憬文堂
遙の書棚 Fullkissの書棚 いろいろ書庫 憬の書棚 刊行物ご案内 お食事日記掲示板 web拍手 メールフォーム

BIG Galway ─ビッグ・ゴールウェイ─


 「ハロー! JJです!! きょうは、ニューヨークにあるゴールウェイ・ホールのリ
 ハーサル室に、ミスター・ロバート・ゴールウェイを訪ねてやってきています」
 『JJ・ニュース・ショウ』のメイン・ニュース・キャスターであるJJの声は、なま
 りのない、よく通るテノールだ。
 「まずは、ゴールウェイ・バーガーの経営者としても有名なミスター・ゴールウェイが、
 先頃、入手された最高の宝物をごらんください」

  JJの右横に立っていたスーツ姿の男が手に持っているヴァイオリンが、テレビ画面
 に大きく映し出される。
  ヴァイオリンは、かなり古そうだが、テレビ画面で見る限り、楽器の表面はつややか
 で、きちんと弦がはってあり、よく手入れされている感じがする美しいものだった。

  ヴァイオリンを手にした壮年の男は、ガランとした明るいリハーサル室の中央あたり
 に進み出ると、おもむろに楽器を構えて演奏を始めた。
  はぎれのよい美しいメロディーが奏でられる。アルベニスの『タンゴ』だ。小曲だが、
 メリハリのある、なかなか見事な演奏だった。

  二分半ほどの曲の演奏が終わると、JJは手をたたいた。
 「ブラボー!! ゴールウェイ・カンパニーのトップであるミスター・ゴールウェイが、
 すばらしいヴァイオリニストでもあるとは存じませんでした」
 「半分以上は楽器のおかげですよ。夢に見たストラディヴァリなので」
  ゴールウェイは、立派なビジネスマンのみかけに似合わない照れた表情を見せた。
 「そう! このヴァイオリンは、先頃、なんと百万ドルという史上最高値のついたスト
 ラディヴァリなんです!! すごいですね」
  JJの明るい声が響く。
 「いや、こんなに状態の良いストラディヴァリはめったにないものです。これだけ美し
 い音を出すのですから、この値段もしかたないでしょう」
  ゴールウェイは悪びれずに事実を述べた。彼にはおごった様子はみじんも無く、テレ
 ビを見守る者が、彼がそう言うならばそうなんだろうと信じられる風情があった。

  画面にふたたびヴァイオリンがクローズアップされる。
 「ストラディヴァリは、18世紀初めの、北イタリアのクレモナで、アントニオ・ストラ
 ディヴァリによって制作された有名なヴァイオリンです。数有るヴァイオリンの中で、
 どうしてストラディヴァリの値段は、こんなに高いものなのでしょうか? アメリカの
 偉大な音楽家であり、ゴールウェイ交響楽団の常任指揮者のバーンスタイン氏に、うか
 がってみましょう」

  カメラが移動して、リハーサル室の鏡をバックに、黒いタートルネックに、こげ茶色
 のジャケットをはおったラフな服装で、折りたたみ式のパイプ椅子に座ったバーンスタ
 インがアップになる。
  JJが向けたマイクに向かって、バーンスタインはにこやかな表情で話し始めた。
 「まずは、素晴らしく多彩な音色を持つ優れたヴァイオリンであることが、世界的に認
 められているからですね。それから、やはり二百年以上も前の古い楽器ですから、数が
 少ないということが言えると思う」
 「少ないというのは、いくつくらいですか?」
 「イタリアのヴァイオリン製作者であるアントニオ・ストラディヴァリは、九十三年の
 生涯に、約三千個の弦楽器を作ったと言われているが……」
 「三千! 少ないとは思えませんが」
  思わずJJは口をはさんでしまった。
 「いや、でも戦争や、事故や、虫食いなどで壊れてしまって、数は減るばかりなのです。
 19世紀の中頃から、価値を認められているストラディヴァリだが、今、世界中で本物の
 ストラディヴァリと確認されている物は、ヴァイオリンが三百三十個ほどかな。ヴィオ
 ラやチェロなどを合わせても四百個くらいでしょう」
 「そうなんですか」
 「ミスター・ゴールウェイのストラディヴァリは、1718年製で、ストラディヴァリ
 が師であるアマティの影響から抜け、一番充実した黄金期の作品と言えます。ニスの状
 態もすばらしいし、傷も少ない。見ているだけで、力強い感じを受けますね。音も良く
 鳴っています」
 「それだけに百万ドルの価値がある、というわけですね」
 「ええ」

