強くなるための日々
シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話



  【1】



 アッテラ大神殿のあるジクアット山は、山一つが丸々修行者達の訓練場のようなものだった。大神殿は頂上付近にあって、神官修行の者達は最初は皆その近くにある大きな建物で共同生活をし、ある程度認められたらそこを出て山中の好きなところで修行をする事になっているらしい。
 とはいえ建物から出されても野宿になるという訳ではない。ずっとその伝統が続いているから探せば至るところに小屋があって、空いている好きなところを使っていいことになっている。当然、荒れているところを使う場合は掃除や補修が必要になるが。

 ちなみに、神官になりに来た者ではなくてただ修行に来た者に関しては、最初の共同生活の部分がなく山の好きな場所で各自修行をしろというスタンスだ。
 ただどちらもさすがに冬場は全員大神殿にある建物で過ごしていいことにはなっていた。

 実際の修行に関しては、共同生活をしている連中は当然予め決められたスケジュールに沿って訓練が行われるが、大神殿外で各自修行している連中は基本的は全て自分で決めて自由にやれという状況だ。ただそれは別に放置している訳ではなく、自由に大神殿で行われる訓練に参加しても構わないし、大神殿にいる導師達に相談したり稽古をつけて貰う事も可能だった。また、神殿外にいる他の者と一緒に修行したり、あちこちの連中に片端から出向いていって手合わせをして回ったりする事も出来た。

 だからジクアット山はアッテラ神官修行の場だけではなく、いろいろな者の戦い方や訓練方法を見たり実際戦ったりできる場所として、強くなりたい連中が集まる修行場になっていた。

 という事であるのだが、シーグルの場合はただの修行者というだけでなくいろいろ特別扱いをしてもらってはいた。
 主に、特別扱いの理由の一つは顔を隠さなくてはならない事情のためで、二つ目は魔法使いの秘密を知っていること、そして三つめはセイネリアの大切な人間、つまりシーグルが無事かどうかでこの国が平穏であれるかどうかが決まるという理由のためだ。

 勿論これらの理由の全てを完全に承知している人間はこの大神殿の最高位にいる人物――ここでは大師と呼ばれる――しかいない。ただ理由を全て理解していなくても、ある程度分かっている人間としてエルの養父である導師がいた。
 なので特別扱いとして、シーグル達はエルの養父であるリッパー導師の家の離れにある部屋を使わせて貰える事になり、代わりに家事を担当する事になっていた。

「ではお二人共、行ってらっしゃいませ」
「あぁ、行ってくる」

 早朝、とは言っても冬の空はまだ薄暗い。いくら早起きが得意なシーグルでも完全に真っ暗な時間は危険だから出て行かないが、空が青っぽくなって来だしたら起きてまずは水汲みに向かう。勿論、外へ出て行く時は基本一人で行動しないでアウドが付く。
 その間にソフィアが朝食の準備をして、水汲みが終わったらアウドとシーグルは朝食まで軽く剣を振る。そこは毎日変わらず日課となっていた。

「シーグル様、足元に気を付けてくださいね」
「俺よりお前が気をつけろ、ちゃんと前を向け」

 雪の積もった山道は危険で、だから必ずアウドが先を歩く。シーグルは基本彼の足跡をたどるだけなのに心配されるのが微妙に納得いかないが、まぁ彼はいつもこちらの身を心配しすぎるからなと納得はする。
 水汲み場所にくる頃には辺りはかなり明るくなってきていたが寒いのは仕方ない。アウドは一度手袋を外すと、自分の桶に水を汲んでからシーグルの方を振り向いて手を出す。シーグルが自分の桶を彼に渡すと彼は水を汲んで自分に渡してくれる。

「手が冷たいだろ、たまには俺が汲もうか?」

 シーグルが聞けば。

「いいです。貴方の手にあかぎれなんかつくる訳にいきませんからね」

 このやりとりも何度かやっていて、その度にシーグルは自分が過保護にされている事を自覚してしまうのだが。
 それにたまには抗議してみようかと思っていれば、人の気配を感じてシーグルは振り向いた。

