知らなくていい事
将軍と側近での二人。二人のいちゃいちゃ+セイネリアが裏でちょっと動きます。



  【5】



 話が終わると、セイネリアはさっさとソフィアに言って神官を元の場所へと送らせた。そうして神官が部屋から消えると、こらえきれずというようにカリンが笑い出した。

「結局最後の脅しだけがあればよかったのではないのですか?」

 セイネリアも肩を竦めて少し面倒そうに言った。

「まぁな。だがただ押さえつけて黙らせるだけだと本人は無理矢理抑え込むだけだからストレスが蓄積される。そういうのは酒を飲んだ時などの愚痴でつい言ってしまう可能性が高い」
「だから向うを納得させた、という事でしょうか?」
「あぁ、ああやって自分の考えが浅はかだったと分かれば、仕方ない事だと自分で自然に考えなくなっていく」

 だからセイネリアが直接会って話したのだ。どう言って納得させるかなんて、向こうの出方もあるから細々指示など出来はしない。
 ただそこでまだ楽しそうにくすくすと笑っていたカリンは、ふいに笑みを収めるとこちらに向かって聞いてきた。

「ですがボス、あの神官、自分の考えが甘いと納得してはいましたが……本当は彼の考えた通りだったのではないのですか? シーグル様がウォールト王子を立てて反旗を翻していたなら、ボスはシーグル様のためにすべてのお膳立てをしてリオロッツを倒していたのでしょう? その場合も魔法ギルドは全面的に協力してきた筈ですし、あの神官に言っていたのとは違って犠牲もそこまで出さずに済んだと思います。シーグル様を悲しませないために、ボスはシーグル様の周りの人間を助けようとした筈ですから」

 そこでセイネリアもふん、と口元を歪ませた。

「絶対に全員を守れたとは俺も保障出来ないぞ。だが確かにウォールト王子が逃げて来た時点でシーグルがリオロッツを倒す決心をしていたなら、その目的を果たした上で、あいつはシルバスピナ卿のままでいられただろうよ。詩人も言っていたからな、確定とはいわないがその可能性は高かった」

 だが、その後にシーグルが何重もの意味で苦しみ悩む事も確定だった。兵に命じて戦わせる度に苦しみ、勝ったとしてもリオロッツに付いた者達を断罪する事で苦しむ。そうして力を借りた恩からセイネリアを拒絶できず、妻を裏切り続ける事に苦しみ続けた後は、自分の不老を知って自ら家族を捨てねばならない事に苦しんだだろう。
 だからセイネリアは、そのどれもに『そうせざるえなかった』と彼の中で理由がつけられるように、彼をその状況に無理矢理追い込んだのだ。

 勿論、それが正しかった、という気はない。セイネリア自身のエゴでもある事は分かっていた。

 そこで部屋の扉が叩かれて、カリンもセイネリアもそちらへ視線を向けた。

「あの、摂政殿下がそろそろ良いかと……」

 こわごわ言ってくる使いの者の声を聞いて、セイネリアはカリンに笑いかけてからそちらへと向かった。







 最近のシグネットはとにかく忙しかった。勉強も昔よりずっと難しくなって、その上母親の仕事も出来るだけ一緒にいなくてはならない。今は見ているだけで良いが、その内自分にも少しづつ仕事を渡す――と言われているから見ているにしても神経を使うし真剣だ。いや、母親の前でだらける事などそもそも出来ないが。
 おかげで折角将軍が城に来たとしても、甘える事は勿論、話をする事さえ出来ない。それが今日の昼は将軍と取る事になったから、と母から言われて、シグネットは久しぶりに将軍と話せるのを楽しみにしていたのだ。

「――そうか、シグネットがいるのか」

 だが入って来てすぐ将軍が言った言葉がそれで、シグネットは不安になった。もしかして、自分がいては良くなかったのかと。

「問題がありますか?」

 母がそう尋ねれば、将軍は少し考えるように黙る。それを見る自分は明らかに心配そうな顔だったと思う。誰よりも強い人は、それで自分を見ると苦笑して、それから呟くように聞いてきた。

