再会の日、始まりの出会い
『その濁りない青に』0話から1話の間、セイネリアがシーグルと再会する話。



  【5】



「シーグル、だめだ、俺、謝る。俺が諦めれば、全部丸く収まる」

 こちらの天幕に帰ってからも何度もそうシーグルに訴えてくるシャレイに、シーグルは剣の手入れをしながら答えた。

「シャレイが謝る事など何もないだろう、大丈夫だ、俺が勝てばいいだけの話だ」

 だがそうすれば、パーティの他の連中が声を上げる。

「でもよ、判定役が向うの団長だろ? それじゃお前がちゃんと相手をねじ伏せたとしても今のは無効だって言われたら勝てないんじゃないか?」
「あぁ、その時点で不公平だ、最初からこちらに勝たせる気がない」
「勝たせる気のない試合に意味なんてないだろ、それどころかへたに怪我でもさせられたら大変だ、シーグルなら上の連中に言って勝負の許可を出さないようにすればいい。それならお前が逃げたとは言われないだろ」
「シーグル、俺はいい、から、あぶない、だめだ」

 一斉に畳みかけられてシーグルはうんざりする。
 だから思わず返す声がどなり声に近くなった。

「勝負はする、一度同意した以上撤回はしないっ」

 それで一同は口を閉ざす。いや、呟きのような小さな声で何か言ってはいるが少なくとも大声でこちらを止めようとするのは止めてくれた。

――勝負自体で、不正をするようには思えないんだがな。

 思い出してシーグルは考える。セイネリア・クロッセス――噂の男を始めてみたが、とりあえず噂は本物なのだろうとそれが直感的に納得出来てしまって、だから思ったのだ、勝負を持ち掛けてきて自分の団員を贔屓するようなケチな男ではないだろうと。
 そもそもそんな事をするくらいなら勝負なんて言い出さない。団員とこちらの言い分を聞いた後、証拠がないのだからただの言いがかりだと言い切る事も出来るだろう。それにあの楽しそうな顔……あれは多分、貴族の若造がどれくらいの腕があるのか見てやろうと思っているに違いない。

――なら勝って見せれば、ちゃんと約束は守る筈だ。

 相手の男はロクでもない人間だとは思うが、腕は確かだろうとは想像出来る。騎士の称号を持っているようだし、あの黒の剣傭兵団に所属しているのだからそれが許されるくらいの腕はある筈だった。

 それでも、負けない。こちらが勝てばいいだけだ――シーグルは磨いた刀身に映る自分の顔を見て唇をぎゅっと引き結んだ。







 約束の時間が来てセイネリアが訓練場に姿を現すと、そこには二人の試合を見ようと大勢の野次馬が詰めかけていた。セイネリアがわざと少し遅れた事もあってかあの青年と相手の団員は既に来ていて、互いに最後の装備の確認をしているところだった。

 二人共に声が届く位置まで近づくと、セイネリアは両方に視線を向けて尋ねる。

「これは互いの名誉を賭けた決闘だからな……一本勝負でいいか?」

 返事は両側から即返ってくる。

「はい、それで」
「それでいい」

 その声にまわりの野次馬も、おぉ、と盛り上がる。
 『客』共をよく見れば両陣営に別れているようで、ざっとみてもこちらの団員側の方が多そうに見える。それは予想通りだったから、セイネリアはまた笑う。

「魔法はどうする?」
「俺はどちらでも」

 即答したのは貴族の青年の方。

「なら、ありで」

 そう答えたのはこちらの団員である男だった。……確かこの男はヴィンサンロア信者だった筈だから、それで何をするかは大体想像出来た。

「では魔法はあり、でいいな。了解したなら二人とも構えろ」

 二人は剣を抜いて一定の距離を取る。暗黙の了解として一人が足を止めて構えれば、もう一人が判定役であるセイネリアから相手と同じだけの距離を取って構えた。

「始めっ」

 言えば二人ともに最初は構えたまま、右側へ円を描くようにゆっくりと回りながら距離を詰めていく。
 だがある程度以上近づいた途端、団の男が急に走り出した。そうして次の瞬間には男の姿は丁度の木の影に入り、そう思った途端にその姿は消えた。
 客達がどよめく。

――さて、どうする?