「おうっ、おっはよーさんよっ」

 雪の上を飛び跳ねる勢いで駆けてくるのは、ここから割合近いところにある小屋を使っている修行者の男だった。
 アウドとシーグルが二人して、おはよう、と返せば、近づいてきた男は不満そうに言って来た。

「なぁんだよー、お前こんな朝早くから仮面被ってンのかー。ちぇー」

 シーグルはその仮面の下で眉を寄せてため息をついた。

「当然だ」
「朝一くらいは仮面被ってないと思ってたんだがなぁ」
「外にいる時は外さない」
「えー、つっまんねぇの」

 シーグルは現在、鎧を着ていないため仮面を被っていた。これはジクアット山に篭るためにクノームが作ってくれたのものである。
 実を言えば魔法鍛冶製の鎧はただの鉄と違ってどれだけ寒くても冷たくなったりはしない。むしろ外気の温度に関係なく術者に最適な温度でいてくれる。だからぶっちゃけあの鎧さえ着ていれば寒さも暑さも防げるため、シーグルとしては本来ならこの雪の中でも全身甲冑姿でまったく問題がなかった。ただ勿論、それを一般人はしらないし、知っていたら余計に怪しまれるしという事で、この冬の寒い中で堂々と鎧を着ていられる訳がなかった。なにせ常識的に考えて、冬場に鉄製の全身甲冑なんて自殺志願者くらいしかありえないからだ。

 だからそれでも顔を隠すための手段として、あの金髪の魔法使いが仮面を作ってくれたという訳だ。特殊な魔法効果としてはシーグル自身以外では外せないというくらいだが、それで十分有り難い。
 シーグル達はこの冬からここにやってきたから、今は鎧を着ずにずっと毛皮を着込んだ冬の服装にこの仮面をしていた。

「んじゃやっぱさ、あんたに勝てたら顔見せてくれるってので頼むよ」
「だめだ、それは約束できない」

 シーグルとアウドが呆れて家に向かって歩きだせば、向うもわざわざ付いて来る。

「えー、だめなのかよー、いいじゃん見るだけだって」
「だめだ」
「他に言わなきゃいいんだろ。ひでぇ傷っていうならどんくらいか見てみたいし」
「そういう興味本位で見られたくない」
「いや別に冷やかしとかじゃなくてさ、俺が完全に負けた奴の顔くらい見ておきてーじゃん。俺が勝ったらって条件ならさ、あんたも俺も修行の張り合いになるしさっ」

 ちなみに彼はここに修行に来ている連中に片っ端から手合わせを申し入れているらしく、そこまでの自信があるだけあって強い事は強い。ただシーグルには一度手合わせを申し入れて来て負けたという過去がある。だからこそこうして付きまとってきているのだろう。

「とにかく、顔を見せるのはだめだ。気楽にそんな約束を出来ないくらいには、この顔を隠すのにはそれだけの理由があるんだ」
「えー……」

 それでもなおも付いて来る男に、いい加減前を行くアウドがキレ掛かっているらしく顔をひきつらせて振り向いた。シーグルはそれに顔を振ると、横についてくる男に言った。

「ちなみに、その約束をしたら何があっても俺は顔を見せる訳にはいかないから以後貴様の挑戦とやらは受けない。それでもいいのか?」

 そこでやっと相手の顔が困ったように顰められた。

「あ……う……それはちょっと、困る、な」
「なら諦めろ。俺と戦いたい時に受けて貰いたいなら」

 そこで暫く悩むように頭をかいていた男は、やっと諦めたのか大きく息を吐いた。

「……ちぇー……しかたねぇ、諦めるよ」
「ならいい、ただの力試しの手合わせなら受ける」
「へいへい」

 そこで男は足を止めた。さすがに導師のいる家まで付いてくる事はない。ただ暫くしてから大声で、またあとでなー、と後ろから声がしたので本気で後で来る気だろうなとシーグルは思った。




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 次回、エルの親父さん(養父)登場……の筈。
 



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