幸せぽい日常――夏の特訓編――




  【3】



 ここへ何のために来たかを考えれば、当然ながら朝は早いに決まっている。

「はいはいはい、3人とも朝っスよ」

 とはいえ言っただけでは爆睡している3人が起きないのは予想通りで、だからフユはいつも通りの笑顔を浮かべたまま、ナイフを出してわざと殺気を出すとそれぞれの枕元に向かって投げた。

「ひっ」

 投げるより前に目が開いてナイフが刺さってから飛び起きたのはノーマだ。思った通りこの中では一番気配に敏感だがまだまだではある。

「へ? ……うわぁはいっ」

 次に起きたのはエリアドだが、ナイフが傍に落ちてやっと目が開いたのでは話にならない。

 ボーセリングの犬レベルになれとは言わないが、投げる前に起き上がってくれないと困る。……というか、最終的にはフユがそばにやってきた時点で起きてほしいところである。ただ二人で一人前を想定しているからノーマだけでもそのレベルになれば及第点としてもいいところではある。

「師匠っまだ暗いです、本当に朝ですか?!」
「そうスよ、ほんのちょっと向うが明るくなってるっスよ」
「でも星も出てますしまだ全然暗いですっ」
「大丈夫っス、すぐ明るくなるスから」

 新月の夜中でもなければフユはかなり夜目も効く。見えなければ見えないで気配で動けるから問題ないが、この程度の暗さなら自由に動けるようになってもらわないとならない。

「それじゃまずは山の上に水を汲みに行くっスよ。二人とも桶を持って整列っス」
「うわわわっ、はいっ」

 急いで二人とも立ち上がると、半分手探りで夕べ水汲み用の桶を置いた場所へ向かい、桶を手に取って整列する。どうやら寝起き直後よりは目も慣れてきたらしく、フユが近づいていけばちゃんと2人はこちらを見ていた。

「あのっ師匠っ、レイさんどうしますか?」
「レイさん起きてませんっ」

 背筋を伸ばして言う2人に、フユはあっさり答えた。

「……あぁ、問題ないっス」

 そうしてまだ水が入っている方の水桶を持ち上げると、中身を少しレイの頭に掛けた。

「ぶほぇっ、ぼぼぼばばばばっ、ぶぉうっ、なんだなんだっ」
「おはよう、レイ、朝っスよ」
「うぼぇあ、な、まだ、暗いぞっ」
「特訓は早朝からって決まってるじゃないスか、んじゃいくっスよ〜」

 言って有無を言わさずその首根っこを掴むと、むりやり立ち上がらせてから引っ張って歩きだす。

「ンじゃ2人もいきまスよ〜。今日は場所を教えるために一緒に行くスけど、明日から俺ヌキでいってもらうスからね〜」

 勿論それには子供たちから元気のいい返事が返る。なんだかんだ言っても孤児として2人で生きて来ただけあって、起きても暫くは寝ぼけているなんて事はなく、起きたらすぐきびきび動けるのは褒めてやってもいいだろう。
 この無人島はそこまで高くはないが2つの小さな山があってその1つの頂上付近に水場がある。毎朝の日課として水汲みはいい準備運動になるし、人があまり入っていない道なき山を歩くというのも訓練として悪くない。
 山を上がっていけば、次第に当たりは明らかに明るくなってくる。
 まだ日は出てはいないが、辺りが白っぽくなってきたから暗くて前が見えないという事もない筈で、子供たちも辺りをきょろきょろ見ながらついてきていた。

「ついたっスよ。ここの水は飲めますから、飲み水はここから取ってくるっスよ」
「はーい」

 いって2人は元気よく桶に水を入れる。これを持って運ぶのも足腰を鍛えるのにはいいだろう。そこでフユに半分引きずられる形でここまできたレイが言った。

「フユ……俺ぁはー……何のためにこなくてはならなかったんだぁ……」

 セリフに力がこもってないのはまだ寝ぼけているからである。一応レイもボーセリングの犬としての訓練を受けていたからどうしてこうなのか不思議なくらいだが、目が細目になって体に力が入っていなくてもポーズだけは取る辺り感心する。
 フユは片手に持っていた桶で水を汲むと、今度はレイに頭からざばっとぶっかけた。

「だわわわばーぶへっぼへっげへっぶほへへぇっ」

 相変わらず意味不明の声が上がった後、流石にふにゃふにゃしていたレイの背がしゃっきっと伸びる。

「さぁってレイ、今度こそちゃんと起きたっスか?」
「おいぃっどれだけ俺に水を掛けるんだお前はっ」
「いやぁレイはそうしてずぶぬれ姿が似合うなぁ、流石は水も滴るいい男っスねぇ」
「む、そうか? それは確かに否定できないなっ、ふははははっ」

 そうして髪をかき上げて見せるのがお約束のパターン過ぎて、子供たちも呆れを通り超して呆然とする。
 フユはその間にさっと水と汲み直し、桶をレイに押し付けた。

「じゃレイ、それもって子供たちと一緒に下りてきてくださいね」
「へ? え? お前はどうするんだ?」
「俺は先行って朝食の準備をしてるスから」
「え、おいっ、ちょと待てっ」

 と、レイが騒いだ時にはフユは既にその視界から消えている。まぁレイ1人だったら危ないが、子供たちが一緒なら元来た道を戻るくらいは出来るだろう。今回は弟子2人とついでにレイにももうちょっと体力をつけてもらおうと思っているので、ある程度は2人の訓練につき合ってもらうつもりだった。……逆に、あの2人にお荷物としてレイをくっつけておく事で、いろいろ想定外の事態の対処能力も身に着くだろうという思惑もある。
 昨日の内にこの無人島に本気でヤバそうな動物や魔物がいない事は確認済であるし、何かあっても3人全員でという事もないだろうし、最悪どうしても助けが欲しいなら呼び出し石を使えと言ってあるし、引かれ石も持たせてあるし……とりあえず問題はないだろう。
 荷物がないフユはあっという間に浜までくると、すぐに朝食の支度にとりかかる。

