強くなるための日々
シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話



  【2】



 導師の家についたらまず桶の水を瓶に入れて、それから蔵に行って今日の分の薪をとってくる。その際、残り量や天気によっては薪割りをする事もある。今日はする必要がなさそうだったが、必要がある時はシーグルは率先して薪割りをした。
 セイネリアから前に聞いた話だと、彼は森の番人の弟子時代に薪割りと森歩きで体を鍛えたらしい。前にセイネリアに習って一応そこそこ薪割りも出来るようにはなっていたし、シーグルが鍛える上でまず一番わかりやすく鍛えなくてはならないのは筋力と体力だ。だからアウドがやると言ってもシーグルは譲らなかった。……勿論、悔しい事に実際やればアウドの方が上手くてシーグルがやったほうが効率が悪いのだが。

 そうしていれば起きてきたらしい家の主であるリッパー導師が外に出てくるから、まずは朝の挨拶をする事になる。

「おはようございます」
「おう、おはよう」

 アウドと二人で頭を下げれば、導師はそこで朝の体操を始める。それは騎士団でやっていたようなものとは違って武器を持たずに型だけをなぞるような動きで、シーグルとアウドもマネして一緒にやっていた。
 ただこちらがその動きを覚えるまでは導師はずっと同じ動きをしていたのに、覚えたと思ったら途中で違う動きを入れるようになって、たまにこちらが混乱するのは……確実にわざとなのだろう。

「今日は良い天気だ、少し見てやろう」

 体操が終わって導師がそう言ってきた時は運がいい。

「はいっ、お願いします」

 シーグルが嬉々として剣を持つとアウドも苦笑して剣を持つ。そうしてすぐに剣の打ち込み合いを始める。これは手合わせのような試合形式ではなく、片方10本づつ交互に剣を相手に打ち込むという訓練だ。勿論攻撃役は単純に同じ個所に打ち込むのではなく相手に当てるつもりで打ち込む、守備役の方は受けるための訓練であるから体に当てられないように必死に受ける事になる。
 さすがに刃がない練習剣で行うが、完全装備でやっていないのもあって打撲程度の怪我は日常茶飯事だ。それでもここなら軽傷くらいはすぐに導師が治してくれる。
 ただ勿論、導師が見てくれているのはそうした治療のためではない。

「てぇっ」

 アウドが声を上げたのは、導師に横から足を長棒で叩かれたからだ。

「右足の引きが遅いっ、自分で遅れるのが分かっているなら意識して動かせっ」

 エルの養父であるリッパー導師の武器はエルと同じ長棒である。それでこうして打ち合いをしていると悪いところを横から叩いてくるのだ。
 いくら今は問題なく動く筈といっても、アウドはやはり怪我をしていた方の右足を庇う動きをするクセがついている。動く時はまず左足が動いて右が遅れるのは仕方ない事で、こうしてリッパー導師によく叩かれていた。

「お前は剣を振るリズムが同じになっている。意識してずらせ」
「はいっ」

 言いながらシーグルは背中を叩かれた。といっても、痛い、という程ではないが。ただ疲れてくると足の動きが遅れたり、剣の軌道がずれだすので、そうなるとシーグルも容赦なく叩かれだしてアウドの事を他人事のように見ていられない。
 そうして疲れ切って相当動きが悪くなってきて、二人とも叩かれまくるようになってきた辺りでソフィアが顔をだして朝の訓練は終わるのだ。

「皆様、朝食の時間ですよ〜」

 その声と同時にアウドと二人して座り込むのが、情けないことに今では導師に見てもらっている時のお約束になってしまった。





 そうして朝食は朝食で、シーグルにとってはやはり訓練であった。

「レイリース、多いか?」
「……はい」

 目の前に配膳された食事を見て、シーグルはまずはハッキリと正直にそう答えた。毎日少しづつ量を増やしていく……とは言われていたが、今日は昨日に比べてちょっと増やし過ぎだろうと思う。
 そうすればリッパー導師は豪快に笑いながら言ってくる。

