幸せぽい日常――夏の特訓編――




  【6】



 島へ来てから6日が過ぎた。
 空は今日も快晴でよい特訓日和である。とはいえ急に土砂降りの雨が来るなんて事はここでは日常茶飯事で、そんな時は薬草とか人の体の仕組みとかのいわゆるお勉強の時間となる。また雨は夕方近くに降ることも多いので、その場合は雨で水浴びして早めに海から上がらせる事にしていた。
 子供というのはやはり何を教えても吸収は早く、泳ぎは即マスターして、潜水にしても多少コツを教えたあとはすぐできるようになってかなり上達した。……まぁそれに関しては、木を削って槍を作り、それを渡したのが大きいが。特に負けず嫌いのエリアドは魚を取りたくて意地で潜れるようになって、今では放っておけばいつまでも魚とりをする勢いである。

――とりあえず、最低限はどうにかクリアっスかね。

 最初から過大な期待も、厳しいノルマもそこまで考えていなかったフユとしては『ここまでにはなってもらわなくては帰れない』という線までは来てくれて一応安堵といったところだ。
 フユとしては、ボーセリングの犬達の訓練のように強制して鍛えるのは最小限にして、基本は子供達に楽しんで自らレベルアップしていってもらおうという方針だ。基礎部分はどうしてもある程度の強制が必要だが、多少できるようになればあとは本人達が夢中になれる目標を作ってやればいい。子供が自ら打ち込む場合の上達の早さというのは強制するより上であるのだから。

――『本人が望む状況にしてやるのがその人間の能力を一番活用出来る』でしたっけ、ボスがいつも言ってる通りっスね。

 ただそれに関しては、セイネリアが認めるような人間は基本、自分に厳しく向上心がある、という前提がある。確かにそういう人間なら、自らが望んだ状況と仕事を与えられれば喜んでその能力を発揮するのだろう。逆に自分に甘くて怠惰な人間には当てはまらないが。子供は基本、その自分に甘くて怠惰な方ではあるが、損得勘定なしに楽しいモノには飽きずにいくらでも没頭出来るという部分がある。あとはこの弟子2人の場合は衣食住の心配がイラナイありがたさをわかっているから、その心配なくいろいろな事を出来て、そうして自分がやれることが増えるのがうれしくて集中できるのだろう。

――向上心はあるスからね。

 負けん気の強さとかしたたかさとか、生きるだけでも苦労をしてそれを自分でどうにかしてきただけあってそういう部分をフユは買っている。

「……し、師匠っ、終わりましたぁ」

 ぜーはーいいつつも、砂浜をノルマ分走りきったらしくエリアドがそう言ってくる。息を切らして腿に手をついてはいるが、終わった途端ぶっ倒れていた初日から比べるとかなりの進歩だ。勿論初日よりノルマも増やしているのだから体力は確実に上がったと見ていいだろう。
 しばらく待てばノーマも終わりましたと足を止めて、その場でぜーはー言っている。こちらも倒れないで息を整えようとするくらいの余裕はあるからまぁ合格だ。

「ンじゃ2人とも、水飲んだら軽く海入ってきていいっスよ。ただいいと言うまでは向こうの岩から先へはいかない事」
「はぁ〜い」
「師匠っ、魚取ってもいいですかっ」

 もとから体力はある方ではあったエリアドは回復が早く、元気にそう言ってくる。ノーマはまだぐったりしていたが、返事とともに水飲みに走る分体力はかなりついた。

「いいっスよ、ただ取りすぎないように泳いでるのを狙う事っス」
「はいっ」

 エリアドはよほど魚取りが楽しいらしく、ある程度潜って取れるようになってからは一気に潜りがうまくなったし水中で息を止めていられる時間もどんどん長くなっている。ただ放っておくと魚を取りすぎるので、今は隠れてじっとしている魚を捕るのは禁止としてある。

――それにしても、たった6日程度スけど二人とも体つきが変わった気がするスね、心なしか体が大きくなった気さえするくらいに。

 ここにきてからずっと、走ったり山を登ったりしては海で泳ぐの繰り返しで2人とも真っ黒に日焼けしているせいもあるのかもしれないが、腕を見れば確実に筋肉がついているし背中にも筋肉が見える。体づくりは成功といえるかもしれない。

「お”れ”も”おわっだぞ〜〜」

 子供達がはしゃいで海に行った後、そうしてやっとノルマが終わったらしいレイが叫んでぶっ倒れた。別にレイにも子供達と同じメニューをやらせているわけではないが、砂浜の走り込みだけは一緒にやらせている。ちなみにノルマは子供達以下で……初日よりは多少マシにはなっている、これでも。

「お疲れっス。ンじゃレイはいつも通り、昼食の下ごしらえをお願いするっス。あ、勿論昼に間に合えばいいスから休憩後でいいっスよ」
「おー……」

 そこでばたりと砂浜に倒れたレイだったが、どうせ倒れるのなら日陰までいけばいいのにとフユは思う。この分だとまた夜に背中の日焼けでぎゃーぎゃー言うのが目に見える……が、それを言ってやったり、日陰まで運んでやるほどフユは親切ではない。というか、あとでそのぎゃーぎゃー言うのを楽しむつもりなので放置したと言った方がいい。

