ませ、おそるおそるシグネットは訴えた。

「俺子供だし、拾ったって言えば疑われる事はないと思う。いざとなったら父さんの名前を出せば……少なくとも殺される事はないと思う、から」

 おそらくこう言っておけば、自分の事は貴族の落し種で正式に認められてはいないが父親は子供として認識はしている……くらいに思ってくれるだろう。そういう事は珍しくないと将軍から聞いている。

 男達はまた表情を変えて顔を見合わせ、今度は本気で相談をし始めた。




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 シグネットは性格が父とはまったく似てないかもしれない(==;。
 育てた側の人たちの影響強すぎですね。



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