黒い騎士と黒の剣




  【19】





 朝が来る。
 何も知らない他のメンバー……というのは実はおらず、皆が皆、少なくとも起きてすぐには、外に張られた結界という魔法の檻に気がついていた。
 だから、朝食の時の話もスムーズで、結界を破壊する際の手順についても、細かい説明はしなくて済んだ。――結局、実際何かをするのはセイネリアとアリエラなので、他の者は言う通りに動け、というだけの話ではあるのだが。

「入り口を少しでも開けておければ閉めなくてもいいから楽なんだけど……それは危険、よね?」

 地面に魔法陣を描いていたアリエラは、あらかた書き終わった辺りで顔を上げて、傍で見ていたセイネリアを見上げる。

「あぁ、開いていればどうなるかわからないな」

 それ聞いた少女は、再び地面に向かって、魔法陣に追加の文字を描き始めた。
 実のところ、セイネリアとしてもまだこの剣の力、というか力加減を把握出来ていないという事情がある。手に入れたばかりなのだから当然ではあるのだが、剣に宿る力を意志を持って使う訳ではないので、更に厄介である。
 セイネリアがしようとしている事は、剣に結界の破壊を願って振る事ではない。単純に、魔力が有り余っている剣を振り回して溢れた力を放出させ、結界にぶつけてやるだけのつもりだ。どうやら今分かっている分では、振る時の力と、攻撃しようとする意志の加減で放出される魔力の量は変わるようだが、いくらセイネリアでも、そんなものすぐに感覚に慣れる訳もない。一番まずいのが『意志を乗せすぎる』事であるから、1、2度は無駄球を打つつもりで、最小限に押さえてやってみるしかないと思っていた。

「貴方が魔法使いだったら、別の方法があるかもしれないんだけど」

 やっと魔法陣を描く作業が終わったのか、立ち上がりながら彼女が呟くように言った言葉に、セイネリアは興味の目を向けた。

「だって、その剣を抜かなくても、貴方は魔法を無効化出来るんでしょ? なら、貴方自身には剣の魔力が流れているのよ。だから、貴方自身が魔法の使い方をちゃんとわかってれば、その剣の魔力は使えるんじゃないかしら」
「成程、確かに理にはかなってるな」

 この剣を持って精神を飲まれないでいる為には、『剣に願ってはいけない』事が絶対となる。それが剣自体に何かをさせてはいけない、という事ならば、剣を抜かず、セイネリアに流れ込んできている分の魔力を使うだけなら問題がない、とは考えられる。

「それだけの魔力が使い放題なら、貴方絶対魔法使いになるべきよ。あの女なんか目じゃないくらいの大魔法使いになれるわよ」

 目を輝かせてそう言ってくる辺り、この少女もやはり魔法使いではある、とセイネリアは思う。

「生憎だが、それはないな。魔法使いなぞ性にあわん」

 アリエラはその言葉に信じられないというように顔を強張らせた。

「何で? それだけの魔法がつかえれば何が出来るか、貴方分からないの? 何でも願いが叶うくらいの状態になるのよ?」

 魔法使いである彼女には、セイネリアの望みも、何をもって悦びとするかも予想がつかないだろう。だから説明する必要はない。例えどれだけの魔法が使えたとしても、セイネリアにとっては何の意味もないのだと。

