幸せぽい日常――夏の特訓編――




  【4】



 朝食をすませて、筋肉をほぐす運動をやらせてからやっと泳ぎの訓練となった訳だが、子供というのはやはり飲み込みが早いもので、フユがちょっと泳いでみせたらマネして2人ともなんとなくは泳げてしまった。
 ただし泳げるといっても『水の中で浮いたまま前に短い距離だけ進める』だけの事で、当然手足を動かす時の効率は悪いし息継ぎは出来ないしちゃんと泳げるとはお世辞にも言えるモノではなかった。それでも彼等が、たまにいる、どうしても浮かない『カナヅチ』という種の人間ではなかった事はフユを安堵させた。
 とはいえまず見せた泳ぎ方はとりあえず浮いて進むか試すためのものなので、覚えて欲しい泳ぎ方を教えたら案の定最初は沈んだ。

「ししょー、なんで顔出したまま前に進めるんですかっ」
「顔出したら沈みますっ」

 予想通りっスね、と心で呟きつつ最初は顔をつけて泳ぐところからかと思う。とにかく仕事上、長く静かに泳いでいられる方法を身につけて、それが出来たら潜水で長時間潜っていられる訓練だ。今回は体力作りだから潜水は基礎まででいいが、とにかく長時間浮いて泳いでいられるようにはなって貰わないとならない。幸い海はまだ浮きやすいから、コツを掴めば子供達はすぐ出来るようになるだろう。

「ぶぼっぶべぼぼっどっ」

 そこで後方から不気味な声が上がって、フユは腕に持っていた綱を引っ張った。

「うぼわえっ、げふぉっ」

 どうにか足がつく位置にまできたレイが、その場で咳き込んでいる。

「レイは泳ぎが上手くないンスから、俺が見てないとこで足つかないとこ行っちゃだめっていったじゃないスか」
「何ぼぉ言うっ、ガレイに泳いでいたどころっ、波が来でだなっ」

 そう、レイは泳げない訳ではないのだ。だが何故か泳いでいると、足に何か絡まったとか、潜って浮かんだところで障害物にぶつかったとか、よそ見してやはり何かにぶつかったとか、カッコつけてへんなポーズを取って足がつったとか、調子よく泳いでいると唐突にトラブって溺れだすという特殊技能を持っている。
 ついでに海に来て判明した『勝手に魚が釣れてる』という技能の方は今回もちゃんと発動していて、レイが髪をかき上げたらぽちゃっと魚が水に落ちていった。それを見て子供達が『あー……』と残念そうな声を上げている。

「海なんスから波が来て当然じゃないスか。ほんっとーに仕方ないっスねぇ」

 さすがに今回は弟子達を見ているためレイをつきっきりで見ている訳にもいかないからレイの腰にロープを巻いておいたのだが、始めたばかりでいきなり役に立ってしまった。まったく、泳げない訳ではないから余計に厄介ではある。

――あぁでも、泳げない訳ではないっスよね、確かに。

「レイ、一人で勝手に遊んでないで、子供達に泳ぎ方を教えてくれないっスかね」

 言い切ると同時に声が返る。

「えー!!!師匠が教えてくれるんじゃないんですかっ」
「俺は溺れたくないです!!」
「ふっふっふ、このレイ様のかぁれぇいなる泳ぎ方を伝授してして欲しいのかぁっ」

 もちろんレイは謎のポーズを取っている。

「あー一応レイは泳げるし、泳ぎ方自体はきっびしく習ってるスからね、大丈夫っスよ。ただ、放っておくと勝手に何か問題が起こって大変な事になるンでお前達もレイに問題がないか見張ってて欲しいってのもあるスよ」

 そう言えば子供達も納得したらしく大きく目を開けてから頷く。レイは自分の出来る事を人に教えるのは実は割合上手い。おそらくはフユのようになんでも教えられてすぐ出来るようになったのではなくいつもかなり苦労して身に着けるから、出来ない相手の気持ちが分かってコツのようなものが伝えやすいのだろう。

「ンじゃま注意として、絶対にあの岩の先にはいかない事、誰か溺れたらこの笛を吹いてこの木を溺れた者に向けて投げる事。絶対に泳いで助けにいこうとかしちゃダメっスよ。あ、レイが溺れたらこのロープを引っ張って引き上げればいいスから」
「はいっ」

 子供の返事は相変わらず気合が入っている。
 ちなみにレイのロープはここへ来るときに乗って来た小舟に括り付けてある。船の舳先から出てる方のロープは木に縛り付けてあるから、まず大丈夫な筈だった。

「いぃぎありっ、おいおいおいっ、俺が教える側なのにぬぁぜ俺だけひも付きなんだっ」
「そりゃーレイが一番溺れるからっスよ。それじゃ注意を忘れないように、岩もスけど、レイのロープが届く範囲で泳ぐっスよ」
「はいっ」