「ならその多い分は横のお嬢ちゃんにならやってもいい。だが忘れるな、そのお嬢ちゃんがもし太ってどうしようと悩む事になればお前のせいだからな!!!」

 どういう理論なんだと思ったが、そう言われてしまえばなんだかソフィアに貰って貰うのは気が引ける。というかそもそもアウドに食べてもらうのならそこまで気にならないが、食えない分を女性に食べてもらおうという事自体が男として情けなさすぎる。

「勿論、食事を残すなどというのは言語道断っ、お嬢ちゃんに頭を下げるか食べるか二つに一つだ」

 シーグルは考える。だが無理をしてもこの量は厳しい。かといって女性に食べて欲しいなんていうのは男として情けないし、そもそも彼女に対して失礼ではないだろうか。勿論シーグルだって食べ物を粗末にする気はないから捨てるなんていうのは選択肢にはなく、ここはソフィアに頼むべきか、導師に頼み見込んでアウドに食べて貰う許可をもらうか……。

「レイリース様、大丈夫です。ちゃんと動いてますから私、そう簡単には太りません」

 ソフィアはそう言ってくれるが、なら頼むと即決断出来るシーグルではない。

「導師、その、俺が貰うんではだめでしょうか?」

 アウドもその辺りは分かっているから、シーグルが聞くより早くそう聞いてくれる。

「だめだ、さぁレイリースどうする!!」

 シーグルは食事を見つめる。それから意を決して食べ始めた。……が、やはり無理なものは無理で、最初は勢いに任せて食べようとそれなりのスピードだったシーグルの手は途中から遅くなりだし、ついには伸ばした手が食事を掴めずに止まる。

「レイリース様、大丈夫です、残りは私が食べます!」
「導師、お願いします、俺が!!」

 ソフィアとアウドが自分の食事もそっちのけで訴えている中、シーグルは腹から食べたものが競りあがってきそうな状況と戦っていた。もちろん手は止まったままだ。

 ……だが、そうしていれば唐突にリッパー導師が笑い出した。

「よぉしっ、もういいぞ。あとは供の二人のどちらが食っても構わん。なに、ちょっとお前さんの現状の限界というのを知りたくて意地悪してみただけだ。最初に来た頃に比べればかなり食えるようになったじゃないか。まぁそれだけ腹いっぱいだとすぐ訓練という訳にもいかんだろうからな、少し横になってろ、ただ吐くなよ」

 シーグルはほっとした……が、吐くなといわれているからまだ気を抜く訳にはいかない。言っておくが導師は訓練では厳しいが、それ以外ではさすがエルの養父というだけあって気さくでノリのいい人物だ。だから突然そんな事を言い出してどうしたのだろうと思ったのだが……やはり本気で言っていた訳ではなかったという事だ。
 リッパー導師は基本は戦闘職特有の豪快で情に厚いタイプの分かりやすい人物ではあるのだが……たまにこうしてシーグルに対して悪ふざけというか、本気か冗談なのか分からない無茶を言ってくるのが困る。

「すまない、あとは頼む……」

 押さえないと出てきそうで、思わずシーグルは口を押さえて席を立った。それをアウドとソフィアの返事と導師の豪快な笑い声が見送った。

――これをセイネリアに言ったら笑われるんだろうな。

 苦しさを耐えながらも、ちょっと離れの部屋で座り込んでシーグルは思う。
 離れる代わりの義務として、シーグルは毎晩セイネリアに連絡しなくてはならなかった。連絡といっても単にその日起こった事をだらだらと言うだけなのだが、特にセイネリアはその手の他愛ない日常話の方を詳しく話せと言ってくるのだ。彼いわく、お前が次にあった時どれくらい強くなっているかが楽しみだから訓練の話はあまり詳しく話さなくていい、という事らしい。だからそういう、どれだけ食べれるようになったとか、こちらは雪がどれだけ積もっているかとか、薪割りをどれくらいしたかとか、ソフィアやアウドに怒られたエピソードとか、その手の『こちらでどんな生活をしているか』というような話を聞きたがる。そういう話をすると楽しそうな彼の声が返ってくる。
 そして最後は必ず、会いたい、触れたい、抱きしめたい、と続くのだ。

