ある北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【4】



「やはり……攫われている者がいるのか」

 シーグルが街で手に入れた情報を一通り話すと、レザは難しい顔で唸りながら腕を組んだ。
 街見物から帰ってきた後にレザの部屋へ行ってみれば、彼も彼で手紙を送った後ということですぐ情報交換が始まった。レザへの説明だから当然シーグルが直接アウグ語で伝えた方が手っ取り早く、セイネリアは今日の報告については基本聞き役であった。

 不正や弱者を見逃せないシーグルなら、好きにさせればあちこちであの手の人助けをする事はセイネリアには予想出来ていた。そしてシーグルの場合、あの顔を見ただけで庶民からすれば高貴な身分の人に違いない、と思わせる事が出来る。それがわざわざ貧しい者を救ってくれて親身になって話しかけてくれれば……まぁまず感動して信用してくれるし、この人なら、という気になるのは確定だ。セニエティの西区での評判といい、このとびきり見た目も心も綺麗な青年はムカつくほどに人たらしである。

 だからもし、本当にこの街で行方不明事件が起こっているとすれば、『調査』しているシーグルに相談してみようという気になるに違いない。力ない者というのはそういうものだ。力ある優しい者を見つければすがろうとする。
 そういう者が嘘を言ってくる事はまずないから、情報としてはかなり信用は出来る。しかも今後『彼ら』はまた何かあれば急いで知らせてくれるだろう事は疑いようがない。
 そう――あれからシーグルを探して相談してきた者はあの娘だけでなく、果物飴を買ってやった子供の仲間やら、落した杖を拾ってやった足の悪い女とその息子やらと3組いた。
 彼らからの情報は、期待していた成果としては十分だった。

「やはり若い娘が圧倒的に多い。皆貧しい家の者ばかりだから、忙しい兵士達は話を聞いてもくれないらしい」
「まぁ……それは仕方ない。今は祭り優先だろうし特にな」

 レザは苦々し気に唇を歪める。とはいえレザの言う通り、今は下層民が数人いなくなる事などここの領主にとってはどうでもいいことではあるのだろう。なにせ、アウグ国内のいろいろな人が集まるだろう大きな祭りとなれば領主の面子が掛かっている、偉い人間というのはそういうものだ。

「聞いた者達が分かっているだけで既に9人もいなくなってるそうだ。ただ全部が事件に関わっているとは言い切れない。それと……祭り前はよくこういう事は起こるらしい。それでも例年なら1,2人なのにこの人数はおかしいと言っていた」
「今回は大がかりにやっている、という事だろうな」
「そうだな」

 後は行方不明になった者の名前と特徴を出来るだけメモしてきたものをシーグルがレザに渡し、レザはそれにすぐ目を通す。

「ともかく、他にも何か分かったらこちらに教えて欲しいと言っておいた。もし攫われる現場に出くわしたとしても、無茶をしてどうにかしようとせずにこちらに知らせて欲しいと。その場合出来るだけ相手の特徴を覚えておいて欲しいとも言ってある」

 今回情報をくれた彼らには宿の場所を教えて、ついでに宿の者にも彼らが訪ねて来た時の対処を話しておいた。ただそれでも高級宿であるここには尋ねて来難いだろうから、また明日の同じ時間に彼らと会う約束はしてある。そこでまた新しい情報が手に入るかもしれない。

「ともかく今は、ゴダン伯とやらから返事が返ってくるまでは出来るだけ情報集めをするしかない」

 セイネリアの言葉は即座にラウドゥがレザに伝えて、彼も明日はこの周辺の貴族の知り合いに話を聞きにいってみるという事でその日の話し合いは終わった。





 夜、部屋のドアが『彼』にしてはかなり控えめな音でノックされて、シーグルはドアの小窓で真っ黒な男の影を確認してから開いてやる。
 そうして、開いた途端急いで中に入ってきた男が、さっさとドアを閉めてキスしてくるに至って――一瞬、蹴り飛ばしてちょっと文句を言ってやろうかと思ったが、そのキスがあまりにも焦っているような余裕のないものだったことで結局許してしまう事にした。

