ある北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【5】



 次の日もセイネリア達は基本は街での情報収集ではあったのだが、流石にセイネリアも二日目ともなればシーグルに同じ条件で好きにしろとは言わなかった。

「昨日で十分情報を手に入れる下地は出来たからな、今日はそこまで自由にしてもらっても困る」
「……まぁ、昨日は確かに、ちょっといろいろ首を突っ込み過ぎたとは思っている」

 そうか、シーグルでもあれは好きにやりすぎたと思っているのか――と軽く安堵したセイネリアだったが、どちらにしろ昨日はあちこちで動き過ぎたため人混みに行くのは少しまずかった。なにせここはアウグだから、セイネリアの強さを見て勝負したがる馬鹿が声を掛けてくる可能性もあるし、シーグルをいいカモだと思って貧乏人の子供たちがこぞって話しかけてくる可能性もある。
 幸い、実際の祭りになったら人が多すぎてそんな余裕もないだろうとはレザも言っていたが、今日はまだ祭り前だから街の混雑ぶりには余裕がある。だからセイネリアはシーグルを連れて、今日は混雑する大通りではなく、裏通りを中心に街の中を把握する為に歩いて回るつもりだった。……勿論、裏通り中心なのはそれ以外の意図もあるが。

「裏通りをよそ者がうろうろするのは危険じゃないか?」

 それを話した途端シーグルが至極真っ当にそう言ってきたが、それは一言で済む。

「俺がいて何が危険だと思うんだ?」
「……あぁそうだな、聞いた俺が悪かった」

 シーグルも頭を押さえてすぐそう言ってくる。とはいえ一言付け足すことも忘れないが。

「あまり騒ぎを起こすなよ、レザに迷惑が掛かる」
「ここはアウグだ、力でねじ伏せて悪い噂になる事もないだろ」
「……お前は……」

 シーグルは更に頭を抱えてため息をついたが、それ以上は何か言う事を止めた。

 フェリスクはこの氷祭りの所為もあってアウグでもそこそこ栄えた街で、そうなれば当然貧民達や怪しい商売人が集まる治安のよくない地区というのがある。確かに外から来た旅行客がこんなところへ行くのは自殺行為だが、犯罪絡みの調べものというならこういうところを外す訳にはいかないのも当たり前といえば当たり前の事だ。

 それに、犯罪に関しては犯罪人に聞くというのもまたお約束ではある。

「おい、セイネリア……」

 いかにも暗く汚い裏道を歩いていれば、背後からつけられている気配がしてシーグルが小声で話しかけてくる。

「あぁ分かってる、気にせず行くぞ」

 思ったよりも早かったが、こういう輩が出てくることは想定内だ。それどころか、出てきてくれないと困ると思っていたから話が早くていい。わざわざ昨日と同じ格好で歩いているのは、上物のマントでいかにもよそ者と分からせる為というのもあるが、昨日こちらのやっていた事を見ていたものが徒党を組んで襲ってくれるように仕向けるためだった。

 構わずにその路地を歩いていれば、今度は行く先に4人程、立っている人間の姿が見えた。こちらを向いてどく気がなさそうなところを見れば、待ち伏せしていた後ろの連中の仲間と思っていいだろう。後ろがどうやら3人だから合わせて7人……こちらが強いと見越したくらいの人数ではあるのか、とセイネリアは冷静に考えた上で鼻で笑った。

「どうする気だ?」
「ぶっとばして話を聞く。殺しはしないさ」

 聞いてきたシーグルに単純明快にそう答えれば、彼はまたため息をついた後に、分かった、と返してくる。
 方針は伝えたから足を緩める事なく歩いていけば、やはり前にいる人間たちはどかないでそのまま立っている。顔が見えるようになればにやにやといかにもな表情をしたチンピラ達で、多少マトモにやれそうなのはひとりもいない。
 セイネリアは少しだけ足を速めてシーグルより前に出る。意図を理解してシーグルは大人しく後ろにつく。

「よそ者が、こんな***来ちゃまずいんじゃないかぁ?」

 訛っていて聞き取りずらいが、チンピラが掛けてくる言葉など何を言っていてもそもそも理解する必要はない。
 だがとりあえず足を止めれば、シーグルも足を止めて、彼は彼で後ろの相手に向き直ったのが分かる。

