記憶の遁走曲




  【2】



 その頃。一方グスといえば、どうしたものかと頭をひねっていた。
 後期も残ると言いに行った時、シーグルからは、ありがたいが強いて探ったりという事まではしないでいい、と言われていた。彼らとは普通に接して、アドバイスを貰えるくらいで十分だと。
 おそらくあの真面目な青年は、グスがあまりにもシーグルの肩を持ちすぎて、こちらの連中から疎まれるのを心配したのであろう。

――ま、俺としちゃ、こっちが恨まれても、あんたに何もない方がいいんですがね。

 そう言っても、だめだというに決まっているから言わなかったが。もし、何かまずそうな事態になれば動く事は決めてあるが、まだ今はグスとしても様子を見るつもりではある。とりあえずは、面子各自がどういう人間かも分からない内には動きようもなかった。

「おー、あんた前期からの引き続きだってぇ? おまけにその歳までずっとここにいたって話じゃねーか。どんだけここが好きなんだよ」

 声を掛けてきたのは、やはりというか年齢が近そうな男で、彼の傍には年上組の連中が集まっていた。

「いやな、なんていうか、俺ぁこの歳で家族もなくて、やることもないもんでな」
「んで、かわいい坊やの為に残ってやったって訳かぁ」

 彼らに近寄っていけば、他の者が笑ってそう言ってくる。

「まぁ、見てる分にゃ可愛いお人形さんだな、男のくせにやけに色気があるが」
「気は結構強そうな顔だがな。そういや、上級冒険者様だったか」
「へぇ、そうすると腕はあるって事かぁ、ほっそいけどよ」

 寒そうに手を擦って足踏みをしながらも、思い思いに雑談をしている男達は全部で3人。後期組の最初の仕事は城周辺と城壁近くの雪処理と掃除という事で、班分けが決まってその知らせがくるまでは、軽く体を暖めて置くように言われている。とはいえ、余程熱心でもないと、こうしてサボるのはここでは普通の事ではある。実際、シーグルが来る前は、グスもサボる側の人間であった。

「こーら、じーさん達、そうやってサボって体ちゃんと暖めないから、すぐにあちこち痛いとかいいだすのよ」

 声に振り返ったグスは、一見少年めいた、短く切りそろえた銀髪の気の強そうな女性が立っているのを見て、そういや女性が一人いたかと思い出した。

「じーさんとひとまとめにされっと、さすがに傷つく歳なんだが、俺は」
「じーさんと呼ばれたくないなら、じーさんじゃないって働きを見せるべきね」

 女で騎士、という通りに気の強そうな灰緑の瞳の彼女は、確かに人を注意するだけあって、先ほどからずっと黙々と一人で体を解していたらしい。
 少なくとも、ここで一番やる気があるのは彼女か、と思いながら、グスはばつが悪そうに頭をかいた。

 男女平等とまでは到底いかないが、女性でも冒険者になれる事から、クリュースは他国よりはずっと女性の仕事に幅がある。とはいえ、女性は基本守られるべき側の者とされる為、戦場にはいけない事になっていた。それでも例外はあって、上級冒険者だとか魔法使いだとか、実力がはっきり示せる称号を持っていればいい事にはなってはいるが。だから勿論、騎士もそれに当てはまりはするのだが、騎士とはいえなりたての女性を極力戦場に送るべきではないと、騎士条件用の任期中の女性は出来るだけ後期組に組み込まれる事が通例になっていた。彼女もそれでこちらにいるのだろう。

「まぁ確かに、さぼってて偉いこた言えねぇな」

 言って体を伸ばしたグスは、彼女に近づいて言って手を差し出した。

「グス・タ・レンだ。聞いてたかもしれねぇが本来は前期組の方になる、よろしく頼むな」
「ラナ・リ・ポーカレットよ。その歳までここにい続けてる事には敬意を払います」

 素直にこちらの非を認めたせいか、彼女はにこりと笑ってその手をしっかりと握り返した。
 そうすれば、先ほどまで雑談をしていた年長3人組もグスに向かって歩いてくる。

「そういやあんたに自己紹介してなかったな。俺はバグデン・ルモーだ」

 いかつい顔をした男は気むずかしそうだが、礼儀は正しく、いかにも昔気質の騎士といった風情だった。

「俺はボレスウィッツ・アレッキ・ムエット・ウェン・グリオな。えーと、まぁどう呼んでくれてもいいんだが、皆からはボレスって呼ばれてる」

 3人の中では一番若い、おそらくグスよりもわずかに若いか同年くらいだろう男は、気さくに手を伸ばして握手を求めてくる。

「名前だけは立派なボレスって覚えりゃいい」
「へいへい、分かってますよ」
「で、俺ぁリキレ・サネ・ローンだ。よろしく頼むな。あんたもじじぃとはいえ、現役組だろ、頼りにしてるぜ」

 おそらくここで一番の年長、グスから見ても年上の男は、言いながらわざとらしく腰をトントンとたたいて見せた。
 総じて多少の面倒さはあっても、根は良さそうな彼らには自然と笑みが沸いて、グスは彼らと握手を交わした後、自分も軽く腰を叩いて見せる。