「そもそも俺は、こんなモノいらないんだ。手に入れたからには使ってもいいが、剣に頼って、剣に使われるのはごめんだな」

 魔法使い見習いの少女は、それに更に驚いて目を見開く。
 だが彼女は、今度はそれに反論するのではなく、少し考え込んで、それから改めてセイネリアの顔を見た。

「勿体ない、とは思うけど、『剣に使われたくない』って気持ちは分かる……かな。そうね、そういうのはあるわよね」

 今度は少しだけセイネリアが驚く番だった。
 彼は口元に楽し気な笑みを浮かべ、生意気そうに見上げてくる少女の頭に手を乗せた。

「お前は将来、かなりの魔法使いになりそうだな」
「えぇ、少なくともあのおばさんより上にはなるわよ」
「なら貸しを作っておくのもありか」

 言ってセイネリアは、彼女の頭をくしゃりと一度乱暴に撫ぜてから、その肩に手を置いた。

「ちょ、何よっ」
「このまま術を使え」

 セイネリアの声が、今までの会話から変わって低くなる、声の調子に抑揚がなくなる。

「おそらく、俺が触れて、意識を向けていれば、お前にも多少の魔力が流れていく筈だ。お前が失敗しない確率が少しは上がるだろう」
「わ、分かったわ……」

 それでも彼女の顔は緊張に強張り、杖を持つ手が僅かに震えているのにセイネリアは気づいた。

「出来なかったら、出来るまで試してもいいし、無理だと言うなら助けを呼ぶ方針に切り替えるだけだ。別にこれで失敗したら全部終わりと言う訳でもない」
「……そうよね」

 ふぅ、と一つ大きく深呼吸をして、彼女の体の震えが止まる。
 それから魔法使い見習いの少女は、セイネリアを見ずに、杖を持ち上げて魔法陣を描いた地面を睨んだ。再び大きく深呼吸をして、息を整える。彼女の緊張感と集中は、肩に手を置いているセイネリアにも伝わっていた。

「ド・ド・テンセットエーブ・オー・ローク……」

 始まった呪文の呟きは小さく、だが長い。
 魔法使いが魔法を使う時、唱えるべき呪文も描くべき魔法陣も、あらかじめ杖に仕込んでおいてキーワードでそれを発動させるのが普通である。それが今回は、いつものように杖にある術だけを使っているのではなく、追加として杖にない術を繋げようとしている為、キーワードを言うだけではなく、本当の呪文詠唱も必要になる。更には、この場は吹き飛ばされる予定な為、魔法陣も発動時の使い捨てで場の固定には使えない。自然、詠唱は更に長くなる。
 杖に仕込んでいる固定のモノと違って、人間がする動作は毎回誤差が出るのは当然の事だ。呪文だけをとっても、術を紡ぐ声の調子、術者の体調、精神状態、それらすべてが関わってしまう為、杖にないの術の行使は相当に難しい。

 一時避難用の空間を作れるか、と最初に言われた後、彼女は『理論的には出来ると思うけど、成功するか分からない』と答えた。一度休憩と食事をとって、改めて作業に入ろうとセイネリアが提案したのには、彼女の体調を万全にさせる意味もあったのだ。

「……セルカーボ・エシテ・レェナ・セト」

 それでもやっと呪文が終わったのか、アリエラはメルーが皆に配った木の鍵を取り出すと、それで空間を十字に切る。まるで布を裂くような音が聞こえて、描いた十字の軌道が光の線となって空間に浮かび上がった。

 実は、朝起きた時点でこの鍵はただの木に戻っていて、もうメルーの倉庫は開けられなくなっていた。それはセイネリアとしても想定内で、だからこそ、メルーが去った後真っ先に使ってアリエラの存在を確認したのだが、まさにぎりぎりだったと言える。セイネリアとしては、メルーがこちらに向かう前に倉庫を消す事も考えていたから、あの女が馬鹿で助かったというところだ。

「セル・ボー」

 アリエラは、メルーが皆に教えたと同じキーワードを言うと、木の鍵をその十字の間中に向けて差した。
 そうすれば、べろりと、まるで空間という皮がめくれるように十字の切込みがひろがって、そこに穴が現れる。

「成功……だと思う。」

 ふう、と大きく息をついて、彼女は笑顔でセイネリアを振り返った。

「すごい……貴方からいくらでも魔力が流れてきて……余ってるくらいだったから、強引に開けられちゃったみたい」

 彼女は成功した事が信じられないかのように、興奮した顔でこちらを見てくる。
 セイネリアとしては、こちらが力を流した時点で、ほぼ成功すると思ってもいたのだが、そんな事をわざわざ言ってやるつもりはなかった。

「ならこれは貴方が持ってて、さすがに鍵を全部繋げてなんていられないし、それ一つだけあればいいでしょ」

 今空間を開いた木の鍵を、アリエラはセイネリアに渡した。
 木の鍵は、メルーが作った時の効果は消えたとはいえ、その役目を果たす為に材料を厳選し、緻密な計算の元作られている。それを再利用しない手はなかった。ただし、アリエラのいう通り、全員分の鍵に魔力を込めなおす事も、鍵と空間を結びつけることも、する余裕もないし、そもそもその必要もない。