 「ミスター・ゴールウェイ、このストラディヴァリを購入されたいきさつは?」
  JJはゴールウェイにマイクを向けた。
 「実は、若い頃、ヴァイオリニストを夢見ていたことがあったものだから、ぜひ、スト
 ラディヴァリで演奏してみたくてね。もう長いこと懇意にしている楽器商に手配を頼ん
 であったのですよ。先日、ようやく、このすばらしい楽器を、手にすることができたの
 です」
 「そういえば、ゴールウェイ・カンパニーの音楽業界への進出も注目されていますが」
 「ええ。私は音楽を愛する者として、このビジネスも成功させたいと考えています。
 それには、将来を踏まえて確実に種をまく作業が必要でしょうね」
 「と、いいますと?」
 「実はね、国際音楽コンクールの開催を準備しているのですよ。チャイコフスキー・コ
 ンクールや、ショパン・コンクールや、エリザベス王妃コンクールのような、国際級の
 コンクールを我がアメリカで開催したいのです。バーンスタイン君にも手伝ってもらっ
 てね」
  ロバート・ゴールウェイは、ないしょ話を打ち明ける子供のような顔をして、とんで
 もない事をひょいと言った。

  スクープだ。JJの目が輝く。
 「それは素晴らしい企画ですね。しかしクラシック音楽の登竜門をアメリカに……とい
 うのは難しいのではないでしょうか? やはりクラシックで成功するなら本場ヨーロッ
 パで、と考えるのが普通ではありませんか」
  視聴者の好奇心をあおるために、JJは少しばかり意地悪に切り返す。ゴールウェイ
 は平然と受け止める。
 「ええ、そうかもしれませんな。でも、そろそろヨーロッパ帰りの演奏家なら誰でも金
 になる時代は終わると思うのです。ニューヨークのジュリアード音楽院をごらんなさい。
 あそこは、じきに世界一の音楽学校になるでしょう。まず始めて、それを継続すること
 です。20世紀はコンクールの時代だ。もうヨーロッパにだって宮廷音楽家はいない。な
 らば、このアメリカで新しい時代の音楽家を生み出す意味もあるでしょう」
  熱っぽく語るゴールウェイの後をバーンスタインが続けた。
 「私は大変意義深いことだと考えますよ。クラシック界は、もっと若い人々にチャンス
 を与えるべきだ。その舞台が、若い国アメリカだなんてワクワクするじゃありませんか」

  JJは史上最高金額のついたストラディヴァリを取材に来て、大きなスクープを手に
 入れてしまった。ラッキーなハプニングだった。



  実は、JJは自分の星回りのよさに、ちょっとばかり自信がある。
 「なんだってヴァイオリンなんか取材に行くんだ? せっかくビッグ・ゴールウェイに
 会うなら、アメリカ企業のビジネス戦略でも取材すればいいのに」
  JJが、ゴールウェイが買った世界一高いバイオリン『ストラディヴァリ』の取材を
 しようと申し出た時、ディレクターのふとっちょスコットは怪訝そうな顔をしたが、押
 し切って正解だった。
  最近、ゴールウェイ・カンパニーのブレーンになった音楽家のバーンスタインが、頼
 みもしないのに同席してくれて、新しい音楽コンクールの企画のことまで聞けたのだか
 ら、JJの勘と運の良さは一級品だ。

  それに実際、世界一高価なストラディヴァリがアメリカにあるという事は、興味深い
 ことだと思う。JJは取材にのぞむ時は、いつでも自分自身の素朴な好奇心を大事にし
 ている。
  おそらく、ニュース・キャスターの仕事はJJの天職なのだ。

