仮面と嘘と踊る人々




  【2】



 騎士試験にはダンスの項目がある。
 だから騎士の称号持ちなら最低限のダンスは出来る筈ではある。ただセイネリアいわく、もともと好んでやりたくもないから最低限しか出来ないしそれでずっとやっていなかったから忘れた、と言われればシーグルだっておかしいとまでは思わなかった。

 なにせセイネリア・クロッセスのイメージとダンスが似合わなすぎる。
 彼が好んでやりたくないのは納得できるし、それなら彼だって踊り方を忘れていても仕方ない。

「ここで手を離して……おい離せ、セイネリアっ」
「あぁ、そうだったな」

 そんな訳でシーグルはセイネリアのダンスの練習台をする事になった。……のはいいのだが、セイネリアの練習相手をするとなれば当然シーグルは女性パートを踊らなければならない訳で、そちらはシーグルだって慣れている筈がない。

「シーグル様、もう少しそこは相手に体をつけてください」
「う……わ、分かった」

 そしてシーグルに女性パートの踊りを教えてくれているのはカリンだったりする。

「おいセイネリア、やはりお前がカリンと踊ればいいだけだと思うんだが」
「いいじゃないか、お前の方が身長的にやりやすいんだ」
「だが練習なら最初からちゃんと踊れる人間と組んだ方が……」

 何度も言っているがその方が絶対いいとシーグルは思う、のだが。

「シーグル」
「なんだ」
「正直を言うと、俺としてはダンスの練習なんぞやりたくはない」
「そ……そうか」
「だがお前とならやろうという気になる、だから付き合え」

――なんだその理論は。

 偉そうにそう言い切られれば呆れすぎて反論も出来なくて、結局シーグルは大人しくセイネリアに付き合うしかなかった。

「……セイネリア」
「なんだ?」
「腰を引き寄せるのはいいが、撫でるな」
「いや、お前はやっぱり細いと思ってな」
「うるさい」

 蹴ってやろうか……と思ったが、大したダメージにもならなそうだしへたすると避けられそうだしと思いとどまる。
 セイネリアといえば、本気で真面目にやる気があるのかないのか、ダンス中にやはり過剰なスキンシップをしてきて、隙さえあれば体を擦り付けたり腰を引き寄せたまま離さなかったり尻を撫でてきたりとやりたい放題だった。その度にシーグルが怒ってダンスが止まるのだから、なかなか通しでちゃんと出来る事がない。

「お前は本気で軽いな」
「馬鹿かっ、抱き上げようとするなっ」
「シーグル様、そういう時はそのまま後ろへ背を倒してポーズを取ってください」
「え? あ? あぁ、こ、こうか?」

 セイネリアを怒っていれば、カリンからも注意を受けるという事がよくあって、シーグルとしてはやたらと神経は使うわセイネリアの態度にムカつくわとなかなかに体力と精神力の消耗が激しかった。

「お前、講師を始めてから少し痩せたろ。それじゃ続けさせる訳にいかなくなるぞ」

 しかもセイネリアはやたら楽しそうに、手を組めばこちらを怒らせるような、茶化すような事ばかり言ってきて、シーグルとしては本気でこの男はダンスをする気があるのかと呆れるしかない。

「少しだけだろ、ちょっと疲れて食欲が落ちた程度だ。慣れたら戻る」
「ふん、これは無理矢理食わすしかないか」
「やめろっ、無理に食ったら吐くぞ俺は」

 売り言葉に買い言葉というべきか、彼の思惑通りムキになって反論をしているのがいけないと思うのだが……ともかくそうして、最早ダンスの練習というより『セイネリアと手を繋いで体をくっつけて喧嘩をしている』ような状況のまま、それは寝る時間になる直前まで続いた。

 当然、終わった時にはもう風呂でさえぐったりしていて、セイネリアの悪戯にも文句をいう気力がないという状態で。ここまでが全部こいつの企み通りなんじゃないかと思うくらいだった。







 翌日は登城する日だったのもあって朝は少し忙しかった。
 それでも今日はいろいろスムーズに進んだためシーグルとしては焦るような事はなかった。

 とりあえず、出かける時間が決まっていると、セイネリアもベッドでいつまでもごねないで適度なところで起きてはくれる。……まぁ今朝は彼の機嫌がいいせいもあるのだろうが。本来なら登城する前夜は付き合わないのだが昨夜は一回だけという約束で付き合ってはやった。馬鹿丁寧にされた上にそこまでしつこくなかったから体にほぼ影響はない。というか、さすがにこれだけ一緒にそういう関係でいる訳だから、セイネリアも今は『翌日に影響しないやり方』というのを分かっている。だからシーグルもどうしてもという時は明日に用事がある時でも付き合ってやる事があるのだが、そもそも普段からそういうやり方にしろと言えば『たまには思いきりお前を感じたいだろ』という訳で、たまには翌日一日使い物にならない状況になる事もある、という訳だ。

『俺に我慢させすぎると、どんどん加減できなくなるぞ』

 なんていう強迫のような事を言ってくるのだからどうしようもない。それでも憎らしい事に、本気でシーグルが困る事態にはならないように調整するからこちらも結局どうしてもでない限りは許す訳だが。

「シーグル、こっちだ」

 馬車の中へ入れば、向かいに座ってもすぐ不満そうにそういわれて、彼の横に席を変えるのもいつもの事だ。セイネリアとしては膝の上に座れという事だが、それは流石に余程何か彼に貸しがある時にしかしない。
 ただまぁ、横に座っても兜を外されて、キスされたりはいつもの事で。
 馬車の窓にはカーテンが掛かっているから外からは見えないとはいえ、本当に困ったものだとシーグルは思う。