「怪我したくなかったら金目のもの全部出してけよっ」

 多分言っていた言葉はそうだろうが、やはり理解してやる意味はない。
 黙って立っていれば馬鹿どもはしびれを切らしたらしく、剣を持った一人がやはり何か下品な言葉と共に剣を振り上げて近づいてきた。

「おりゃ****いくぞ****」

 まったく意味が理解できない言葉に眉を顰めたセイネリアだったが、男が剣を振り下ろす前に、その腹をセイネリアの足が蹴る。男の体は面白いように吹っ飛んで、男は地面で悶絶していた。

「くそ***がっ」
「*****だなっ」

 訛っているうえに興奮していて更にスラングばかりとなれば、セイネリアのアウグ語能力では全く理解できない。なんというか、襲われた事よりその事の方がむかついて、次に襲い掛かってきた男もあっさり蹴り転がした。その隙を突こうとやってきた男の剣はさすがにこちらも剣を抜いて受けはしたが、やはりそのまま蹴って地面に転がした。
 最後の男はどうやらちゃんと鉄製の銅鎧をつけていたから、遠慮なく剣で腹を叩いて吹っ飛ばした。

 そうしてから後ろを見れば、当然3人を相手にした筈のシーグルももう終わっていて、地面にのたうちまわっている男3人を見てセイネリアは軽く笑う。

「終わったか」
「当たり前だっ」

 その声が少し怒っていたから、セイネリアは一応聞いてみる。

「何か言われたのか?」
「……剣を振るよりケツを振らせてやる……と、言われた……」
「それは殺してもよかったな、どいつだ?」
「あの赤い髪の男だ」

 セイネリアはちらと自分が倒した連中の方をみてから、シーグルが言った男の前に行く。それからその男の開いた足の間、股間すれすれのところに剣を刺した。

「ひぃっ」

 悲鳴を上げて男が固まる。

「こいつに『二何と腰を触れない体にされたくなかったら上の奴に会わせろ』と言ってくれ」

 即座にシーグルは、男にそれをアウグ語で伝えた。





 7人もいてあまりにも弱すぎるチンピラがこんなところで偉そうに歩いていられるのなら、それは確実にそれなりの組織に属している――その考えはどうやら当たっていたらしい。連れていかれた先はいかにも裏組織のアジトと言ったところで、入った途端問答無用で斬りかかられた……が。

「ぐ……が、が、ぁ……」

 剣をよけざま股間を蹴ってやれば、青い顔でセイネリアよりも体の大きな門番らしき男は倒れた。

「こちらが欲しいのは情報だ、黙って交渉に応じてくれるなら別にお前たちに危害を加える気はない」

 あらかじめ言っておいた通りにシーグルが言えば、そこの連中は顔を見合わせてこそこそと話出す。そうすれば奥から少しデキそうな連中がやってきて、こちらに向かってついてくるように促してきた。

――上はそこまで馬鹿ではなさそうだな。

 最悪、ここにいる連中を全部吹っ飛ばして奥に入ってやるかとも思ったが、そこまでする必要はなかったらしい。その程度に頭が回る者が上なら、情報の方もそこそこ期待できるかとセイネリアは思う。
 中間に何人も用心棒らしきガラの悪そうな連中のいる扉を抜けて奥の部屋へ入る。奥に連れ込んで逃げられないようにしてから袋叩きにする……という状況も一応予想していたが、そういうつもりはないようだ。
 いっそ気が抜ける程あっさりと、いかにもここのボスらしい者がいる部屋に通された。

「なるほど、確かにこれはヤバそうだ」

 大柄でアウグらしく確かに腕に自信がありそうな男は、タイプはレザと似ていそうに見えた。

「俺は強い者は好きだ。ジャンを片手で持ち上げたという化け物を見てみたくてな。で、情報が欲しいそうだが何の情報だ? 取引と言うからにはそちらも何か出してくれるのか?」

 椅子を勧められてそれにはシーグルだけが座った。アウグでは基本、シーグルが主でセイネリアがその護衛という形を取っておくことにしているから交渉はシーグル任せだ。
 しかし『片手で持ち上げた』という話が出てきたところからすれば、昨日商人の用心棒をしていた男もここの人間だったらしい。狭い世界だと思うが、この界隈で組織として動いているのはもしかしたらここだけなのかもしれない。

「最近この街で行方不明者が出ている筈だ。それに繋がりそうな怪しい動きを何か知っていないか?」
「あぁ……成程、どっかから調査に来た連中がいるってのはあんたらか。そうだな、実をいうとこっちもそれには少し困っててな、そういう事なら無償で情報提供をしてやってもいいぞ」
「有難い」

