知らなくていい事
将軍と側近での二人。二人のいちゃいちゃ+セイネリアが裏でちょっと動きます。



  【4】



 セイネリアが直接例の神官と会う事を決めたと言っても、さすがに翌日早速……という訳にはいかいのは仕方がない。なにせ城にはつい最近行ったばかりであるから、そこまで間を開けずに行けば、何か重大な問題でもあったのかと周囲に噂される事は当然予想出来る。そいつらを無視したとしても、シーグルに既に疑われている現状でまた一人で城に行くとなれば絶対に何かあるだろと問い詰められるに違いない。流石に次に誤魔化して有耶無耶にしたら相当へそを曲げられる事必至だからそれは避けたかった。
 とはいえ、セイネリアとしては早めにケリをつけておきたかったのもの確かで、だからエルの報告を聞いた日から3日後、セイネリアはきちんと一人で行ってもシーグルに疑われないだけの理由を作ってから城へ向かった。

 あの謁見の時にあの神官の様子がおかしかった事を、セイネリアが気づいて、シーグルが気づいて、そしておそらくシグネットも気づいた……という状況で、摂政であるロージェンティが気づいていない筈はない。
 だからセイネリアはロージェンティに、例の神官の件についてこちらで調べた事を話したいから時間を作ってくれ、と手紙を送った。急ぎで、とは言わなかったが用件的に彼女もやはり気になっていたらしく、ギチギチだろう予定の中、出来るだけ早く空けてくれたと思われた。

「お前には悪かったな、無理に付き合わせて。エルはこの間行ったばかりで暫くは行きたくないそうだ」

 城に行く馬車の中でカリンに言えば、彼女は少し困ったように肩を竦めた。

「いいえ、それは構いません。エルも忙しいですし。ただ……シーグル様が何度も謝ってくださったのには少し心が痛みましたが」

 シーグルには今日、ロージェンティと話があって昼食を共にする事になった、と言ってあった。ただの挨拶程度の話だけならいつも廊下で待っている彼だが、昼食もとなるとずっと外で待っている訳にもいかなくなる。別室で食事を取るように勧められるにしろ、中に入って待っていろといわれるにしても、彼としては厳しい。だからこういう時はシーグルは留守番になる――これは別に今回だけの話ではなく、前にもあった事だから不自然ではない。
 ただ勿論、最近はあまり城に来なかったセイネリアがそこまで間をあけずに顔を出したとなれば一部の者はいろいろ噂を流すだろうが、その程度は放っておいてもその後に何もなければ皆忘れるだろう。

「お前は大人しく受けておけ、後でバレてあいつに怒られるのは俺だけでいい」

 カリンはそこでクスクスと笑みを漏らしながら了承の返事を返した。

「はい、分かりました」

 彼女のこの笑みは、今のセイネリアの発言が別にカリンを庇うつもりではなく、シーグルが怒るのさえもセイネリアとしては自分以外に向けたくないという気持ちがある事を知っているからだ。
 カリンはセイリアの考えを一番よく理解できる存在であるから、それを知られていると分かっていても今更どうも思わない。
 ただ、カリンが何故楽しそうに笑っているのかあまり分かっていなそうな人物がその隣で困惑していて、セイネリアは彼女に話を振った。

「城についたら、一旦待機室に行く事になってる。そこであの神官と会うつもりだ。摂政殿下にも言ってあるから暫く部屋に人は来ない。お前は神官が一人になったら強制的に連れてきてくれればいい」
「はい」

 少し緊張した面持ちでソフィアが返事をする。城の中で目的の人物と他の人間に見られないように会う、なんて用事なら彼女を連れてくるのが手っ取り早い。
 エルの時はフユが神官を話が出来そうな場所に誘導したらしいがその手間も惜しい。今回は最初からロージェンティにも協力してもらっているから、あの神官自身を話せるところへ有無を言わせずつれてくる事にしていた。






 リパ神官であるクラタク・カランはその日、今まで生きてきた中で一番の驚愕と恐怖を体験する事になった。
 祭壇の掃除が終わって仲間の宮廷神官と別れて一旦部屋に帰ろうと歩いていたら、背後に何かが触れて……振り向いたら知らない女性がいた。

