ファン交 2024年:月例会のレポート

 ■1月例会レポート by 鈴木力

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■日時: 1月20日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)

●テーマ:2024年SF回顧「国内編」&「コミック編」』
●ゲスト:森下一仁さん(SF作家、SF評論家)、香月祥宏さん(レビュアー)、岡野晋弥さん(「SFG」代表)、福井健太さん(書評家)、日下三蔵さん(アンソロジスト)、林哲矢さん(レビュアー)
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2024年最初の例会は、毎年恒例の国内作品とマンガの回顧企画です。

まず森下さんから、SFをめぐる社会情勢について少し総括的な話が。23年はチャットGPTなどAIの進出が大きなトピックとなった年でした。AIと人間の作家が小説の共作を試みるなど、その影響は現在進行形で続いています。また国際情勢に目を転じると、ウクライナのみならずガザ地区でも戦争が始まるなど、社会の安定性が従来にも増して損なわれました。

前半の国内編で、複数の出演者が推薦していた作品その一は酉島伝法『奏で手のヌフレツン』。固体に囲まれた球形の空洞で繰り広げられる、人間がまったく出てこない異世界の話でありながら、森下さんは「完璧なSF。ダントツのインパクト」と言えば、香月さんも「異様な世界での日常がリアルに描かれる。長編ベストはこれ」と絶賛です。 続いて香月さんと岡野さん推薦は、戦後間もない与那国島を舞台にサイボーグの密輸商人が活躍する歴史改変サイバーパンク、荻堂顕『不夜島』。著者はミステリの新人賞出身で、香月さんは「てらいなくこういうものを書ける人はジャンルSFの中からは出てこない」、岡野さんは「主人公のアイデンティティを問うテーマは、前作『ループ・オブ・ザ・コード』と共通する」と指摘します。

サイバーパンクではもう一作、結城充考『アブソルート・コールド』も森下さんと岡野さんが推薦していました。『不夜島』とは対照的に近未来の都市を舞台とした正統派サイバーパンクですが、森下さんは「いろいろなアイデアが詰め込まれている」と言い、また岡野さんによれば、貧しい階層ほど上層階に住むという本書の設定には現実の元ネタがあるそうです。

後半のコミック編では、林さん・福井さん・日下さんが順繰りでお勧め作品を紹介したのですが、作品が多すぎるので筆者(鈴木)の判断でいくつかをピックアップしました。

林さんお勧めの、いけだたかし『旅に出るのは僕じゃない』は、コロナ禍が収束しなかった世界が舞台。そこではプロの旅行者が世界を旅して、集めたデータをVRとして顧客に販売するようになっているという設定です。しかしデータを書き出すと当の旅行者も旅の記憶を失ってしまうので、自分もVRで体験するしかないというのがミソです。山田胡瓜・藤村緋二『真の安らぎはこの世になく』は、映画『シン・仮面ライダー』のスピンオフ前日譚。緑川博士がショッカーに身を投じたところから始まります。

福井さんお勧めの、岩宗治生『ウスズミの果て』は、『少女終末紀行』を思わせるポストアポカリプスSF。人間が鉱物化する奇病が蔓延した後の世界で、謎の機関の調査員である少女が世界を経巡ります。島崎無印・黒イ森『エリオと電気人形』は、人間とAIが戦争した結果、AIにインフラを乗っ取られた世界で、インフラとは関係なく動く蒸気ガスが動力のアンドロイドと少女の物語です。

林さんと福井さんがSFなので意図的にファンタジーに寄せたという日下さんのお勧めは、山田鐘人・アベツカサ『葬送のフリーレン』。長命のため多くの仲間を見送りざるをえないエルフが主人公で、筒井康隆『旅のラゴス』を思い出させるといいます。有馬明香・いかぽん『魔術学院を首席で卒業した俺が冒険者を始めるのはそんなにおかしいだろうか』はライトノベルのコミカライズ。魔術使いはエリート、冒険者は賤業として扱われる世界で、魔術学院を首席で卒業した主人公が家出をしてまで冒険者のパーティに身を投じる話。パーティには女の子ばかりなのにハーレム展開にはならず、パターンを外した面白さがあるといいます。

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■2月例会レポート by鈴木力 

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■日時:2月24日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:2023年SF回顧(海外編・メディア編
●ゲスト 中村融さん(翻訳家)、柳下毅一郎さん(映画評論家)、縣丈弘さん(B級映画レビュアー)、冬木糸一さん(レビュアー) 

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今回は2023年の海外作品と映像作品の回顧企画です。

海外編はまず冬木さんから主要トピックの紹介。
・中国SFブームは落ち着き
・韓国SFは翻訳増
・古い作品の復刊、新訳が相次ぐ
・気候変動を扱ったSFが増加
・中国でワールドコン開催