「本当に、あの女の作った倉庫のように、これさえあればどこでも開けられるなら楽だったんだがな」

 そうすれば、結界を吹き飛ばす必要もなく、このままセイネリアが外に出て、外で空間を開ければいい。
 それが、愚痴るというよりも、アリエラを揶揄うつもりで言った言葉だという事は本人も分かったらしく、彼女は思い切り顔を顰めてセイネリアを睨んだ。

「悪かったわね。見習いにそこまで求めないでよ。それにおばさんが作った倉庫と一緒にしないでちょうだい。大きさも違うのも勿論だけど、あっちはモノ入れでこっちは人が入るから、中の安全性とかすごい気をつけてるのよっ」

 アリエラがいうには、今の彼女が出来る範囲だと、異空間といってもそこまでこの世界と遠い空間を繋げる事は無理らしい。だからメルーがやったように、鍵しか接点がない状態で、この世界内での距離を無視し、どことでも繋がるような空間を作るまでは出来ないのだという。彼女の言う理論によれば、この世界のどこからでも同じ空間に繋げる為には、かなり遠い場所に空間を作らないとならない、という事だ。

「ほら、さっさと入って。ちゃんと固定出来てるから丸一日は持つと思うけど、時間が経つ程不安定になるからっ、出来るだけ早い方がいいのっ」

 アリエラに急かされて、他の連中は空間にあいた穴に入っていく。不安そうな顔をしている者はいるものの、ここでだらだらと文句を垂れる程の馬鹿はさすがにいない。
 慣れた冒険者ばかりであるから、彼らが穴の中に全員入るまでにそこまでの時間は必要なく、最後にアリエラが確認をして、穴は閉じられた。

 後は、セイネリアの仕事である。

 セイネリアは、穴が完全に閉じて空間から消えた事を確認すると、鍵を仕舞って結界の外へと歩いていく。穴の位置が分かるように、正確に歩数を数えながら。
 そうして、ある程度の距離をとってから、セイネリアは振り返った。
 一般人なら見る事は出来ない、空間の断層、メルーが作った結界を、今のセイネリアは魔力の塊として見る事が出来る。魔力の塊は彼らが泊まった元魔法使いの家の周りをぐるりと取り囲み、ゆっくり、もったりと淀んだ川の流れのように動いている。
 少し目を凝らして、アリエラが穴をあけた周辺を見たセイネリアは、そこの魔力が漏れずに完全に閉じている事を確認して黒い剣を抜いた。

「本当に、胸糞の悪い剣だ……」

 抜いて、黒い刀身が露わになるにつれて、セイネリアの顔から表情が抜けていく。ざわざわと心に囁き掛けてくる、声にならないノイズのような音が神経を逆なでる。
 汚れも、傷もなく、真っ黒に光る剣は、その溢れんばかりの力のせいで、セイネリアの目には剣を動かせば力の残像が残るため妙に見づらい。自分の手元から黒いもやが立ち上ってくるようにも見える為、見ているだけでも不快だと感じる。
 セイネリアは、剣から目を離し、再び目の前の壊すべき対象を見つめる。
 空気を大きく吸い、深く吐き出す。
 そうして、剣を構え、ある程度の勢いをつけて大きく横に薙ぎ払った。
 セイネリアは、別に破壊を望んではいなかった。乗せるのは剣で攻撃しようとするだけの意志、力を持つ魔剣としてではなく、ただ武器として使おうとするその意志だけにしなくてはならない。もし剣に何かを望めば、剣の力は途端に溢れて暴走し、こちらの精神までもが持っていかれる。
 だから、普通に戦う時のように、何も考えず、頭を空にして、ただ、剣を振る。
 けれど、それでも放出される力は十分過ぎた。
 ドン、と地面を抉って周辺の木が吹き飛ばされ、古い魔法使いの家はぐしゃりと潰れてただの細かい破片だけになる。急いで逃げようと木から飛び上がった鳥達でさえ、逃げきれずに剣の魔力の放出に巻き込まれて一瞬で姿を失っていった。とてつもない暴風が通り過ぎたかのように全てが吹き飛び、形あるもの全てが消える。