「君は?」

 そう呟いた時には何かふわっとした感覚があって、気付いたら周囲の風景が変わっていた。

「え? 一体何が……うっ」

 驚いて辺りを見渡して、背後――つまり振り向く前の正面――を見たら、真っ黒な壁……ではなく、この国で一番恐ろしい人物が立っていた。誰だ、なんて言葉が出る筈もない、当然クラタクの頭はパニックに陥って、そのまま全てがフリーズした。

「急に連れてきて悪かったな、お前と話したい事がある。……あぁ、怖いなら別に俺の顔を見ないでいいぞ。俺に対して失礼だとか、そういうのも今は考えなくていい、思った通りの事を正直に話せ」

 それでクラタクはそうっと下を向いて、視界の中に黒い男の目がなくなったせいでほっと息を付く事が出来た。何故彼がここにいて話があるのかは分からないが、頭も少しづつ働き出して将軍がここにいる理由も思い付いた。それでやっと声が出る。

「あの、お話は、この間貴方の部下の方が言っていた事、でしょうか?」
「あぁ、そうだ」

 ならば将軍は本当にその話について詳しく知りたいだけなのだ。あの部下だという男が、こちらに危害を加える気はないし、危険人物と思っている訳ではないと言っていた事を思い出して、クラタクはどうにか頭を落ち着かせた。

「申し訳ございません、考えても仕方ない事だと分かっております」

 それに返されたこの国の恐怖の象徴である男の声は、驚く程静かだった。

「謝る必要はない。お前の気持ちが分かるとは言わないが、お前がその事を引きずるのを責める気持ちはない。ただ少し……俺の話を聞いてもらいたいと思ってな」

 彼のイメージとは違う穏やかとも言える声に、思わずクラタクは顔を上げた。獣のようだと噂された琥珀の瞳はどこか遠くを見るように細められていて、彼の口元は自嘲に歪んでいた。

「お前が考えた事は尤もではある。確かにアルスオード・シルバスピナがウォールト王子が死ぬ前にリオロッツに反旗を翻しても俺はあいつの為に戦ってやった。そうすれば今、王座に座っていたのはウォールト王子かアルスオード・シルバスピナ本人だったろう」

 けれどそこで黒い男の顔から自嘲が消える、金茶色の瞳がすっとクラタクを捉えて、彼は自分の体温が一気に下がった気がした。

「だがアルスオード・シルバスピナはずっとリオロッツから目を付けられていた。その状況では他の貴族達と反乱の計画を立てる事も、首都から逃げて反乱軍を立ち上げる事も難しかった。勿論俺は助けに行っただろうが……アッシセグへ逃げるまでに、あいつは家族や部下を失う可能性が高かった。なにせあいつの屋敷は常にリオロッツの手の者に見張られていたからな。あいつの家族を人質に取られた上、シグネットはリオロッツに父親が悪いと吹き込まれて手駒になるよう育てられたかもしれない。実際、リオロッツはそのつもりだった」

 クラタクはごくりと喉を鳴らした。確かに自分はウォールト王子とシルバスピナ卿が生きていられた筈とそれしか考えず、その周囲の事など考えていなかったと思う。

「それにあいつは、いい主にはなれるが、権力の頂点に立てる性格ではなかった」

 その声と共に、将軍の顔は再び自嘲を浮かべる。

「他人を悲しませるくらいなら自分が犠牲になった方がいいと思い、自分を生かすために死んだ部下の事をいつまでも引きずって嘆く……そんな人間が大きすぎる権力を持てば精神がすり減って壊れる、それは理解できるだろ? だから俺もあいつを反乱軍の盟主にはさせたくなかったというのがある」

 将軍は故シルバスピナ卿を愛していた。将軍がリオロッツを倒したのも、シグネットを王としたのもすべてアルスオード・シルバスピナの為だった――その噂が本当である事を、クラタクは彼のその顔であらためて確信出来た。そしてそれが本当であるのなら、その死を嘆き、一番こうしておけばよかったと後悔しているのもこの男である事も理解出来てしまった。

「つまり、亡くなられたアルスオード・シルバスピナ様にとっては、例え自分が助かったとしても多くの部下や家族を失う方が辛かった、という事でしょうか」
「そうだ、それにウォールト王子の死を聞いた時、あいつ自身……お前と同じ事を考えて後悔したのは確実だ」
「そうですね、アルスオード・シルバスピナ様が貴方のいう通りの方なのでしたら、そう、なのでしょう」