「いやぁ、現役言ってもじじぃなのは変わらねぇよ。残念ながら無理がきく歳じゃねぇ。ま、歳だからこそ、ラナの言う通り体少しあっためとかねぇと、ヘンな筋ちがえっからな、テキトーには動かしといた方がいいぞ」

 そう言いながら、あまり真面目でもなさそうに間接を回して体を解し出せば、口々に、仕方ねぇな、とかそれもそうかなど呟きながら、他の連中も動き出す。

――ま、この連中は問題ないだろ。

 わかりやすい分含みがないので、シーグルに対しても、隊全体に対しても害になるとは思えない。前期の連中と、扱い的にはそこまで変わらなくても大丈夫な連中だ。特に女騎士の方は、シーグルが話している間、ずっと頬を染めて見ていた事だし、彼に好意的である事は間違いない、とグスは思う。
 だから問題があるとすれば――と、グスはちらと視線を巡らした。そうして、こちらに目さえ向けずに、だべっている若い男3人と、更に一人離れて立っている、なんで後期組にいるのか悩むようなかなりデキそうな外見の男を見た。
 とりあえず、若い3人の方に関しては後期組にいる理由ははっきりしていて、いわゆる実家が金持ちだからという連中だ。一人、なかなか見栄えがいい男がいるが、そいつはシーグルを少し反抗的な目で見ていた気がした。ただまぁそれは、なんとなく理由が分かるとグスは思う。それにくっついて話してる男は、遊び慣れてそうな印象で、金持ちのぼんくらというには、そこそこ商人らしく頭は良さそうにも見えた。後一人は少し太り気味だが割と人の良さそうな顔をしていて、能力的には怪しそうだが、問題を起こしそうなタイプではないだろうと思う。
 となれば後は、やはりあの男かと、グスは近くにいたラナに話しかけた。

「あそこに一人でいる奴、あいつぁ誰だ? 復帰組には見えねぇが、新人にはもっと見えねぇ」
「あぁ、復帰組よ。あれで足が悪いんですって」
「へぇ」

 故障して一度退団したというなら、グスより全然若いのは分かるが、それでもまだ疑問は残る。

「団を辞めるような故障してる割にゃ、随分まだ現役って感じの雰囲気だがなぁ」
「まぁね、辞めてからも結構穏やかじゃないお仕事をやってたそうだから、他の連中みたくヘタってないんじゃない?」
「なぁるほどねぇ」

 納得出来ない訳でもない。
 相づちを打ちながらも、どうにも胡散臭い顔をしていたせいか、ラナが言う。

「気になるなら話しかけてみればいいのよ。そんなお堅いタイプじゃなかったわよ」

 それは少し意外で、なら早速とグスは思い、彼女に手を振り歩き出す。相手の方もグスが近づいてくるのはすぐに気づいたらしく、挨拶代わりに軽く手をあげてきた。

「よぉ、足悪いんだって?」

 第一声でそう声を掛ければ、相手は苦笑しながら肩をあげて、まぁな、と返す。どうやら、確かにそこまでとっつき難いタイプという訳ではなさそうだとグスは思った。

「5年ばっか前にな、足やって一旦団は辞めたんだが……まぁ、今はのんびりやんのもいいかなと思って、こっちに戻ってきたとこだ」

 無口という訳でもない、口調も落ち着いている、こうなると逆に、一人で離れていたほうが疑問なくらいだろう。

「へぇ、んじゃもしかして戻ってきたばかりかね?」

 だからそう聞いてみれば、それには簡潔な肯定が返る。

「あぁ、今年からだ。去年の終わりに顔合わせは終わっちゃいるがな」
「それでまだ慣れなくて一人でぽつんとしてたのかよ」
「はは、まぁな。あんたくらい口が達者なら良かったんだが」

 愛想が悪いという訳でもないし、へんにひねた感じもない。だから彼も特に問題はないかとグスは判断する。

「そんならあんたも一緒にあっちいかねぇか? それとも、一人でいるのが好きなタイプか?」
「んーそうといえばそうだな」
「そっか、まぁ無理にとはいわねぇよ」
「気ィ使わせたようで悪いな。あっちの連中にもなんなら謝っといてくれ」

 それで会話を切り上げて、手を振って向こうへ戻ろうとしたグスは、だがふと思い立って男を振り返る。

「おっと、名前いってなかったな。俺はグス・タ・レンだ。グスでいい」
「俺はアウド・ローシェだ」
「謝らなくてもよ、アウド、お仕事が始まったら働きで返してくれ。足は悪いっていっても、こん中じゃ一番力も体力もありそうだからな、あんた」
「そうだな、じーさんや女子供には負けねぇさ」

 女子供とはよくいったもんだ、とこちらを見ている若者3人組にグスは思わず視線を向ける。そこで丁度顔があった気の良さそうな青年がぺこりと頭を下げてきたのに、グスは笑って手を振ってやった。
 とりあえず、そこまで致命的に面倒そうな奴はいなそうか、とグス少しだけほっとして、これならシーグルへの報告は急がなくてもいいかと思う。
 その後はすぐに、班分けを伝える係りの者がやってきて、結局その日は若者3人組だけは直接話をする事はなく終わったのだが。




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大雑把な人物紹介でした。次回はちらっとだけエロ。
こっちのメンツは臨時メンバーみたいなものですかね(・・。



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