  JJは、異例の大抜擢で『JJ・ニュース・ショウ』のアンカーマンになった。
  アメリカで報道番組の中心のまとめ役となるメイン・キャスターを、リレーのアンカ
 ーにもなぞらえた『アンカーマン』と呼ぶようになったのは、ここ何年かのことだ。
  1952年に、アメリカ三大ネットワークのうちのひとつであるCBSニュースの社
 長が、CBSの報道の中心であるニュース・キャスターのウォルター・クロンカイトの
 役割を『アンカーマン』という言葉で表現したのが始めだったと思う。
  この『アンカーマン』という響きを、JJはとても気に入っていた。
  なんたって、かっこいい。

  JJは、全米中を飛び回って、ニュース現場から報道する。
  石油が出たとダラスへ。
  新種のバラが開発されたとポートランドへ。
  人食いサメが出たとフロリダへ。
  アカデミー賞が発表されたとハリウッドへ。
  隕石が落ちたとアリゾナへ。

  1950年から始まった『JJ・ニュース・ショウ』は、五年、六年と放映年数を重
 ねて人気長寿番組に成長した。この調子でいけば、番組十周年を祝うのもすぐだ。
  JJは自分の大きな好奇心を満足させるテレビ・ニュース・キャスターの仕事に、や
 りがいを感じている。

  唯一の不満といえば、番組でアシスタントを努めている女性キャスター、ミス・プラ
 ムを夕食に誘う事に、まだ成功してないということだろうか。彼女は知的でチャーミン
 グな赤毛の美人だ。

 「ゴールウェイ・カンパニーってすごいのね。オーケストラやシンフォニー・ホールに
 始まって、ここ1年で買収した会社が、レコード会社に、音楽出版社に、ブロードウェ
 イの劇場でしょう。バーンスタインをブレーンにして、今度は音楽コンクールだなんて」
  ミス・プラムはコーヒーをついでまわりながら、今しがた放映されたロバート・ゴー
 ルウェイについて素直な感想を口にした。
 『JJ・ニュース・ショウ』の収録を終えて、JJたち番組スタッフはスタジオの隣に
 ある報道部にいた。ドーナツとアメリカン・コーヒーで一息入れようとしているところ
 だ。

  報道部の部屋は、朝も昼も夜も、明りとタバコの煙が消えることはない。
  ニュースはいつ飛び込んでくるかわからないから、かならず誰かが待機している。
  書類やファイルで散らかったデスク、びっしりとスケジュールが書きなぐられたボー
 ドや、昼夜を分かたず鳴り響く電話が、報道部独特の活気のあるムードを作っている。
  番組のディレクターのスコットや、キャスターのJJ、ミス・プラムのデスクも、こ
 の報道部にあった。

 「僕も、ビッグ・ゴールウェイに直接会ったのは、今度の取材が初めてだったけれど、
 やっぱり大物だなあって感心したよ。気さくなんだけれど、立っているだけで迫力があ
 るんだ。別に大柄だからってわけじゃなくね」
  入れたてのコーヒーをひと口味わって、JJは答えた。

  ゴールウェイ・カンパニーの頂点に立つロバート・ゴールウェイ、通称ビッグ・ゴー
 ルウェイはアメリカの立身出世伝説の新しいヒーローで、アメリカンドリームの実現者
 だ。
  彼はニューヨークのセントラル・パークのちっぽけなハンバーガー・スタンドから身
 を起こし、あれよあれよというまに一大コングロマリットを造り上げた。
  会社経営の天才と称される大物だから、ついたあだなが『ビッグ・ゴールウェイ』。
  JJは過去に、ゴールウェイ・バーガーの新作ハンバーガーメニューが爆発的ヒット
 になった時、彼のバーガースタンド1号店を取材したことがあった。
  あれは斬新なメニューだった。
  確か『スキヤキ・バーガー』という名前だった。極東の島国、日本の肉料理の味付け
 をアレンジしたとかいうソースを使っていて、話題になった。
  その後、何年もたってから『スキヤキ』という日本の歌が、ビルボード誌の発表する
 ヒットチャートでベスト1を取って、ビッグ・ゴールウェイには先見の明があったと騒
 がれるなんて、誰が想像しただろうか。
  ビッグ・ゴールウェイには、産業界に新しい風を巻き起こすことにかけて、他の企業
 の追随を許さないものがあった。
  フロンティア・スピリッツというか、チャレンジャー・スピリッツというか。