中村さんのベスト5は以下の通りです。
『サイエンス・フィクション大全』は、イギリスの博物館で開催された企画展のパンフレットですが、高度の評論集でもあります。またSF自体だけでなくアート・ゲーム・科学史などにも目配りがきいています。
『砂漠の救世主』はデューンの新訳。旧訳が8割なら新訳は9.9割まで解像度が上がっているそうです。
『七月七日』は韓国の伝説を基にしたオリジナル・アンソロジーですが、日本・アメリカ・中国の作家が書いているのが特徴。「これからは東アジアSFという枠組みが浮上してくる」と中村さん。
『ラヴクラフト・カントリー』はアメリカの人種差別をテーマに据えたホラー。
『最後の三角形』は日本オリジナルの短編集ですが、アンソロジストとしてかかる手間暇には頭が下がる、と中村さん。

冬木さんのベスト5は以下の通りです。
『宇宙の果ての本屋』は日本オリジナルの中華SFのアンソロジー。同じ編者による『時のきざはし』よりさらにSF寄りでかなり高レベル。
『チク・タク(以下略)』は40年前の作品ですが、生成AIを予見した箇所もあるとのこと。
『未来省』は、ほとんどノンフィクションで小説としては評価できないが、トピックで触れられた気候変動SFのひとつ。
『文明交錯』はインカがスペインを征服する歴史改変小説。戦争だけでなく内政も描かれており歴史小説好きにもお勧め。
『星、はるか遠く』は宇宙テーマのアンソロジー。編者の中村さんによれば、ブリッシュの「表面張力」を収録したくて企画した本とのこと。

続くメディア編で、柳下さんと縣さんが揃って二重丸をつけたのが『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。さまざまな平行世界のスパイダーマンが登場する、流行のアメコミ×マルチバースものですが、スパイダーマン同士が交流すると宇宙全体が崩壊するというメタ的設定が特徴。またアニメーション作品なのですが、それぞれの世界観に従って絵柄をガラッと変えるなど作画が凄く凝っています。

柳下さんのお勧めは『ザ・フラッシュ』。これもアメコミ×マルチバースものですが、フラッシュが過去に行って図らずも歴史を変えてしまい、現代に戻ってくるとバットマンが別人になっている……という話。「これを見るとティム・バートンのバットマンは正しかったことがわかる」と柳下さん。

縣さんのお勧めは『リバー、流れないで』。京都の老舗旅館で時間が2分間だけループする現象が起きて、登場人物がそこから脱出しようと奮闘する話。時間ものはアイデアと脚本がよければ低予算でも作れるので、近年の日本で良作が出ていると縣さん。ファンダムファン的には、舞台となる旅館がSFセミナーや京フェスの定宿を思わせる和風の造りなので馴染みが深いそうです。

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 ■3月例会レポート by 鈴木力

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■日時:3月16日(土)14:00-16:00
■会場:藤子・F・不二雄ミュージアム
(川崎市多摩区長尾2丁目8-1/登戸駅より有料直行シャトルバス9分)
●テーマ:みんなで川崎市「藤子・F・不二雄ミュージアム」に行こう♪

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今回は、昨年7月以来のお出かけ企画。場所は川崎市の藤子・F・不二雄ミュージアムです。

4月並のポカポカ陽気の中、登戸駅前から市営の直通バスに乗り、約10分ほどで生田緑地の丘を背に立てられたミュージアムに到着しました。春休みにほど近い土曜日ということもあり、時間別のチケット制ながら館内は大人・子供取り混ぜてかなりの混みよう。ファン交の参加者は21名でした。

館内に足を踏み入れて真っ先に目に入るのが、漫画が出来上がるまでのプロセスの説明です。これが「鉛筆による下描き→ペン入れ→墨汁でベタ塗り→スクリーントーン貼り……」という超アナログ工程で、当然パソコンのパの字もありません。昭和46年生まれの筆者(鈴木)にとっては子供のころ漫画の描き方入門などでさんざんお目にかかったものですが、なるほど今の子供にはここから説明しなければいけないのかと感じ入った次第でした。

1階の主なメニューは『ドラえもん』の原画と歴史にまつわる展示で、初登場時の雑誌・劇場版のアフレコ台本・創作メモなどかなりマニアックなものも。案内役の星野勝之さんによれば、『ドラえもん』の雑誌連載が始まった昭和40年代半ばとは藤子・F・不二雄にとっては低迷期で、『ドラえもん』が安定した人気を得るのは1974年(昭和49年)に単行本化されてからだといいます。

2階に上がると藤子・F・不二雄の蔵書の一部が展示されており、映画関係の書籍に混ざって、自身がイラストを手がけた『ジェイムスン教授』シリーズや、『10月はたそがれの国』『わたしはロボット』など(なぜか縁の深い早川書房より東京創元社の本が多かった)などがありました。2階の展示は時期によって入れ替えているそうで、当日は『T・Pぼん』の原画が展示されていました。

