ある北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【8】



 宿の一階、ゴダン伯が取った部屋には主が使うための部屋だけで食堂兼パーティ用にも使える外に面した部屋と、応接室、執務室、寝室があり、そのほかにも簡易厨房や使用人用の部屋がある。そして正規の部屋の入口とは別に、外の庭園側からも入る事が出来るようになっていた。
 だからゴダン伯がレザ男爵と応接室であっている間に、庭から『荷物』を入れる事も可能だった。

「どうですか、男ですがこれならいくらでも買うという客がいるかと」

 この宿の出迎え係である男が持ってきた『荷物』を開いてみせれば、二人の男がその中をのぞき込む。

「確かに、だがレザ男爵の知り合いというのはマズイのではないか。ただでさえ怪しまれているのに余計な事を……」

 そうつぶやいたのは、主が留守の間にこの部屋と『仕事』の管理をしていた男で、アーサー・パッセという。

「何、『レジエン・ク・ヴァン』などという者はいない。公に出来ない人物となればレザも堂々と文句をつけてくるわけにもいくまいよ」

 最後にそう言ったのがゴダン伯爵本人で、彼はいいながら『荷物』である箱の中に手を伸ばすと、中で眠っている青年の頬を撫ぜた。ちなみに『レジエン・ク・ヴァン』というのはレザがアウグ国内で通用するように作ってくれたレザの親戚だというシーグルの偽名だが、勿論貴族が正規の手段で調べればそんな人物が実在しないのは分かる。

 それで『荷物』を持ってきた当人である宿の男はほっと安堵の笑みを浮かべた。確かにこの部屋の事をおかしいと最初に気づいてオーナーに言ったのは彼であったが、その後すぐにアーサーに買収され、以後はずっとゴダン伯の仕事に協力していたのだった。だからもちろん、セイネリアから後日聞かれて答えた事はいくつか嘘があった。

「レザ男爵のお手付きでしょうから、仕込む手間もないと思いますし」
「確かにな」

 宿の男はいいながら、箱の中で眠っている青年――シーグルの服のボタンを外していく。ゴダンが笑って、箱の中を見つめている。

 ゴダン伯の部屋に訪れた客の誤魔化しが役目だった彼だったが、ちらと見えたシーグルの容姿の事をアーサーに告げればそれはゴダン伯に伝えられ、こうして『商品』として『仕入れる』事になった。レザ男爵の手の早さは有名ではあったし、シーグルの容姿からすれば『そういう相手』としてのお気に入りと考えるのは自然な話だ。本気でレザの親戚の貴族の息子ならば手は出せないが、わざわざ偽名を使って連れ歩いているのなら、攫ったとしてもヘタに騒げないに違いない。そうゴダンが判断した事で、彼にはこの青年を連れ出す為、見せるだけで相手を眠らせる事が出来るという魔法の石が渡されたのだった。

 ゴダン伯が来たとなれば必ずレザは挨拶にくる。その隙を狙って……というのは当初の予定通りだ。態度からしてそれなりに腕もありそうだと思ったこの青年を攫えるか自信がなかったが、渡された石を使えば驚くほどあっさりと捕まえることが出来た。

「レザの事だ……恐らくクリュース絡みの人間だろうな。見るからに貴族だろうが、どちらにしろこの国で名前を出せない段階で存在が消えても騒げまい」

 宿の男は箱の中の青年の服を脱がせていく。首が晒され、白い胸が現れれば覗き込む者達がごくりと喉を鳴らす。しかも更に脱がせていけば胸や腕の付け根に赤い情事の跡が見えて、見ている男達の口元をゆがませる。

「やはり、随分可愛がられていると見える」

 下種な笑みにクスクスと声を立てて、ゴダンの手が青年の胸を撫でて胸の尖りを悪戯に指で弾く。

「ふ……」

 青年の眉がわずかに寄せられて甘い吐息を漏らす。ゴダンは更に笑みを深くして、今度はその胸の尖りをつまんだ。

「あ……」

 青年がわずかに身をよじる。服を脱がせている宿の男は、その様子に興奮を覚えながら今度は眠る青年の下肢の服を脱がせ始めた。それをみてすぐさまゴダンが楽しそうに呟く。

「こんな顔をしている割にレザの好み通り相当鍛えていて……しかも細い」

 下肢の服を全て脱がせれば、鍛えられた腹筋の割にその細い腰に目がいく。この細い青年があの歳でも衰えないレザの立派な体躯にのしかかられている姿を想像すれば、興奮するなと言う方が無理だ。
 ゴダンでさえ更に身を乗り出して、青年の裸体を凝視している。勿論、見ているだけには耐えられず、今度は腹から腰のラインを撫でては掴んでその感触を楽しんでいた。

