仮面と嘘と踊る人々




  【3】



「なぁぁーーに企んでるんだ」

 いつも通りの将軍府の執務室、書類を持って来たエルが入って来て言った第一声がそれだった。
 ちなみにシーグルは現在キールのところで事務仕事に没頭している。双子やエルも大分慣れたが、やはり宮廷関係の文書は貴族用の言葉が多すぎてシーグルでないと分からない事も多い。だから事務仕事が多い時期はシーグルが向うに行きっぱなしになる事は割とある。それで忙しいシーグルの代わりに、一緒に仕事を手伝っていたエルが書類を持ってきたというところだ。

「どの企みの事だ? なにせ常にあれこれ企んでいるからな」

 エルの聞きたい事は分かっていたが、セイネリアはわざとそう答えた。エルもエルで、揶揄われていると分かっていてもそこでカっと頭に血が上るのはいつもの事だ。

「あぁ? 舞踏会のダンスの練習にわざわざレイリースを付き合わせてる事について言ってるに決まってンだろ!」

 そこで白々しくも、そうか、なんて今気づいたように返せば、エルは更に近づいてきて執務室の机に手を付いた。

「絶っってーあんたの事だから何か裏があんだろ!」

 と、喚いてから、彼は急にため息をついた。セイネリアが何も言わずに待ってみれば、それから暫くしてエルがやけに複雑そうな難しい顔をして聞いてきた。

「……レイリースに女装させて本当に舞踏会で一緒に踊る気なんだろ?」

 エルにしては随分察しがいい、と思いながらも、まぁハタから見ればバレバレだろうなとは思う。気づかないのはシーグル本人くらいだろう。セイネリアはそこで笑って彼に聞いてみた。

「エル、お前も出るか?」
「……舞踏会に?」
「そうだ」
「ばっか、ざーけん……」

 な、と最後まで言わずにエルは黙って考え込んだ。彼が貴族達の集まりなんてモノに出たがらないのは知っているが、レイリースの女装なら見てみたいとは思っているのは間違いない。

「何、行くなら黙って突っ立ってればいいだけの役があるぞ。していく恰好もお前的に嫌がるようなものじゃないのは保証してやる」

 人の悪そうな笑みで彼にそう言えば、付き合いだけは長い彼はこちらを疑わしそうに見ながらも興味を示す。だからセイネリアは、彼に耳を貸すように言ってから彼の役を伝えてやった。







 セイネリアがダンスの練習に付き合え、と言い出してから4日目。毎晩寝る前に付き合う事になって正直シーグルとしては疲れている……のは仕方ないとして、その日の練習には何故かアウドとソフィアがいてシーグルは驚いた。

「何故お前がいるんだ?」

 とまずアウドに聞いたのは当然の事ではある。アウドは困ったような顔をしてソフィアを見ると言ってきた。

「いやその……えーと……」

 困ったように頭を掻くアウドは目が泳いでいる。これは明らかにセイネリアが何か企んでいる、と思ったシーグルがセイネリアを睨めば、彼は上機嫌で説明しだした。

「いい機会だからな、ソフィアに一度くらい舞踏会に出てみないかと言ったんだ。女なら一度くらいドレスを着てそういうのに出るのに憧れるものだろ? で、ウチにいるお前の事情を分かっている連中でダンスが踊れそうなのはそいつしかいない」

 確かに、騎士試験に受かっている段階でアウドなら最低限は踊れるはずではある。ソフィアに一度くらいそういう世界を見せてやりたいというのも分かる。理由としては納得できる……が何か引っかかるものがどうしてもあった。

「勿論警備役も兼ねてるがな。なにせ王が他の人間に紛れて参加する訳だ、フユだけではなく会場内で参加者達を観察する役はいた方がいいだろ? それにソフィアならいざとなればすぐにシグネットの傍に行って助ける事が出来る」

 そういわれれば疑問をぶつける余地がない。
 そもそもソフィアなら会場にいなくても転送でいつでも来れるし千里眼も使えるし現地にいなくても問題ないのではないか? ……と思っても、そのついでにソフィアに女性が憧れるような煌びやかな世界を体験させてやろうと思ったと言われればおかしくはなくなる。
 しかもソフィアがいかにも『私お邪魔でしょうか?』とでもいいたげな困ったような悲しそうな顔をこちらに向けてくれば、シーグルにはそれ以上言える言葉は何もなかった。

 そうしてその日から舞踏会の日まで、シーグルは毎晩アウドやソフィアと一緒に、セイネリアのダンス練習に付き合う事になったのだ。






 舞踏会当日、何か裏がありそうだと警戒はしていたシーグルだが、とりあえず今のところは特に想定外の事は起きていなかった。

 こういう席でのシーグルの役目といえばあくまでセイネリアの側近で、護衛も兼ねた(セイネリアに護衛が必要かというのはおいておいて)部下扱いであるから基本は主(あるじ)に呼ばれない限りは壁で待機している事になる。当然参加者扱いではないから仮装も仮面も必要ない。
 シーグルはいつも通りのレイリース・リッパ―としての鎧姿で、一応仮装したセイネリアと、今回はそのパートナーとしてドレスを着たカリンと一緒に馬車に乗って城まで出発した。将軍府からは護衛の他に馬車がもう一つ出ていて、そちらにはソフィアとアウド、その護衛役としてエルが乗っていた。ここまで特に問題はなく想定内に進んでいた。……いや、エルがこういう席にくるのには少し驚いたが、彼いわく『他に行ける奴がいないだろ』という事で別におかしいとは思わなかった。