また藤子・F・不二雄が生前執筆に使った道具もありましたが、鉛筆は三菱ユニ、インクはパイロットの製図用、墨汁は開明墨汁と、意外と庶民的(?)なもの。定規は使い古した竹製で「藤本」と名前が書き込まれているのも印象的でした。

2階の展示室を抜けると「みんなのひろば」には、のび太の家の模型が展示されています。星野さんによれば、のび太のママが家賃について零しているのでこの家は借家とのこと。模型を見た筆者が「屋根が瓦葺きではなくてトタン葺きということは、割と安普請の家ですね」と言うと、「それは多分、瓦を描くのが面倒くさかったからでしょう」と星野さん。

このあと15時20分からは「Fシアター」でショートムービーの上映がありました。ドラえもんのひみつ道具がきっかけとなって、パーマンやキテレツなどFキャラがのび太の家に総登場するというオリジナル作品です。

上映は10分ほどで終わりましたが、そのあとサプライズが。観客は客席脇の入口からまた出て行くのかと思いきや、何と正面のスクリーンが上がって、その奥の壁が左右に分かれていきます。壁の外は丘の斜面を生かした屋外の中庭。展示だけでなく建物の構造にも工夫が凝らされたミュージアムなのでした。

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 ■4月例会レポート by  鈴木力

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■日時:4月13日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:ようこそ、中国SFの世界へ
●出 演:立原透耶さん(作家、翻訳家)、泊功さん(翻訳家、教員)、上原かおりさん(翻訳家)


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今回は、『三体』の文庫化などで再び盛り上がりを見せる中国SFの企画です。

まずは立原さんから中国SFの概説と、邦訳の歴史についてお話がありました。

現在、中国のSFを支えているのが四天王と呼ばれる王晋康・劉慈欣・韓松・何夕の4人の作家。彼らの作品を読んでSFを書き始めた人も多く、その影響力は絶大です。

台湾での主な作家は、ベテランの張系国、童話や詩も手がける黄海のほか、福島第一原発事故にヒントを得て『グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故』を書いた伊格言、ジェンダーSFを積極的に発表している紀大偉などが挙げられます。

邦訳は林久之さん・武田雅哉さんが先駆者として早くから取り組んできましたが、『三体』の邦訳を機にSFMでも定期的に特集が組まれるようになり、現在ではミステリマガジンのほか文芸誌や中国語講座などでも取り上げられています。

続いて上原さんから、現代中国におけるSFの位置づけについて。

そもそも中国の文芸活動には、文学文芸は人民を教育するものという毛沢東のテーゼが建国以来一貫して流れており、共産党が文学を指導してきました。その中で中心的な役割を担ってきたのが雑誌『人民文学』です。

『人民文学』にSFがはじめて掲載されたのが1978年。その後80年代には精神汚染一掃キャンペーンでSFが排斥されたこともありましたが、21世紀に入って10年代から復権が始まりました。その背景にはやはり、国家主席である習近平談話の影響があるそうです。

泊さんからは昨年のワールドコンに参加したときのお話がありました。

実感したのは劉慈欣人気の凄さで、サイン会には建物の3階から1階まで竜のごとき長蛇の列が並び、全部サインしきるのに3時間を要したとのこと。また分科会では学術的なテーマの企画にも多くの聴衆が集まり、中国の読者はSFをエンタメとして消費するだけではなく、科学技術や社会問題に対する高い関心を持っていると感じたそうです。

後半は各人お勧めの中国SFについて。

『宇宙の果ての本屋』は、前作『時のきざはし』よりコアなSFを意識して収録したという立原さん。その中でもお勧めは作者自薦で訳すことになった韓松「仏性」。また収録作の王晋康「水星播種」は今年のヒューゴー賞候補作になっています。収録作以外ではミステリマガジン19年3月号に訳載したこれも王晋康の「生命の歌」で、泣くほど感動したといいます。

上原さんのお勧めは韓松『医院』三部作。ちなみに中国語で医院とは総合病院のこと。独りの男が原因不明の腹痛で入院するも、謎めいた病院の囚われ人になるところから始まり、最終的には阿頼耶識など仏教的世界観へと話が広がっていくそうです。

泊さんは「時空画師」でヒューゴー賞を受賞した海漄の「伝統文化を現代の物語に取り入れるのは自然な流れ」という言葉を引き、西欧文化をスタンダードと見なす価値観へのオルタナティブとして漢詩の伝統に着目します。劉慈欣「詩雲」もそうした文脈で読むことができます。ちなみに泊さん自身、作中のすべての漢字を組み合わせて漢詩を作る「究極詠詩プロジェクト」を実行したらどのくらいの数になるか計算したところ、五言絶句だけで訳3.7かける10の131乗で、無量大数(10の68乗)より多かったとのこと。