「足を持ち上げて開かせろ」

 アーサーに命令されて、宿の男は青年の両足を持ち上げると開かせた。そのままもう少し持ち上げろと言われたから言われた通りにする。

「ふむ……使いこんでいる、かまではわからんか」

 ゴダンが青年の後孔を覗き込む。

「何か突っ込んでみますか?」

 アーサーが尋ねるが、ゴダンは暫く黙ったあと、宿の男の顔を見て聞いてきた。

「お前、こいつに入れてみるか?」
「え?」

 それはつまり、この青年を犯してみろという事なのか――彼は焦って、暫く言葉が返せなかった。その間に、ゴダンは顔を左右に振るとアーサーに言う。

「まぁさんざん使われてるのは確定だろう。なにせこんなところにも跡がある」

 言いながらゴダン伯が撫でたところを見れば、腿の付け根、内股にいくつかの赤い跡が見えた。ゴダンの笑い声に合わせてアーサーも笑う。

「寝ている間の反応を見てもつまらんだろう。どうせなら後で調教中の姿を見た方が面白い」
「確かに」

 ひとしきり笑った後、ゴダンはしゃがんでいる状態から立ち上がって、アーサーに命令した。

「服を替えたら『倉庫』に運んでおけ。あぁ、一応何処で目が覚めるかわからぬから縛っておけよ。ただ跡が残らぬようにな」

 それにアーサーと宿の男は頭を下げ、別室に向かう主を見送った。







 ず、ず、と引きずる音とその度に揺れる感覚の中、シーグルの意識は浮上する。とはいえそこですぐ目を開いて起き上がろうとするようなことはしない。覚醒してすぐ、眠る前の事を思い出して現状をぼほ正確に理解したシーグルは、目を閉じたまま周囲の気配を探った。
 どうやら自分は何か箱のようなものに入れられて引きずられているらしい。自分を運んで周囲にいる人間は少なくとも2人いるが、他に大勢いる訳ではない。武器があって手足が自由であればどうにか出来るだろうが――緩くではあるが手足は縛られているし、武器もおそらく取り上げられていると思った方がいいだろう。
 となればこのまま大人しく運ばれるしかない。けれどそのせいで悪事の証拠を掴めるかもしれない、とシーグルは思う。
 うまく攫われたほかの人間達のいる場所に連れていかれたなら尚都合がいいのだが。自分を攫った連中が件の犯人グループであるならこれでさっさと事件が解決できるだろう――と、この状況でシーグルは自分の身の危険をほとんど心配していなかった。なにせ、部屋に自分がいなかった段階ですぐにセイネリアが動くのは間違いない。彼が本気で、全力で自分を探そうとすれば、きっと見つけてくれるとシーグルは確信していた。
 どちらかといえばおそらく、自分を攫った事によって不幸な目にあうのはほぼ百パーセント攫ったこいつらの方だろう。

 ず、ず、と地面を擦られる感触と引きずられている感触は続いていて、シーグルは頭の中で例の水路の地図を思い浮かべた。距離的にこれだけあれば、あの水路を通っていると思って間違いないだろう。確かに水路は冬場は水がないがまったくない訳ではなく、底の方に残った水が凍っている状態だったからものを引きずって運ぶには丁度いい。あの宿から移動させているとなれば、ここの裏街のボスが言っていた、武装した怪しい連中がよくいるといったあたりに連れていかれると思って良さそうだ。

――そういう場所なら、さすがにゴダン伯自身は来ないか。

 貴族本人がわざわざ裏街へ来るとは思えないから、手下がいる場所か攫われている人間が集められている場所に連れて行かれると考えるのが普通だろう。となれば黒幕本人を糾弾する事までは出来ないかもしれない。