「ン……」

 これだけ一緒にいて、この先も当分……おそらくは気が遠くなるほど一緒にいると分かっているのに、どうしてこの男はいつでもここまで求めてくるのか。不思議なくらいではあるけれど求められる事自体は嬉しいから自分もそれを拒めない、というのはシーグルも自覚している。
 余裕がないから、最初から深く唇を合わせて荒々しく口の中へ彼の舌が入ってくる。粘膜を纏って舌同士が合わされば、ぬるぬると擦り合わせるその感触だけで少し気持ちが良くなってくる。それを見計らって急に舌を逸らして舌の裏に触れてきたり、唇を一度離して唇周りを舐めとってから口づけ直してきたりとじらしてくるからムカつくのだが、その頃にはこちらの頭も少しぼうっとなっている。だから少し待たされてすぐにまたぴったり粘膜同士がくっつけば、その感触を追って自分から求めている……がその頃はほぼ自覚がない、というのがいつものことだ。

 やっと多少は満足したのか彼が唇を離してくれて、気付けば頬やこめかみや額辺りに触れるだけのキスを何度もされている。その顔が嬉しそうに笑っているから、こちらもつられて笑ってしまう反面、ちょっと呆れるのも仕方ない。気付けば体は壁に押し付けられたまま彼の体とぴったり密着していて、部屋着の今は彼の体温が思いきり分かる。
 本当にこの男は――と毎度の事ながら思ってしまうが、いつも以上に長いキスに大人しく付き合ってやったのは、まぁずっと我慢していたのだろうというのが分かっていたからだ。
 ただこうして彼に求められていると分かる事は嬉しくはあっても、彼を甘やかしすぎると大変な事になるので……シーグルはちょっとばかり意地の悪そうな言い方で彼に言った。

「なんだ我慢は一晩だけか?」

 言えば、普段は安い挑発になどノリもしない男が、こういう時は少しムっとした顔をしてから……ちょっと得意げに言い返してくる。

「昨夜はレザの奴も警戒していただろうからな。それに今夜は奴も考える事だらけで余裕もないだろ」
「まぁ……そうだな」

 そんな彼のちょっと子供っぽい反応に笑って、体を離して部屋の奥へ入っていこうとすれば、後ろからまた抱きしめられ……たと思ったら抱き上げられていた。そうすれば向かう先は一直線にベッドだから、ここはさすがに怒っていいところだろう。

「セイネリアっ」
「いっておくが、正確に言うとキスでさえ我慢は一日どころじゃない。レザの屋敷を出た時以来だから2日だ」

 言いながら、こちらをベッドに置いて上に乗っかってくる男に、シーグルは膝を立てて抵抗した。

「……セイネリア、今日は最後までは付き合わないぞ」

 セイネリアの体がぴたりと止まる。
 それでも強引に進めようとしないから怒るのはやめておいたが、シーグルはため息をついてから、上からじっと恨みがましそうな顔で見下ろしてくる最強の男の頬に手で触れた。

「一緒に寝るのはいい。キスもいい……が、入れるのはナシにしてくれ。どうしてもというなら……口で、なら……」
「いつまでだ?」

 こう聞いてくれる時は大人しく引き下がってくれる時だからシーグルは少しほっとする。けれどここであまりにも長い期間を設定するとへそを曲げるのでそこは慎重に考えなくてはならない。

「この事件が片付くまでだ、何が起こるか分からないからな。あと……流石に祭り見物を一日くらいはちゃんとしたいから、祭り期間がまるまる潰れるようなのは勘弁してくれ」

 セイネリアは不機嫌一杯の顔ながら、そこで軽くため息をつくと上からどいて服を脱ぎだした。シーグルもほっと胸をなでおろして起き上がった、ただ……。

「一応今回はお前のいう事を聞いてやる。だがシーグル、俺にあまり我慢をさせるとお前が後で大変な目にあう事も分かってるな?」

 こちらがほっとしたのを見てそう言ってくるからシーグルもそう簡単に安堵は出来ない。

「分かってる」
「一日二日なら一晩で許してやるが、三日以上になったら丸々一日付き合ってもらうからな」
「一日中……て」
「さすがに一日つっこんだままにしたりはしないが、一日俺の好きにさせろ」
「当たり前だ、されてたまるかっ」