中国SFの邦訳は今後も続くとのこと。『医院』も早川書房から刊行予定です。

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 ■5月例会レポート by 鈴木力

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★お休みです。


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 ■6月例会レポート by

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■日時:6 月 22日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:〈幻想と怪奇〉とショートショートの魅力
●出 演:牧原勝志さん(〈幻想と怪奇〉編集室長、翻訳者)、井上雅彦さん(小説家、アンソロジスト)、北原尚彦さん(作家、翻訳家)、石原三日月さん(コンテスト入選者)、中川マルカさん(コンテスト入選者)

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今回は『幻想と怪奇』のお話です。

もともと紀田順一郎さんと荒俣宏さんが中心となっていて刊行していた雑誌『幻想と怪奇』。1971年に創刊され74年に「一時」休刊となり、45年間の「一時」を経て2020年に復活しました。

編集室長の牧原さん(65年生まれ)が旧『幻想と怪奇』を知ったのは、高校~大学時代に所属していたSRの会の会合に出かけたとき。オークションで2号を入手し「こんなものがあるのか」とビックリしたそう。ちなみ牧原さんの隣で「それ持っているといいことあるよ」とアドバイスしてきたおじさんがいて、それが映画『幻魔大戦』の脚本を書いた桂千穂なのでした。

北原さん(62年生まれ)は中学3年生からSFを読み始めますが、高校生になると幻想小説やクトゥルーなどに興味の範囲が広がります。ところが当時は、それらの単行本がまだない時代。そんなおり古本屋で出会ったのが旧『幻想と怪奇』でした。ただしレア本でかなり高価だったとか。

井上さん(60年生まれ)の中学時代、学校で江戸川乱歩が流行し、井上さんも幻想・怪奇小説を読み始めます。旧『幻想と怪奇』を出会ったのは大学時代で、千葉県にあったSF専門の私設図書館(!)でした。井上さんによれば「幻想」と「怪奇」をはじめて並べて使ったのも乱歩で、それを都筑道夫が使ったといいます。

牧原さんが『幻想と怪奇』を復活させたのは、フリーになったあと新紀元社の飲み会に出たとき、ふと出た話がきっかけだそうです。荒俣宏さんには「こういう雑誌の読者は2000人いればいい」とアドバイスされ、その2000人のために作っているといいます。復刊直後、当時『週刊朝日』で雑誌評を連載していた亀和田武さんに献本したところ、亀和田さんからは電話が来て、連載では2回も続けて取り上げてもらいました。

さて、もともと自由投稿ということで小説原稿を受け付けていた『幻想と怪奇』ですが、牧原さんは西崎憲さんと新人賞をやりたいと話していました。お金その他の制約がある中、書きやすく読みやすいということで対象を8000字以内のショートショートにすることに決定、幻想と怪奇の解釈は編集部では縛らず作者に委ねることに。第1回は締切まで1カ月という短期間だったので、応募総数200くらいと踏んでいたら倍の400来て驚いたといいます。ちなみに第2回は700来ました。

ここでコンテストの入選者にもお話をうかがいました。

第1回入選者の石原さんはもともと演劇の脚本を書いていましたがコロナ禍で演劇が出来なくなってしまい、小説を書き始めました。ただしいきなり長い作品はきついということで短いものに挑戦。坊ちゃん文学賞にも佳作入選しています。『幻想と怪奇』の方は一次選考通過で満足していたのでまさか入選するとは思わなかったといいます。

中川さんはクリエイターが集まるカフェを10年続けている方で、乱歩や山尾悠子が好きだといいます。『幻想と怪奇』には自由投稿枠で掲載されたこともあるのですが、第1回の選評を読んで感動したことから応募しました。誰かに読んでもらうことで自作を客観視できることがコンテストのいいところだそうです。

牧原さんに応募作の傾向を聞くと、いわゆる幻想と怪奇みたいなものはなく、介護・いじめ・DVなど身近な問題が題材になっており、現実と幻想の垣根を越えて、現実を映す装置としての幻想となっているのでは、といいます。いろいろと大変なこともありますが、むかし通っていたボクシングのジムで教わった「難しいことは面白い」という言葉を胸に今日も編集作業に励んでいるそうです。

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 ■7月例会レポート by 鈴木力

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■日時:2024年7月13日(土)14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:きのこ! 脂肪! そして叙情⁉ 初の小説集『私は孤独な星のように』刊行の池澤春菜に聞く、読者と作者の間にあるもの
●出 演:池澤春菜さん(作家、エッセイスト、声優)、大森望さん(翻訳家、書評家、「ゲンロン 大森望 SF創作講座」主任講師)

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今回は初の小説集『わたしは孤独な星のように』を上梓された池澤春菜さんにお話をうかがいました。

祖父も父も小説家の家に生まれた池澤春菜さん。以前からエッセイや書評などでは活躍していましたが、小説にチャレンジするには特別な覚悟が要ったようです。

すでに堺三保さんの映画『オービタル・クリスマス』のノベライズを発表していましたが、原作に乗っかったもののうえ、大森さんに追い詰められて書いたという経緯もあって100%のデビュー作ではないと感じていたそうです。