 その間にフユは山の方に入って木の実や食べられる草を集めるついでに、薬草やら虫やらを採取する。昼食後の勉強時間用素材だが、こちら方面はノーマにメインで覚えてもらうつもりだった。エリアドも最低限は覚えてもらうが、頭を使うのはノーマで体を使うのはエリアドという彼らが今まで分担してきた事を尊重してやるつもりだ。

――さて、そろそろ様子を見に行くスかね。

 拾えた素材による今日の勉強内容を考えながらフユは山を下りていく。
 そうすればはしゃぐ子供達の声が聞こえてきてその中にレイの声もあった事で、案外レイの復活は早かったようスね、なんてのんびり考える。浜まででて彼らの姿が見えると、どうやらレイは復活が早かっただけではなく昼の準備も早く終わったようで子供達と一緒にまた魚取りをしていた。

――なんだかんだ言って、あーゆーのを見るとレイも体力あると思うんスけどね。

 人一倍無駄な動きが多いから体力消費が多くて持たないのもあるのではないかとフユは思っている。多分、間違っていない。

「おーい、皆そろそろ昼食準備に入るっスよ〜」

 声を掛ければ、ぷかぷかと浮かんでいた3人の頭がこちらを向いて手を振ってくる。それからすぐに泳ぎだしたのだが、順調に近づいてくる子供2人はいいとしてレイの目立つ金髪頭がその場で動かない……と思ったら、いきなり沈んですぐにバシャバシャと動きだした。
 フユはすぐにいつもレイの腰に繋いであったロープを見たが、今日のレイには海に入って何かしてもらう予定がなかったため繋いでいなかった。だから小舟の中に入れてあった軽くて水によく浮くカタロンの木材を持って彼らの元へ向かう。急いでいるから顔を出したまま泳いでいないが、息継ぎの度に確認すればエリアドとノーマがUターンしてレイの方へ向かっているのが見えた。

「だめだっ、2人はそのまま浜へ行けっ」

 一度止まってそう叫んだが、ノーマはそれで止まったもののエリアドはそのままレイのところに向かっていく。フユは息を大きく吸って再び泳ぎ始めた。今度は顔を上げて確認する事もなく、レイ達の近くまで一気に向かう。近づけば思った通りバシャバシャと暴れている2人の姿が見えて、フユは持ってきたカタロンの木をエリアドに持たせるとレイとエリアドを無理やり引き離した。それからこちらに必死に抱き着いてくるレイに向けて平手打ちをする。それでレイの動きが止まったのをみてから、その髪を掴んで浜の方へ泳いだ。
 そこから割合すぐ足がどうにかつくところまで行けたから、やっとフユもほっとして弟子たちの姿を確認した。2人とも既に腰の高さくらいのところにいたので思わず安堵の息が出る。レイはぐったりしていたが生きてはいるようで、フユは重い足取りでそのままレイを引きずって行った。


 そうして全員が無事浜まで帰って、レイも気がついたら当然説教タイムとなる訳で。


「前に言った筈スよ。誰か溺れても絶対に泳いで助けにいくなと」

 するとエリアドがしょんぼりと泣きそうな声で言ってくる。

「すみません。……俺、泳ぐの自信があったから大丈夫だろうって思ったんです」

 まぁそうだろうなとはフユも思っていた。エリアドはかなり潜れるようにもなっていたし、あとはレイが溺れるのにも慣れていたからそんな深刻な事態な気がしなかったのもあるのだろう。

「溺れてる人間は必死っスからね、助けにいった人間に掴まって顔を出そうとするんスよ。そうすると自動的に助けに行った人間を沈めようとする動きになるんで両方とも溺れてしまう。どれだけ泳ぎが得意な人間でも注意が必要っス」
「はい……分かり、ました」

 青い顔で下を向くエリアドは、目を真っ赤にしてうなだれていた。フユはそこで苦笑すると溜息をついて、口調をやわらげた。

「怖かったスか?」
「はい、死ぬかと思いました……」
「それじゃ、その気持ちを忘れずに……いいスか、溺れている者を泳いで助けに行くのは危険なのは分かったと思うスけど、それでも行かなくてはならない事もあるンすよ。その時に今回の事を覚えていれば、お前なら焦らずに助ける事が出来るスから。死にそうな目に合うってのは嬉しくない事ではあるスけど、それを生き残る事ができれば身につくモノは大きいンスよ」
「はい……」

 これから2人が引き継ぐ仕事は大事な人間を守る事である。だからもし守る対象が溺れていたら自分の安全の確保なんて後回しで行かなくてはならない。

――本当に、守る仕事ってのは厄介ですからね。

 暗殺なら自分の身だけを守って対象を殺せば終わりだ。最悪殺した後なら自分の身さえ守らなくてもいい。だが守る場合は対象と自分の両方を守らねばならない、それは自分だけを守るよりも能力が余分に必要になるという事でもある。
 生きてる限り終わりがなくて暗殺よりも能力が必要とは、本当に厄介な仕事である。それでも心を満たすものがまったく違うから、暗殺者の方がいいとは思わない。そう考えられる自分が不思議だったが、そんな自分がフユは嫌いではなかった。

 ちなみに、溺れたレイにはやはりまた魚がくっついていた。



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 この話でちょっと日数が飛びました。次か次で終わるはずー。
 



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