――それで俺が罪悪感にさいなまれるのもあいつの計算なんだろうな。

 とは思っても、いつも言ってくる最後の言葉が嘘偽りのない真実であることもシーグルは分かっている。本当は放したくなかったという彼の本音を分かっているからそれを非難なんて出来る訳がない。

 早く、強くならないと……と考えても今は動ける状態ではなく、シーグルは溜息をついてがっくりと壁に寄り掛かる。
 この分だとまともに動けるようになるのにかなり時間が掛かるかもしれない。もう少しマシになったら少しアウドに付き合ってもらうとして、大神殿にいくのは午後からの方がいいか……目を瞑って考えているうちにシーグルはうとうととし始めていた。






「負けず嫌いで意地っ張りで限界までがんばるだけがんばってからぶっ倒れる――ような奴だから気をつけてやってくれ、とエルから言われていたが、さて……今頃ぶったおれているところかな」

 リッパー導師のその言葉に、アウドは笑顔を引き攣らせた。

「えぇまぁ……倒れてそうですけどね」
「あのその……どうやら眠られているようです」

 言われてソフィアがシーグルを『見た』らしく、彼女が言い出せば導師は「お嬢ちゃんの能力は便利だな」といいながらまたガハハと豪快に笑う。

「まぁいいですよ、あの人はいつも気を張り過ぎてますから、寝てるなら少し寝ててもらいましょう」

 言ってアウドはシーグルが残して言った食事に手を伸ばす。……と、丁度そのタイミングがソフィアと重なって思わずアウドは手を止めた。

「あー……導師様もああ言ってる事だし、無理してあんたも食わなくてもいいんだぜ」
「あ……あぁいえ、その……」

 そこでちょっと顔を赤くして下を向いた彼女を見て、アウドも察した、というか思い出した。

「あぁいや……うん、ま、無理しないくらいでな、ちょっとつづ食っときな」
「はい」

 ソフィアがにこりと笑って、嬉しそうにシーグルの残したモノを貰っていく。見ればちゃんとソフィアの食事は少な目になっていて、最初からシーグルの残した分を食べる事前提だったようだ。そういえば食事を盛り付ける時に導師がソフィアのところに行っていたから、おそらくこの食事量の調整は導師が指示したのだろうとアウドは思う。

 ちらと見れば、にっと笑って返してくる辺り食えない親父だと思う。悪い人間ではないしシーグルに対して親身になってくれるのは確かだから抗議まではしないが、真面目なシーグルを揶揄って遊ぶところがあるのは困ったものだ。

 とりあえずアウドはここへ来る前に聞いたエルからの注意を思い出した。

『あー親父様だがな、基本的には逆らわない方がいいぞ。あと悪意はないんだがたまーにわざとこっちを困らせて楽しむような事をすっから……まーそんときは諦めろ。本気で困ったら言えば許してくれっ筈だしよ。悪気はないし基本は優しい人だからな、ただちょっと親父の割りにお茶目すぎるっていうか……いや、正しくない行いやサボりとかにはすっげー厳しいんだけどよ、レイリースに関してはそれで怒られる事ないだろうし、だから多分遊ばれるだろっなーとか……』

 あぁはい分かりました、と心の中で呟いてアウドはまた溜息をついた。
 けれどまた、食事の後にうたたねなんてらしくないシーグルの事を思えば最後は苦笑になってしまうのだが。




---------------------------------------------


 なんかいろいろ文章延びすぎて半日しか終わらなかった……。
 



Back   Next

Menu   Top