ある北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【6】



 翌日、シーグルは今朝も起きた後に自分の体を見てため息をついたが、ちらと一睨みしてくる程度でそれ以上は諦めた。セイネリアが当然昨夜もそれなりに楽しんだことは言うまでもない。

「ゴダン伯が来るなら当然あいさつに行くべきだろ」

 今朝は昨日からの予定通りレザの部屋に集まって朝食ついでの会議となっていて、早めに支度を済ませて起きて割とすぐにセイネリア達は彼の部屋に行った。……勿論、レザの方の準備が出来ていなくて、部屋で暫く待たされた上にこのクソジジイは部屋着のままだったが。

「問題は今日くるのはいいとして、何時頃くるかだな」
「どっちにしろ、来るのを待ってすぐ行くのもマズイだろ。貴様は昨日と同じく昼間は他の貴族達へのあいさつ回りをしてくればいい。夕方頃、出先から帰ってきたところで向こうを訪ねてみた、という方が自然だろ」
「そっちはどうする気だ?」
「こちらはこの宿周りで調べられるだけ調べておくさ、出来れば本人が来るところを見ておきたいしな。とりあえず食い終わったら、まずは水路からここまでの道周辺の確認だな」
「そうか……ふむ、それならそっちは頼む。まぁ確かに、挨拶回りは貴族らしい、が……」

 当然会話はラウドゥの通訳を通してだが、思ったよりもレザが弱気そうだから少しだけセイネリアは疑問に思う。

「なんだ、さすがに歳で疲れたか?」

 聞いてみれば、ぎろりとこちらを恨めしそうに睨むレザの代わりにラウドゥが答えた。

「その……バロンが珍しく貴族のあいさつ回りなどしたものですから……どの貴族方も大層喜んでもてなしてくださったのですが……」
「それは良かったじゃないか」

 レザの爵位自体は高いものではないが、クリュースと友好条約を結ぶことになった立役者であるし、何より戦場での評価が高くアウグの勇者とまで呼ばれた男である。武人らしく面倒な宮廷謀略のあれこれが苦手で普段はあまり貴族のパーティなどには出席しないというレザだから、それがあいさつ回りなどすれば歓迎されるだろうことまでは想像できた。

「そうですねぇ……それ自体は良い事なのですが……喜び過ぎて、他の知人貴族方まで呼んだりと騒ぎになりまして……一度訪ねると中々帰していただけないという問題がですね……しかもバロンもバロンでおだてられると調子に乗りますから余計な事まで話しだして……」

 なるほど、それで一度行けばどれだけ拘束されるのかという部分と、後はこのジジイでも調子に乗りすぎた発言に自己嫌悪を感じているのかもしれない。まぁどちらにしろ、この歳でも話すより動きたい人間だから挨拶回り自体は面倒ではあるのだろう。

「ま、たまには貴族連中に顔を見せて歩いてもいいんじゃないか? それこそ、妻に言われて早く来た分挨拶回りをすることになった、と言っておけば、後で奥方の機嫌が良くなるかもしれないぞ」

 それにはげんなりしていたレザの顔が少しだけ明るくなって、成程、と呟いた後頷いていた。あちこちの男女に手を出して好き勝手してまわっているエロジジイも、奥方に頭が上がらないというのが面白いところである。

 そうして今日の各自の予定は決まって、食後すぐに出かける準備をするレザの為にセイネリアとシーグルはさっさと部屋を退出することにしたのだった。






「確かにここから宿までの道なら人に会わずに移動する事は出来そうだな」

 宿から昨日聞いていた水路までを歩いて言ったセイネリアの言葉に、シーグルも同意した。

「距離も大したことはないし人通りもあまりない。特に夜だったら、この辺りは繁華街から遠いのもあってまず人目にはつかないな」

 高級宿があるだけあってこの辺りは治安がいいが、その分騒がしい酒場等がある繁華街とは離れていた。宿の入口がある通り沿いなら夜でも多少は人通りはあるし明かりもあるが、裏手の方になればほぼ夜は真っ暗だ。この辺りは夜でも街灯が整備されているクリュースの街とはさすがに違う。国外へ出て、夜というのは他国だと街中でもここまで暗いものなのだとシーグルは驚いたのをおぼえている。