 セイネリアは銀髪の青年騎士――今は兜を被っていて顔は見えないが――を見た。
 ヴィンサンロアは罪人の神である。それは別に犯罪者のための神という訳ではなく、正確には犯罪を犯してそれを悔いる者を救う神である。そのためか神殿魔法には逃げる為の術が多く、中でも一番有名なのは影に入ってそこから姿を隠す術であった。

 人々のざわめきの中、相手が消えてから足を止め、じっと微動だにしなかった貴族の青年が唐突に動いた。
 それと同時に消えていた団の男が彼の傍に現れたが、剣を青年に振り下ろした筈の男は次の瞬間には蹴られて地面に転がった。
 わっと客達の声が上がる。
 転がされた男はそれでもすぐに起き上がって距離を取った。これではまだ勝負がついたとは言えないのでセイネリアは何も言わない、試合は続行される。

――成程、貴族様だからな、リパ信徒か。

 団の男は姿を消して奇襲を掛けたが、あの青年は『盾』の術でそれを防いだのだろう。物理的攻撃を一度だけ無効にする術、消えた相手に焦らず冷静に対処したのだから歳の割りに実戦慣れしていると思えた。
 となると一気に団の男が不利になる。すぐに引いて体勢を整えた男だがその構えには余裕を感じない。それも分かる事で、ヴィンサンロアの術は犯罪者が気楽に使う事がないようにすべての術に反動の『痛み』がついている。最初の一撃で決めるつもりで使ってしまったのだろうが、避けられたら痛みの反動で暫く動きが鈍るのは仕方ない。

 貴族の青年は団の者に向けて踏み込む。
 その速さにまた歓声が上がる。
 だが団の男も一応は騎士だけあって、彼の一撃を剣で受けた。
 それでも向うの方が巧いし速い。剣を受けられても角度を変えて上から押し込み、団の者はそれを押し返せない。
 その状態で彼の足が団の男の脛を蹴る。これをマトモに食らってがくりと片膝が落ち、ついでに腕の力が抜けた拍子に剣を弾き飛ばされた。
 剣を失い、膝をつく男の喉元に、彼の持つ剣の切っ先がゆっくりと下りてくる。愕然とそれを見つめるしかない男――それで勝負は誰が見てもついたと言えた。

「そこまでだ。勝者、シーグル・アゼル・リア・シルバスピナっ」

 セイネリアが告げれば、一斉に歓声が爆発する。
 人々の歓声を受けて、シーグルは剣を収めると兜のバイザーを上げて周囲を見渡した。さすがに歓声に応えて手を振るような性格ではないだろうが、誇らしげに微笑むその顔はいかにも若い騎士らしいと言えた。

――さて、後はこちらだな。

 どう扱ってやろうか、と考えながらセイネリアは膝をついたまま立ち上がれない男の方に近づいていく。男は呆然としていたが、セイネリアが近づいてくるのに気づいて顔を上げ、何故、と言いかけて表情を凍り付かせた。
 セイネリアは別に怒ってみせはしなかった。ただ表情を消して馬鹿団員の顔をじっと見据えた。それだけで男の顔は恐怖に固まる。

「お前の負けだ、まずは相手に謝罪をしろ」

 言うと、固まって動けない男の背を蹴り、下がった頭を踏みつけて地面に顔を押し付けさせた。

「す、すいばせんっ、でしたっ」

 恐怖に震える声がどうにかそれだけを言う。
 向うのあの青年騎士の方は、顔から笑みを消して眉を寄せてこちらを見ていた。

「違うな、私が剣を盗みました、が抜けているぞ」

 それにはさすがに男はすぐ従いはしない。だからセイネリアは少し身を屈めて男に小声で言ってやる。

「これ以上俺に恥をかかせるな。ここで貴様が認めて剣を返すと約束するなら許してやるが、シラを切ってもし貴様が犯人だと後で判明したら……どうなるか分かるな?」

 男の体が震えあがる。踏んでいる足からそれを感じて、セイネリアはもう一度言ってやる。

「分かったら、ちゃんと謝れ」

 震えた男は震えた声を出す。

「す、すみません……でした。俺、が剣、を隠しまし……た」

 盗んだとは言わないところは笑えたが、その程度のプライドは通させてやってもいいかとも思う。まぁこんなところかと思って再び銀髪の青年を見れば、彼は憮然とした顔をしたまま、それでも冷静に言ってくる。

「最初から、こちらは彼の剣さえ返して貰えればそれでいい。後は、怪我をさせた兵士にも正式に謝っておいて欲しい」

 セイネリアは彼に向けて頭を下げた。
 周囲が一瞬しんと静まり返り、それからどよめきが広がっていく。

「それも承知した、後で必ず。ともかく、今回の件はすべてこちらが悪かった。言った通り剣は必ず返させる、団の長として俺も謝罪しよう」

 憮然としていた青年は、そこで少し戸惑うように表情を崩して、それから固く引き結んでいた口元を緩めた。

「……いや、貴方が謝る事はない。それより貴方の公平な判定に感謝する。あとは剣さえ返ってくればこの件に関してこちらは何も言う事はない」
「寛大な判断に感謝する」

 言ってセイネリアが彼に向けて手を出せば、彼は少し目を丸くして……一度躊躇しつつも歳相応に幼い表情を見せてから微笑んで手を握り返してきた。
 セイネリアも当然彼に笑みを返してやる。……ただしそれは、彼とは全く違う意味の笑みだったが。



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セイネリアのやってることが不良ノリなところに笑ってやってください。
 
 



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