 「ストラディヴァリにポンと百万ドル出したのには驚いたけど、大物ってそういうもの
 なのかなァ。コンクールも大掛かりになるね。きっと」
 「しかし、ショー・ビジネスの世界は甘くないからな。金のかけ方が難しい。いくら、
 ビッグ・ゴールウェイでも、そんなにうまくいくかね」
  JJの向かいのデスクのふとっちょスコットは、ドーナツを頬張ってから、ちょっと
 眉をよせて、そう言った。
 「でも、ニューヨークに建ったゴールウェイ・ホールは、建物といい、音響といい、素
 晴らしいホールよ。私、先週ゴールウェイ交響楽団の12月の定期コンサートに行ったの。
 指揮はバーンスタインだったわ」
  ミス・プラムがうっとりと言った。
  彼女はどうやらバーンスタインのファンのようだ。ミス・プラムがクラシック好きと
 は知らなかった。コンサートのチケットで、デートに誘えるかもしれない。
  JJは頭の中でしっかりメモをした。
 「そういえば、JJはマエストロ・バーンスタインとは面識があったのよね?」
  彼女の質問には、JJ全力の笑顔で答える。
 「前に彼の作曲したミュージカルがトニー賞を受賞した時さ、うちで特別番組を作った
 だろう。あれのナレーションをやったんだ。僕はクラシック音楽って詳しくないからさ、
 色々教えてもらった」

  そう、バーンスタインはアメリカが生んだ偉大な音楽家だ。
  指揮者として、作曲家として世界的に活躍している。世界中でマエストロと呼ばれる
 最初のアメリカ人と言ってもいい。音楽界では巨匠、大家のことを特に『マエストロ』
 というイタリア語で呼ぶのだ。
  アメリカで史上最高のオーケストラを作り上げた偉大な指揮者、引退後もオーケスト
 ラ団員に「俺たちのマエストロは彼だけだ」と言わせた巨匠トスカニーニだって、アメ
 リカ人ではなかった。
  だからアメリカ生まれ、アメリカ育ちの初のマエストロ、バーンスタインこそは、ア
 メリカ音楽界の誇りであり、夢の象徴だ。

  そのバーンスタインと、ビッグ・ゴールウェイが組んだのだ。
  オーケストラをスポンサードし、コンサート・ホールを建て、劇場や、レコード会社
 を買収し、そしてバーンスタインをブレーンに迎えたゴールウェイ。
  おまけに百万ドルでストラディヴァリ購入だ。もっともヴァイオリンの方は、ゴール
 ウェイ個人で購入したらしいのだが。
  とどめが音楽コンクール。しかも国際級の。
  ゴールウェイ・カンパニーから目が離せない。

  JJには予感があった。こういう予感は当たるのだ。
  大きなニュースを報道するチャンスの匂い。
  何気なく右手であごをなでた拍子に、ぽんと浮かんだアイディアがあった。
 「ゴールウェイ国際音楽コンクールは、ドキュメンタリーにならないですかね?」
  JJは思い付きを口にしてみた。
 「あーん?」
 「参加者をうまくからめて……、アメリカで開かれる国際音楽コンクールの舞台裏とか、
 若い演奏家誕生の瞬間とか、絵になるでしょう。もちろん審査員にも話を聞いて。最終
 的には一時間くらいの番組にまとめるといいかな」
 「おまえ、取材してから、ビッグ・ゴールウェイびいきになったな。コンクールっての
 は現実のドラマが生まれるだろうし、テレビ的でいいと思うけど。OK。決まったら、
 結構、長期の取材になるぞ」
  スコットはそう答えると、大きな紙皿に残っていた最後のドーナツを、断わりもなく
 一気に頬張って、コーヒーで流し込んだ。JJはスコットが太っている原因が、わかる
 ような気がした。
  ミス・プラムがスコットの後ろで、ちょっと肩をすくめて、JJに向かってため息ま
 じりに微笑んだ。JJもつられて笑顔を見せた。仕事の疲れは吹き飛んだ。