大森望さんの創作講座に参加したのは、実は作家になるためではなく作家を諦めるためだった、と池澤さん。自分の実力がわからないことを言い訳にズルズル躊躇っているくらいなら、いっそ身の程を知って「散るなら立派な墓石を建てたい」と参加を決意します(大森さんいわく「講師席に立ったら知っている顔がいて驚いた」)。すでにSF作家クラブの会長も経験していたので、周囲には「バカなの?」と言われたとか。

創作講座は、毎月プロットを提出して選ばれた作品だけが実作できるというシステム。しかし、この毎月強制的に書かざるをえないシステムがよかったそうです。「忙しい方が何も考えず走れる。じっくり書いても慌てて書いても評価は変わらない」と池澤さん。収録作の「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」などは4時間で書き上げました。もっとも落とされることもしょっちゅうで、そのたびに泣いたといいますが……。

作品集の発刊は、成都のワールドコンからの帰り道、池澤さんから早川書房の溝口力丸さんに売り込んで実現しました。溝口さんは創作講座以外にも、手持ちの作品全部を読んで収録作を決めたそうです。池澤さん本人が全作品を朗読したオーディオブックも発売されました。

こうして晴れて作家デビューを果たしたのはいいのですが、その先にはまた難問が待ち受けていました。それは、他人の書いた小説を読めなくなってしまったこと。いい作品を読むと口惜しくなって、自分にも同じレベルのものが書けるのかと考えてしまうようになったといいます。「同じマナイタの上に乗ってしまった」と池澤さん。小説は書いてしまったら作者の手を離れて読者のものになるといいますが、作品を手放すまでの苦労を知ってしまうと素直に読めなくなったのも理由のようです。

小説に関しては自分もファンでいたいという池澤さんは、作者としての自分と、読者としての自分を切り分けることで危機を脱しましたが、作者としての自分は「いま岐路に立っている」といいます。デビューしても今後作家として活動していけるのか。辛くても書き続けるのが責任だというのが池澤さんの覚悟です。ある編集者からは「私は池澤さんの吐く血ヘドが見たい」と言われたとか。

SFの魅力を「一番自由なジャンルで、一番遠いところまで連れて行ってもらえる」と語る池澤さん。現在は3本の企画が進行中です。ちなみに「オービタル・クリスマス」以来の星雲賞も狙っているとか。票を分散させないための統一候補は表題作の「わたしは孤独な星のように」だそうです。

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 ■8月例会レポート by 鈴木力

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■日時: 8月24日(土)
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:追悼 クリストファー・プリースト
●出 演:大野万紀さん、渡辺英樹さん、たこい☆きよしさん ほか
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今回は、今年2月に80歳で亡くなったクリストファー・プリーストの追悼企画です。

プリーストは1943年生まれ。64年からファンダムに参加し、66年に短編「逃走」でプロデビュー。ニューウェーヴ運動が退潮した70年代、イアン・ワトスンと共にイギリス若手作家の代表的存在となります。作家としてのプリーストはアメリカSFには批判的だったそうですが(その割に好きな作家はロバート・シェクリイ)、ファン活動にはどっぷり漬かっていたそうです。

大野万紀さんは、70年代に安田均さんが力説されていたのを聞いて原書で『逆転世界』を読み、認識が変革されるような驚きを味わったといいます。ちなみに関西海外SF研究会では1977年にプリーストの「リアルタイム・ワールド」と「逃走」をファンジン(ガリ刷り!)で翻訳しており、これがプリーストの初紹介でした。

渡辺英樹さんも、生まれて初めて買ったSFMで安田コラムを読み、そこで「ウェルズの末裔」と紹介されていたのが印象に残ったそうです。

たこいさんは、大学に入学した83年に『逆転世界』の邦訳が刊行され、本書でプリーストに初めて接したといいます。

大野さんはプリースト作品の特徴として、記憶=世界という世界観、イギリス近現代史への関心、H・G・ウェルズへの偏愛、飛行機と空への憧れ、奇術師への関心の5点を挙げます。特に記憶については、個人間における記憶のズレが、そのまま世界そのもののズレに繋がっていると指摘。P・K・ディック作品との類似が思い浮かびますが、プリースト自身は、ディック作品では正しい世界と偽の世界があるのに対し、自作では複数の世界は真実さについて等価であると考えていました。

プリーストとワトスンの間には論争がありました。SFは文学的価値を持つと考えていたプリーストと、小説は神聖不可侵なものではないとするワトスンの、根本的なSF観の違いが論争の原因であったそうです。

プリーストは一般にSF的アイデアと呼ばれているものを「ノーション」、実際的な主題を「アイデア」という風に分け、後者を重視する姿勢をとっていました。これが、内容より文体・形式を重んずる作風に繋がります。

