知らなくていい事
将軍と側近での二人。二人のいちゃいちゃ+セイネリアが裏でちょっと動きます。



  【7】



「えーと、本心……なんだよなぁ、あんたの場合」

 そこで、騎士団時代とは違ってやけに軽い言葉遣いになったエルクアが、引きつったような笑みを浮かべてそう言ってきた。

「えぇまぁ、本心なんですよね、この方の場合」

 今度は横からその声が聞こえて、シーグルはそちらを向いた。アウドは言い切った直後、盛大な溜息をついていた。

「何があっても自分が一番だって自信があるせいなのか、それとも諦めきっているのか、とにかくなんでそんなに平然としていられるんだよ……」

 机につっぷしたままそう言って、エルクアはなんだかやたら恨めしそうな目をこちらに向けてくる。シーグルはそれに溜息をついた。またか、という思いもある。なにせセイネリアが誰かと寝ているという話をしてもシーグルが気にしない事に関しては、今までも何度かこういう目を向けられているからだ。

「だから、何故俺があいつが誰かと寝てる事にいちいち嫉妬する必要があるんだ!」

 ちょっと怒り気味にそう言ってしまえば、エルクアや双子が目を丸くしてこちらを見ていた。

「そもそも、俺とあいつは男同士で、結婚して家族を持った夫婦でも、それを約束した間柄でもない。つまり、相手を束縛する権限もなければ、その誓いをした訳でもない。ならあいつが誰と寝ようが俺がどうこういう権利はないだろ」

 全員がそこで黙る。
 シーグルはなんだかすごくムカついていたが、それで話を終わりにして作業を再開しよう……と下を向いたところで、またキールののんびりした声が聞こえて顔を上げる事になった。

「え〜……つ〜まりシ―グル様はぁ、夫婦として家族を作る前提でないと、相手を束縛する権利はない、とぉいう訳ですねぇ」
「あぁ、そうだろ」

 シーグルが即答すれば、キールはやや引きつった笑顔のまま頬を指で掻いた。
 部屋の奥では双子とエルクアがこそこそ何かを話している。

『ねぇ、貴族様の場合ってさ、結婚を約束した相手じゃなきゃあとは本人の自由って感じなの?』
『いや……俺はシーグル程偉い貴族でもないから……ってそもそも最初から当主教育されてないし……』
『でもえっらい貴族様って、愛人何人もいたりするんでしょ? ならやっぱりさー……』

 まぁ確かに貴族だと夫も妻も互いに愛人がいるなんて事は珍しくない。シルバスピナ家に入ってからの教育だって、跡取り候補は複数人いたほうがいいから愛人や第二夫人に好ましい女性の話なんてのも聞かされていた。ただシーグルは両親を見て育ったから、結婚したら妻だけを愛そうと誓ったのだ。というかそもそもこちらは結婚していたら束縛も仕方ないという話をしているのに、何故そういう方向に話が行くのかシーグルには分からなかった。

「ま、その……シーグル様は恋愛をしようと思った事がないそうなので……その辺りの感覚がずれているんだと思います」

 またアウドがため息つきでそう言ってきたので、シーグルは今度は彼の顔を見て言った。

「それは否定しないが、仕方ないだろ、恋愛で相手を選べる立場ではなかったんだ」
「えぇそれには同情いたしますし、それを責めるつもりもございません」

 アウドは一応他の面々と違って、あからさまに驚いたり呆れたりという顔をしていなかったが、なんだか言葉がトゲトゲしい気はする。

「じゃぁさ……シーグルにとっては、あの男はどういう存在な訳だよ?」

 やはり机につっぶしたままエルクアがそう聞いてきたから、シーグルは少しだけ考えてから、それ以外はないと思った事を返した。

「あいつには俺が必要で、俺のいない事は考えられない。俺にとってもあいつが必要で、あいつがいない事は考えられない――そういう関係だ」

 そこでまた一時沈黙が下りる。けれどそこでエルクアが背伸びをしながら起き上がって言った。

「つまり結局、絶対自分が捨てられる訳がないって自信がある訳だな。はいはい、ごちそうさまっ」

 何がごちそうさまなのかはわからなかったが、シーグルはエルクアを真顔で睨みつけた。

「俺を捨てるというか、俺がどれだけ逃げても絶対に追いかけてくるぞあいつは」
「……あぁ、うん、それは確かにそう、だろうけどさ」

 助けを求めるようにエルクアがキールやアウドを見ていたが、二人は黙って作業を再開していてそれ以上この話に関しては何も言ってこなかった。それでエルクアも大人しく作業に戻ったので、シーグルもやっと本当に作業に戻れると次の書類に手を伸ばした。