  ビッグ・ゴールウェイとバーンスタインは本気だった。
  JJのゴールウェイへのインタビューが放送されてから、ちょうど一か月後の一月に
 『ゴールウェイ国際音楽コンクール』の企画が発表され、概要を聞いた関係者は、その
 本格的なスケールに驚いた。

  ゴールウェイ・ホールにおいて催されるピアノとヴァイオリンの2部門のコンクール
 で、2年おきに1部門ずつ開催する。第一回はヴァイオリン部門とする。
  参加資格は特に無く、国籍、性別を問わず参加可能。年齢制限は三十歳までとする。
  一応、経歴を記した書類審査をクリアしなければならない。だが、音楽を学んでいる
 ことが明らかにされていればいいのだ。あまり厳しい制限はない。書類審査は、演奏の
 できない参加者に来られては困るという、まあ保険のようなものだ。
  コンクール参加年齢の上限はあるが、下限が設定されていない、というのも、特徴と
 言えば特徴だろうか。コンクールでは十六歳くらいを参加下限年齢としているものが多
 いのだが、ゴールウェイ音楽コンクールはモーツァルトのような六歳の天才も、参加が
 可能らしい。もっとも、そんな神童は、わざわざコンクールで認められる必要はないだ
 ろうが。
  第一回の審査委員長はバーンスタイン。以下、審査員には、クラシック界の国際的に
 著名な演奏家や、音楽学校の教授などが名を連ねていた。多くのコンクールより、実際
 の演奏家の審査員が多いのが、このゴールウェイ・コンクールの何よりも際立った特徴
 だった。

  テレビ局の報道部に送られて来た、コンクールの概要が記されたプレス・シートは、
 ふとっちょスコットの興味を引いたらしかった。
 「ヨーロッパから、こんなに大物呼んできて、審査員しかやらせないなんて、ファンが
 怒るんじゃないかねェ。コンサートやったら儲かるだろうにな」
  椅子に座って自分のデスクに足を乗っけた少々行儀の悪い格好で、プレス・シートを
 眺めながら、スコットは言ったものだ。



  結局、JJはキャスターとして、ゴールウェイ・コンクールのドキュメントを『JJ・
 ニュース・ショウ』の特別番組で伝えることになった。
  JJはスコットの段取りの手腕を見直した。やるときゃやる男だ。
  ビッグ・ゴールウェイは、コンクールの件について、バーンスタインに全てを任せて
 いた。ゴールウェイは費用を惜しまない理想的なスポンサーだ。これだけの規模の国際
 コンクールとなれば、動く金も半端ではないだろうに。

  もっとも、ゴールウェイ・カンパニーにとって、コンクールの開催はそれほど大きな
 企画ではないのかもしれない。
  大体、こんな趣味的な企画に、企業のトップが直接関わっている暇など、あるわけが
 なかった。
  ゴールウェイ・カンパニーの事業は多岐に渡っている。コンクールの企画は、いくつ
 も予定されているプロジェクトのうちのひとつでしかない。成功したら会社の知名度と
 信用は上がるだろうが。

  JJは、ゴールウェイ・カンパニーのブレーンとしてのバーンスタインと、何度も会
 うことになった。コンクールの準備で多忙なはずのバーンスタインは、快くJJの取材
 を受けてくれる。
  大抵はゴールウェイ・ホールのコンクール事務局で、彼をつかまえることができた。
  ゴールウェイ交響楽団の事務局や練習施設もホールにあったので、オーケストラの芸
 術監督でもあるバーンスタインは、ほとんど毎日ホールに出勤していたからである。
 「可能な限り撮影を許可するから、充実した番組にしてくれたまえ。見た人が音楽コン
 クールに興味を持つような、ね」
  バーンスタインはテレビの影響力というものに気がついている。お互いに利用出来る
 物は利用した方が得策というものだ。ギブ&テイクなら文句はないだろう。
  JJは、右眉をひょいっと上げて意味ありげに笑った。大きい仕事になる。




戻る 戻る    次へ 次へ


遙の書棚 Fullkissの書棚 いろいろ書庫 憬の書棚 刊行物ご案内 お食事日記掲示板 web拍手 メールフォーム
憬文堂