「んー慣れても朝は俺が作る事にした方が良さそうっスね」

 さくっと火を起こして簡易スープを火にかけ、昨日の残りの魚を焼きながら、さて3人はどの辺まで下りてきたかと山を眺めながらフユは呟いた。目よりも耳を澄ませば騒がしい声が近づいてくるのが分かって……それがレイがよく歌っているヘンな歌だったのに苦笑する。どうやらレイが子供たちにも歌わせているらしく、3人の歌声が聞こえてくる。

――一番歌がうまいのはノーマっスかね。

 3人の歌声が楽しそうなのにも呆れてしまうが、そんな事をのんびり思ってしまう自分にも呆れる。
 あたりはもうかなり明るくなっていて、へんな歌以外は鳥の声と穏やかな波の音だけが響いている。こんなのんびりした事を考えてしまうのは、こんなのんびりした空気のせいだろうか――なんて考えながらも、自分が変わったからだという自覚もちゃんとある。少なくとも人殺しが仕事じゃなくなった段階で、自分は変わって行ったのだろう。

「師匠〜、か、帰りましたっ」
「ただいまですっ」
「ふぉぉおぅ、やっと着いた」

 姿を見せたと思ったら、桶を置いて3人は座る。
 フユは今気が付いたかのように彼等の方を見てやると、にっこり笑って(いつもの顔だが)聞いてみた。

「歌なんて歌って楽しかったようスね」

 そうすればレイ以外の2人が慌てて口を開いた。

「それはっ、レイさんがこういう時は歌うものだって」
「はい、歌った方が獣が出ないって……もう少し別の歌が良かったですけど」

 言いながらちょっと顔を引きつらせてノーマが付け足すところを見ると、やはりレイ作詞作曲の歌は恥ずかしかったらしい。

「まぁいいっス、別に怒ってる訳じゃないスから。ただ歌って戻ってくる余裕があるなら大丈夫そうってのを確認しただけっスから」
「……え?」

 ノーマとエリアドはフユの意図を察したらしく顔を強張らせる。ちなみにレイは砂浜に仰向けにぶったおれている。

「もうちょっとで朝食が出来るスから、昨日と同じくそれまで浜辺を往復で走ってきてもらおうスかね」

 やっぱり、という顔で固まる2人だが、ガクリとしたあとに、はーい、と返事を返して立ち上がる辺りは根性があると言っていいだろう。

「あ、勿論レイもっスよ」
「えぉえっ、何故っ」

 レイががばりと起き上がったので、また首根っこを掴んで無理矢理立たせた。

「それでは行ってきてください。まさか子供より先にバテたりはしないっスよね」

 こくこくとレイが頷く。フユはレイを回れ右させると背中を押した。

「では、いってらっしゃいっス」
「ふぁ〜い」
「はーい」
「ふぉーい」

 そうして走りだす3人の泣きそうな返事を聞いて笑顔で送り出してから、フユは朝食の支度に戻ったのだった……が。
 暫くは順調に走っているらしく何週目かのカウントをしている声が聞こえてきていたのに、それが途切れたところで見てみれば、3人はぐったりと浜辺で座っていた。

――んー……まだちょっと体力不足だったようスね。

 思った以上に疲れが残っていたらしい3人は、早くも体力切れになったらしい。ここで彼等に怒る事はなく、ちょっと飛ばし過ぎたかと思うあたりも自分がずいぶんお気楽思考になったところだとは思うが、とりあえずまだ始まったばかりだからいい事にする。
 ただ流石にそこでノーマがフユに気づいたらしく、エリアドに言って二人して立ち上がった。

「すみませんっ、ちょっとだけ休憩してましたっ」
「すみませんすぐ走りますっ」

 勿論レイはまだぐったり座っている。

「いえ、もう出来たっスから、こっちきて座っていいっスよ。あぁ、ついでにレイも引きずって連れてきてもらえるスか」
「了解ですっ」

 と、すぐに答えた後、2人は顔を見合わせてからまた声を張り上げた。

「師匠ーその前に海に入っていいですかっ、汗と砂でべとべとなんでっ」
「いいっスよ。……あぁ、ついでにレイも引きずって海にぶち込んでから連れて来てくれるっスか」
「了解ですー」

 子供たちは水遊びが楽しかったようで、走って汗をかくたびに海に入っていいか聞いてくる。

――海に入るのが楽しいなんて言ってられるのも今の内スけどね。

 などと思いながらのんびり子供達(とレイ)が海に入ってきゃっきゃっと騒いでいる姿を眺めていれば、また一際大きい声がしてフユは目を凝らす。

「あーレイさんっ、髪髪っ」
「髪に魚が食いついてるっ」
「おぉう、どぉりで頭が重いと思ったらっ」

 レイの金髪に何故か魚が食いついている。
 どうやら本気でレイを海に落とすだけで魚が取れそうだと思いつつ、だがサメあたりが連れたら流石にマズイかと考え……それでもレイなら意味不明の幸運を発動させて死なないのではないかと思うフユであった。




---------------------------------------------


 なんか朝起きて朝食までだけで1話使うとか……すみません、次回はちゃんと特訓になる筈。
 



Back   Next

Menu   Top