「それでゴダン伯とった部屋は一階だからな、誰にも気付かれず問題なく裏から入れる」
「そうだな……」

 基本、貴族が泊るような部屋は最上階がお約束ではあるのだが、この宿は宿自体が高級宿という事で、一階には身内のパーティ程度ならできそうなちょっとした庭園がついている部屋がある。勿論部屋数も多く、外も庭園毎壁に囲まれているからセキュリティ的には問題ない。貴族や大商人が親類付きで家族で泊まる事を想定しているらしいが、ゴダン伯が取っているのはその部屋だから外から人に気づかれず入る事は可能だろう。囲まれた壁には扉がついていて、部屋に泊まった者にはその扉の鍵が渡されるそうだからその為にその部屋を取ったと取れる。

「……シーグル、あれを見ろ」

 宿の正面玄関に出ると、そこへいかにも貴族のモノらしい馬車が止まっていた。

「いいタイミングだったな」
「そうだな」

 今日は祭り前日で、普通、貴族の場合はそんなぎりぎりに来る者はまずいないからここで来たそれなりに地位の高そうな貴族、となれば件のゴダン伯の可能性は高い。
 馬車から出てきたいかにも貴族本人といった男の歳は4,50代というところか。アウグの者らしく大柄な体で、かつては戦場に立っていたと思わせる。表情は険しく、レザのように裏表のない脳筋タイプではなく少々神経質そうだ。威厳は身分なりには感じられて、小者っぽくはないがそこは話してみないと分からない。

 宿の者達に頭を下げられる中、入っていく男の姿を見送ってから、シーグルはセイネリアに聞いてみた。

「どう思う?」
「そうだな。ゴダン伯と見て間違いないだろ。いかにもな親父だ」
「そうか……」

 シーグルが見ても確かになにやら企みそうな人間には見えるからセイネリアのその意見には同意するところである。ただセイネリアは他人に向かって親父だとかジジイだとかよく言うが、自分達も順当に歳を取っていたらとっくに親父と呼ばれる歳なんだが……と聞く度につっこみたくなったりもする。

 馬車が宿の前から去って従業員たちが中に入る。そこから暫くしてからセイネリアが行くぞと言ったから宿へと向かった。中に入れば偉い人間を迎えた後のバタバタも終わったらしく、宿の人間たちは普段通りの配置へと戻っていた。

「おかえりなさいませ」

 シーグルとセイネリアをレザの供と分かっている宿の者が恭しく礼をしてくる。彼は入口係で、不審者が中に入らないか確認している役目らしい。そういえば確か、彼がやけにゴダンの部屋に妙に客が多いと言い出したところからこの件を宿側で調べる事になったらしいが……そう思っていたら、セイネリアがその人物に話しかけた。

「今のがゴダン伯か?」
「はい、その通りです」

 その程度の会話はセイネリアでも出来る。レザ相手だといちいち少しでもおかしい言葉遣いがあると嫌味を言われるから話そうとしないだけだ。

「昨日から今日にかけて、ゴダン伯の部屋に客はきたか?」
「そうですね……」

 そこで宿の者は声を少し小さくする。一応ゴダン伯の件を調べているくらいの事は分かっているらしい。

「昨日は4組、うち2組は貴族らしきお方で、もう2組は荷物を持ってきました。今日は一組、やはり荷物を持ってきた業者のようでした」

――どれだけ荷物を持ち込んでいるんだ。

 普通ならそう思うところだが、貴族が旅先で豪快に買い物をして部屋に荷物が運び込まれる事自体は珍しい事ではない、とは調査を始めた最初にこの宿の責任者から聞いていた。ただおかしいのは本人から何も言われず荷物だけやたら来ることと、貴族の客らしき者は毎回違う人物でやけに頻繁に訪れる――しかも供一人本人一人とかの最小人数で――というのが怪しいという事だ。
 それが売春行為ではないかという話になったのは、別の貴族からの匿名の投書があったから、らしい。