――実行犯だけを捕まえて終わりにはしたくないんだがな。

 運ばれているだけだからシーグルとしては考える事しか出来ない。
 ただ、今年から連中が派手に動きだした理由については、シーグルには大体予想がついていた。つまり、あの眠り石だ。あれをクリュースから手に入れて、簡単に人攫いが出来るようになったから派手にやりだした……と見ていいだろう。
 あの手の魔法アイテムは国外への持ち出しが規制されていた筈だが、さすがに完全に規制しきれないのは仕方ないか。クリュース国内ならその系のアイテムがいくらでもあるからそれを使った犯罪がある前提の社会構造になっているものの、国外だとそうではない分やりたい放題となるのだろう。

――次にウィズロンに行ったらラタに相談してみるか。

 どうにも危機感が薄いシーグルがそう考えているところで、箱の移動が止まった。







 運び屋にあの青年が入った箱を渡して、アーサーから報酬を約束された宿の出迎え係の男は機嫌が良かった。これであの青年が高値に売れれば更に追加報酬が約束されているから楽しみで仕方がない。どう見てもあの青年には法外な値がつくのは疑いない。

 ただ……惜しいと思うのは、どうせならさっさと引き渡す前に一度くらいあの青年をヤっておけばよかったとそのくらいだった。唐突にゴダン伯に言われて狼狽えてしまったが、入れてみるかと言われた時にすぐ『はい』と言っておけばとそれを何度も考える。男とはいってもあんな極上品を彼がこの先、抱くどころか触れる事さえ出来るとは思えない。白いなめらかな肌の感触と、なんともいえない匂いがしたあの青年の肢体を思い出す度に惜しいという思いがこみ上げがってくるのは止められなかった。
 きっとあの青年は、今夜にも調教係の者達に徹底的に犯されるに違いない。聞いた話だと男の場合はまず薬で朦朧とさせて抵抗する気力がなくなるまで犯すとか――あの青年がそうなる姿を想像するだけで興奮して、今は仕事中だと頭を振るのを彼は何度も繰り返していた。

 だが……そうして何度かよからぬ妄想にふけっていた彼は、あの青年と共に行動していた黒い男が近づいてくるのを感じて頭が一瞬で冷めた。おそらくあの青年を探しにいくのだろう男を見て、彼は動揺を必死に抑えて頭を下げた。

「いってらっしゃいませ」

 背が高く、不気味な事この上ない黒い男は大股で彼の前を通り過ぎる――とそう思ったら、その足が彼の目の前でピタリと止まった。

「部屋は無理やり鍵を開けられてはいなかった。勿論、争った跡もない。つまり、部屋を開けたのはあいつ自身だ」

 黒い男は別にこちらを見ている訳ではない。ただ立ち止まって平坦な声で、まるで独り言のように言ってくる。

「支配人に聞いたら、あの時間、あの部屋に行けた宿の者は二人だけだった。それでその一人はここで上機嫌、という訳だ」

 彼は声を出せなかった。
 黒い男の声に感情はなく、言葉遣いはたどたどしさがあったが、それはまるで死刑執行を告げる役人のように冷たく彼の精神を追い詰めた。彼は頭を下げたまま上げる事が出来ず、ただ冷たい汗が全身から吹き出してくるのを感じていた。
 黒い男は黙っていた。こちらを見てさえいない。
 けれど、頭を下げた体勢のまま、彼はその重圧に追い詰められていく。外への扉が開いた訳でもないのに凍り付くような寒さが全身を包み、やがて足がガタガタと小刻みに震え出す。

「……何故だろうな?」

 ここで初めて男がこちらを向いたと思えば、一歩、立ち止まった位置からこちらへ近づいてきた。
 彼は返事をしようとしたが……開きかけた口からガチガチと歯が鳴る音がして、急いで口を閉じるしかなかった。そうして次の瞬間――胸倉を掴まれて持ち上げられ、彼の足は宙に浮く。おまけに無理やり上を向かされた彼の目の前には、唇だけに笑みを浮かべた冷たい金茶色の瞳の男の顔があった。

「全て話してもらうぞ」

 直後に口の中に何かを詰め込まれたかと思うと、そのまま持ち上げられて荷物のように肩に担がれた。



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 シーグルさんお気楽にしてますが、寝てる間に何あったと思ってると……とつっこんでやってください。
 



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