「そういえば……アウドとソフィアは、どういう身分という事になってるんだ?」

 仮面舞踏会はその性質上、入場時の身分チェックはかなり厳しい。セイネリアとシーグルは普段から仮面をしているのもあっておそらくそのまま入れるとは思うが、受付では仮面を取って招待状か紹介状を見せる必要がある。勿論魔法使いもいて偽物でないかのチェックもある。

「アウドとソフィアはナスロウ家の親戚筋という事でナスロウ卿から紹介状を貰ってある」

 セイネリアはさらりと何でもないように言ったが、それはシーグルにとっては聞き流せない名であった。

「ナスロウ卿? そういえば前にもその名を使っていたが……まさかお前、現ナスロウ卿と本当に知り合いなのか?」

 実は前にも、架空の貴族名をでっちあげる時にセイネリアはその名を使ったのだが……セイネリアの事だからその時は首都から遠い地方貴族の名を勝手に使ったのだろうと思っていた。だがこれが、本当に知り合いというなら話は別だ。

「あぁ、結構前からの知り合いだぞ。それに俺は前にナスロウ家の代理後継者だったことがある」
「……代理後継者? どういう事だ?」
「まぁいろいろあったんだ、話すと長くなる。聞きたいなら後でなら好きなだけ聞かせてやるさ」

 そういわれればシーグルも今は黙るしかない。
 ナスロウ家と言えば元旧貴族で、しかもシルバスピナ家のようにきちんと代々当主はマトモな騎士として国に仕えてきた家だ。祖父も先々代のナスロウ卿とは交友があったらしく、その名を何度も聞いたことがある。それに旧貴族でなくなった原因でもある、養子となった先代ナスロウ卿は騎士としてとても素晴らしい人物で、騎士団には彼の英雄としての逸話がいくつも残されているくらいだ。

「……分かった、あとで聞かせてくれ」
「あぁ、今夜にでも寝物語に聞かせてやる」
「出来ればその前に聞かせてもらいたいんだが」
「残念だが、まずヤってからでないと俺が落ち着いて話す気になれない」
「お前……」

 そのやりとりにカリンは笑っているだけで、ただどうやら彼女は事情を知っているらしい感じであった。前の時に聞かなかった自分が悪いとは思うが、あれはあれでシーグルにとってはあまり思い出したくない話であったという事情もある。

 ただそこから間もなく馬車は城に到着したから、その話はそれまでになった。シーグルは先に馬車から降り、セイネリアとカリンのために降りるための台を用意する役目があった。基本的にセイネリアの側近としての役目は変わらないが、今回はカリンにも気を遣わねばならない。

 ちなみに今回の仮面舞踏会におけるセイネリアの仮装だが、森の狩人、らしい。流石に席が席であるから本当の狩人よりは上等で多少装飾のある恰好をしているが、肩に掛ける弓は本物で、背負う矢筒も本物だから何かあったら使うつもりだろう。セイネリアはこれはこれで楽だからいいぞ、と恰好の所為なのか何かやはり企んでいるのか上機嫌だった。ちなみにカリンは仮面だけで普通にドレス姿だ、これには少々事情がある。

 仮面舞踏会という名の通り、参加者は仮面をつけるのが基本ルールになっている。そしてもう一つの重要なルールは身分を気にしなくていいことだ。そのために『誰が誰か分かっても知らないふりをする』のがお約束で名を聞いてはいけないという事になっている。……と、そこまでが絶対のルールで、実は仮装はあとからついたモノである。元は身分を偽って構わないという事から絶対に本人と分からないだろう恰好をしていくのが流行って、そこから仮装になったらしい。少なくともシーグルはそう聞いていた。……ただ実際、そんな面倒なモノに参加したくはなかったのでシルバスピナ卿としては一度も出た事はなかったが。

 そんな訳で、仮面さえしていれば別に仮装は絶対しなくてはならない訳ではなかった。特に女性は仮面だけで仮装までする者はほぼいない。どうやら伝統的に身分がある者程仮装をすることになっているらしく、貴族の当主はまず何かしらの仮装をして行くのが普通だった。だから女性で仮装をしている者は大抵女当主である場合が多い。

 勿論誰が誰か分からない状態であれば、何かよからぬことを企む者が紛れ込む危険がある訳であるから、受付での確認が他のパーティー類より厳しいという事情があるのだ。




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 ナスロウの名前は、実はWEB拍手の小話で使ったことがあります。
 



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