たこいさんは『双生児』について、第二次世界大戦で英独が講和する歴史Aと、事態がほぼ史実通りに推移する歴史Bの記述を分析。歴史Aの中では記述者が時間の無限ループに陥っており、また歴史Bの記述も一本線ではなく細かい平行世界が生まれている可能性を指摘。さらにたこいさんは一歩踏み込み、この小説では双子とされていたジャックとジョーはもともと一人であり、歴史の分岐と共に人物もまた分離したのではないか、と推測します。

高い評価の割に翻訳紹介が進まなかったプリースト作品。転機となったのは06年にクリストファー・ノーラン監督が『奇術師』を映画化したことでした。しかし13年の『隣接界』を最後にまた邦訳が止まってしまいます。古沢嘉通さんによれば、早川書房以外の出版社に企画を持ちかけても「あれは早川の作家でしょう」と断られてしまうのだとか。何とかまた復活できないか……という話題で幕となりました。

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 ■9月例会レポート by 鈴木力

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■日時:9月14日(土)
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:これまでの感謝をこめてーー翻訳家嶋田洋一さんに訊く
●ゲスト:嶋田洋一さん(翻訳家)、中條裕之さん(夢枕獏事務所)、石亀航さん(東京創元社編集者)、東方綾さん(早川書房編集者)

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今年7月に創元SF文庫から刊行した『歌う船[完全版]』をもって翻訳家からの引退を表明した嶋田洋一さん。今回は嶋田さんにこれまでのSF/翻訳家人生を伺いました。

もともと父親がSFファンで、講談社のSFシリーズや、SFMを創刊号から持っていたという嶋田さん。小学校時代はジュブナイルの火星シリーズをボロボロになるまで読み返し、中学生になると創元推理文庫のスカイラークに熱中します。

大学を卒業後に就職した会社を3年で退職、翻訳学校・バベルの前身で通信教育を受け、ニュース写真のキャプションなどの実務翻訳に携わります。そこにいたのが講談社の関係者で、86年にハリウッド映画のノベライズ『マドンナのスーザンを探して』が初の訳書となりました(ただし大幅な抄訳だったので表記は「文・嶋田洋一」)。

ファン活動を始めたのは意外にも社会人になってからで、翻訳学校で後に結婚する喜美子さんと知り合い、その誘いでトナカイの例会に参加するようになったのだとか。このトナカイ人脈を起点として、80年代半ばにはガタコンの常連となります。

さらに矢野徹さんが主催していた翻訳勉強会に加わり、88年にはダーコーヴァ年代記の1冊『キルガードの狼』でSF翻訳家としてデビュー。

「楽しかった翻訳は?」という質問に対しては「終わった後に達成感はあっても翻訳している最中は……」。一番大変だったのはダニエレブスキー『紙葉の家』で、パラパラめくって面白そうだったので名乗りを上げたところ、これがメチャクチャな難物で、下調べに半年、翻訳に半年かかりました。しかもそれだけ手間暇かけたのに、初版6千部のうち3千部しか売れず残りは裁断の憂き目に遭ったとか。

逆に映画『JM』のノベライズは重版がかかりましたが、出版社が広告で「刊行即重版!」と謳いたいばかりに初版の部数を低く抑えられたという笑えない話もありました。純粋に売れた訳書としてはダールトンの『ネアンデルタール』。これは編集者が嶋田さんの自宅を訪れて依頼するほどの力の入れようで、その甲斐もあってか10万部が売れました。

ローダンの翻訳を始めたのは07年のこと。トナカイの仲間が編集を早川書房から外部委託されていた縁で早くから声がかかっていたそうですが、自信がないのでなかなか引き受けられないでいました。しかし、松谷健二さんが亡くなって人材不足が深刻ということで引き受けました。ローダンは歴史のあるシリーズなので、訳語の統一など色々な制約がありシリーズものならではの苦労があるそうです。

もともと65歳くらいで翻訳からは引退するつもりだったが、ローダンの切りのいいところを探っていたのと、『歌う船』はぜひやりたかったので、67歳まで延びてしまったという嶋田さん。引退の背景には、若い頃からの投資の積み重ねで十分な資金が出来たことがあります。実は嶋田さんは、在籍していた会社で財務を担当していたこともあってお金には強いのでした(内田昌之さんいわく「確定申告の時期になると、翻訳家仲間はみんな嶋田さんに相談していた」)。

これからは翻訳や創作とは違うことをやっていきたいと言う嶋田さん。ピアノを購入したり、地元の吹き矢のサークルに入ったりと、悠々自適の生活が垣間見えました。

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 ■10月例会レポート by 鈴木力

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■日時:10月12日(土)
■会場:京都SFフェスティバル合宿会場たき川旅館