「これで、まだ強過ぎるのか……」

 言いながらも呆れるしかない。
 正直、ここまで出鱈目な力があると、使い勝手が悪すぎる。ただの脅し用にしか使えないとセイネリアは思う。
 まだ加減が必要かと思いながら剣を仕舞い、セイネリアは、綺麗に障害物が消えて更地になった場所へ、歩数を数えて歩き出した。流石に、ほぼ、どころか全てを一度に吹き飛ばされたメルーの結界は、もはや結界として機能する部分は全くなく、その名残を欠片程度に、魔法の気配として辺りに残すだけだった。
 目的は十分以上に果たしていた。……後は、異空間にいる者達に影響が出ていなければ成功だろうな、と、セイネリアは皮肉げに笑う。思ったよりも抑えが利いていなかった分、実は少々自信がなかった。なにせ魔法などというものとはずっと関わりなく生きてきたセイネリアであるから、それが引き起こす影響や有効性がよく分かっていないのだ。
 それでも一応、城で使った感覚から、ただ振っただけでは、異空間を巻き込むような特殊な魔力放出は起こらない事は確認してはいた。ただ、今回は加減が少し違った為、絶対、とは言い切れなかっただけだ。

「まぁ、いざという時、それなりに使えるようには試しておく必要はあるか……」

 呟きながら、彼は鍵を取り出した。
 閉じた筈の空間に向かい、鍵を刺し、キーワードを唱える。
 空間が違うといってもそこまで離れた場所に存在してはいない為、大きさや距離、ついでに時間の定義はほぼ同じらしく、入る時に開けた場所から、彼女達がいる穴の大きさの範囲内に鍵を刺せばまた穴は開くらしい。勿論、彼らのいる空間が無事であれば、という前提ではあるが。
 程なくして、鍵の位置から光が現れ、そこを中心に光が十字を空間に描き始める。前に開いた時と同じように、空間の膜がめくれ上がって、中の人物たちが姿を現す。

「成功? 結界は消えたの?」

 そう言いながら穴から真っ先に出てきたアリエラは、だが、外の惨状を見て茫然とする。他の連中も文句を言いつつ次々と出てきたが、やはりこぞって外を見た途端に言葉を失う。

「……まぁ、出鱈目なこった」

 エルが呟いて、それを切っ掛けに、見ているだけだった他の者達も口を開いた。

「勿体ない、攻撃用魔法としてじゃなく、ただ魔力の放出だけでこれだけの事が出来るなら……どれだけ無駄に魔力を使ったのかしら……」

 魔法使いであるアエリエラの意見は少しずれているとしても、大抵の者の感想はやりすぎた現状へ、酷いなという一言程度ではあった。

「まぁともかく、これで結界ってのは消えたなら、後は帰ればいい……ってとこだろ」

 エルが苦笑しながら荷物を背負い、明るく皆へそう声を掛ける。
 が、それをセイネリアは不気味な笑みと共に否定した。

「そう簡単にいかないようだぞ」
「どういう事だよ?」

 セイネリアが笑みを浮かべて見つめていたのは、エルではなく、吹き飛ばされて更地になったかつて魔法使いの住居であった建物があった場所だった。その視線を追って、振り返ったエルや他のメンバーも、すぐにセイネリアの言葉の意味を理解する事になる。

「……うん、まぁ、やっぱ黙ってないよね」

 魔法使い見習いであるサーフェスが呟く。

「まぁ、これだけ派手に魔法を使ったんだもの。そりゃ気づかれない筈がないわねー」

 やはり、同じく魔法使い見習いのアリエラも言うように、セイネリアにも来るべくして来たな、と思うところはあった。
 何もかもが吹き飛ばされたただの更地に、人影が最初は2、3。それが次々と姿を現し、見ているだけで最終的には数十人の集団が現れる。
 彼らが皆、一様にローブを身に纏い、杖を持っているのを見れば、その正体がなんだと疑問に思う事はない。

「あれは、魔法ギルドの連中か」

 セイネリアの言葉に、アリエラとサーフェスが口を揃えて答えた。

「そういう事」




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キリのいいとこまでがんばったので、今回は少し長め。
次回は、最後に出てきた連中とのやりとり。


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