再会の日、始まりの出会い
『その濁りない青に』0話から1話の間、セイネリアがシーグルと再会する話。



  【6】



 こいつは強い、と思った事は何度かある。
 こいつには勝てない、と思った事も何度もある。
 けれど、見ただけでこれはまったく次元の違う強さだと確信出来てしまったのは彼が初めてだとシーグルは思った。

「シーグル、怪我ない、か?」
「あぁ、だから大丈夫だ。心配しないでくれ」

 勝負が終わってからも、シャレイは何度もそう聞いて来てそのたびにシーグルは苦笑するしかない。他の面子を見ればほっとした、というところで、のんびりと皆夕飯の支度を始めている。
 シーグルは基本食事の支度はしない。水を汲みにいったり食材を受け取りに行ったり等はする事もあるが、へたに雑用的な仕事をしていると上からあれこれ言われる事があるというのと……正直その系の仕事は不得手なので皆からやらなくていいと言われているのもあった。そもそも殆ど食べないんだから気にするなとは言われるが、正直いつも申し訳なく思う。
 だから夕飯の支度時間はひたすら天幕の中で装備の手入れをしている事が多く、代わりに仲間たちの武具の一部も一緒に手入れしたりしている。
 だがそんなのんびりとした夕飯前の時間、黒い衣服に身を固めた訪問者が来てシーグルは呼び出され、手入れを中断して天幕から出て行く事になった。

「シーグル様ですね、我が団の長セイネリア・クロッセスが貴方に例の剣をお返しするのも兼ねて改めて謝罪したいと申しております。ぜひ、こちらの夕食に招かれてくださいませんか? 勿論剣の持主であるシャレイ殿と一緒に。我が団の名に掛けてあなた方の身の安全は保証すると誓います」

 貴族や砦の上層部のごきげんとりなら行く筈がない。そもそも小食なシーグルにとっては夕飯に招かれる事が迷惑である――それでも、シーグルは考えた末にそれには了承の返事を返した。
 それは当然、出来るだけ早く剣を返してもらいたかったという事と、シーグルだけではなくシャレイも共にと言われた事が大きい。けれど、セイネリア・クロッセスという男をもっと知りたいとシーグルが思った事も確かであった。







 とはいえ、食事となれば当然――シーグルはまず最初に了解を取らないとならない事があった。

「折角馳走してくれるのにすまないが、俺は極端に食が細くて多分……殆ど食べられない。料理やもてなしに文句がある訳では決してないので気を悪くしないでもらいたい。俺が食べられない分は彼が食べる事を許して貰っていいだろうか」

 シャレイが一緒であるなら……というのは気分的な問題と共に、彼がいれば自分が食べなくても食べて貰える、というのもあった。
 黒い男はそれに僅かに眉を上げた後、ククっと喉を鳴らして笑った。

「それは構わんが……なんだ、いくらでも贅沢が出来る身分で小食なのか。それは随分勿体ないな」
「……よく、仲間にもそう言われる」
「だが、食えないんじゃ体が持たんだろ、普段はどうしてるんだ?」
「それは……ケルンの実が主食のようなものになっていて……」
「成程」

 言って笑うと最強と呼ばれる男は並べられていた干し肉を手で摘まんで口に入れた。それから彼は笑ってこちらにも食べるよう勧めてくる。当然、シーグルに向かっては『食えそうならでいいぞ』と付け加えて。
 シャレイはそれで美味そうに食べ始める。彼はここに来てすぐ彼の剣を渡されたから、顔はずっと笑顔で遠慮なく豪快に出された料理――他の傭兵の食事よりはあきらかに1ランク上なのは見て分かる――を食べて、美味い、美味い、と上機嫌だった。ただ、シーグルは食べている彼を眺めるだけで実際のところどうすればいいのか分からなかった。なにせ『食べたい』と思う事はほぼない手前、食べないで見ているにも間が持たない。
 それに気付いたのかセイネリアはこちらに視線を向けて来くると、笑みを浮かべて話しかけてきた。

「そんな緊張しなくていいぞ。別に食えないなら何も食わなくても俺は気にしないし、そもそも食いたがってない者に食い物を勧めるなんて勿体ない事もする気はない」

 言いながらにやりと笑って大口で肉を噛み切った男に、思わずシーグルもつられて笑う。

「あぁ、すまない」
「謝る必要はないだろ。……しかし、となるとお前が砦のお偉いさんから呼ばれたのを断ったのもそれが理由か?」

 言った通りシーグルの食べない様子をこの男はまったく気にしていないようで、だからシーグルも安堵して答える。

「あぁ、それが大きい、それだけではないが」
「つまり後は、おべっかを使って取り入ろうとしてくるのが気色悪かった訳だな」
「気色悪い……というか、気まずいし、時間の無駄だ」

 それに黒い騎士はまた笑って、唇の脂を手で拭う。その様子は普通の冒険者と同じで、彼の噂を聞いていろいろ構えていたシーグルとしてはかなり体から力が抜けた。

「時間の無駄というのはよく分かるぞ。まったくあいつらの話は聞くだけ時間の無駄でしかない」
「あぁ、彼らと食事をするなら、その分剣を振っていたほうがいい」

 それには相手も、まったくだ、といって笑うから、やはりシーグルも笑う。
 それにしても、夢中で食べているシャレイは相槌をうつ程度の余裕しかないのに、この男が食べているのにちゃんと会話もしているのには感心する。しかも噛みながら話すという訳でもなく、上手いタイミングで話してくるあたり、食べながら会話、というのに慣れているのだろうとシーグルは思った。