「お前は、自分がそこにいるのに犠牲になった者がいた事も、それを未だに恨んでいる者がいる事も分かっているな?」

 将軍の顔は笑っていない、だからこれはきっと真剣な話なのだと分かる。シグネットは頷いた。

「うん、わかってる」

 そうすれば将軍はまた笑った。

「いいだろう、お前は父親よりそういう部分は強いからな」

 とにかくそれで、シグネットはこのまま自分もいていいという事が分かったからほっとした。

 最近はあまりなかったが、将軍が話をするために母と昼食を一緒にする事は前は割とよくあった。その頃はもっと小さかったせいもあって、まずシグネットもその席に呼ばれる事はなかった。それでもたまに呼んで貰えると、シグネットは嬉しくて食べている最中も将軍に話しかけては母によく窘められたものだった。なにせこういう話すための食事となると、使用人は子供の頃から見知っている誰か一人を残して部屋から全員出して行われるから、シグネットもついついハメを外してしまうというのもあった。

 さすがに今はその頃よりもちゃんと考えられるようになったから、母達の会話をさえぎってまで話そうとする事はない。けれど前は聞いていてもほとんど理解出来なかった会話内容は、今は大体分かるようになっていた。だから聞いていて、将軍が何故あんな事をきいて来たのかも理解出来た。

「そうですか、ウォールト王子の友人、だったのですね……」

 将軍の話に母が暗い顔で呟いた。
 シグネットもウォールト王子の事は知っている。母の幼馴染で、最初の予定ではその人が王様になって母はその人と結婚する筈だった。けれど母の父が死んだせいで王になれなくなり、命を狙われて父に助けを求めた。優しい父はそれを助けてリパの修道院にその人が入れるようにしたけど、結局は悪い前の王様に殺された。そして王様はその罪を父にかぶせて投獄し……父は処刑された。

『貴方の父上は優しすぎたのです。助ければ必ず自分の立場が危うくなると分かっていても手を差し伸べずにいられなかった』

 母はその事情を話した後、そういって悲しそうに微笑んで、それから最後に厳しい声で言ったのだ。

『そんな優しいあの人を私はとても好きでしたが、貴方はそれに倣ってはいけません。貴方に何かあれば大勢の人が嘆くだけでなく、また多くの血が流れる事になります。貴方は自分と国のために、時には助けを求めた者を見捨てなければならない事もあると覚悟しておきなさい』

 そうして返事より黙ってしまったシグネットに、母は今度こそ柔らかく微笑んで『母』としての言葉で言ってくれた。

『けれど、それを当たり前と思ってはなりません。悲しくて辛いと思っていいのです。そして次はそんな事が起こらないようにどうすればいいかを考えなさい。もし苦しくてしかたなかったから、遠慮なく周りにいる人達に打ち明けなさい。貴方の周りにはそれが出来る人がたくさんいる筈です』

 あの神官がシグネットを悲しそうな目で見ていた理由を聞いて、シグネットには分かった。これは父が優しすぎたから起こった事なのだと。
 そうして一通り事情を話してから、将軍が唐突にシグネットをみて聞いてきた。

「シグネット、もしお前の父が自ら王になって国を立て直そうとしたとして、俺のように情を捨てて国のために最善の方法で前王を倒すのなら、どうするべきだと思う?」

 そこでまずシグネットは即答した。

「将軍に手伝って欲しいって頼む」

 将軍はそれに笑って、けれどまた聞いてきた。

「そうだな、まず第一にそれでいい。確かに俺はあいつの頼みだったら、そのためにいくらでも動いてやった。それで、どの段階で王に歯向かう?」

 実はシグネットは自分が王になるまで何が起こってどういう状況だったか、護衛官の皆や教師、そして母からたくさん話を聞いたし、自分でも調べた。そうして考えた事がある、どうすれば皆が一番幸せな結果になったのか。

「王様が、ウォールト王子を殺そうとした時か、殺してしまった時」

 将軍はそこでははっと口を開けて笑うと、母の方に顔を戻した。

「随分ちゃんとしつけたものだ」
「貴方を近くで見ている所為でもあると思いますけど」

 母も澄ましてそう言い返せば、将軍はこちらをちらと見てから今度は笑い声を出さず穏やかに笑っていた。それでシグネットは今の自分の答えが正解ではあるのだろうと思った、 けれど。

――でも、それが出来なかった父上を母上が好きだっていうのも、俺、分かるよ。

 そして、父が取った道が間違いではない事も分かっている。
 間違っていたのなら、今こうして自分の周りにいる人達は笑っていなかった筈だから。こんなにたくさん、父を好きな人がいる筈がないから。シグネットは父に助かってもらいたかったから、それ前提でウォールト王子を利用する答えを選んだ。けれど父はきっと、自分に対する優先順位が低くて、自分以外の人達の幸せを最優先に考えた場合の正解を選んだのだと。




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 この時のシグネットは10〜11歳くらいかな。
 



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