 クラタクの知っている範囲での故シルバスピナ卿は、その容姿の美しさと優秀さ、そしてまさに清廉潔白という人柄だったとそれだけでしかない。ウォールト王子からも、彼がどれだけ優秀で誠実であったかを聞いただけだった。

「……お前は、ウォールト王子が大神殿の修道士になれるようにしたのはあいつだというのは知っているか?」

 そこでいきなりそう聞かれて、クラタクはまた自然と下を向いていたところから顔を上げた。

「あ、はい、それは勿論。ウォールト様はそれをとても感謝していました」
「俺はな、あいつにウォールト王子を見捨てろと言ったんだ」

 ぞっとするような声で言われて、クラタクはビクリと震えたそのまま顔をまた下に向けた。

「謀反を起こす気があってもなくても、ウォールト王子は見捨てるべきだった。もしあいつが手を差し伸べずに王の監視下にいる間に王子が死んだのなら、リオロッツは簡単にあいつに罪をかぶせられなかった。そしてもしあいつが謀反を起こすとすれば、ウォールト王子が殺された時にその犯人としてリオロッツを糾弾して立ち上がるのがベストだった」

 そこで暫く将軍は黙った。クラタクもまた下を向いたまま暫く考えていたが、やがてそうっと口を開いた。

「つまり貴方は……ウォールト王子は元から死ぬしかなかったと言いたいのでしょうか?」

 それに返ってくる声は冷たい。

「そうだ、後ろ盾であるヴィド卿が死んで王位継承争いに敗れた段階で、ウォールト王子の死は決まっていた。ウォールト王子があいつに助けを求めて、それを助けたせいであいつが捕まった」
「……なら、貴方はウォールト王子に大人しく諦めて殺されるのを待てばよかったというのですか?」

 それでも下を向いたまま、クラタクも声を絞り出した。だが相手の声の冷たさは変わらない。

「そうだな。もしくは、本当に生きたいのであれば人に頼らず最後まで自分の力で逃げるべきだった。せめてあいつに助けられて大神殿に入った後、敵が手を出せない間に誰も知らない場所へ逃げれば良かったんだ。居場所を知られている段階で手が回らない筈はない、安心していつまでもそこでぬくぬくと過ごせると思ってはならなかった」

 ここにきてクラタクは将軍を冷たい人間だと思うと同時に――確かに、ウォールト王子の考えが甘かった事も理解出来た。

「もう一つ言っておくとな、もしウォールト王子を立ててあいつが反乱を起こし、それが成功したとしてもウォールト王子に平穏はなかった。兵や貴族達の目からみればアルスオード・シルバスピナが王になる方が上手く行くと思えたろうしな、そうなるとたとえ大人しく王座を譲ったとしてもウォールト王子は火種となる、必ず命を狙う者はいただろうよ」

 将軍セイネリアが言いたいのは、ウォールト王子はヴィド卿が死んだ時点で詰んでいて、平穏に過ごす未来はなかったという事なのだろう。

「それを……私に言ってどうしろというのです?」

 だからやっとの事でそう聞けば、唐突に手が顎に伸びてきてクラタクの顔を上げた。当然、視界にはいこちらを見据える琥珀の瞳があって、クラタクは恐怖のまま動けなくなった。

「アルスオード・シルバスピナが早く反乱を起こしていれば全て上手く行ったなんてのは甘過ぎる考えだ。むしろウォールト王子は最初から助けなかったほうが良かった。お前はウォールト王子を助けたかったのだろうが、アルスオード・シルバスピナが死んだ原因は、王子を助けた事にもある」

 近くで見る将軍の瞳は得体が知れない闇があって、見ているだけで体が震える、声が出ない。将軍の声に感情は一切ないのに、有無を言わさず相手を従わせるだけの威圧感があった。

「だから以後、誰から聞かれてもお前は絶対にそれを言ってはならない。お前が友人となった王子の死を嘆くのは構わなくても、それをアルスオード・シルバスピナの所為にするのは俺が許さない。いいか、覚えておけ」




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 実はこの場にカリンとソフィアがいます。黙ってるだけです(==;;
 



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