 それでも当然、シーグルにとって登城それ自体は楽しみな事ではあった。
 なにせ息子の顔を見る事が出来るのだから。
 以前は毎日だったのが現政権の安定と共に行く日が減り、今では大体5〜10日に一度くらいしか行く事はなくなった。その代わり、行く日と時間は事前にきっちり決めているため、前のようにシグネットと会わずに帰ったり、勉強中を遠くから眺めるだけで帰る事はなくなった。シグネットはセイネリアが来る日はきっちりその時間を空けている。

 年月が過ぎるのは早く、シグネットももう子供とは言えない歳だ。シーグルが冒険者を始めたくらいにはなったので、勉強だけではなく王としての仕事もロージェンティ付き添いで行うようになった。
 だからこそ忙しくなって、前のように顔を見に行く程度が出来なくなったのだが。
 城につけばまず最初は謁見の間で、定型文でのやりとりをしなくてはならなくなったも今は仕方がない。だがその後、王の執務室へ行ってからの時間で、シグネットは素に戻る。

 ただ今日は、先に執務室に行っていて欲しいという事で、セイネリアとシーグルは暫くシグネットが来るのを待つ事になった。その理由は……シグネットが部屋に入ってきた姿ですぐに分かる。

「じゃじゃーん、どうかな、これ?」

 ノリノリで部屋に入ってきたシグネットは、仮面をつけてドレスを着ていた。ちなみにその後ろではやはり仮面をつけてドレスを着たメルセンだろう人物がやたらとがっくりした様子でいる。ちなみにその横には弟のアルヴァンがいるのだが、さすがにガタイのいい彼に女装をさせるのはやめたのか、熊の毛皮を被って毛っぽい服を着ている。これは熊の仮装なのだろう、多分。

「あぁ、似合うぞ。さすがあいつの息子だ」

――それを言うか?

 シーグルが思わずセイネリアを睨めば、それを分かっているだろうセイネリアは笑っている。

「うん、やっぱり似合うよね。だって、こういう恰好してお世辞なしで似合ってるって言って貰えるのはあと2,3年だろってウィアが言うからさー、ならちょっとやってみようって思ったんだよね」
「そうでもない、お前の父なら二十歳を過ぎても十分似合った」

――いやだからそこで俺を出すな。

 本気で蹴ってやりたいが、さすがにシグネットの前で出来る訳がない。

「んー確かに母上も、父上だったらもっと綺麗だって言ってたからなぁ」

 妻までそういう認識だと思うとシーグルとしては落ち込みたくなる。そしてそれに対する怒り持っていき場は、当然だが嬉しそうにその話を聞いているセイネリアになる。
 そこへ弱弱しくも恨みがましい声が入ってきた。

「へ、陛下……私はその2,3年を過ぎているのですが……」

 メルセンが泣きそうな声でそう言ってきたのに、シーグルとしては気の毒になる。

「だからちゃんといろいろ誤魔化しが利くドレスを選んだじゃないかー。俺がやるんだからメルセンも付き合ってよ。だいじょーぶだいじょーぶ、ちゃんと似合ってるから♪」
「恥ずかしくても仮面してるから大丈夫だって兄さん」

 我が息子ながらさすがにメルセンには謝りたくなるシーグルだが、腕も首もうまく隠れるようなドレスを着ているだけあって、ちょっと背が高めだが、仮面をつけていれば知らない人間なら女性にはちゃんと見えるとは思う。

「しかしよく母上が許してくれたな」

 嬉しそうにセイネリアの前でポーズを取って見せるシグネットにセイネリアが言えば、天真爛漫を絵にかいたような性格の少年王は胸を張る。

「まぁね。俺が父上にそっくりなら、これくらいの歳の父上のドレス姿を見てみたくありませんかって聞いたら許してくれた」

――ロージェ……。

 シーグルは落ち込みに追い打ちを掛けられて頭を押さえた。セイネリアは声を上げて笑っている。

「それに今回は将軍がいるからね。じゃないとこういうハメ外した事は出来ないじゃないか」

 我が子ながらそのやんちゃぶりというか、周囲の振り回しぶりには困ってしまうが、それでもこれがただのわがままではなく、たくさんのゲスト達を楽しませたいというサービス精神的な部分に起因しているのは分かっている。
 なにせシグネットはウィアを見て育っている。だから我が儘を言っているようでも、最終的には周りの人間を笑顔にするのをシーグルは知っていた。

「これでいつもムッツリしてる連中にダンスの相手をしてもらったら、その反応とか面白そうでしょ?」
「ちゃんと踊る気なのか?」
「勿論、舞踏会だからね♪ 将軍がいるのならって事で母上にも了承は取ってるよ」

 そしてただ無邪気なように見えて、ちゃんと王として考えるところも考えているというのは我が子ながら感心してしまうところだ。本当に、王として立派に育っている息子を見ればシーグルは目が熱くなるのを押さえきれない。
 そうしてシグネットは最後に仮面を外すと、ウインクをしてセイネリアに言った。

「ちなみに最初のダンスは将軍とだからね。そこで思いきり皆を驚かせようね!」
「分かった。確かに連中度肝を抜かれるだろうな」
「でしょ♪」

 ただ、こうして少し意地の悪い企み顔をするのはセイネリアの影響だろうな、と思わずにはいられなかったが。




---------------------------------------------


 シーグル、大変だな。
 



Back   Next

Menu   Top