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特集 名画座よ永遠なれ!!

「Last Picture Show」
三鷹オスカーに捧ぐ


BySADAHIKO

三鷹オスカー


三鷹オスカーが閉館することになった。大変なショックだった。
思い入れがある映画館ということだけでなく、我が「シネ・ビジョン」の同人誌を置いてくれている 貴重な映画館でもあったからだ。
もう、何年この映画館に通い続けていただろうか…。高校3年生からだから、かれこれ7、8年経っているんではなかろうか。
閉館といっても、劇場の入り口は普段とは何も変わった様子はなかった。 ただ、ポスターに「さよならフェスティバル」と銘打っていること以外は。

中に入り、「シネ・ビジョンの者ですが、同人誌の精算に伺ったのですが…」と言うと、 奥から、支配人のTさんが笑いながら出てきてくれた。「今回は30部、全部売れちゃったよ」
「本当ですか!いつもは半分売れればいい方ですのにね。本当にお世話になりました。 しかし、本当に残念ですね。ここで随分いい映画を観せて頂きましたよ」
「本当にね、ちょっとそこに座りなよ」と言って奥にいったん戻るT氏。 彼は根っから映画が好きな人である。いや、映画というよりも、お客さんが観終わって ニコニコして出てくるのを見るのが好き、といった方が正確かもしれない。
以前、こんな話をしてくれたことがある。 「いやー昔はね、映画観て喜んじゃったお客さんが控え室まで入ってきてね、 こっちも良かったと言われると嬉しくてねぇ」
「話し込んでいるうちに、家に帰るのが12時になっちゃうってことがよくありましたよ。 もういい気持ちになってしゃべっちゃってね、そんな時は赤字なんてことはコロッと 忘れちゃったなぁ」。彼はまた"キップのいい人"でもある。昔、2台の映写機のうち1台が故障して、 フィルムが途中で止まってしまったことがあった。普通なら、お客さんはすでにいっぱい入っているし、 「何とか一台で頑張ろう」ということになるだろう。 ところが彼の場合、「そんなまどろっこしいことして、お金もらえるかっ!」と言ってお客に金を返し、 従業員も含めて帰してしまう。そんな人なのである。もしかして、ウチの同人誌も急に そんなに売れるはずがない。Tさんが残りを、最後だからっていうんで買ったんじゃないだろうか。

そんなことを考えていると、Tさんがもうひとりからだの大きい人を連れて戻ってきた。 「これがウチのせがれでね、彼がここの番組を組んでいるだよ」と息子さんを紹介してくれた。
「よく、あれだけのいい作品を組みましたよねぇ」
「自分のせがれを誉めるわけではないけれど、よくあれだけやったと思うね。骨が折れる仕事だから、 他じゃわかっていてもしないでしょう」
「ホント終わっちゃうのが残念です」
「まったくね、本当はウチだってこのまま続けたいんだけれどね、 建物がこのままここにあれば、少々赤字だってこのまま続けていく自信があるんだけれどね。 駅前再開発で、ここがビルになっちゃうんですよ。オスカーさんもそのままビルに入っていていいですよ、 ていうことなんだけれども、ウチは商店とは違うから、色々設備にお金がかかるんでとても無理なんでね。 泣く泣くあきらめたんですよ」
いつも元気なTさんはさすがに寂しそうな顔になった。 時は、日本中が不動産熱に浮かれていたバブルの時代。 こうして消えていった映画館はいくつあるのだろう。映画館だけじゃない、もっと大切なものも 失われたんじゃなかろうか。

15分くらい話しただろうか。同人誌の精算も終わり、改めて挨拶し辞そうとすると、 Tさんが「暇があったら、観ていきなさいよ。今そんなに混んでないから、どんどん入っちやっていいですよ」と言う。 実は私も本当は、このまま去るのも後ろ髪を引かれるような気がしていたので、 お言葉に甘えることにした。もちろん映画館にチケットなしで入るのも初めてのことだ。
長い年月がしみつき、うす汚れた赤い大きな扉を開けて中に入ると、 懐かしい映画館の臭いがした。ちょっとカビ臭いような湿ったにおいだ。 今、目の前のスクリーンでは「黒い瞳」を上映している。 私の大好きな作品だ。ちょうどマストロヤンニが大きい1枚ガラスを抱え、 ロシアの町を歩きまわっているシーンが映し出されている。 マストロヤンニの声が場内に響いている。この心地よさ。 館内全部が見渡せるこの1番うしろの席に私は座った。

なぜか、映画にはそれほど集中できなかった。その代わり、この映画館の さまざまなことを思い出していた。
子供たちが大騒ぎしていた「スーパーマン」「スーパーマン2」。 アタマが混乱してウニのようになってしまった「シンドバット」3本立て+「タイタンの戦い」。 疲れ果てて死にそうだった「サテリコン」「アマルコルド」「カサノバ」フェリーニ3本立て。 仲の良いカップルも目立った「ローマの休日」「嵐が丘」「レベッカ」。 老年夫婦も観に来てた「愛情物語」「夜も昼も」「グレン・ミラー物語」。
長丁場なので、サンドイッチをつまみながら観ている人も多かった。 時にはガラガラ、時には立ち見の満員。(今考えると、信じられないことだが) になることもあった。
映画が始まる前のCM。近所の商店のCMなので、皆スライドの広告だった。 しかも一度作ったっきりそのままだったので、色は茶色っぽく色褪せていた。 いつも必ず出る紳士服の専門店のCMは、スーツが70年代のままで、とてもレトロだった。 あのCMを観て、お店に行く人はまずいなかっただろうな。
破れてスプリングが飛びでているシート、色褪せた赤い幕、トイレから漂うアンモニアのツーン とした臭い。その中で食べるサンドイッチの味…。
これこそ「三鷹オスカーのすべて!」
いつもお金がなかった学生時代、低料金で3本もいっぺんに観れてしまうこの映画館が どれほどありがたかったか…。ここは自分にとって思い出以上の場所…。

マストロヤンニがロシアの大地を馬車に乗って走り抜けていく。 「ロマーノだよ、覚えているかい?これから帰国するんだ」
映画は終幕に近づいている。これでもう充分だ。 私は予定があってこれで失礼する旨を伝え、再度お礼をTさんに言った。 「私もねぇ、まだこの歳だから、こではもう無理だけど、いつかまたどこかで 映画館をやりたいとおもってるんですよ、その時までね」

あの時からまた数年が経過した。それ以来、私は三鷹オスカーのあった場所にも行って いないし、Tさんにもお会いしていない。しかし、自分の心の中では昔と同じように、 あの場所に今でも確かに存在している。そして、今でも三鷹オスカーのあの暗闇の中に いる夢を見ることがある……。

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