 将軍府に帰ってきたセイネリアは、馬車を降りるなりカリンに後は任せると言って、真っすぐにキールの部屋とも呼ばれている上位資料室へと向かった。勿論シーグルが今日はそちらにいる事が分かっているからだ。何時帰るか分かっている場合は自分が帰る前には執務室に戻っているように言っておくが、今日は帰る時間がハッキリわからなかったため彼がずっとそちらにいるだろうと分かっていた。

 初めてではないとはいえ、突然セイネリアが部屋に入れば中にいた面々は驚いて顔を上げる。上げないで仕事を続けているのはただ一人……当然、セイネリアはその一人のところへとわき目振らず真っすぐ歩いて行った。

「シーグル、帰ったぞ」

 そうすればさすがに彼も持っていた書類を机に置いた。そうして溜息をつくと、しぶしぶといった風で立ち上がってわざと丁寧に礼を取って見せる。

「おかえりなさいませ、将軍閣下」
「行くぞ」

 言うと同時に、セイネリアは彼のその腕を掴む。

「おい、待てっ……おいっっ」

 シーグルが気づいて騒ぎだした時には手遅れで、セイネリアは彼の体を強引に引き寄せると抱き上げた。今日の彼は人前に出る予定がないから鎧を着ておらず、抱き上げるのも簡単だ。そこからシーグルが多少暴れたくらいではセイネリアにとっては抵抗と思える程もない。

「おい下ろせっ、俺はまだ仕事中だぞ」
「なら仕事はここで終了だ」
「キリのいいところまで待てないのか」
「待てない」

 そこでシーグルは頭を押さえて一瞬黙った。
 丁度そこで部屋の中、ドアの前に一人の影が現れる。カリンに言っておいたから来るのは当然分かっていたが、それにしてもいいタイミングだと思わずにはいられない。

「ソフィア、転送を頼む、こいつの部屋だ」

 当然それを聞いて、シーグルが驚いて怒鳴ってきた。

「おい、いくならお前の執務室だろっ」
「いや、今日はもう仕事をする気はない」
「だからってこんな明るい時間からかっ」
「なんだ、暗くないと嫌ならそれまで昼寝でもするか? その分遅くまで付き合って貰えるしな」
「そういう問題じゃない、お前は何を考えてるんだっ」

 会話をしながらソフィアに目配せで指示をしておいたから、シーグルが最後の言葉を言った直後には場所移動は終わっていた。






 唐突にやってきた将軍が、唐突にシーグルを抱き上げて、大騒ぎして、唐突に去って行く――というのを見せられた資料室の面々は、二人の姿が消えた後暫く黙ってから、一斉にそれぞれ声を上げた。

「本当に……将軍様はぁシーグル様以外見えていませんねぇ〜」

 ため息を付きながらキールが言えば、同じく溜息をついたアウドが立ち上がってシーグルの席の方に行く。

「とりあえず片づけは俺の方でやっておきますんで」

 『セイネリアが唐突にシーグルを連れて行って仕事を放り投げる』という事態に慣れているアウドは、当たり前だがこういう時の対応にも慣れていた。

「ほぉんとにマスターはシーグルさんと少しも離れていたくないんだね」
「マスターはシーグルさん抱いてるとすっごい機嫌よくなるよね」

 そんな事を言ってきゃっきゃと笑っているのはレストとラスト。
 対称的に、その近くでやたらどんよりした目をしているエルクアが二人が消えた後の場所を睨んで呟く。

「あーもー、はいはい、ご馳走さまっていうよりめちゃくちゃおなか一杯って感じだよな……ってかなんだよあの嬉しそうな顔は……」

 あの男に対して唯一嫉妬する男は仕事を再開してもぶつぶつ言っていたから、キールは仕方なく皆にお茶休憩にしようと言い出すしかなかった。





 シーグルは思う。
 セイネリアの自分勝手で強引なところは今更だ。
 気分で仕事を投げるのだっていくら言っても直す事はない。それにそもそも、仕事を投げたら投げたで最終的にはちゃんと期日前に終わらせるのでそこで文句が言えなくなる。本人も直す気などないだろう。