 一応レザはあいさつ回りついでにそんな投書をしそうな人物がいないか探るとは言っていたが、匿名で宿に知らせた段階で名乗り出てくれる可能性は低い。どちらにしろ決定的な証拠でもないと貴族を断罪するのは無理だという事だから、一人の証言だけで捕まえるところまではいかないとは言っていたが。

「さて……後はレザが帰ってくるまでは時間があるな」
「どうする? 街に行くか?」

 昨日の裏道へ行って、そちら側から水路を実際歩いてみるのもありだ――と考えていたシーグルだったが、そのまま腕を掴まれて引きずられるに至って焦る。

「おいっ、どうする気だ」
「レザを待つ間くらい、部屋でゆっくりしていても構わんだろ」

 その楽しそうな口ぶりから彼が何を考えているのは分かってしまったが、約束として最後までヤる事はないだろうと思いつつも嫌な予感ばかりしてシーグルは腕を引っ張り返した。勿論、それで彼に勝てる訳ではないのは分かっている。

「待て、やる事ならあるだろっ」
「やろうと思えばやる事はあるが、やらなくてもそこまで問題がない事ならやらなくてもいいだろ。お前は無駄に働き過ぎて空き時間を作れないのが悪いクセだ」

 反論しようと思ったが、その言葉は騎士団時代にさんざん部下や家族から言われていたので思わずシーグルは言葉に詰まる。そうすればさっさと部屋に連れ込まれてそのままベッドの上に乗せられているのは想定のコースだ。

 ともかくシーグルにはそこまでいけば、服を完全に脱がすのだけはやめてほしいと彼に約束させるくらいしか抵抗出来る事はなく――代わりにいろいろ妥協する事になったのは致し方ないところだった。





 夕方になってレザが出先から帰ってきた。
 すぐにラウドゥが呼びに来て彼の部屋に行くことになったのだが、それをドアの向こうから聞いた時のセイネリアの表情は相当に不本意そうで、あまりにもわかりやすすぎる彼のそんな反応にシーグルはほっとしつつも笑ったくらいだった。

 というのも、レザが来るまでセイネリアとしては部屋で二人だけの時間……のつもりだったのだろうが、部屋に入って間もなく宿の者が客が来たと呼びにきたおかげですぐに部屋を出ていくことになってしまったのだ。
 しかも客というのはシーグルが街で商人からかばってやった少女で、昨夜また一人行方不明者が出たという話を伝えに来てくれたものだったから詳しく状況を確認したり等でそれなりに時間を食った。
 それでやっと部屋に帰ってきたと思ったらそこまで経たずにレザが帰ってきて、ラウドゥの呼ぶ声にセイネリアが不機嫌になるのは当たり前といえば当たり前ではあった。シーグルとしては正直助かったという思いが強いが、いつでも計画通りに事を進めて余裕の表情のセイネリアが思う通りにいかなくて舌打ちするなんて状況に楽しくなるなというのは無理と言えた。

「くそ、さっさと終わらせるしかないか」
「あぁだが、一日でいいから祭りを満喫はさせてくれ、約束だろ?」
「分かってる、なんのためにここに来たんだという文句を言われたくないからな」
「そういうことだ」

 それでもムスっとしているセイネリアには少々同情してしまって、だからシーグルは不機嫌そうに服を整えるセイネリアに向けて言ってやることにした。

「セイネリア」
「何だ?」
「愛してるぞ」

 セイネリアが、らしくなく驚いて目を丸くする。
 不意打ちで言うと彼はこうしてとてつもなく『らしくない』表情を見せてくれて、それがシーグルとしては楽しくて仕方なかった。身勝手で強引で馬鹿強くて頭が良くてどこからどこまでムカつく男だが、こういう時に可愛いなんて言葉が浮かぶのだから自分も相当重症なのだろう。
 不機嫌一杯だったセイネリアの表情が柔らかく緩む。そのまま近づいてきた顔を手で受け止めて、キスくらいは想定内だったからそのまま許してやった。

 ……けれどその所為で、レザの部屋に行った時にはレザに何をしていたのかと散々嫌味を言われたのには参ったが。



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 セイネリアがいちゃつきたがったせいか話が動くとこまでいきませんでした……。
 



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