「……その腕前からして、毎日剣を相当振っているだろ、お前。それに実戦経験も歳の割りにはかなりのものだ」

 ペロリと指を舐めながら何気なく言った、彼のその言葉にシーグルの心は跳ねる。噂で聞いていた上、強い、と見ただけで分かってしまった男に、自分が認められたというのは単純にシーグルにとっては嬉しい事であった。

「正直を言わせてもらうとな、最初はどこの貴族の馬鹿息子かと思ったんだが……お前の動きは相当の鍛錬と実践がないと出来ない、長い間……おそらくはガキの時から相当鍛えてるんだろ、大したものだ。貴族の馬鹿息子と思った事は謝罪する」

 にやりと、意味ありげな笑みを浮かべてじっとあの琥珀の瞳で見つめられて、シーグルは我知らず頬が赤くなるのを自覚した。
 別に仲間を下に見ている訳ではないが、最強とまで言われる男にここまで真正面に褒められればその嬉しさはまた別で、とても嬉しくて誇らしくて……なんだか恥ずかしくなる。

「そうだ、シーグルは、強い。そして、いつでも正しい」

 そこで食べていたシャレイが唐突に話に入ってきて、シーグルは思わず自分の口を押えた。本心を言えば顔を抑えて隠したいくらいだったが、どうにか必死で自分の感情を落ち着かせた。

「いや、謝罪なんて……最近の、貴族というものに慣れていれば仕方ない」

 顔が熱くなっているのが自覚出来る分、平静を保とうと思っていても声が小さくなるのはどうしようもない。セイネリアはその場で腕を組むと、改めてこちらを真正面から見てきて笑った。

「俺は我流がかなり入っているからな、お前のような正当な騎士の動きというのは興味深い。お前が良ければ別の仕事でもっとちゃんと見てみたいと思ってる」

 つまりそれは、今度は別の仕事で組もうという話と取っていいのだろうか。あのセイネリア・クロッセスと仕事と考えればいくら最近上級冒険者となれたシーグルだって本当だろうかと耳を疑いたくなる。

「お、俺も、噂で聞く貴方の強さをぜひ見てみたいと思って……いる」

 だから思わず正直にそう答えてしまえば、セイネリアは更に唇に深い笑みを浮かべて言ってくる。

「なら決まりだ、この仕事が終わったら今度は別の仕事で」
「あ……あぁ」

 それは、どうしようと思うくらいに嬉しくて、シーグルはなんだか熱くなってきた顔を覚ます為に水を飲む。
 そうすればセイネリアが、今更気づいたように苦笑して言ってきた。

「あぁ、水ですまないな。本当は酒を出したかったんだが、一応今は砦内での酒は禁止となっているからな。ロクな飲み物もなかったから水で許してくれ」
「いやっ……俺は、水でいい」
「俺も、酒、ないなら、水でいい」

 またシャレイがそこで入ってきて、今度はシーグルも余裕を持って彼に笑いかけた。美味いか、と聞けば彼は笑って肯定して、シーグルが差し出した皿に手を伸ばした。
 その様子を見て、黒い騎士はまた楽しそうに声を出して笑った。

「まぁ酒以外で飲みたいものがあるなら、言ってくれれば次は用意させておくぞ」
「なら、ミルクを」

 と、思わず何も考えず言ってしまってから、セイネリアが少し驚いたように目を開いたのを見てシーグルは恥ずかしくなった。

「了解した、次はミルクを用意させよう」

 けれどもすぐに彼はそう言ってまた声を出して笑うと、場の空気を変えるように新しい料理に手を出した。その豪快な食べっぷりにはシーグルも思わず見とれてしまって、彼のこの体はやはり食欲あってなんだろうなと少し寂しく思う事になったが。

「シーグル、少しは、食べる」

 黙って彼らの食べるのを見ているだけだったせいかシャレイがそう言って来たから、シーグルは籠に入っていたブドウに手を伸ばして少し食べた。傭兵参加でこんなぜいたく品を食べられる段階で、やはり彼の契約は一般冒険者と違って別格なのだろうなとシーグルは思う。

 その後もシーグルはセイネリアと話をして、いろいろと冒険者として面白い内容を聞く事が出来た。食事は果物と、後はスープとパンを少量しか食べられなかったが、残った分はシャレイやセイネリアが全部片付けてくれたし、シーグルは居心地の悪さを感じる事はなく過ごすことが出来た。

 セイネリア・クロッセスと言えば噂ではその実力の凄まじさと共に、いろいろと黒い噂も付きまとう。それも聞いていたシーグルとしてはある程度構えていたところもあったのだが、少なくとも彼の実力は本物である事は間違いなく、身内を贔屓するような小者でもなく、へたに飾ったり偉ぶったりはしない人物である、というのが分かった。噂は噂として心に留めておいても、言われている程悪い人間ではないというのがシーグルの下した判断だった。



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酒の代わりにミルクは古典的お約束。
 
 



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