 そこは怒鳴って返すが、これは条件として仕方のないところだろう。今までの経験からして丸々一日彼に付き合った場合も、ヤっているばかりという訳ではなく要は彼と二人だけで居て、考える事やる事なんでも彼を優先して傍にいろというのが基本だったから……大丈夫だろう、多分。
 シーグルが分かったと返せば、彼はまた上機嫌で裸になってベッドの横に入ってくるから、シーグルは仕方なく体の位置をずらして彼が入れるだけの空きを作ってやる。そうすれば嬉しそうにこちらを抱き寄せて、頭に鼻を埋めて大人しくなるのだから『お前は犬か』と言いたくなるがそこは止めた。

 この分だと朝は起きたらまた寝間着が脱がされているんだろうなーとか、寝てる間に寝顔みたり体にキスされたりするんだろうなーとか、いろいろうんざりする事は思いついたが、それでも彼が大人しく我慢をしてくれるのだから仕方がない、とシーグルはその辺りをいろいろ諦める事にした。





 シーグルは極端に性的な欲求が低い。
 もしかしたら理性が強すぎて体の欲求を無意識に押さえつけているのではないかと思うくらいだが、とにかく普通一般の成人男子として考えても自発的に『そういう気』になる事が極端に少ない。彼がいうところでは、そういう方面で無理矢理の経験が多すぎるから嫌悪感がどうしても先行する……という事だが、確かにそれはあるだろうがもともと性格的にもそういう方面への欲求は低いのは確かだろう。

 逆にセイネリアはそういう方面での欲求が高すぎる――とはいつもシーグルに言われる事だが、高すぎるというよりそれが日常になっていたから『そういう事』ナシで過ごすというのがどうにも不満となる、と言った方がいい。

 それでもセイネリアとしては相当に抑えているのはいうまでもない。基本シーグルにしか手を出さなくなってからは自分のペースでやる訳にいかないと分かっているので、彼の負担が大きい部分は彼の許可がない時にはまず滅多にやらないようにはしている。

 と、基本は前に比べて我慢を強いられているセイネリアだが、この好き勝手にやれない、という状況もそれはそれで楽しんでいたりもしていた。
 セイネリアにはいわゆる惚れた弱み、というのがある。なにせシーグルは自分がいなくても国のため、子供の為、果てはその辺りの知らない人間のためにでも生きていけるがセイネリアはシーグルを失ったら何もなくなる。そういう意味では条件はセイネリアの方が圧倒的に不利だ。

 だから彼の性格を利用したり、彼の機嫌をみつつの駆け引きが必要となる。そういうのが出来るのもシーグルだけだからセイネリアはそれも楽しいのだ。

 たとえば、こうして大人しく引いてシーグルの言い分を聞いてやると、シーグルは負い目を感じてくれる。そうすると普段は文句を言ってくるようなちょっとだけ調子に乗った程度の事は怒らなくなる。
 セイネリアはシーグルが眠ったらしいところを見計らって顔を上げると、その頬に唇を落す。ぺろっと項を舐めてやると、シーグルの瞼が僅かに揺れた。
 その瞼にまた唇で触れ、唇に触れ、喉に触れる。
 そうしているうちに服を肌蹴て胸や背にキスしたくなる。多少跡を残したとしても、服の下になる場所なら今日は文句は言っても怒りはしないだろう。

 だから当然、その朝シーグルが起きた時は全裸で、胸やら内腿やらにキスマークが残されていたものの、それらはため息一つと抗議の視線一睨みで終わりとなったのだった。



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 セイネリア、旅に出てから毎日楽しくて仕方ないんだろうな。
 



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