 そこでシーグルがフードを落とすと、一瞬の間の後、相手はにんまりと笑う。そこから突然上機嫌になって、男は陽気に、聞いてもいない事までをやたら協力的に、それはそれは丁寧に話してくれた。






 裏街での情報収取の後に昨日約束した連中とまた会って、そこでも少しだけ新しい情報を貰ってから宿に戻ってレザの部屋での情報交換、という流れは昨日と同じで、ただこちらもレザも双方共に昨日より今日はいろいろ収穫があった。

「ついさっき手紙の返事が来たぞ。ゴダン伯自身は明日くるそうで、今部屋を使っているのは知人とその家族らしい。貴様が言っていた通り部下が失礼をしたと謝ってもきたからな……これで奴は黒確定という事になるのか?」

 レザはそこで一応手紙も見せてくれた。シーグルが訳してくれたが内容はレザの言葉とほぼ違いはなく、ただシーグルが言うところ、必要以上に丁寧な言い回しだ、という事なのでそれもまた怪しいと言えるだろう。

「ヤバイ事があの部屋で起きてるというなら黒確定だな。ただそのためには、起こっている事を証明しないとならないが」
「無理やり押し入って……という訳にはいかんか」
「それは向こうが否定してきたらでないとマズイと言っただろ」

 レザは馬鹿ではないができれば力押しで物事を進めたいタイプの男である。否定されると、チッと軽く舌打ちをして黙った。

「だが何が起きているか証明さえ出来ればゴダンに責任を問う事は出来る」
「まぁそうなんだろうが……で、そっちは何か分かったのか?」
「そうだな、街中での怪しい話はそれなりに集められたぞ」

 そこから先はわざわざ通訳を介した会話などより、実際聞いてきたシーグルが話した方が早い。そしてレザも、シーグルが話した方が機嫌よく大人しく最後まで話を聞く。

 今回セイネリア達側で手に入った情報の一つ、例の裏街のボスの話ではまず、確かに最近見慣れない連中が出入りしている、という話があった。かなり物々しい武装した連中を引き連れているから手を出せていないが、そいつらがよく裏街のある道を通り抜けていくらしい。

「この辺りの道だそうだが、何か気付く事はあるか?」

 シーグルが地図を指させば、レザは少し考えていて……代わりにその横にいたラウドゥが返した。

「この道を使ったとして……ここへ出れば、ここからこの宿の裏手に続く水路がありますね」
「水路と言っても、冬場は水を流してないんじゃなかったか?」
「えぇ、ですから隠し通路として使えます。なにせこの水路はほとんど地上から隠れていますから」
「成程……それは怪しいな」

 ならばそこの水路からこの宿までを見張っていれば何か掴める可能性がある――そう結論づけてから、セイネリアは少しだけ不機嫌そうに息を吐いた。

「これがクリュースだったら、ソフィアに見張らせるかカリンかフユに探らせれば済むし、怪しい連中を一人でも捕まえられればいくらでも強制で吐かせられるんだがな」

 それは特にレザに訳すまでもなく、シーグルが笑って言ってくる。

「それが権力がある、という事だ。全部放棄してきたんだから仕方ないだろ?」
「……確かにな」
「それとも今更後悔してるか?」

 少し嫌味のように彼が笑ったままそう言ってきたから、セイネリアも笑ってシーグルの髪に手を伸ばす。

「まさか」

 そうして彼の髪を2,3度指で梳いて、そのまま彼の顔を引き寄せようとしたのだが。

「はははは、手が滑ったぞっ」

 レザがセイネリアに向けて木のコップを投げてきたので、セイネリアはシーグルから手を離してそのコップを受け取らなくてはならなくなった。

「ジジイ、耄碌(もうろく)したか、随分盛大に手が滑ったものだ」
「何、ちょっとムカついたらつい手が滑った」
「それは手が滑ったのではなく、わざとやったというんだ」
「どちらもそう変わらん」
「あぁ、耄碌ジジイからすればそうだろうな」

 こういうやりとりはすかさずラウドゥがきっちり訳してくれるのだから、そこで揉めない筈はない。それでもやはり最後はシーグルが席を立って終わるのだから、自分も懲りないものだとセイネリア自身思ったが。



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 勿論、セイネリアですから力技でも情報収集。
 



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