 ビシっと背筋を伸ばしたいい返事に送られて、フユは山の方に入って行った。とりあえず明日からは子供達だけで水場にいけるよう、浜から水場までロープを張って道が分かるようにしておこうと思ったのだ。一部急な坂を上るところもあるからロープを掴めば安全だ……と考えた訳だが、我ながら少し過保護かと思ったりもする。

――ま、ロープだけはいろいろ使い道があるかと思って多めにもってきたっスからね。

 とはいえ水場までの道だけではなく、ついでにいい木をみつけたのでそれにロープを括り付けて海に飛び込めるようにしたのは自分でもどうかとは思ったが。……これはこれでそういう訓練ではあるから、と思っても、弟子達がそれで楽しそうに飛び込むだろうなと思ったのも確かにあったりする。

――ホントに、甘くなったモンっスねぇ。

 フユはしみじみ思うのだった。






 そうして一通りの作業を終えて浜の方へ戻って来たフユだったが、まず遠くから彼等の様子を確認して少し驚いた。

――やっぱ子供は飲み込みが早いっスね。

 それともレイの教え方が良かったのか。見たところでは子供達は普通に顔を出して泳げるようになっていて楽しそうに泳いでいる姿が見えた。それだけではなく、水面から消えたと思ったら暫くして浮かんできて、何かを手に持って大騒ぎしてたりする。どうやら潜る方もそれなりに出来るようになったらしい。
 やはりレイは教える事自体は上手いのか、なんて思ってしまった訳だが、そう思っていると唐突にレイが水の中に倒れ込んで盛大な水しぶきが上がった。

「レイさん溺れたー」
「じゃ俺がいくー」

 子供達は焦らず騒がず、エリアドの方が急いで足のつくところまでいってロープを引っ張りだす。一方のノーマはレイの近くに行って潜って様子をみたようだが、レイの手が届く程近くまでは行っていない。あまりの手慣れた様子に、自分が見ていない間に何回レイは溺れたのだろうと思うくらいだ。
 そうしてレイが無事足のつくところまで引っ張られて立ち上がると、2人そろってレイのところへ一目散に走って行く。

「急げー」

 そこで何をするのかと言えば、急いでレイにくっついている魚を取る事で。
 ふらふらになっているレイの横で子供2人は大はしゃぎをしていた。

「すごいですレイさんっ、今度は2匹もくっついてましたっ」
「本当にレイさんにロープつけて海に入れたら魚とれますねっ」

 そこでフユは思った、あのロープはレイに何かあった時に引っ張るためのものではあるが、意図せずして初日に言っていた通り、レイにロープ括り付けて海に投げ込んだのと同じ状況になっていたらしい。
 そこへフユが歩いていけば、やはり真っ先に気づいたノーマが姿勢を正してすぐそれに気づいたエリアドも同じくびしっと背筋を伸ばす。

「師匠っ、レイさんすごいですっ、こんなに魚取れましたっ」
「はいっ、レイさん天才ですっ」
「あ”〜そぼだろうそぼだろぉ……」

 目をキラキラさせている子供達に対して、力なくポーズを取るレイは疲れ切っていた。

「あー……ところで今日はレイのロープを何回引いたっスか?」

 子供は二人して指で数えだす。そういえば計算方法の勉強もさせないとなぁとフユとしては思ったのだが、数え終わった二人が嬉々として言ってくる。

「4回ですっ」

 ちょっとフユは頭が痛くなった。何故泳げるのにレイはそんなにトラブって溺れかけるのだろう。

「おかげで魚が5匹も取れたんですよっ」

 フユは頭を押さえたまま、疲れ切ってぐったりしているレイに言った。

「レイ、ここからは俺が見るスから、浜で少し休憩していいっスよ。その代わり今日の夕飯の支度は頼むスから」
「お、おぅ……」

 レイはそのまま浜のほうまで脱力しきって歩いていくと、木陰に行ってぶっ倒れた。あの位置なら安全スかね――と思うところだが、見ればまだ腰にはロープがついている。一瞬だけ本人にそれを言っておくかと思ったものの、寝てるだけなので放置しておくことにした。
 だからくるりと子供達に向き直り、フユはいつも通りの笑顔で言った。

「さって、ちゃんと泳げるようになったみたいスからね。やっとここから本来の特訓といくスかね」
「ほ、本来、ですかっ」
「そうっスよ、とりあえず向うの岩からあっちの岩まで、泳いで往復20回てとこスかね。大丈夫っスよ、走るのが泳ぐのになっただけっス。泳ぎの方が楽スよきっと」

 子供達の顔が固まった。





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 レイの魚ネタがしつこすぎますが……多分今回は最後まで使われます。
 



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