「……とは言っても、何かをするならこっちが了承してからにしろ」

 それくらいは直してくれ、という思いでシーグルはセイネリアを睨みつけた。

「最終的には了承させているからいいだろ」
「お前がいいかと聞いてくるのは、いつも後戻りできないところまできてからだろ! それじゃ強制と変わらないっ」
「流石に強引過ぎた場合は俺も謝ってるぞ」
「謝れば済む問題かっ」
「なら謝らなくてもいいのか?」

 まったくこの男は……シーグルは頭を押さえてため息を付く。どう考えてもシーグルの主張の方が正しい筈なのだが、この男の正否はあくまで俺様基準だから言っても無駄で終わってしまう。それでもシーグルが本気でキレて許さないというとこまでの事はしでかさないから、最終的にはこちらが許して終わりになる。体力と筋力で勝てないのに、口でも勝てない相手というのは本当に厄介だ。

 しかもこっちが怒ってる間にセイネリアはさっさと鎧を脱いでいて、その上機嫌な様子を見ていたら怒るのさえ馬鹿馬鹿しくなってくる。ちなみにいつもならまず有無をいわさずこちらを脱がしてくるのだが、今日はそうしないのはシーグルが鎧を着ていないからだろう。
 流石にここまで来て逃げる気もないからベッドに座らされたまま口で文句を言っているだけだったシーグルだったが、セイネリアが鎧の後に当たり前のように中の服も下着も全部抜き出したところで頭を抱えた。

「お前……まさか本気でこの時間からやる気か?」

 あっという間に素っ裸になった男は、当たり前のように答える。

「別に、この時間からが嫌なら本気で昼寝でも構わんぞ」
「昼寝で脱ぐな」
「お前と寝るなら服は邪魔だ」

 いや何が邪魔なんだと言おうとしたら、セイネリアがこちらを脱がせにきた。

「おいっ、俺はまだ寝るとは言ってないぞ」
「別に寝たくないなら寝なくてもいい」
「なら脱がそうとするなっ」
「お前が嫌なら何もしなくてもいいぞ。だが今日はこの後ずっと俺といろ、命令だ」

 シーグルは顔を引きつらせる。その間にセイネリアはさくさくとこちらの服を剥いでいく。抵抗はしても本気で抵抗すると服が破けるため、最終的には脱がされるのはいつもの事だ。

「……お前と一緒にいるのは構わないが、それなら別に執務室で仕事をするんだって構わないだろ? 何故こっちの部屋に来て、しかも脱ぐ必要があるっ」

 すっかり脱がされて、それでも怒鳴れば、セイネリアはさっさとシーグルをベッドに押し倒しながら自分もベッドに乗ってくる。

「仕事だとお前に触れていられないだろ」
「は?」
「俺は今、無性にお前に触れてお前を感じたいんだ」

 そう言いながらベッドに入ってこちらを抱き寄せてくる。楽しそうにシーグルの顔のあちこちにキスをして、それからこちらの頭に顔を埋める。シーグルは呆れてされるがままになるしかなかった。

「それに脱がせておけば、とりあえずお前は逃げられないし、他の人間が入って来て邪魔もし難いからな」

 それを笑って言われたから、シーグルはまた大きなため息をつく。
 だが以外な事に、セイネリアはそのまま動かなくなって何も言ってこなくなった。ただ当然、この馬鹿力男に抱き寄せられた状態だからシーグルも逃げられはしない。

「……おい、セイネリア、どうする気だ?」

 だからおそるおそる聞いてみれば。

「昼間からヤるのは嫌なんだろ? だから昼寝だ、お前も寝ていいぞ」

 それで満足げにまた頭の上で顔を動かした男は、更にこちらを抱き寄せたかと思ったら本気で静かになって寝息を立て始めた。
 俺は眠くないとか、俺はお前の抱き枕じゃないとか、いろいろ言いたい事はあったが結局……寝てる男を起こす気にもなれず(十中八九狸寝入りだと思うが)、シーグルもしぶしぶながら目を閉じる事にした。
 そして悔しい事にシーグルもそのまま、いつの間にか眠ってしまっていた。




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 次回は二人のいちゃいちゃH、予定。
 



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