●テーマ:いつかマンガミュージアムみたいに!〈SFファン活動〉アーカイブ化計画
●ゲスト:大野万紀さん(翻訳家、書評家、旧KSFA、THATTA ONLINE) 岡本俊弥さん(書評家、神戸大学SF研究会OB、チャチャヤング・ショートショートの会) 渡辺英樹さん(書評家、名古屋大学SF研究会OB、SF文庫データベース主宰) 山本浩之さん(前日本SFファングループ連合会議事務局長、FandomLink) 七里寿子さん(第45回日本SF大会実行委員長、eSFe世話人、SFファンジンコレクション)

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10月例会は、5年ぶりに復活した京都SFフェスティバル合宿での開催です。

まずは渡辺英樹さんから。渡辺さんは定年後、SFに関する文献を集めたSF資料館を構想していましたが、国立国会図書館が絶版本のデジタルアーカイブを公開したことで、対象を散逸しやすい60~90年代のファンジンに絞ります。

渡辺さんの構想は以下の通りです。
・紙のファンジン・イベント記録を収集しデジタル化
・公開できるものと公開できないものに分け、公開できるものをネットにアップロード
・希望者に対してはパスワードを発行し閲覧のみ許可
・NPO法人化し後世にも続くようにする
・運営資金と紙資料の保管場所については寄付を募る

一方、岡本俊弥さんは、すでに70年代神戸大学SF研の会誌や過去の京フェスの紙資料、池田憲章さんの特撮ファンジンなどを電子化しています。岡本さんは電子データ優先の立場で、綺麗にスキャンするためなら紙資料を裁断してもよいし、電子化後は廃棄するのもやむを得ないと言います。岡本さんによれば、持ち主が亡くなったあと、商業出版物なら古書店経由で流通させることができるが、ファン出版はそれができないので、遺族が持て余して廃棄してしまう恐れがあるそうです。

このほか、石原藤夫さんが手元の膨大なファンジンコレクションをデジタル化したほか、山本浩之さんは柴野拓美さんからSF大会関係の資料を寄贈されており、七里寿子さんや森東作さんもファンジンのデータベースを作っています。

しかし問題は、これらの動きが個人の範疇に留まって組織化されていないことにあります。以前ファン活動をしていたが今は離れてしまった人の手元に貴重な資料が眠っている可能性もあり、それをどう呼びかけて発掘するかという課題もあります。また、国立国会図書館には納本制度があり、納本すればファンジンでも受け付けてくれるそうですが、個人情報の取り扱いが厳しい昨今、ファンジンが保管されたからといってそれが閲覧できるかどうかは別問題となります。

時間的な制約もあり、各自の現状報告と今後の課題の確認で持ち時間が過ぎてしまいましたが、とりあえずプロジェクト名を「第二ファウンデーション」とすることだけは決まって幕となりました。

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 ■11月例会レポート by 鈴木力

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■日時:11月16日(土)
■時間:午後2時〜5時
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:歴代未訳海外SF紹介というお仕事
●出 演:東茅子さん(編集者、レビュアー)、鳴庭真人さん(翻訳家、英米SF紹介者)、香月祥宏さん(書評家)、紅坂紫さん(作家、翻訳者)

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今回は、SFマガジン誌上で海外未訳短編を紹介されている方々にお話を伺いました。

まずは東茅子さんから、SFMにおける海外作品紹介コラムの変遷について。同誌では70年代から続く「世界SF情報」などいくつかのコラムがありましたが、それらが96年1月号から「WORLD SF IN A BOX」の名称で一括りになります。東さんは97年から執筆陣に加わります。

04年1月号からは、アシモフズ・F&SF・アナログ・インターゾーン/ウェブジンの掲載作を隔月交代で紹介する「MAGAZINE REVIEW」がスタート、東さんがアナログの担当を務めるほか、香月祥宏さんがF&SFの担当として参加。途中から鳴庭真人さんがアシモフズの担当になります。

その後も出版形態の変化に合わせて変更がありましたが、15年6月号から現行の「NOVEL & SHORT STORY REVIEW」と「世界SF情報」の2本立てとなります。

4人の中で一番新参の紅坂紫さんは24年2月号からの参加。もともとはエッセイの翻訳を持ち込んだのが縁で〝お試し〟的に2月号を担当し「そのままなし崩しに書くことになった(笑)」(本人)そうです。

紹介する作品のセレクトですが、あちらで話題になった作品、賞の下馬評に挙がるような作品は当然フォローしなければいけない一方、たとえばスモールプレスから出た作品など、各執筆者の〝推し〟もあり、バランスをとるのは難しいようです。また海外と日本とでは当然読者の好む作品も違ってきます。香月さんはケリー・リンク「マジック・フォー・ビギナーズ」を雑誌で読んだ際、面白いとは思ったものの内容の特異さのあまり、これは本当に面白いのか、紹介していいのかと悩み、繰り返し読むうち徹夜して朝を迎えてしまったことがあるといいます。

香月さんは編集部がイーガン、チャンに注目していたころにバチガルピを紹介したところ邦訳に結びついたことがありました。また東さんもアダム=トロイ・カストロを推薦したことがあるといいます。一方、翻訳家でもある鳴庭さんと紅坂さんの場合、「これは自分が訳したい」という思いが紹介するモチベーションになるそうです。

後半では鳴庭さんと紅坂さんから推薦作をいくつか紹介いただきました。

鳴庭さん推薦のスコット・アレクサンダー・ハワードThe Other Valleyは個人的〝推し〟に属する作品で、谷をへだてて違う時代に属する同じ街が、同一空間に存在するという設定。ウォレ・タラビのDebut, Encoreは、AIにとって芸術とは何かをテーマに据えた短編二部作です。

紅坂さんが推薦するジェフ・ライマン19年ぶりの新作Himは、イエス・キリストが、身体は女性なのに性自認は男性という設定で、わが子について葛藤するマリアの姿が描かれます。イブティサム・アゼムThe Book of Disapperanceは、イスラエルからパレスチナ人が姿を消してしまうというアクチュアルな内容です。

本企画では他に大野万紀さん、細井威男さんなど、過去の紹介コラムを担当した方による思い出話を交えつつ幕となりました。

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 ■12月例会レポート by  

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■日時:12月14日(土) 14:00-16:00
■会場:オンライン上(Zoomシステム使用)/定員100名(ゲストスタッフを含む)
●テーマ:少女小説における「SF」の在り方
●ゲスト:嵯峨景子さん(ライター、書評家)、皆川ゆかさん(作家)、若木未生さん(作家)

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今回のテーマは少女小説です。

まずは今春刊行されたオリジナルアンソロジー『少女小説とSF』の話から。もともとはSFカーニバルに少女小説系作家のファンが多く来場することから「何かできないか」と話が始まりました。

執筆者の選定に当たって意識したのは、コバルト・ティーンズハートなど少女小説のレーベル。各レーベルを代表する作家に依頼し、レーベルが重複しないようにしたそうです。

皆川ゆかさんは『スター・ウォーズ』ブームをきっかけにSFを読むようになりました。好きな作品は『銀河帝国の興亡』、『砂の惑星』、半村良作品など。大学に入ってSF研究会でワイドスクリーンバロックを知ります。アイデアストーリーよりキャラクターや物語性の強い作品が好みだと語ります。

やがて自身でも小説を書き始めますが、80年代後半は長編の新人賞がなく朝日ソノラマや秋元書房へ持ち込みます。そして講談社出版研究所に持ち込んだ原稿でデビューを果たしますが、持ち込んだ15分後には編集部を紹介され、2カ月後には刊行という超スピード展開。当時はとにかく数を出すのが少女小説レーベルの基本戦略で、ペンネームを使い分けて1カ月に3冊出す人もいたそうです。

若木未生さんは、『宇宙戦艦ヤマト』のノベライズをアニメより先に読んだのがきっかけ。父親が買ってきた『百億の昼と千億の夜』は『ハイスクール・オーラバスター』にも影響を与えているそうです。

SF作家になりたかったもののどうすればよいかわからず、『星へ行く船』などを出していたコバルトの新人賞に応募し入選。その直後、前田珠子さんに「ファンタジーは書き手が足りない。みんなで書いてほしい」と言われて『ハイスクール・オーラバスター』を書き始めます。

本人は伝奇SFのつもりだったのですが、編集部では「SFを名乗ると女の子が買ってくれない」と「学園ファンタジー」として売り出されます。続く『エクサール騎士団』は「異世界ファンタジー」、さらに『XAZSA』では「シティ・サイバー・ファンタジー」となって「もうSFでいいじゃん」と思ったとか。

後半は嵯峨景子さんによる少女小説の歴史です。1976年に雑誌『小説ジュニア』などを出していた集英社が集英社文庫コバルト・シリーズ(後のコバルト文庫)を創刊。当初は富島健夫の青春小説やノンフィクションなども出していましたが、77年に氷室冴子と正木ノンがデビュー、さらに久美沙織や新井素子なども執筆陣に加わり、80年代前半にはジャンルとして認知されるようになります。

87年には講談社が講談社X文庫ティーンズハートを創刊。少女漫画の編集ノウハウを持ち込み漫画ファンをターゲットにした編集方針をとります。新人賞があったコバルトに対し、ティーンズハートは編集者の人脈などで作家を探していたそうです。

やがて読者の年齢層が上がるのに合わせ、小学生など年少者を対象としたティーンズハートと、上の世代を対象としたホワイトハートにレーベルを分けます。ここでは裏事情もいろいろ明かされました。詳しくは書けませんが、あるレーベルから別のレーベルに作家が大量移籍する場合、出版社の内部事情も大きく影響していたようです。

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